桃-18- 恋種生落
咲かなかった花は、ひとつの種を残してくれた。
今度こそ大切に、育てて行くからね。
「智洋くん、あたし北の町に遊びに行くんだー、荷物運ぶの手伝ってくれない?駅まで」
「……どうしいてこんなに多いんだよ」
どすっと音を立てて、荷物の半分を彼の腕に下ろした。
「だって寒いの苦手だもーん、服入れすぎちゃった!」
新幹線の時間までの暇つぶし、と、あたしは彼の部屋に上がり込んだ。
大きな大きな荷物を抱えて。
「一週間前にあっちから帰って来たばっかりだろ。忙しーやつ」
「アレは名目上お勉強っ!今回は遊びに行くのー」
「ふーん?」
ぶっきらぼうに、彼は微笑んだ。
冷たいようで、しっかり聞いてくれる。笑ってくれる。
この表情が、あたしはたまらなく好きなんだ。
(でも、もう決めたの)
あなたが、大すきだから。
冬瑚のことが、大好きだから。
「そろそろ行こっか」
「…まだ早いんじゃね?」
「いーじゃん、バス停で待とうよ」
「えー、あっちいよ。何で春なのにこんなに暑いんだ此処は。」
彼は、自分の住んでいた町のことを語らなかった。ずっと。
ただ時折、此処よりも寒い所だったんだって仄めかすように言って、文句たれる。
そのたびに私は想像してた。どんな町なのかなって。
雪のたくさん降る、町だったんだね。
此処では降ることない雪に、遠い彼女を想っていたんだね。
よいしょ、と腰を上げて部屋を出る彼に続いて、あたしも退出する。
「あっ、忘れ物!」
「なに?」
「とってくる!」
階段をあと一段という所で、私は叫んで引き返す。
大きななトランクを携えて。
「おまえ、ソレ置いてけよ」
「いーのっ!この中に入れるんだから」
「重いだろーが。手伝う?」
「いらないっ!下着とか入ってんだから、ついて来ないでよねーっ!」
階段を駆け上がって、あたしは再び彼の部屋に入った。
「よっし!」
とりあえず、実は空っぽのトランクオープン。
そして部屋の隅にあるチェストを引き出し、適当に彼の服をトランクに詰め込んだ。
「――寒いんだもんね」
コレでよし、と、トランクを軽く2回叩いて、あたしは部屋を出た。
「おせーよ、何やって―――」
「おっと、おばさまに少しご挨拶…智洋くん、すぐ追い付くから先行ってて。コレもお願い」
「おーい…」
持っていたトランクも彼に押し付け、おばさまがいるだろう居間に向かう。
智洋くんが、外に出たのを確認して、居間に入る。
おばさまは、化粧台の前に座っていた。
「千晴おばさま。」
彼女は声に気付いて振り向いた。
それを見て、あたしは言葉を続けた。
「あたし、智洋くんのお嫁さんにはなれません」
「桃ちゃん……?」
「……おばさまが、冬瑚の手紙、捨ててるところも見ました。でも黙ってた。あの時は、智洋くんを渡したくなくて」
ずっとひっかかってた。
知っていたのに、言わなかった。それがずっと後ろめたくて。
「あたしは智洋くんが好きです。だけど冬瑚も好き。だから――二人を逢わせることを、許してね、おばさま」
最後に、とびきりの笑顔を作って、ぺこりと頭を下げる。
おばさまは何も言わなかった。
あたしも彼女の顔は見ずに、そのまま玄関へと走った。
* *
『――発車致します。ご乗車の方は――……』
列車を待つ構内でアナウンスが響く。
「あのね、智洋くん」
私は列車の乗り口に立って、ホームに居る彼を呼んだ。
「ん?」
私の手まねきに導かれて、彼は顔をこちらに歩み寄る。
ざわめく駅のホームで、あたしは言う。
ねぇ、これが最後だから。
「だいすき」
荷物をそのままに、列車を降りて、彼にくちづけた。ほんの一瞬。もうそれだけで十分なの。
だからごめんね、冬瑚。これだけは許して。本当に最後だから。
唇が離れた瞬間に、掴んでいた腕を思い切り引っ張って、体勢を逆転。どん、と彼の胸を押した。
彼の後ろは列車の乗車口。彼は倒れ込むように車内に入る。
「―――なっ!?」
呆気にとられている智洋くんをそのままに、扉が閉まるのを待つ。
ピ―――――ッ
扉が閉まる。
最後、本当に最後だよ。だから―――。
「バイバイッ!」
おもいっきり笑った。
扉は閉まって、列車は動き出す。
「―――………っ」
(上手く、笑えただろうか)
涙があとから零れて止まらない。
でもこれでいいの、あたしが決めたこと。
大好きな二人。
二人が幸せに、なりますように。




