白-04- 君思道標
「進路調査プリント――、来週月曜日に提出な。2年生だからって、いい加減に書くなよ。早いうちから、考えるに越したことはないんだから。」
担任の言葉と一緒に配布されたプリントを、私はすぐに折り曲げてファイルにしまいこんだ。
進路、なんて私は全く考えていなくて。
智洋は、医者になるために、南へ向かった。
彼は、自分の将来に向けて、もう動きだしたのだ。
私も負けてはいられない――と意気込んではみるものの、思い浮かぶものも何もない。
情けないが、コレが私の現状だった。
「加奈美は、もう進路って決めたの?」
放課後、帰り道に新しくできたカフェで、小学校から一緒の加奈美に尋ねる。
「んー、一応、ね。小さい頃から、保育士さんなるの、夢だったし。」
「小さい頃から、かー…。」
「冬瑚は?」
「なーんにも…。どうしようプリント。」
「別に将来の夢を書く訳じゃないんだし、大学の名前、適当に書いとけば?この時期で夢がハッキリしてる人ばっかじゃないって」
「だよね……」
友人の加奈美の言葉に少し安心しながら、目の前のパフェをひとすくいして口に運んだ。
うん、美味しい。
「美味しいねー、いいトコ見つけたね」
「バイト募集中だって。冬瑚バイトしたいって言ってなかったっけ」
「言ってた。…ここにしようかな。」
バイトを始めたいと思ったのは、お金が欲しかったから。
会いに行ける日が来るのかどうか、よくわからなかったけど、電話代だって結構馬鹿にならない額だし、何かと必要になるだろうと思えたから。
* *
「あのね、バイト始めたの!」
『へえ、どこで?』
「××町の、新しくできたカフェ!制服がね、すごく可愛いんだよ」
『今度写真送ってよ』
「やだよ、恥ずかしい」
『…ずるくね?俺見れないのに』
(えっ?)
智洋の口からの言葉かと、耳を疑った。
だって、そんな、なんかヤキモチみたいな台詞。
「…、智洋、そんなこと言う人だっけ」
「うるせー…」
受話器の向こうで、口元に手をやって、照れている彼を想像した。
想いが通じ合ってからも私たちはいつも通りで。急に変わるなんて、恥ずかしいと、きっとお互い思っていた。
ぶっきらぼうで照れ屋の智洋が、そんなこと言ってくれるなんて。それだけでなんだか満たされた気持ちになる。
知らなかった感情がたくさん生まれてくる。それさえも新鮮で。
幸せだった。
それからは、バイトを終えて帰っては智洋と電話で話し、バイトの疲れもあってそのまま眠りにつく。
それなりに充実したような日々は、あっという間に過ぎていき、勉強にさく時間などほとんど作れなかった。
「…オマエ、どーすんだ、コレ」
しかめっつらの担任が指差すのは勿論、案の定、今回がくんと落ちた私の成績。
「………あはは」
「笑い事じゃねえぞ。こんな落としやがって…進路もちゃんと決めなきゃいかんのに全く…」
大袈裟に溜め息をつく担任の言葉も、あまり重く受け止められない。
やっぱり、進路ってそう簡単に決まらない。道端に落ちてればいいのに、なんて馬鹿みたいなことを考えていた。
* *
「……大変?」
『んー…、普通の学校が、ちょっと楽しい』
私の成績がひどかった頃、彼の忙しさも、極端にひどくなっていた。
一般教養を身につけるために普通科の高校に通い、家では医者の父親から専門的医療知識を同時に学んでいる(…らしい)。
相当ハードみたいで、最近の電話は眠たさが伝わって来る。
『……わり、寝るわ…』
「うん、おやすみ。頑張ってね」
『おー…』
受話器の向こうでガチャリと音がして、電話は切れた。
本当に、大変そう。医者になるということが、どれだけ大変なことか、私は想像すらできない世界だ。
「……私に、出来ることって」
考えてみた。
傍に居ることもできなくて、頑張ってる姿、近くで見ることも出来ない私が、智洋のために果たして何が出来るだろうか?
* *
「先生」
「岩月、何だ?」
「――私、看護師になりたい」
今何も出来なくても、将来彼を支えることが出来るかもしれない。
理由は単純だったけれど、決意は固かった。
そうやって傍に居る将来の自分を想像したら、なんだかそれでいいように思えた。
見えなかった未来の足元が、見えた気がして。
そんな自分の想いを、智洋には内緒にしておこうと思った。驚かせたかったのもあるが、単に私が先走っている感じが恥ずかしかったのかもしれない。
そんなことを思っていた頃。更に忙しくなったらしい彼と連絡を取ることさえ、叶わなくなっていたのだった。




