白-06- 只待君便
こんなに声をきかないのは、もしかしたら初めてだったのかもしれない。
智洋から連絡が来なくて、一か月が経とうとしていた。
“ちょっと忙しくなるから、また電話する”と、言い出したのは彼で、私は頷き待っていた。
私は部屋に電話を引いているが、智洋の家には固定電話が一つしかないため、私から電話をかけることは極力避けていた。
だから、待つしかなかった。
声を、きいてない。それだけでこんなにも寂しくなるなんて、思ってもみなかった。
たった10分程の短い時間でも、私には幸せな時間だったのだ。
それが得られないだけで、過ごす日々は薄暗く霞んでいくようだった。
* *
朝教室に入ると、クラスの女子数人が集まって何やら騒いでいる。
その中の一人が私を見つけて言った。
「冬瑚、今日帰りにさ、焼肉行かない?プチクラス会」
「焼肉?わー、行く!」
私はそう答えた。
部屋に居れば嫌でも気になってしまう電話の存在を、外出することで少し忘れていられると思ったから。
(……きっと、今日も来ないよね。)
私はこの時、勝手にそう決め付けた。
―――この日も外出をせずに部屋で電話を待っていたのなら、今とは違う未来があったのかな。そんなことを思ってみても、もう遅いのだけど。
* *
忘れられるだろうと、思っていたのに。
焼肉屋にいる最中もずっと、部屋の電話が気になって気になって仕方がなかった。
「そういえば、青山君元気?」
向かいに座るクラスメイトの一人が、思い出したように、智洋のことを私に尋ねる。
「う、うん。でも、忙しいみたい」
「そっかー、大変だね。お医者さんに、なるんだもんね」
そうなのだ。
私は普通の高校生で、進路を決めて勉強しながらも、たまに遊んだり、こうやって皆とごはんを食べに行ったりするような生活。だけど彼は違う。
病院を背負うため、普通の高校に生きながら、大学で学ぶような医学を、今から学んでいる。
詳しくはわからないけれどとにかく、大変って言葉じゃ言い表せない程の毎日を、彼は送っているのだろう。
「あんたたち仲良かったもんね。連絡とったりしてるんだ?」
また別のクラスメイトが、何気なく私に尋ねる。
「………連絡、とってるよ……」
(――とってるよね?)
突然、言いようのない不安が、私に襲い掛かってきた。
(電話、ちゃんと来るよね………?)
「――――っごめん!私帰る!」
「冬瑚!?」
私は脇にあった鞄とコートを引っつかんで、逃げるように店を飛び出した。
――――私たちは、両思いなんだよね?
雪の降ったあの日、交わした言葉たちを必死に集めて思い出す。
すきと言われて、すきと言った。真っ白な世界の中で、キスをした。
そのあとに彼が町を出ることを告げられて―――あとはよく覚えていない。
私は頑張ってと言って、彼を見送った。背中を、押した。
(―――あれ?)
たしかに想いは伝えあったけど、そこに形は出来たかな?
付き合ってる、訳じゃないのかも。
仲良しの、幼馴染の、延長線上。
お互いずっと近くにいたから、さみしいって思う気持ちは、ただそばにいないから?
「……………」
私は家の前で、足を止めた。
昔は、相手の考えてること、手にとるようにわかっていた気がしてた。
でも今は、顔も見れなければ声も聞けなくて―――。
(わかんないよ………)
目を見て話さなければ、わからないこともある。
同じ空気を共有していなければ、伝わらないこともある。
わからない、ただ怖くなった。
離れてることの、本当の意味を思い知る。
「……ただいま」
「あら、早いじゃない。焼肉じゃなかったっけ?」
「うん……」
母親の問い掛けにも、曖昧な返事しか出来なかった。
「そういえば冬瑚、あんたの電話、さっき鳴ってたわよ」
「――――え!?」
“電話”という言葉に、私は過敏に反応した。
もしかして智洋からの電話かもしれない。
鞄もコートも投げ捨てて、私は階段を駆け上がって自分部屋に駆け込み、真っ先に電話に向かう。期待に胸を踊らせながら。
「――――あ………」
電話には何も、変化はなかった。
留守電に、して行かなかったのだ。
さっきの電話が、誰からかかってきのかも、わからない。
「………ばか、でしょ………」
電話の前に座り込んで、私は力なく呟いた。
それは、彼の声をきかないまま、ちょうど一か月が経とうとする夜だった。




