脱皮してもナメクジはナメクジ
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ナメクジ生活も早一年。なんだか動き難い。別にスピーディーに動けないとか、当たり前の話では無くてね。ミシミシするのです。
こう……体が固い?筋肉が、筋肉なんか無いけど、バリバリに固まって動けない感じ?かな?痛みは無いから、何となく。イメージなんだけど。上体だけはスイスイ動けてたのに、それも何だか難しい。
ああ。
もしかして。
寿命?だったりするのかな。
そんな風に、思った。
ある日、本気でパリパリと音がした。ミシミシするのを我満して、頑張って上体を反らして、更にパリパリ聴こえる音が、自分の身体から発していると意識した。
背中を見れば、何やらひび割れていた。
いつも通常運転で濡れ濡れとキラメいていた筈の身体から、ヌメリどころか水分完璧に失ってパリパリの皮が貼り付いている。ちょっとビックリした。
蠢く度に、パリパリと剥がれ落ちて、また元のヌレヌレな皮膚?を取り戻したけれど。それも一時しのぎでしか無かった。
寝て起きて。
また。
皮膚を覆うパリパリに渇いた皮がある。
寝て起きて。どんどん、その面積が広がっていく。
そして、最近、とても眠い。物理的に動き難いのが、気力も失って、渇いた皮を落とす作業も、面倒になった。
眠くて。眠くて。もう、それ以外どうでも良い。
別に死にたい訳では無いけれど、こんな死にかたなら悪く無いかな。痛くないし、苦しくないし。ただただ、ひたすらに。眠い……だけ。
パリパリとした薄い皮は、じきに厚みを増して、頭部も覆う様になった。視界を失って、けれど、周囲を把握する術を失った訳では無かった。
触覚がそれを把握してたのかと思っていたけど、その触覚も殻に閉じ込められているのに、何となく判る。殻の中からでも大丈夫なのか、触覚とは関係ない能力なのかは、知らない。
心配そうに、ワタシの飼い主さまが、ワタシを見下ろしているのを、何度も、何度も感じて。じきに、それもワカラナクなった。
渇いた皮は殻の様に固くなり、ワタシの呼吸を奪う。息が出来なくて苦しくなったのは最初だけだ。フワフワとした微睡みが気持ち良いとさえ感じて、ワタシは眠りに身を委ねた。
時に浮かぶ意識で、飼い主さまを見付けたり、飼い主さまのママさんが水槽の中にいるワタシを覗きこむ姿を把握したりした。誰も居ない時もある。
心配されていると思った。
けれど。
それも。
また。
どうでもよかった。
不意に、お腹がすいた。
あれ?と思った。
スゴく。
久しぶりに、意識がクリアになった。
生きてる?
うん。生きてる。
何故かは知らないけど、突然、動きたくなった。動けた。
固い殻は、存外簡単に破れた。
久々に、触れた空気は、驚くほど爽やかに感じた。
お腹が……空きました。
上体を起こして振り返れば、まだ半分身体を覆う殻がある。破れた殻は、ヘビが脱皮した脱け殻みたいに見えた。パリパリの薄皮。胡桃みたいに厚くなっていた筈の殻が、また最初の皮になっていて、少しだけ混乱した。
それで、どうやら、ワタシはサナギ?になって脱皮したみたいなのかな?と理解はしたが。
芋虫がサナギになれば蝶になると云うのに、ワタシはナメクジのままだった。ヨイショとばかりに脱け殻を脱して、全身に丁寧に視線を這わしてみたが………全くと云って良いほど、ぜんっぜん変わらなかった。
………え?何だったの?
ちょっと残念なような、ホッとしたような。
微妙な気持ちになった。
ナメちゃんは脱皮してもナメクジでした。
飼い主さまが帰宅して、少し騒がしくはあったけれど、地味に傷付いた台詞がひとつ。
脱皮してもナメクジなんだね?
ワタシの台詞ですよ。つうかナメクジって脱皮するのね………などと、ちょっと現実逃避してみた。
いや、しないとは思うけど。
私はナメクジの生態なんぞ知らないからね。もしかしたら、ワタシ、普通のナメクジかも知らないからね?
そんな事を考え乍ら、ワタシはいつもの三倍ゴハンを戴きました。
ジッとママさんを見上げれば、もしかしてお代わり?と云いつつお代わりくれたママさんマジグッジョブ!
ありがとうございます。なんだか欠食児童通り越して餓鬼みたいだね。
そんな餓鬼食欲で三人前の食事をして、更に見上げれば。
ごめんね。もう何もないの……と。
ひどく申し訳なさそうに云われた。
ガーン!!!
ゴハンが無くて、こんなに絶望したのは初めてだった。
それでも寝て。起きて。
朝ゴハンの時には。
前日の食欲が嘘みたいに、普通に一人前で充分だったけど。
何だったのかな?あれ?
しかし、あれだね。
取り敢えず。
寿命はまだ先の話みたいです。
☆☆☆