桃-16- 再次紡糸
出会って間もないのに、こんな風に思うのって変かな。
だけどどうしようもなく惹かれてた。大好きに、なっていたの。
「――――――とうこ?」
「うん。……どうかした?」
「あ……」
“とうこ”
何度も聞いてきた名前だった。
あたしは驚きを隠せなくて、一瞬固まってしまった。
そんなあたしの様子を見て、彼女は心配そうに覗き込む。
(―――気付かせちゃ、いけない)
「――キレイな名前。漢字はどう書くの?」
「冬に、サンゴの瑚。名前褒められると、なんだか照れるね」
そう言ってほんの少し赤らめた顔が、かわいらしくて。
そして名前の漢字は、いつかに見た、破られた手紙に書かれていた字と同じだった。
目の前にいる彼女が、智洋くんの想い人である確信を得て、私はやるせなくなる。
あたしは、彼の知り合いであることを名乗らないことにした。
「あたしは、篠田桃伽。よろしく、冬瑚ちゃん」
握手を、と差し出した手を、彼女は優しく握ってくれた。
―――あたしはここで、彼女に出会った。
* *
「ごめんなさい」
そう言って、小さく頭を下げた冬瑚が見えた。
告白を、されていたようだ。
こちらへ向かって走ってくる彼女を、ちょっとウキウキしながら待ち伏せた。
「見ィーちゃった♪」
「わっ…桃ちゃん!」
「告られてたねぇー、かっこよかったじゃんもったいない!」
「びっくりしたー、いつから見てたの!」
胸に手をあてて彼女は小さく深呼吸をした。おどかす作戦は、大成功のようだ。
「どうして断ったの?」
私の言葉に、彼女は優しい表情をした。それはいつかに見た誰かさんの表情に、似ているような気がした。
「――忘れられない、人がいて。」
静かに、変わらない表情で彼女は言った。
「きっともう、一生会うことはないんだろうけど、どうしても――忘れられないんだ。」
へへ、と今度は表情を、彼女はくずした。
その相手が智洋くんであることは、なぜだかすぐにわかってしまった。
「会うことはないって……」
「決めたの。私、負担になるだけだった。ずっと近くにいたから――離れるのって、難しかったんだ」
そして冬瑚は、どこか遠くを見つめたまま黙りこんでしまった。これ以上、話す気はないのだろうと悟った。
あたしも、聞きたくなかった。
それは、冬瑚から彼の話を聞くのが、嫌だとかそんな意味じゃなくて。
あたしが彼の知り合いで、彼を想っていて、気持ちはどうあれ今1番近くにいる女の子で―――そのことを彼女に言わないあたしが、聞くのはずるいと思った。後ろめたいと思った。
でも言えない。言ったら彼女はどう思うんだろう?
それにきっと嫌われる。それが1番、怖いと思った。
しばらく静止したままだった冬瑚が、思い出したように口を開いた。
「――桃ちゃんは、すきな人いないの?」
「え、あたし?」
それはあまりに唐突で、あたしは少し面食らってしまった。
冬瑚はさっきまでの表情とは打って変わり、好奇心をむきだしにして、目を輝かせてこちらを見ていた。
「―――……うん、いるよ。大好きな人」
あたしの想い人は、智洋くんなの。
あなたがいつまでも、大切に想っている人。
大好きだけど、敵わない。
わかっていたのに、再び自覚した。
「…すごーく好きなのに、全然振り向いてくれないんだあ…」
「桃ちゃんの魅力に気付かないんだね。鈍い人だなあ。こんなに素敵な女の子なのに。…うまく、いくといいね。」
彼女はふわりと微笑んだ。優しい、やさしい笑顔。
「ありがとー、でも…、もういいんだあ。諦める。」
「え…?」
「もういーの、大丈夫…。」
出会って、まだ少ししか経ってないけど、大好きになったの。
ずっと会ったこともないのに、彼女の存在はすごく大きくて、悔しくて、憎かったはずの彼女に、もうそんな気持ちは湧いてこない。湧いてくるはずがなかった。
幸せに、なって欲しい。
「冬瑚も、だよ」
「ん?」
「ぜったい、また会えるよ。大丈夫。」
知っていても、知らなくても――、あたしは彼女に惹かれたのだろう。
だからすごく切なくなる。
一度解けてしまった糸をまた紡ぐには、どうしたらいいんだろう。
二人が想い合っていることなんて、もう一目瞭然だった。
でもそれを、知っているのはあたしだけで。
だからあたしにできることを、探さなきゃと思い始めた。
糸をたぐりよせるように、もう一度―――。




