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勿忘草  作者: 紫雨
第一章 -別れ-
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桃-08- 自覚己恋


 ある日、おすそわけを届けに行った時に電話台の前に立ち、受話器を持つ彼を見た。

 すごくやわらかくて、やさしい表情をしていた。

 あの時にそうかな、って少し思ってたけれど、それでも信じていなかった。

 だけど、ふとしたことで知ってしまった。

 彼のいた町にいる、女の子のことを。



 

「―――…好きな人、居るんだ」

「ああ」


 今までに見たことないような、照れたような、幸せそうに彼は表情を見せた。

 この時、確かに感じた。見たことも、会ったことも、名前だって知らない彼女に――あたし、嫉妬してる。

 彼に想われている彼女が、羨ましくて憎らしくさえも思える。

 あたしが求めても求めても、手に入らないものを――彼女は持っているんだ。


 胸が、ぎゅっと締まって苦しい。こんなに彼を想うことになるなんて、思ってもいなかった。



 そしてまた、彼女との連絡が3か月も途切れていることを聞いた。

 意地の悪い感情が、顔を出す。


「―――待ってて、くれてるの?本当に?」

「え?」

「付き合ってる……訳じゃないんでしょう?」

「……………」


 あたしの言葉に、彼はむつかしい顔をした。


「……………付き合おう、って言ってなかったら」


 彼は静かに言葉を紡いだ。一言ひとこと、呟くように。


「―――それは付き合ってるって、言わないよな…」



(あたしは……)

 一体どうしたいんだろう。

 今ここで、彼を、勇気づけるべきなの?「そんなことないよ」って、「想い合っているのなら、そんなの関係ないよ」だとか言って、背中を押してあげるべきなのかな?

 答えが、見つからない。ただ次々と生まれてくるのは醜い感情。



(…あたしなら)

 そんな気持ちが渦巻く。


「……彼女が待ってる保証なんて、どこにもないじゃない。もう忘れて、彼氏とか作ってるかも…しれないよ」


 何も知らないくせに、でたらめな話。

 馬鹿言うなって、怒られることも予想していたのに、智洋くんは視線を遠くにやったまま、小さくため息をついてから。


「―――そう、だな…」


 悲しそうに、せつない表情で、彼は静かに言った。



(――ああ、こんな顔を、させたい訳じゃないのに)

 じゃあ、どういうつもりだったの?

 怖いほど、自覚する。沸々と沸き上がって来る、あたしの醜い感情を。





 想い合っている二人に、こんなあたしが入り込むことは出来ないことくらいわかっていた。

 だけどもうひけなかった。


 あなたが、すき。






   *   *






 ビリッ、そんな音がした。

 あたしは回覧板を持って青山家にお邪魔していたところだったんだけど、その音のした部屋をそっと覗いた。

 

(…おばさま?)


 破ったらしい何かを、ごみ箱に捨てていた。

 その時のおばさまの表情が、少し怖いくらいで。彼女はすぐ、あたしに気づいてこちらを見た。


「っ、桃ちゃん」

「おばさま、どうしたの?怖い顔…」

「なんでも…、なんでもないのよ!今、お茶入れるわね!」


 あたしから逃げるように、おばさまはその部屋をあとにした。


(なんだろう)

 どうしてか、気になってしまった。

 あたしは部屋に入って、吸い寄せられるようにごみ箱へ向かった。



「――岩月…冬瑚?」


 それは手紙のようだった。智洋くん宛ての、薄いブルーの封筒に入っている、手紙だった。

 破られていたけれど、封が切ってあったのはわかった。きっとおばさまは中身を見てから捨てたんだわ。



 冬瑚って、誰だろう。

 どうして、捨てたの?

 智洋くんは、コレを読んだのかな?



「………」


 手紙の中身を少しくらいなら読むことはできたのだろうけど、なんだか怖かった。

 あたしはそのまま、破られた手紙をごみ箱に戻して部屋を出た。



 

 ――その名前が、智洋くんの想い人の名前だってことを、知ることになるのはもう少しあとのこと。

 


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