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Intermission

1.


 青空に雲ひとつ無い早朝、隼人は住宅展示場の駐輪場に原付を止めると、前かごに入れていたナップザックとコンビニ袋を引っ掴んだ。

 今日のバイトは、この市西部の田園地帯にある住宅展示場のイベントスペースで開催されるキャラクターショーの、中の人役。といっても、演技はもちろん殺陣などを学んでいるわけではないため、あくまで"その他大勢役"だ。

 隼人の知り合いには、大学入学当初にひょんなことから知り合ったフリーターのおじさんがいる。彼、荒城はこういうイベント会社なんかに伝手を持っていて、様々な理由でバイト紹介サイトを通したくない――多分仲介手数料を払いたくなかったり、電話一本ですぐバイトを見つけてくれる即応性を買っているのだろう――バイト先と、単発バイトをしたい大学生とを繋いでくれる。どうもその代わり、美味しいバイトを回してもらっているようだが、それは隼人の関知するところではない。

 イベントスペース脇に設営されたテントまで一直線に走ると、見慣れた髭面が出迎えてくれた。かなり切羽詰まった表情で。

「隼人君、おはよう! いやさすがプロバイト、急な時間変更にも完全対応と来たもんだぜ!」

「おはようございまーす! プロじゃないすけど」

 いつもの挨拶にいつもどおり返したが、今日はそこからの掛け合いが始まらない。まさに隼人の手を取らんばかりにテントの中に招き入れられると、髭面――現場スタッフの長は隼人に向かって掌を合わせて拝み込んできたではないか。

「お願い! 代役やって」

「――え?! な、なんのですか? つか、なんでですか?」

 代役というからには、それなりの名前の付いた役なのだろう。いままでやられ役しかやったことのない隼人に頼むとは、よほどのこと。聞けば、本来その役をやる役者が昨日のステージにて熱射病で倒れてしまい、まだ体調が戻らない。代わりの役者も皆ほかの現場が入っていて、どうにもこうにも首が回らないのだという。

「そのキャラクターをいなかったことには――」

「そんな変更ができるなら、とっくにやってるよ!」

 と髭面はどなる。キャラクターショーにおいて、キャラクターのセリフは声優が吹き込んだものを流し、現場の役者はそれやBGM、効果音に合わせて演技をする。キャラクターを急遽削除することなど現場でできるものではないわけで、隼人の先の発言は、自分が代役するのを回避したいがための悪あがきでしかない。

「う~~~分かりましたよ。やります」

「よし! じゃ、あれよろしく」

 いつも主役を担当することが多い宮場が笑顔で指し示した着ぐるみを見て、隼人は呆然と固まった。いや確かに、"あれ"ならアクションは少ないから素人の代役も可能だろうけどさ。

「さ、僕や木野ちゃんとの絡みの流れ、練習するよ!」

 いや、俺がこの"あれ"役は、アカラサマに無理があり過ぎてダメっしょ! という隼人の叫びは、このプロたちの心には届かなかった。ショー開始まで、あと4時間。


2.


 あれから時は流れて、ショーが始まるまであと数分。軽快なマーチ調のメロディに乗せてその実シリアスでメランコリックな内容の歌詞で有名な主題歌がリピートされている会場は、大入り満員だった。その全てが家族連れなのは、住宅展示場的に目論見はバッチリということである。

(これがプイキュアだったら、大きいお友達で埋まる……わきゃないか)

 4時間みっちり動きの反復練習をやって、もう既にぐったり。被り物以外は着用してしまったのでテントの外にも出られず、隼人は身を屈めたところにある隙間から会場をのぞくだけでもうお腹いっぱいである。

「あははは、隼人君のお尻ターッチ!」

 司会進行役のおねぇさんが、さすがに本番直前で外に聞こえるのをはばかって小声ながら絡んできた。この童顔で2児の母かつバツ2というコメントは差し控えたい経歴の持ち主は、実は年上食いのため隼人とは良き友人である。

「大丈夫? 水分摂った?」

 と聞いてくれるところは優しい人となりで、そういうところもこの業界に限らず仕事で生きていくコツなのだろうか。

「あ、はい。今日はカンカン照りですもんね」

 言われると飲みたくなる。隼人は持ち込んだポタリスウェットを既に飲み干しているため、髭面差し入れのポタリに手を伸ばした。

「さ。セイカちゃーん、よろしくぅ!」

「はーい!」

 セイカは元気よく飛び出して、ブリブリの童顔スマイルとやや棒読みの前説をステージの前の小さいお友達に振り撒き始めた。

(平常心、平常心、平常心……)

 俺がステージに登場したら、この並みいる観客は平常心を保てないだろう。だからせめて俺だけでも、平常心平常心平常心――

「今日は、みんなだーいすき、アソパンマンが来てくれたよぉ!」

 そう、今日のステージは『そらみろ! アソパンマン!』。セイカの前説が終わるとすぐ、アソパンマン一党の生みの親、ショウおじさんとガイおじさんの双子がステージに上がっていった。

 ストーリーはとっても単純明快。ショウとガイが遊びながら作ったパンから生まれたアソパンマンは、遊ぶ事が大好きな無職。今日もおじさんに言い付けられて仕方なく回っていたパトロール中に、学校の生徒たちの遊びを邪魔するビャーキンマンを発見して止めようとするのだが、ビャーキンマンの反撃に遭いボコられてしまう。そこへ救援に現れるのが――

(さ、隼人君、出番だよ!)

 セイカに囁かれて心臓が跳ねる。よし、今行くぞ、アソパンマン!

『やめてー! おにいちゃんをぶっちゃだめー!』

 誠に可愛らしい声がスピーカーから流れると同時に、隼人はステージへ勢いよく跳び出した。

 その瞬間、観客席の刻が止まった。

(なにあれ……)(マジ……?)と密やかにささやく母親たち。子どもたちは遠慮もなく「えぇぇぇぇ」と引いている。

 もちろん、そんなことで怯むセリフ音声ではない。そんな"空気を読む"機能が元から無いだけなのだが。

『あっ! メロソパンヌちゃん!』

 隼人の今日の役どころはアソパンマンの妹分。メロンソーダパンという、どこにニーズを見出したのか分からない菓子パンの化身、メロソパンヌちゃんである。

 精いっぱい可愛らしさを振りまく演技をして、メロソパンヌちゃんはアソパンマンに小走りで駆け寄った。そしてそのことによって、観客席のささやきがざわめきに変わるのが被り物越しに伝わってきて、中の人である隼人の胸に突き刺さる。なぜか。

 主役の宮場は身長160センチ。一方隼人は180センチ。被り物による嵩増しはお互い様ゆえ、設定というかアニメ上はアソパンマンの肩の上までくらいしかないメロソパンヌちゃんが、このステージに限ってはおにいちゃんより頭一つ分大きいのだ。

 おまけに、所定のコスチュームがつんつるてんどころでは済まない寸足らず。しかたなく、髭面が急遽調達した緑色のスウェット上下にマントを装着し、これで頭部デザインと寸法だけは原作準拠という、パチモン製造で有名な某国でももうちょっとどうにかするだろうという代物、いやフィギュアでいう"邪神"が出来上がったのだ。

(デカすぎない? あれ)(マジきもい)などと、聞こえていないと思っているであろう母親たちのさえずりが、ばっちり聞こえてるんだよ! 隼人自ら完成体を鏡で見て『うわあ……』と乾いた声が漏れたのだから、泣けてくる。今は涙に回す水分も無いくらい汗だくなのだが。

 そんなことはお構いなく機械的に、実に機械的にセリフ音声は続いていく。隼人は開き直って、4時間で身体に叩き込んだ演技を観客に見せた。こうなったら、せめて可愛らしさだけでも観客に届けたい。代役を引き受けた以上、ふてくされるのは隼人の信条に反するのだ。

 特に目立ったミスもなくひとまずの出番が終わって、宮場と一緒に退場すると、2人して光の速さで被り物を脱いでポタリを呷った。額に巻いた汗取りバンドなどもはや汗だくバンドと化し、そこから滴る汗が目に入って染みる。これも外してタオルを頭に巻いた。

 宮場と隼人を団扇で扇いでくれていたセイカがすぐ出番となり、中盤のつなぎに出て行った。観客の目で見ていると『はよ続きやれや』と思うものだが、キャストの休息と場面転換に必要な時間を稼いでもらっているのだ。だが今日は、暑さとダルさでそんな感謝の念も浮かばない隼人である。

 メロソパンヌちゃんの救援で、面倒くさくなったビャーキンマンは一旦巣に帰って行った。だが、メロソパンヌちゃんが独りでパトロールをしていると、逆恨みのビャーキンマンが襲い掛かってきた!

『いやー! やめてー!』

 その場で身をよじり、いやいやをするメロソパンヌちゃん。嵩にかかったビャーキンマンは、手下のカビカビルン(中の人はショウとガイに同じ)をけしかける。可愛い妹の悲鳴を聞きつけたアソパンマンも駆けつけてきた!

『やめるんだ、ビャーキンマン!』

『来たな穀潰し!』

 お決まりのセリフの応酬から乱闘が始まって、ビャーキンマンのビャーキン水鉄砲が命中(する効果音)!

『ああああ、顔が崩れて力がでなひぃ~』

 アソパンマンの頭部はショウとガイが遊びながら作っているため、材料の分量がいい加減である。そのため水分にことのほか弱いのだ。もちろん着ぐるみの被り物が崩れるわけは無く、舞台中央に設けられた壁の後ろに急いで回り込むと、そこに待機しているスタッフから渡されたダメージ入りの被り物を再装着して、弱っているアソパンマンの出来上がり。

「アソパンマンが危ない! 良い子のみんな! 応援してアソパンマンに力を分けてあげて!」

 深刻そうな顔を作ったセイカが袖から出てきて観客に呼びかける。素直に応じて声援を送る(7割ほどの)子どもたちが麗しい。ていうか、

(わたしへの応援は……?)

 カビカビルンとくんずほぐれつの肉弾戦を演じていたメロソパンヌちゃんの中で、隼人は少しやさぐれ始めた。カビカビルンたちの中の人であるバイト仲間に隼人のボヤキが聞こえたのか、笑いをこらえているのがよく分かる。

 暑い。大したアクションはしていないのに、気ぐるみを着ているというだけでもう暑いのに、そのなりで晩夏の炎天下に全身をさらけ出して動き回っているのだ。全身がラテックス素材でできているエストレ戦士のスーツはまさに灼熱地獄らしい。それに比べたらまだましかとなんの慰めにもならないことを、回らなくなり始めた頭の片隅で考えていたら、メロソパンヌちゃんの見せ場がやってきた。

『おにいちゃんを助けなきゃ! いっくぞー!』

 体にまとわり付いていたカビカビルンを可愛らしく跳ね飛ばして、メロソパンヌちゃんはビャーキンマン目がけて、でもやっぱり小走りで走り寄る!

『メロソパンヌの、メロメロハートブレイクショット!!』

 セリフと勢いに合わせて、朦朧としたままメロソパンヌちゃん――隼人は拳を繰り出し、ビャーキンマンの心臓を打ち抜いた!

『ギャー! 我様メロメロ~!』

 打たれたときの姿勢のまま、棒立ちになるビャーキンマン。そこへ、これまたお約束のセリフがステージに響き渡る。

『アソパンマン! 新し目の顔よ!』

 マガリンさん(予算不足で声のみ)の掛け声とともに、ステージ袖から先ほど取り替えた通常体の被り物が投げられる。アソパンマンはまた舞台中央の壁の裏へ駆け込んで、通常体を再々装着。また表に駆け出せば、

『元気ハツラツ! アソパンマン!』

 復活したアソパンマンを被り物のスリット越しに眺めながら、隼人の気力は尽きつつあった。でも膝は突けない。俺、いやわたしはメロソパンヌちゃんなんだから!

「アソパンマンがんばれ~!」

(……わたしは?)

 無邪気で残酷な子どもたちから発せられた声援へのツッコミを最後に、隼人の意識が遠のき始めたころ、例の必殺技発動!

『アソパーンチ!』

 さすが主演俳優、まだまだ動きに切れがあるアソパンマン――宮場の繰り出した左ストレートが、まださっきの姿勢のままで固まったビャーキンマンの顔面をダイレクトヒット! そして――

(あれ?)

 流れるセリフは最後のお約束、『ビャービャーキーン!』なのに、当人が吹き飛んでいかない。それどころか、バッタリと仰向けに倒れてしまったではないか。

(カビカビルン! 腕引っ張って一緒に退場して!)

 とっさに髭面が出した指示は的確で、観客席のざわめきをよそにステージは無事終幕。メロソパンヌちゃんはよたよたとおにいちゃんの側に行くと、

『そらみろ! アソパンマン!』

 タイトルコールとともに決めポーズを取り、午前の部を終えたのであった。


3.


「すいませんでした!」

 隼人の平謝りを、ビャーキンマン役の木野は笑って許してくれた。

 隼人が放ったハートブレイクショットが本当に決まって、一瞬意識が飛んでしまったのだという。おそらくこの炎天下でのアクションで脱水症状気味だったのも影響していると思うのだが、

「いやびっくりしたよ。後頭部に衝撃がきて、『あれ、なんで?』って思ったら、ステージにぶっ倒れてんだもん」

「隼人君って、ボクシングか何かしてるの?」と宮場が隼人をしげしげと眺めてくる。

「そういや、いい体してるね~」

 セイカまで隼人の腕や背中をペタペタ触ってくる始末。まさかボランティアで日本を守ってますとも言えず、あいまいな笑みでごまかした隼人であった。

「……隼人さん、てさ」

 ショウ/ガイ兼カビカビルンのバイトの一人が話しかけてきた。ぎくりとして、そんな驚きを必死で隠した隼人だったが、彼女はなんだか奇妙な物を見るような目つきをしている。

「おミズのバイト、してます?」

「は? してないよ。なんで?」

「え、その……」

 なぜか隼人だけが困惑した状況で、その女子学生はおずおずと切り出した。

「あたし、隼人さんと荒城さんバイトでしか会う機会が無いんですけど――」

 話の展開が読めない隼人に、衝撃の指摘が繰り出される。

「時々、妙に女っぽい仕草するっていうか、男の子に見えなくなるというか……」

 ああ、と周囲の人々にも思い当たる節があるようだ。

「木野ちゃん、このあいだ『あいつオネェじゃねぇの?』とか言ってたよな」

「うん、でも会話すると全然普通の男子なんだよな」

「……俺がオカマバーのバイトでもしていると、そうおっしゃる?」

 一斉にうなずかれて、凹みがマックスな隼人にセイカが止めを刺しに来た。

「さっきのメロソパンヌちゃん、どうみても女の子だったしねー」

(これかよ……俺が女子扱いされる理由……)

 腑には落ちたが納得いかない。隼人はパイプ椅子にへたり込むと、側に置いてあったロケ弁を力無く取り上げた。

 午後の部開始は2時から。日中最も暑い時間に、また着ぐるみでアクションアクション、である。タダ飯くらい、きっちり掻き込んでおかなければやってられないではないか!

 そして午後の部でもやっぱり観客に引かれて、追い討ちで『隼人君マジ完璧女の子。ただしタッパを除く』と評価をもらって、やさぐれっぱなしの夏日であった。

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