白-09- 君為成事
声がききたい。会いたい。
自分がこんなに我が儘な人間だなんて思わなかった。
怖かった。
近くにいないだけなのに、声を聞くだけでは嘘か本当かわからない。
あんなに近かったのに。今は―――すごく遠い。
あれから、3ヶ月が過ぎた。
そんなぴったり、3ヶ月で連絡が来るとは思っていなかったけれど、その日の私は一日中電話が気になって仕方がなかった。
その電話が鳴ることは、なかったけれど。
そしてその日から、遅いようで早い、もう3ヶ月が過ぎようとしていた。
「…連絡ないの?半年?」
「うん」
「浮気されてんじゃないの?」
「…そーかも」
「そーかもってアンタ…」
ため息をつきながら、加奈美は呆れた様子で私を見た。
“忙しいから、連絡できない”
あれは嘘ではないと思ってる。
じゃあ半年経っても来ない理由はなんだろう。
今智洋が、どんな気持ちでいるのかなんて、近くにいないともうわからない。
ずっと近くにいた私たち。
離れてしまうことが、こんなに大きなことだなんて思っていなかった。
「冬瑚、青山君の連絡先教えて!」
「え?」
「アンタが言えないなら、私が言ってあげる!」
「――――っやめて!」
私は、加奈美の腕を掴んだ。
「お願い、それだけはだめ――……」
「冬瑚…」
彼は、頑張っているんだ。
私が想像なんて出来ないような忙しさ追われながら、新しい環境の中できっと必死に進んでる。
こんな普通の女子高生生活を送る私が、彼を求めていいはずない。
「来週で、きっかり半年経つの。そしたら私からちゃんと連絡するから…」
だから決めたことがある。
智洋のためといいながら、少しだけ私の我が儘。
これ以上、私が彼を求めてしまう前に。
会いたくて、声が聞きたくて、名前を――呼んで欲しくて。
積もり積もっていく小さな欲望たちは、やがて音を立てて破裂するだろう。
そうなったら―――、一体どうなる?
だからこれは、私なりのけじめ。
中途半端に繋がっている糸を、断ち切って初めて見えるものがあるよね。
そしてやはり連絡は来ないままに、一週間が経った。
* *
学校からの帰り道、自宅の前でふと、顔をあげたときのことだった。
(――――明かり!?)
私の家の隣にある彼の家は、彼らが出て行ってからも誰も住んでおらず、表札もそのままだった。
その家の、彼の部屋に明かりがついてるのが見えた。
「…っ、なんで?」
(まさか、智洋?)
彼が、居るのだろうか。この町に?こんなに――近くに?
迷わず私は駈け出して、彼の家に飛び込む。鍵は開いていた。
見慣れた階段、何度彼を起こしに、駆け上がったことだろう。階段を上ってすぐ目の前に、彼の部屋はあった。
「………おばさん?」
そこには彼は居なかった。代わりに、彼の母親が居た。
「――――あら、冬瑚ちゃん」
「……えと、お久しぶりです。何…してるの?」
「荷物――残った物、片付けてるの。ここ、もう本当に引き払うから」
そう言うおばさんの足元には、小さな段ボールがいくつかあった。
突然の引っ越しだったので、部屋は空っぽという訳ではなかったのだ。
「ちょうど良かった、ここ片したら、冬瑚ちゃん所行こうと思ってたの。手間が省けたわ」
その言葉と、彼女の表情に、私は違和感と言いようのない不安を感じる。
もちろんそれは、次の言葉を暗示する、前兆だったのかもしれない。
「智洋は―――、医者になるために、頑張ってるわ。」
おばさんは、静かに言った。ゆっくりと。
「あの子には――――、そばで、支えてくれる人が必要なの。ねぇ、あなたに…何ができるの?」
「……………」
何も、言い返せない。
おばさんは、冷ややかな目で、私をまっすぐ見ていた。
(何が、出来る?)
看護師になるって決めて、将来支えれたらいいなって。でもそんなのずっと先の話だ。
今、智洋のそばに居れないんじゃあ、意味がない。
近くに居ないことがどれだけ重要なことか、もう痛いほど分かったじゃない。
「――ああ、新幹線の時間だわ。じゃあね、冬瑚ちゃん。」
すっ、と冷たい風が、私の横を通って行く。
最後まで私は、答えることができなかった。
こんな私に、一体何ができるのだろうか?
“…私のこと、忘れないでね?”
智洋がこの町を離れた日、言った言葉を私は後悔しているの。
忘れないで。なんて、ただの私のエゴだってことに、その時は気が付けなかった。
私にできるのは、待つことだけだった。
待つのはつらいことだったけど、待たせている方だって同じくらい苦しい思いをしているのかもしれない。
前から決めていたことだったけれど、今日のことで更に決心がついた。
あの日―――最後に電話した日からぴったり半年で連絡がこなかったら、私から連絡をする。
深呼吸ひとつ、私は受話器を握り締めて、ゆっくりボタンを押していく。
「もしもし、岩月です。…智洋くんいますか?…はい。―――もしもし、智洋?」
『冬瑚…、ごめん、俺――「ごめんね、電話したりして。でも、もうしないし、連絡もいらない」
智洋の言葉を、遮るように私は言葉を落としていく。止まってしまわないように。ちゃんと、最後まで言えるように。
…気づくのが、遅くてごめんね。
『――――は………?』
「私のことなんか忘れていい。私も忘れるから。」
『冬――……、』
「ごめんね、今までありがとう。大好きだったよ。…勉強…、頑張ってね。」
ブツン
最後にそう言って返事も待たずに電話を切った。
もう一度、かけ直してくれるかもって、電話を見つめながら、少しだけ期待した。
もちろんその期待さえ、空しく消えゆく。
自分の考えに、発した言葉に、矛盾は探せば探すほど出てくると思う。
だけど間違ってなかったと、自分に言い聞かせた。
淋しくて、嘆いてるだけの弱い自分はもう居ない。
いつかに、智洋が言っていた言葉を思い出す。
『――俺さ、両親が離婚する前までは、医者になりたかったんだ。親父の後を、継ぐ気でいて。』
『じゃあチャンスだね』
あの日の思いは、まだ消えてないんでしょう?
『……うん、だから頑張ってみるよ。頑張って、みたいんだ』
そう言って、前を見据えた強い瞳を、私は今でも憶えているんだ。
そんな彼の思いを、応援したいと思ったのは、まぎれもない事実。
今願うのはただひとつ。
彼が、立派なお医者さんになれますように。




