全国大会を目指すチキンその5
耳を疑った。
オーストラリアンフォーメーション。サーブ時に前衛も同じサイドに立ち、クロスへの強打を防ぐというもの。現代では全く見なくなった戦法。軽く異議を唱えようとしたら月詠先輩は既に元の持ち場に戻っていた。
「無理ゲーやんけ…」
「さっきのミスった直後だからな。向こうにかけるプレッシャーも弱いだろうな」
疲労でガチガチになった足。全力疾走すれば攣りそうなところまできた。加えて俺はストレートラリーが超苦手。まぁ、いちいち文句も言ってられないか。
「なぁ健人」
「…なんだ?」
「全国行ったらハーレムできるかな」
「無理だろ」
「やんな」
やっと笑みがこぼれた。ラストのタイブレーク。死にものぐるいで取りに行こう。
デュースサイドでリターンの姿勢を取る。相手のサーブは早いだけ。俺ほどじゃないけど結構疲れてるはず。いける!
相手がトスを上げる。このサーブ…サイドに来る!
「…ラァ!」
ボールはポーチに出た前衛の横を抜ける。リターンエース。1ポイント目。
「ナイスリターン上本」
「おう。手打ち様々やわ」
足と視線をクロスへ向け手だけでストレートに持っていった。
アドバンテージサイドから俺がサーブを打つ。健人と話し合ってストレートラリーの確認のため一度アイフォーメーションでやってみることにした。ポジションを取ると相手に動揺があったように見えた。
これのせいでタイブレークだっていうのに馬鹿じゃねぇの?みたいな視線。雪ヶ崎高校の偏差値を舐めてもらっては困る。いつものスピンサーブを繰り出す。そして…
「…チッ」
ラッキーなことに相手のリターンはラインを大きく超え、アウトに。いやストレートラリーが出来なかったからラッキーではないか。まぁいい。
ここからが問題だ。次は俺からサーブ。クロスへの強打対策でオーストラリアンフォーメーションというのは理にかなってる。だが、リスクが高い。本来ダブルスというのは2人でコートをカバーするためにポジションを取っているというのに、同じサイドに2人立つと俺はサーブを打って、すぐにアドバンテージサイドに走らなくてはならない。その間に健人が抜かれても駄目。俺もうっかりクロスに打ったら駄目。ストレートラリーで耐え続ける。
今出来ることはこれしかない。健人を信用していないわけじゃないが、万が一サーブが緩くなって前衛アタックなんてされたら確実に負ける。
「任せろお前のパートナーは俺だ」
不意に背中を叩かれる。
「...せやな。頼むわ」
俺の不安を見越したかのように気遣われた。
「ここ取って流れ乗んぞ!」
「おう!!」
「ぜぇ…ぜぇ…」
コートチェンジの足取りが重い。
「くっそぉ。やっぱ練習せなあかんなぁ…。オーストラリアンフォーメーションも」
オーストラリアンフォーメーション。結論から言うと何の効果も無かった。あいつらやっぱ人間じゃねぇ。ストレートラリーで圧倒的に不利。更に平然とクロスに打ってきやがる。健人がボレーで返しても拾われる。タイブレークのスコアは2-4。
「…次は普通にやるか」
「せやな…」
次は健人のサーブ。ポーチ出るかぁ。
健人が集中力を高めている。サービス前の構えで分かる。グリップを何度も握り直している。健人のサーブは低い打点から弾丸のようにサービスラインに鋭く突き刺さる。数多くのガットをぶった斬ってきた殺人サーブ。そうだいっそ相手のガットを切りまくって勝つっていうのはどうだろうか。いいアイデアじゃないか。
「…フンッ!!!」
そうこうしてる間に打ちやがった!なんてやつだ!
さて…ポーチ出るか!
来た!絶好球!
「…えぇ?」
バチン!という音と共にボールは俺の足元に転がっていた。どうやら俺のラケットのガットが切れたらしい。
「なにやってんだ上本」
「あべし!」
これがあと20倍強かったら首の骨折れてたわ。
「ラケット取ってくるわ…」
あーあ。せっかく優妃のお父さんに張ってもらったのになー。
「ラケットケースをガサガサ漁って…あったあった」
今のうちにガットを切っておきたいのにな。ガットの切れたラケットをケースに仕舞った。
「お待たせ」
「おい上本振動止め忘れてんぞ」
「おっといけない」
ベンチに戻ってラケットに付けっぱなしの振動止めを取る。Babolatの横長のやつ。これつけた時の打感が好きなんだよなぁ。
「次のリターンで挽回な」
「上本に言われなくても」
だろうな。
「「ありがとうございました!」」
「「ありがとうございました…」」
俺と健人は最後の握手で相手に強く握られてしまった。




