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勿忘草  作者: 紫雨
第三章 -出逢い-
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桃-16- 再次紡糸

 出会って間もないのに、こんな風に思うのって変かな。

 だけどどうしようもなく惹かれてた。大好きに、なっていたの。




「――――――とうこ?」

「うん。……どうかした?」

「あ……」


 “とうこ”


 何度も聞いてきた名前だった。

 あたしは驚きを隠せなくて、一瞬固まってしまった。

 そんなあたしの様子を見て、彼女は心配そうに覗き込む。


(―――気付かせちゃ、いけない)


「――キレイな名前。漢字はどう書くの?」

「冬に、サンゴの瑚。名前褒められると、なんだか照れるね」


 そう言ってほんの少し赤らめた顔が、かわいらしくて。

 そして名前の漢字は、いつかに見た、破られた手紙に書かれていた字と同じだった。


 目の前にいる彼女が、智洋くんの想い人である確信を得て、私はやるせなくなる。

 あたしは、彼の知り合いであることを名乗らないことにした。


「あたしは、篠田桃伽。よろしく、冬瑚ちゃん」


 握手を、と差し出した手を、彼女は優しく握ってくれた。



 ―――あたしはここで、彼女に出会った。






     *   *







「ごめんなさい」


 そう言って、小さく頭を下げた冬瑚が見えた。

 告白を、されていたようだ。

 こちらへ向かって走ってくる彼女を、ちょっとウキウキしながら待ち伏せた。


「見ィーちゃった♪」

「わっ…桃ちゃん!」

「告られてたねぇー、かっこよかったじゃんもったいない!」

「びっくりしたー、いつから見てたの!」


 胸に手をあてて彼女は小さく深呼吸をした。おどかす作戦は、大成功のようだ。


「どうして断ったの?」


 私の言葉に、彼女は優しい表情をした。それはいつかに見た誰かさんの表情に、似ているような気がした。



「――忘れられない、人がいて。」


 静かに、変わらない表情で彼女は言った。


「きっともう、一生会うことはないんだろうけど、どうしても――忘れられないんだ。」


 へへ、と今度は表情を、彼女はくずした。

 その相手が智洋くんであることは、なぜだかすぐにわかってしまった。


「会うことはないって……」

「決めたの。私、負担になるだけだった。ずっと近くにいたから――離れるのって、難しかったんだ」


 そして冬瑚は、どこか遠くを見つめたまま黙りこんでしまった。これ以上、話す気はないのだろうと悟った。

 あたしも、聞きたくなかった。


 それは、冬瑚から彼の話を聞くのが、嫌だとかそんな意味じゃなくて。

 あたしが彼の知り合いで、彼を想っていて、気持ちはどうあれ今1番近くにいる女の子で―――そのことを彼女に言わないあたしが、聞くのはずるいと思った。後ろめたいと思った。

 でも言えない。言ったら彼女はどう思うんだろう?

 それにきっと嫌われる。それが1番、怖いと思った。



 しばらく静止したままだった冬瑚が、思い出したように口を開いた。


「――桃ちゃんは、すきな人いないの?」

「え、あたし?」


 それはあまりに唐突で、あたしは少し面食らってしまった。

 冬瑚はさっきまでの表情とは打って変わり、好奇心をむきだしにして、目を輝かせてこちらを見ていた。


「―――……うん、いるよ。大好きな人」


 あたしの想い人は、智洋くんなの。

 あなたがいつまでも、大切に想っている人。

 大好きだけど、敵わない。

 わかっていたのに、再び自覚した。


「…すごーく好きなのに、全然振り向いてくれないんだあ…」

「桃ちゃんの魅力に気付かないんだね。鈍い人だなあ。こんなに素敵な女の子なのに。…うまく、いくといいね。」


 彼女はふわりと微笑んだ。優しい、やさしい笑顔。


「ありがとー、でも…、もういいんだあ。諦める。」

「え…?」

「もういーの、大丈夫…。」


 出会って、まだ少ししか経ってないけど、大好きになったの。

 ずっと会ったこともないのに、彼女の存在はすごく大きくて、悔しくて、憎かったはずの彼女に、もうそんな気持ちは湧いてこない。湧いてくるはずがなかった。

 幸せに、なって欲しい。


「冬瑚も、だよ」

「ん?」

「ぜったい、また会えるよ。大丈夫。」


 知っていても、知らなくても――、あたしは彼女に惹かれたのだろう。

 だからすごく切なくなる。




 一度解けてしまった糸をまた紡ぐには、どうしたらいいんだろう。


 二人が想い合っていることなんて、もう一目瞭然だった。

 でもそれを、知っているのはあたしだけで。

 だからあたしにできることを、探さなきゃと思い始めた。

 

 糸をたぐりよせるように、もう一度―――。 




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