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勿忘草  作者: 紫雨
第二章 -それぞれの-
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桃-11- 己想零落


 ――――初恋も、あなただった。




 定期テスト最終日の最後の教科が終わった瞬間に、彼は倒れた。


 その日、あたしは初めて彼の部屋に入った。

 ライトグリーンのカーテンが、窓から吹き込む風でやさしくなびく。


 机、ベッド、クローゼット、おっきな本棚…。

 部屋はおそらくあたしの部屋よりも広いのに、スペースを持て余すように、本当に必要な物しかない部屋だった。


 まるで、いつでも此処からいなくなれるような。



「ん…」

「!智洋くん、大丈夫?」

「――あれ、俺……」


 今自分のいる状況が把握できないのだろう、覚めきらない目をこすりながら、きょろきょろと視線を泳がす。


「テスト終わったら、倒れちゃったんだよ。もう、びっくりしたんだからねっ」

「……たおれた……?」

「睡眠不足でしょ。忙しかったもんね、両立。彼女に連絡する暇もなかったんじゃない?体調良くなったら、早く連絡してあげなよっ」


 あたしは一人でぺらぺらと喋った。

 思ってもいないことなのに。彼女の話なんて、本当はしたくないくせに。

 だけど、智洋くんが彼女の話をするときの表情をまた見たいだなんて、矛盾した思いが駆け巡っていた。



 くすぐったいような、照れたような――そんな優しい表情をすると思っていたのに、彼の表情は何一つ変わることはなかった。

 少しの沈黙の後、彼は静かに口をこぼした。


「……連絡、とってないよ」

「だから、しなよって。忙しかったんでしょ?」


 彼の様子がおかしい。

 あたしは確かめるようにもう一度同じことを言った。しかし彼は再び、さっきよりもしっかりとした口調で言う。


「――とってないよ。半年前からずっと」



(――――どうして?)

 一つだけ、心当たりが思い浮かんだ。


「…………あたしが……言ったから……?」


(あたしがあの時―――……っ)


「――違うよ。おまえ関係ない。……もー終わったの。俺が全部悪いんだし」

「終わった………?」


 信じられなかった。

 だって、彼はいつもと変わらなかった。むしろいつも以上に張り切ってた。

 それは遠い町の彼女の、支えあってのことだと思っていたのに。



(………そんなのひどい)


 そうなった理由が、あたしには解る訳がなかった。

 けれどどんな理由であっても、こんなに頑張っている彼を、一人ぼっちにした彼女に小さな怒りを覚えた。



(――――あたしなら…!)


 そんな思いが駆け巡る。


 あたしなら、ずっとそばにいるのに。

 そばで、支えてあげられる。医学の知識だって、ふつうの子よりは多く知ってるはずよ。

 何より、ずっとそばで見てきてるんだもん。きっとたくさんの苦労をわかってあげられる。


「……あたしなら」


 今度は言葉に出していた。

 せきとめていたものが、溢れ出すのをもう止められない。


「そばにいる…苦しい時に、ずっとそばで、支えてあげられるよ。―――代わりに、なるよ…」


 全て言い終わった時、全身が震えあがった。

 言いたいこと、全部言えた。伝えることができた。

 この想いが空気に触れる、はばたいていく。

 叶わなくても、実らなくったっていい。

 せめてせめて、居場所をちょうだい。




「――――ありがとう」


 おりてきたのは、そんな言葉。

 たったそれだけだった。

 でも、彼はあたしがそばにいることを、許してくれたように聞こえた。


 そんな風に、思った。




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