桃-03- 初恋不実
あたしの初恋は4歳の時。
転んで怪我して泣いてるあたしを、励ましながら家までおぶってくれた男の子。
「――へえ、桃の初恋そんななんだ」
「その人今どぉしてんの~?」
「ん~わかんない。」
「初恋の相手くらいチェックしとけよ…」
「だって急に引越しちゃったんだもん」
「でも初恋って実らないよねェ~」
~♪
放課後、友人とのんびり会話を楽しんでいたときだった。ポケットの携帯が震えた。
「―――っと、メール。パパからだ。」
「何て?」
「……ごめん、なんか客が来てて、挨拶しろって。帰るね!」
「「社長令嬢お忙しい~」」
「社長じゃないしっ!バイバイッ」
声をそろえてからかう二人を後に、鞄を背負って、足早に教室を出た。
あたしのパパは、看護大学の理事長。当然娘のあたしもその方向へ無条件で進むことが決まっている。
一人娘に対する過保護は、周りが持っていない携帯電話を持たされているところから始まり、「社長令嬢」なんてからかいの対象によくなってしまう。けれどそんなものももう、慣れたもので。
(初恋―――か、懐かしいな)
彼女たちとさっきまで盛り上がっていた話題だ。
あたしの初恋の相手は、同い年のイトコ。5歳くらいに、“家庭の事情”で母親と二人で引越していった。
幼いながらに何となくその状況はわかっていて、あたしは何も聞かなかった。
そうして彼はいなくなったけど、淋しいと思う暇もなく、また幼稚園のヒーロー、太朗君を好きになったっけ。
初恋って、所詮その程度だよね。
* *
「桃伽、挨拶なさい。青山さんとこの、千晴さんと智洋くんだ。覚えているだろう?」
家の客間でソファーに腰掛けている二人を、パパが紹介する。智洋、と呼ばれる同い年くらいの彼に、どこか見覚えがあった。
ていうか、青山っていうのは、パパの弟―――つまりあたしのおじさんの家族…智洋君はイトコってことだ。
「……………ちーちゃん?」
びっくりしてこぼれたあたしの言葉に、あからさまに彼は嫌そうな顔をした。
(初恋の相手)
噂をすれば…というやつだろうか。
それは12年ぶりの再会だった。
* *
―――ピーンポーン
「あら、桃ちゃん。いらっしゃい」
「おはようございます、千晴おばさま。」
「おはよう。智洋、迎えに来てくれたのよね。お願いね」
「はーい」
「智洋ー、桃ちゃん来たわよー!」
「起きてます?」
「準備がもうちょっとかかるかも。――それにしても桃ちゃん、綺麗になったわねぇ」
「やだあ、おばさまこそ、変わらずお美しいですねっ」
千晴おばさまには、昔よく遊んでもらったな。
お世辞とはわかっていながらも、褒められるとやっぱり嬉しいもので、あたしも素直に返した。千晴おばさまは本当に、変わらず綺麗だった。
(おじさまに、会えたからかな)
離婚をした理由なんて、幼かったあたしが知る由もなかったけど、いつの間にかこうして元通りになってるし。
離婚――と言いながら、苗字は変わっていなかったみたいだし。結局そういうことみたい。
「あ、智洋。桃ちゃん迎えに来てくれてるわよ」
「ん~……」
眠そうに、だるそうに玄関へ歩いて来る彼。
それを見て、心臓が騒ぎ出すあたし。
(……っなんで!)
「お、おはよっ!」
「………おう」
「じゃあいってらっしゃい。桃ちゃん、この子よろしく頼むわね」
「はーい!」
おばさまに見送られて、あたしたちは学校へ向かう道を歩いた。
思いがけない再会。
ちょうど初恋の話をしていたってのもあると思うけど、あたしはドキドキしていた。
「ねえ、ちーちゃん」
あたしは彼の名前を呼んだ。
彼は男の子なんだけど、昔は女の子みたいに可愛くて、“チヒロ”って名前も女の子でもある名前だからか、あたしは“ちーちゃん”と呼んでいた。今も、美形な顔立ちをしているけれど。
「…………ちーちゃん言うのヤメロ」
再会した時と同じ嫌そうな顔をして、そっぽを向いて呟いた。
「え~、じゃあ何て呼べばいい?」
「普通に智洋でいい。ちゃんを付けんな」
「……智洋…………くん」
「うん。」
ふわっと彼が、こっちを振り向いて笑った。
(―――やばい)
さっき以上に、心臓が騒ぎ出したのが分かった。
(どうしてだろう)
笑顔に、魅せられたのか。
この時きっとあたしは、彼にもう一度恋をした。
初恋の相手だから?――理由はよく分からないけど。
確かに何かが変わった、この瞬間。
恋の、音色。
――初恋は、実らないのに。




