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勿忘草  作者: 紫雨
第二章 -それぞれの-
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青-10- 忘故猛進


『ごめんね、今までありがとう。大好きだったよ。…勉強…、頑張ってね。』


 彼女はそう言って、電話はブツンと切れた。


「……………………」

 

(―――かけなおして、なんて言うんだ?)


 しばらく固まっていた状態だった俺は、受話器をもう一度握りしめる。

 リダイヤルボタンを、押そうと思い動いた手がまた止まる。


 すぐにかけ直して謝ったって、解決するような問題ではもうない気がした。

 俺が連絡しなかったせいだけじゃない。

 離れたことで、何かが変わってしまったんだ。



 何より、俺が抱いたこの恐怖が、未だ消えそうもない。

 こんな状態で、こんな俺に、いったい何ができるっていうんだ。




 ガチャンと、受話器を置いた。

 その音は、廊下に静かに響いた。



「ただいまー!」


 それからすぐに、母親の声が玄関から聞こえた。

 前居た家の最後の荷物整理のため、北の町へ戻っていたのだ。宅配便で送ったのだろう、彼女の荷物はほんのわずかだった。


「…おかえり」

「ただいま智洋!―――また…電話してたの?」

「あー……、かかってきたから。もうしない。大丈夫だから」

「―――そう」


 よかった、と母親は安心した笑みを浮かべる。

 



 俺たちがここへ来たのは、病院を継ぐはずだった兄が失踪したからだった。


 離婚の原因は母親の浮気だったが、病を患い、将来に不安を感じた親父はそれを許した。兄の代わりに俺が、病院の後継ぎとして戻ることを条件に。

 実際のところ、離婚といっても籍は抜いておらず別居という状態だったのだ。母親は、浮気をしたのは自分のくせに、親父に対してずっと執着していたので、戻れたことをひどく喜んでいる。同時に、俺が上手く立ち回っているかどうか、見張るのに必死だ。


 そんな状況に、嫌気がさしていたのに。

 今ではそれが、有難いとさえ思う。

 ここで医者になることが使命なのだと、言い聞かせてがむしゃらに進むことで、冬瑚とのことを思い出す時間すら無くすことができると。







   *   *






 

 それからの俺は、夢中で走った。

 確実にスキルは身についてきた。慣れもあり、時間の使い方もタスクのさばき方も効率があがってきたのがわかる。

 最近では、親父とともに病院にいる時間も長くなった。


 知れば知るほど、はまっていく感覚は、海に溺れるのと似ていた。抜け出せなくなりそうで怖かったが、抜け出せなくたっていいやとも思っていた。



 けれど、疲労や寝不足は頂点に達してしまったようで。

 高校の定期テスト最終日、最後の教科が終わった瞬間、俺は意識を手放したのだった。




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