第6章 Verde the Lightning Assault
1.
戦場となっている大型の駐車場を見渡させるだけの高台が、付近には無い。よって本部は倉庫と倉庫に挟まれたスペースに、目立たないように影になっているところに設営されていた。したがって死角ができてしまうのは致し方ないところなのだが、それにしても新たなバルディオールの出現は唐突だった。なぜなら、全てのとまではいかないが、通りの所々にサポートスタッフを配置してあるのだ。あの辺りは確か――
「チャーリー! チャーリー! こちらアルファ! 応答して!」
焦燥の沈黙のあと、長谷川の押し殺したような声が無線機越しに聞こえてきた。
『こちらチャーリー。今の光、なんですか? ブラックのとも違うみたいですけど』
新手のバルディオールが出現したことを伝えて驚いている声の長谷川を聞いて、支部長は考える。サポートスタッフの配置をかいくぐって潜入してきたのだろうか。
携帯に着信。会長からだ。
『ちゃんと見てるわ。何かあったら、また支援攻撃をすることになるわね』
でも今は、と会長は続けた。
『彼女たちがどう考えて、どう対策を練ってきたかが見たいわ』
了解と返答する間もなく、支部長は横田からの注進に振り向いた。バルディオールが、物陰から出てきたのだ。
2.
エンデュミオール・ブラックは、倉庫の影から姿を現したバルディオールをにらみつけた。
ふてぶてしくも微笑みを浮かべているその顔は、異様なまでに白い。照明が少なく、衣装が黒主体であるため顔は暗くなりがちなはずなのに。
「あいつよ……あいつに……」
とアスールの声が震え、ロートが何事か叫ぼうとした時、ブラックの耳は羽ばたきの音を聞いた。それも複数。エペでも、彼女に寄り添うソフィーでもない。
「嘘でしょ……」
ブランシュの声は、エンデュミオールたちの正面の空に具現化した脅威に対するものであった。鳥人が6体、次第に夜空にその姿を膨らましつつあるのだ。
これで数は6対9。数的優位は崩れてしまった。だが。
(鳥人対策その3だ……!)
『全体攻撃で、鳥人間がずっと空中に留まれないようなの作って』という真紀からのリクエストに答えるべく、優菜が知恵を絞ったスキル。この駐車場にたどり着く前の戦闘で、ソフィーに食らわせた火柱がそれだ。
"グレン・ドゥ・フレイム"。エンデュミオール・ルージュが戦闘開始後駆けずり回ってこの戦場に多数蒔いた"炎の種"は、ルージュの任意のタイミングで発火し、地上から最大5メートルまで火柱を噴き上げる仕掛けだ。
『まさか戦場を火の海にするわけにもいかないし』と打ち合わせの時優菜は苦笑いしていたが、長野でのるいの戦闘経験及び先程のソフィーへの攻撃結果からすると、どうやら鳥人たちは地上からの攻撃への対処が苦手のように見受けられる。それも、高速での攻撃に。
(さあ来い……! 丸焼きにしてやるぜ!)
だが、増援の鳥人たちは新たなバルディオールの頭上を一巡りすると、なんと皆ストンと地上に降り立ってしまったではないか。そして、
「な……!」と声を発したのは、ブラックでもルージュでもなく、敵方の鳥人ソフィーだった。何やら早口でまくしたて始めるが、
「ふん!」と鼻息も荒くソフィーをにらみつけたのは、鳥人のリーダー格と思しき立派な戦闘服を着た者だった。その傲岸な姿勢を崩さず、こちらはゆっくりとソフィーを嘲るように言葉を発している。
(なんて言ってるの? ルージュ)
(『なぜ空から攻撃しないんだ!』ってソフィーが怒って、あっちの偉そうな奴が『お前の知ったことか! 我らには我らの考えがあるんだ』って返してる)
口論を遮って、エペが立ち上がった。
『私の命令でも、か?』
『お嬢様ともあろうお方が』と鳥人はふんぞり返る。
『我らはニコラ様直下の臣。お忘れでございますかな?』
ルージュがつっかえながらも同時通訳してくれた。それを聞いたアクアが味方の治癒を終えてブラックの傍でささやいてくる。
(……情報どおりの仲間割れ、かな?)と。
(それより、こっちの仕掛けを知ってるみたいなんだが、新手の鳥人間ども)
ブラックも冷静にささやき返して、ようやく先ほどからのレーヌに対する激憤が静まった。ソフィーの反応を見る限り、彼女が火柱を受けて負傷したことを新手たちに教えたわけではないように思えるのだ。
自分の命令に従うことを新手の鳥人たちににべもなく拒否されて、エペの眼は釣り上がっていた。だが、敵前で仲間割れしている時ではないと気付いたのだろう。表情を改めると、これまた新手のバルディオールに横目で何事かを投げつけた。
「我が名はレーヌ。バルディオールの女王にして、エンデュミオールを絶滅させるために生まれし者」
レーヌの回答は日本語でなされた。どうやらエペに名を問われたようだ。それに対して、ソフィーがフランク語で怒鳴った。
(なんて言ってるの?)
(『ふざけんな!』って怒ってる)
アスールとルージュのひそひそ話を片耳で聞きながら、ブラックは考える。やはり、エペはレーヌの存在を知らなかったようだ。
突然、背中にひたと手を付けられた。
「なんだ? アクア」
「なんで振り向かずに分かるの?」
「半径20メートル以内の女子が判別できるセンサー付きって真紀ちゃんが言ってたけど、ほんとなんだね」
アスールとロートの軽口に少しだけ笑って、アクアは背中越しに話しかけてきた。
「信じてくれる? アクアを」
黙ってうなずいて、代わりにブラックはフォローに走った。
「そこの氷雪系のおねーさん! 槍をギリギリしない!」
「あなたって人は……」
ブランシュの慨嘆を合図にしたわけでも無かろうが、敵が動き出した。レーヌが両手を高々と熱気の残る夜空に向かって差し上げて叫ぶ!
「レイズ・アップ!」
召喚の呼び声に応じて、オーガたちが地面の下から姿を現す。その数、12体。
「やっぱり奴の単独召喚だったのか……!」とロートが唇を噛む。
『アクア、何か作戦があるのね?』と支部長の問いに、アクアは答えた。
「もちろん。支部長は、さらに敵に増援が来ないかどうかの警戒をお願いします」
支部長がアクアを頼るのには、わけがある。先の"1時間の打ち合わせ"において各自のスキルを確認した上で議論を主導し、作戦を立てたのがアクアだったのだ。
「ブラックはこのまま。アクアはジェルを撒くのに専念するから。ルージュ!」
「なに?」
「敵は多分、オーガを懲罰大隊扱いしてくると思う」
「日本語で話せよ」
「前列で歩かせて、炎の種をオーガ相手に使わせる。そういうことだな」
と解説してやる。
「うん。どーやってか知らないけど、こっちの仕掛けがばれてるみたいだから」
「わたしたちは?」とロートとアスールが問いかけてきた。
「2人は、炎の柱で仕留め損ねたオーガをすぐ始末して下さい。レーヌに治癒される前に」
アクアは最後にブランシュを見た。敵との距離が詰まってきている。
「ブランシュは、アクアと一緒に空から来る鳥人間を迎撃だよ。撃って撃って撃ちまくれ!」
「それじゃ、当たらないじゃない!」
「いいの!」とアクアは笑う。
「敵に狙いを定めさせなきゃいいんだから」
それからアクアは真顔に戻って、全員を不等号の形に、つまり誰かが他人の前を塞がないように配置の指示をした。それが終わってすぐ、ブラックの背中をとんと突き押す。
「ちょっと待って! ブラックをどうする気なの?」
ブランシュの憤る声に重なるように火柱が上がり、オーガが燃える。炎に照らされるアクアの笑い顔が見えるようだ。
「ブランシュ、あんた、分かってないねぇ」
オーガに追い討ちをかけようとするロートとアスールのスキルが唸りを上げて飛び去り、それを防ごうとするレーヌの光の壁と激突する。炎の種をオーガがその身を持って啓開したあとを進みながら、ホバリングで上半身をオーガの上にさらした鳥人たちの前面に輝く光が膨らみ始めた。
「アクアたちを護って、ブラック」
「ああ」と背中越しの願いに、ブラックは短く答えた。自分の顔にも笑みが広がるのが分かる。そのまま前のめりになって、走る!
光弾が飛んでくる。目障りな黒いエンデュミオールをこの世から消すために。だが、
「バラバラなんだよっ!」
発射するタイミングすら合わせず乱れ撃ちしてくる鳥人たちに苦笑すらしながら、ブラックは光の盾を作り出して手近な光弾を弾き飛ばした。衝撃からくる痺れに酔う暇もなく、加速して光弾を避け、避けられないものは弾く。こうして辿り着いたオーガの戦列に、ブラックは斬り込んだ。2、3匹斬ったところで、
「プリズム・ウォール!」
仲間たちと敵とを隔てるに十分な長さの光壁を築いてから、一気に反転して駆け戻る。『敵に包囲される前に逃げて、多数を相手にしない』この原則に忠実に従っただけではない。そのままレーヌに突撃したい激情までこらえて、ブラックには、いや隼人にはすべきことがあるのだ。
まっしぐらに走りながら、今度はこちらがスライスアローを乱射する。狙うは仲間たちを襲っているエペとソフィー。気付かれて2人ともに羽ばたきで避けられたが、その隙を突いてブランシュの氷槍がソフィーの右足を突く!
エペが怒りの声を上げて、ブランシュに斬りかかった。カッとなって駆け付けようとしたがこらえて、ブラックはインフィニティ・ブレイドを発動! エペに構わず、ロートやアスールを襲う鳥人ソフィーの胴に突きを入れて回避させる。
「ソフィー!」
やはり誘いに乗ってきた。エペのこれまでの行動からすると、配下の危機を見過ごすはずがないと踏んだのだ。その代わり、今度はこちらが危機だ。
望むところだ、この子たちを護るんだ!
その時、光壁の砕ける音が聞こえた。空からはフランク語らしき叫び声と光弾が降ってくる。
『レーヌにプリズムウォールを砕かれたわ!』と支部長からの通信に、アクアの意外に冷静な声が重なる。
「ルージュ。やっておしまい」
返事の代わりに残り少なくなった火柱が上がり、鳥人たちが慌てて地面に逃れるのを視界の端に捉えながら、ブラックはエペの前に光盾をかざした。光壁すら切り裂ける武器強化系の斬撃を防げるとは思っていない。少しだけその眼から自分を隠すことができれば。その隙を自分が突くことができれば。
案の定、エペは横薙ぎに光盾を両断し、それゆえにブラックへの対応が少しだけ遅れた。ブラックは腹部を少し斬られながらも怯まず地を蹴る!
インフィニティ・ブレイドを体の前に水平に構え、光剣ごとエペに衝突を図るブラックだったが、エペの反応のほうが速かった。翼をこまめに羽ばたいて自らの身体にブレーキをかけ、次いで羽を撒き散らしながら斜め上へと飛び上がったのだ。それを眼で追ったブラックの耳が、レーヌの甲高い声を聞いた。
「死ね! ブランシュ!」
レーヌが突き出した右手に、白い光が急速に溜まり始める。ブランシュはと見れば、エペと手負いのソフィー2人に空中から剣と振るわれてきりきり舞いしている。ほかのエンデュミオールたちは鳥人の迎撃で手一杯だ。
「させねぇぇぇぇぇぇ!!」
空から多数飛来する光弾を避けながら、ブラックは走る。間に合え、間に合え、間に合えと心が叫ぶ!
レーヌの癇に障る笑い声とともに光線が発射された時、ようやくブラックはブランシュをカバーできる位置に立ちふさがることができた。息をつく暇もなく、両手を胸の白水晶の前にかざす。あふれ出た黄金色の光を両手で受け止め、左右に引き伸ばして、ラ・プラス フォールトを放つ!
レーヌの光線とブラックの光線。2人の光線系が放った白い光と黄金色の光が激突して爆発した。発射が遅れた分だけブラックの手前で閃光と爆風が巻き起こり、とっさに身体を丸めて吹き飛ばされまいと身を硬くして、ブラックは耐える。爆風が止んだらすぐに右か左に跳ばないと、上空の鳥人からの光弾を食らうかもしれない。いや――
「ライトニング・パラライザー!」
聞き覚えのある声のスキル名詠唱に続いて頭上で短い絶叫が起こり、ブラックは驚いた。自分の斜め上1メートルほどで、鳥人の1人が剣を振り上げたまま、体をわななかせているではないか。慌てて跳び退くと、それはブラックがいた場所に墜落してきた。見渡すと、上空にいた鳥人たちが皆音を立てて地面に不時着している。
「「ごめんごめん、遅なってもうて」」
見事にハモって倉庫の屋根から飛び降りたのは、双子のエンデュミオールだった。
3.
『みんな、今のうちに下がって! 陣形を立て直すよ!』
アクアの指示が通信機越しに聞こえる。その声は相変わらず張っているものの、疲れが隠されているように聞こえて、支部長はいてもたってもいられなくなった。が、横田がその前に立ちふさがった。
「支部長、ダメです!」
「どいて、横田君!」
『定時連絡、デルタ、異常なし』
『定時連絡、エコー、異常なし』
サポートスタッフからの定時連絡が入り始めた。
「あなたが行っても、焼け石に水です」
言われて支部長は苦笑した。
「はっきり言うわね、今日は」
定時連絡は、長谷川のくぐもった声で無事終了した。それを聞き流して、支部長は額の汗をぬぐいながら戦場をにらむ。
こちらの戦力は、エンデュミオール8人。あちらはバルディオール2人、鳥人7人、オーガ9体。いくらグリーンとイエローが万全な状態であると言ったって、2倍以上の戦力差に変わりはない。
電話が鳴った。
『彼女たちに伝えて』
会長の声は、相変わらず平然としたもの。
『5分あげるわ。5分経っても状況が変わらないなら、またこのあいだと同じく支援攻撃を行う、って』
了解と告げて、支部長は会長の指示をそのままフロントスタッフたちに伝達して、溜息をついた。これから予想される困難に頭を悩ましながら。
4.
ブラックはグリーンが肩に担いでいるものを見て、目を疑った。
それは、金属バットのように見える。『ように』というからには長さが通常のバットより20センチほど長そうであるし、持ち手のほうに巻かれているはずの滑り止めテープも無い、そんな代物なのだ。
「さ、みんなは援護射撃、頼むで」
とグリーンがニッと笑い、
「せやせや、治癒も今のうちにしといてや」
とイエローはいたってのんびりと、しかし眼の光だけは強さを維持したまま言い置いて、姉とともに敵のほうへと進み出た。
敵はレーヌの治癒スキルで今まさに治癒が終わったところだった。その前に全速前進してきたオーガたちに壁を作られてしまい、電撃で麻痺した鳥人たち――彼らもまた治癒を受け、状態が回復していた――に追い打ちもかけられなかった。ゆえにアクアから陣形を立て直す指示が出たのだが、グリーンとイエローはその前面に立つことになった。
「お前がレーヌっちゅう女やな」
グリーンが金属バットで、敵陣の後方に佇立するレーヌをずいと指す。
「うちらの仲間をようもイワしてくれたのぉ。今からお礼に行くさかい、そこ動きなや」
「グリーン?」とイエローが姉の左腕をつつく。
「おとんに言われたこと、忘れたんかいな」
「どれのこと?」
「初対面の人におうたら、ちゃんとあいさつやろ」
「! せやったせやった。またおとんにドツかれるとこやったわ」
双子は、ぺこりと頭を下げた。
「「初めまして」」
エペが怪訝な顔をした。
「……頭がイカレてるのか?」
嘲笑が鳥人たちから巻き起こる中、耳障りな上ずった声がレーヌの口から漏れる。
「やっとフルメンバー揃ったところで全滅するというのに、律儀だな」
「「全滅するのはお前らのほうや」」
ユニゾンが揃いの台詞を発すると同時に、胸の白水晶が2人して輝き始める。
「「さあ、いくで!」」
双子の煽りに嘲笑を残したまま、形だけ構えを取る敵勢。治癒を終えたブラックたちも慌てて戦闘態勢を取ったが、その直後の展開は、その場の誰もが想定していた流れを完全に裏切った。
グリーンの左腕とイエローの右腕が勢いよく肘でクロスされて、同時に二人が叫ぶ!
「「アネクゼーション・ドライブ!!」
2人の白水晶から溢れ出る光はとどまることを知らないかのように激しくなり、ブラックは思わず手を目の前にかざしたほど。数秒経って光が収まったその場にたたずむエンデュミオールを見て、ブラックは思わずつぶやいた。
「……黄緑?」
そう、ついさっきまでグリーンとイエローがいたはずのアスファルトの上に仁王立ちしているのは、1人のエンデュミオール。姿形はグリーン、もしくはイエローなのに、髪の色、上着のストライプとミニスカートの色が、黄緑色なのだ。
「ふっふっふっふっ」
笑い方までミキマキ、いやグリーン/イエローな彼女は、高らかに宣言した。
「ほな、お礼参りでも食らって帰りなはれ」
「やはり頭がおかしいようだな」
先ほどエペに対して傲岸不遜な態度を取っていた鳥人が、夜目にも明らかな嘲りの態度を取った。
「ただでさえ数で負けているのに、1人減らしてどうする? どんなトリックを使ったのか知らんが――」
「分からんかなぁ」
鳥人の嘲弄にも、黄緑色のエンデュミオールは動じる色を見せない。大勢の敵に向かってゆっくりと歩を進めながら、むしろ相手の鈍さを憐れむような声色だ。
「なんでわざわざこんなクソダサい色になったか」
金属バットのようなものを、くい、と持ち上げる。
「こうなるんやで?」
そう言いしな、得物全体がバチバチと帯電する!
眼を見張る敵目がけて、彼女は突進に切り替えた。得物を振り上げて、雄叫びを上げて。
「ちっ! 奴を止めろ!」
レーヌが叫び、オーガたちも遅れて咆哮を発したが、既にエンデュミオールはそれらの目前に迫っていた。
得物が風を巻く音と、雷の爆ぜる音と。その両方を鳴らしながら、エンデュミオールは得物を横薙ぎにフルスウィングする。オーガの1体が避けきれず肩口に食らったとたん、爆ぜたように吹き飛び、仲間2体も巻き添えになってアスファルトに叩きつけられた!
「みんな、攻撃だ!」
ルージュが叫び、ブラックたちは倒れ伏したオーガだけでなく、長剣をきらめかせて包囲の動きを見せる鳥人たちを投射スキルで攻撃し始めた。また背中を押される。
「ブラック、行って。えーと……双子でいいや、双子の背中を守って」
アクアの指示に、ブランシュが複雑な表情を見せた。あえてそれに笑いかけて、ブラックは大混乱に陥っている敵勢目がけて走りながら考える。またオーガが一体吹き飛び、鳥人の胴にもろにぶつかって呪詛の声らしきものを上げさせている。
(質量操作系の力で駆け引きして、あの金属バットみたいなものをぶち当てる瞬間に質量増大プラス電撃系の力で大電流を流して、追加ダメージを増幅させてるのか……すごいけど、近づきすぎると俺が食らっちゃいそうだな)
でもそれでは彼女が守れない。ブラックは彼女の背後に回りこもうとしたオーガに斬りかかると、文字どおり背中を守る位置につこうとした。
エペがフランク語で何か叫んでいる。自分のことかと一瞬背筋が冷たくなったが、暴虎の如く荒れ狂っている黄緑のエンデュミオールに自身が対処することにしたようだ。ほかの鳥人たちはバラバラと飛び立ち、ブランシュたちのほうへ向かった。
「ありゃ、いかんいかん」
黄緑のエンデュミオールは豪胆な行動に出た。オーガを1体エペのほうに吹き飛ばすと、この恐るべきバルディオールに背を向けたのだ。
「ブラック、退いて!」
斜め上に挙げたその左手に雷が溜まり始めたのを見て慌てて左に避けたブラックは、結果としてエペと対峙することとなった。いや、その向こうでこちらに憎悪の視線をぶつけてきているレーヌとも。
「ライトニング・ヴァニッシャー!」
黄緑色のエンデュミオールの左手から発射された雷球がすぐに散弾と化して、上空からブランシュたちを襲っていた鳥人たちにぶち当たる!
戦果を横目でちらとだけ確認して、ブラックはエペの横薙ぎをまさに紙一重で避けた。二の太刀を食らう前にスライスアローを投げつけ、避ける方向へ当てずっぽうでラディウス光線をぶっ放す。どんな盾もバリアも切り裂かれてしまうなら、エペが斬撃を繰り出せないように攻撃し続けるしかない。
正直なところ体力が切れかけているという自覚をアドレナリンで押さえつけて、光線をしゃがんで避けたエペにヴェティカルギロチンを縦に放った。
「くっ……!」
エペはしゃがんだ姿勢から伸び上がって突きを繰り出そうとしていた。そこに細長い光の刃が飛んできたのだ。すぐに状況を悟り剣を引いて防御の構えをしたのはさすがというべきか。さらに無理やり転がってやり過ごそうとしたが間に合わず、あの鈍色の光をまとえないままの剣はヴェティカルギロチンを二つにしたのと引き換えに折れた。
「今だ!」と叫んでインフィニティ・ブレイドを発動したブラック。黄緑色のエンデュミオールは群がるオーガの残りを蹴散らしてレーヌへと迫りつつあった。ブランシュたちはレーヌによって治癒されるまで満身創痍だった鳥人たちに打撃を与え、追い詰めつつあるような喚声が聞こえる。
その時、レーヌの右手がさっと振られた。
敏感に反応したのは、彼女の配下であるオーガたちであった。もはや黄緑色のエンデュミオールなど眼中に無いがごとく、鳥人たち目がけて、いや、鳥人を半包囲しているエンデュミオールたち目がけてよたよたしながらも走り寄ろうとしている。その数、6体。
「んふふふ、じゃあね、お嬢様。オーガを残しといてあげるわ」
そう言い捨てたレーヌはくるりと反転すると、倉庫の上へと素早く飛び上がった。
「待て!」
ブラックのラディウス光線も間に合わず、レーヌは屋根の上を走り去った。ちらりとエペのほうを見た黄緑色のエンデュミオールが、後を追って倉庫の角を回って行った。
「ぬぁぁぁぁぁ!」
そのエペがまさに腹からの絶叫を発し、翼を羽ばたかせて飛び上がる。反射的に両腕で頭をガードしたブラックの頭上を素通りして、エンデュミオールと鳥人、オーガの混戦しているほうへ急行している。ブラックも走った。目がチカチカして息がすぐ乱れるが、歯を食いしばってアスファルトを蹴る!
一足先に到着したエペが何事か叫ぶと、鳥人たちは一瞬だけ躊躇の色を見せたあと、レーヌが逃げた方向へ、エンデュミオールによる包囲が敷かれていないほうへ退却を始めた。ただ1人、傷だらけでもはや動けぬ様子のソフィーを除いて。
「みんな、追っちゃダメ!」とアクアが肩で息をしながらも冷静さを失わずに指示を出している。
「どうしてよ!」
「間に合わないから! 体力の無駄遣いしないで!」
アクアはなおもいきり立つブランシュやロートを抑えて、手近なオーガを殴り倒した。それから、長剣を正眼に構えたまま佇立するエペに声を掛ける。
「帰って。アクアたち、こいつらを倒すので忙しいから」
「帰らない、と言ったら?」
アクアの回答は、本部のほうを親指でクイと指し示すことだった。
「このあいだと同じ電撃、食らいたい?」
「アンヌ」
オーガを1体屠ったルージュが、エペのほうを向いた。疲れも混じった哀しげな表情をしている。
「あんたにはあんたの事情があるかもしれない。でもそれ、平和な方法で解決できないの?」
「……できぬ」
エペは剣を鞘に収めようとして、それがソフィーに借りた物であることに気付いて止めた。
「ソフィー、帰るぞ」
負傷でまともに動けない配下に肩を貸して飛び立とうとして、エペはアクアのほうを見た。
「そなたらが捕らえた者たちをどうやって監禁するのかは知らん。だが、身勝手な言い方かもしれないが、捕虜として最低限の待遇は与えてもらいたい」
「そだね」とアクアはニッと笑った。
「捕虜を返してほしかったら電話して。うちの支部の電話、知ってるんでしょ? 和平交渉しようよ」
その言葉にまばたきしただけで答えず、エペとソフィーは翼を羽ばたかせて舞い上がり、夏の夜空に消えた。
5.
残りのオーガは、エペの退場と時を同じくして不意に掻き消えてしまった。レーヌがもはや足止め不要と判断したのだろうか。いぶかしみながらも本部のテントに全員で戻ったところで、エンデュミオール・グリーンとイエローが戻ってきた。かなりお疲れのご様子で、グリーンは金属バットのようなものをがりがりと引きずっている。
レーヌは取り逃がしたようだが、それはともかくとしてブラックたちが口々にお疲れさんと声を掛けると、二人してにっこりしてくれた。
「「はあ、ほんまに疲れたわぁ」」
「大立ち回りだったもんね、2人とも」とロートが笑いながら机の脚を畳んでいる。
「「いやいや、あの合体はずーっとスキルで維持してるんで」」
「ああ、そうなんだ」
「しかしなんつーか、よくあんなこと思いつくよな」
ルージュがブランシュやサポートスタッフを手伝ってテントを畳みながら言うと、
「ぶっつけ本番とはいえ、うまくいったな」
「せやな」
頷き合う双子に一同苦笑する。
「「ああいや、こっちに帰る前に、何回かやってみてたんよ?」」
「んじゃ、ぶっつけ本番じゃないじゃん」
とアクアがアスールと2人掛りで無線機を運ぶ。
「いやいや、何回やっても半分こ怪人になってもうて、なあ?」
「ほんま、このまま戻らへんかったらどないしょう、って」
「ルナサイクロン……」
「ブラック、なんか言ったか?」
聞きとがめたルージュの問いに黙って首を振って、ブラックは結束を終えたテントを担いだ。このメンツでは、仮面ライバーネタは解説が必要だ。
「あれ? 鳥人間の人たちは?」
駐車場に着くまでに1人、駐車場で結局3人、計4人を地に這わせたはず。なのに、機材を車に積もうと後部ドアを開けたら、人っ子一人いないではないか。
「会長が回収していったよ」と横田が言いながら、運転席に乗り込む。
「え?! 会長見たんですか?」
今宵のエンデュミオールたちの中で最もキャリアの長いブランシュですら、会長の姿を見かけたことが無いということまで分かって、車中は騒然となった。
「どんな人でした?」と横田に問うと、
「いや、公式サイトの写真どおりの人だったよ」
会話をしたわけでも無く、『そこに置いといて。自分で積むから』と言われて捕虜を置いてきただけとのこと。
「会長に訊いてみたいことがあったのにな……」
ついつぶやいた独り言をブランシュたちに怪訝な顔をされて、ブラックはしぶしぶ答えた。
「エンデュミオール辞めたら女子扱いされることなくなりますか、って」
「そんなに気にしてるんだ」とロートに笑われる。
「この姿の時はともかく、変身してない時もですからね」
「気にし過ぎじゃねぇか?」
「俺を女子会プランの数に入れた人に言われたかねぇよ! まったく……」
はあ、とイエローがため息を吐いた。
「すごい逃げ足やったな、あの女」
「せやな。うちらが2ブロック先までダッシュしたのに、もうおらへんかったもんな。このあいだのアルテ並みやで、あの逃げ足」
グリーンも相槌を打つ。ちょうど付近にいた長谷川によると、『風を切る音がして上を向いたら、黒い女がものすごい跳躍で飛び去って行っちゃって、通報する暇もなかった』らしい。逃走用のスキルが光線系で作れるんだろうか、とブラックは考えながら、唇を噛んだ。
エペ、鳥人、オーガ。あの女に一太刀浴びせることすらかなわぬほど、今夜のブラックの前には障害があり過ぎた。大人数同士ゆえの戦術もあって、行動の自由もなかった。それがブラックには、胸中が焼けるようにもどかしい。
それから車中は取り留めもない会話に終始した。皆お疲れで、難しい話はまた明日と支部長から伝達があったこともある。ほどなく支部について、先頭切って降車したグリーンが手にしていた例の金属棒を手から滑らせてしまった。
「あ、あたし拾ったげ……うわ! なにこれ重っ!」
一足先に到着していた永田が気を利かせて拾い上げようとしたのだが、思いのほか重かったらしい。
「なあグリーン、それ、金属バットなのか?」
「ちゃうちゃう」とグリーンは笑いながらそれを拾い上げ、立てて構える。
「特別あつらえの、紅夜叉丸・ヴァージョンKや!」
「K? ほかにもバリエーションがあるの? AとかBとか」とブランシュが尋ねると、
「ううん、金属のK」
「ローマ字かよ!」
皆でひとしきり笑いながら疲れた足を何とか持ち上げて2階に登る。控室でシャワーを浴びて、反省会は明日の夜となった。祐希は顛末を聞くと、とぼとぼと帰って行ったと居残り組のサポートスタッフが教えてくれた。
「祐希ちゃん……このまま辞めちゃう気かな……」
北東京支部の仲間2人が顔を見合わせ、溜息をつく。勝つには勝ったが、これからのことを考えると胸にもやもやの残るままの一同であった。
6.
エペの配下であるエデュワルドは、突然下から床に顔を突き上げられて目を覚ました。頬で感じる床の感触とその下から伝わってくるロードノイズが、エデュワルドの意識を現実へと引き戻す。ワゴン車らしきやや大型の床をフラットにした所に転がされていたのだ。周りを用心深く見渡せば、3人が同じく転がされている。小面憎いニコラの配下もいて、というか3人ともその手合いで、エデュワルドは心中に舌打ちした。
だが、そんなことは一時忘れて団結し、本拠たるあのマンションに戻らねば。様子を伺ったところ、助手席に人の気配が無い。ということは、運転手さえ制圧すればこの車は乗っ取れる。
エデュワルドは目配せをすると、車が信号で停止した慣性で前まで転がって、一気に跳ね起きようとした。
だが、エデュワルドは先に思い至るべきであった。自分を含め、4人とも腕や足を拘束されていない、その理由を。ほかの3人がエデュワルドに目配せした、真の意味を。
跳ね起きしなに鳥人化まで果たそうとしたエデュワルドの身体は、片膝を突いたきり動けなくなった。文字通り指一本すら上げられなくなった彼に、運転席から声がかけられた。
「元気のよいことだな。まさか起き上がれるとは。あるいは、私の術もまだまだということか」
術――慣れぬ日本語がアルクの脳裏に滲み、彼の天辺から指の先まで体表にほの赤く光る密言を視認した時、彼は驚愕と不審に満ちた声を発した。
「こ、これは抑縛呪……?! 貴様、何者だ!?」
また赤信号で停止して、運転手がちらりとエデュワルドを見やる。この顔、この髪色――
「貴様は……!」
その女、『あおぞら』の会長は視線を前方に戻すと、ぼそりとつぶやいた。
「そう、死にぞこないの愚者よ」
それきり会長はアルクたちの罵詈雑言に一言も答えず、車は夜の道をひた走っていった。
7.
アパートに帰り着いた時には、もう午前0時を少し過ぎていた。盛大に溜息をついて、玄関で寝落ちしないように自制を働かせながら靴を脱ぐ。
「あ、布団干しっぱなしだ……」
文字どおりの煎餅布団だが、疲れた身には重い。もういいや床でそのまま寝るかと考えて、歯みがきだけでもとのっそり動いた時、玄関のチャイムが鳴った。
この時間に来客。まさか、宅配便――なわけはなく、真紀と美紀だった。
「「ごめんな、お疲れやのに」」
その表情も声色も真剣味を帯びたもので、隼人は黙って2人を室内へ招き入れた。ここでいいからと玄関先で、真紀が話し始める。
「ちょっと、隼人君に話しときたいことがあって」
「でも――」と美紀が後を受ける。
「みんながいる場では、ちょっと話しづらくって」
今日の戦闘のことなんやけどね、と単刀直入にきた。だが、隼人にはその話題がなぜみんなの前でできないのか分からない。
「ルージュの仕掛けを、後から来た鳥人間が知ってるげな動きしたんやって?」
「そうだね。でも俺が見た感じ、その前にあの炎の種を食らった、えーとソフィーだったかな、あいつがそれを伝達したようには見えなかったな」
ルージュの通訳による鳥人たちの言い争いを、できるかぎり思い出して双子に伝える。真紀は玄関の壁に寄りかかると、腕を組んだ。
「でな、レーヌが妙なこと言ってたの、憶えてる?」
「……ごめん、何かおかしなこと言ってたっけ?」
美紀がうなずいて、
「あいつな、『やっとフルメンバー揃った』って言うたんよ――なんで、うちらがあれでフルメンバーって知っとるん?」
「え、それは、フレイムのレポートで――」
「それは無いわ。うちらの加入はフレイムが倒された後やで?」
重かった頭の中が回転を始め、熱を帯びてくる。
「鴻池さんが寝返る前に伝えてた、って可能性は?」
「「それはあるな」」とミキマキは一緒にうなずいた。
「でも、それは"うちらがあれでフルメンバー"とイコールや無いで。鴻池さんが寝返ったあとアルテと戦ったけど、そこから2カ月近く経ってんねんで? うちらがフルメンバーやって、なんで断言できるん?」
真紀のあとを美紀が継ぐ。
「それに、北東京支部の応援があの2人しかいないの、なんで知ってるん? 祐希ちゃんが来られないって、なんで分かるん?」
双子は、隼人の頭の回転が追いつくのを待ってくれた。
「つまり……また盗聴されてる?」
「「ほかの可能性もあるで」」
双子は少しだけ言いよどむと、重たげに口を開いた。
「「うちらの支部におるのかもしれんのよ。内通者が」」