1.召喚(よ)んじゃった
書くの難しい。
伝わりにくかったら、
書き直すかも...。
1.召喚んじゃった
静まり返った城の中は、夜の冷たい空気で澄みきっていた。
まだ、春も盛りであり、夜は冷える。この部屋の床も例に漏れず、夜気に温度を失い、同時に地面に這いつくばっている彼女の体温を奪い続けている。
だが彼女には、自らの体温を感じ取る余裕は残されていなかった。手足はいまだに震えが止まっていない。だから、せめて声だけはと、己の意思を振り絞り、朗々と言葉を奏でることに成功している。もしも沈黙が訪れれば、彼女の心はもはや耐えられないだろう。
数刻前、このような事態に陥る少し前。
…確かに彼女は追い詰められていた。心身共に過去に数度味わったかどうかの絶望感。手は尽くしたつもりだった。しかし、このまま奴の言葉に従っていたのでは、この国は終わってしまう可能性がある。
どうにかしなければいけなかった。でも、もう打つ手が思いつかない。
そんな彼女にとって、この儀式は「おまじない」以上の意味をもっていなかった。
「英雄神の召喚」
語り継がれる建国の物語、お姫様に召喚ばれた「英雄神」。
彼は無敵の活躍で国を大きく、強くしていった。
---神をも呼び込む奇跡の魔法儀式「英雄神の召喚」。
子供のころから何度も試した儀式だった。
試した理由は簡単、自分に力が足りないことをよく知っていたから。
若くして王位を継いだ子供。はっきり言って幼い女王様。助けて欲しかったのだ。「自分を」ではなく、「国を」助けてほしかった。
あの母でもかなわなかった敵から、みんなを守りたかった。
でも、叶わなかった。
召喚んでも。………………召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも、召喚んでも!召喚んでも!!召喚んでも!!!召喚んでも!!!!召喚んでも!!!!召喚んでも!!!!!
----何にも起きなかった。
いつからか、彼女の中で「儀式」は「おまじない」になっていった。
平常心を取り戻すおまじない。悲しい時も、怖かった時も、怒ってる時もやった。心を落ち着かせる「おまじない」。
---何にも起きないおまじない…。
だからきっと、今日も何も起きない。
…いつものように儀式の部屋に入った。
いつものように跪いた。
いつものように魔力を集中した。
いつものように儀式の唄を奏でた。
いつものように願いを込めた。---「国を助けてください…。」
……これで何も起きなければ、私は私自身と引き換えにして、この国を護ることになる。
あいつにこうべを垂れて、…あいつの女になる…。
…それでも、国を救える可能性は100%ではない。あんなことをする人間が、きちんと約束を守るとは思えない。
…約束…か。結局私は、お母さんとの約束、守れなかったんだなぁ…。
まるで連想ゲームのように、とりとめのない思考の連続。限界まで追い詰められた気持ち、いつもと違う形の「祈りに込められる想い」。
彼女は気が付いていない…、いつもと違う祈りに。
彼女は気が付いていない…、自分の心に。
彼女は気が付いていない…、彼女の願いに。
…ねぇ、こんなに呼んでるのに…どうして来てくれないの…。
約束したのに…。
「どうしても悲しくて、寂しくて我慢できないときは、呼んでね。すぐに駆けつけてあげる。」…じゃ無かったの。
どうして来てくれないの?
会いたい。…君に会いたい。…会いたいよ。助けて。…助けてよ…お兄ちゃん。
想いと一緒に、涙が溢れてくる。
魔力を湛えた両手に、想いのこもった涙が一滴、すぅっと…。
音もなく吸い込まれていく。
今までに無い感覚。
全身から力が、魔素が抜けていき、凄まじい力で現実が書き換えられていく。生まれて初めての全力をかけた魔法。
目の前に屹立する、大人三人分はあろうかと言うクリスタルの大結晶。
深海を思わせる、深い藍色の多面体、そのー面が光を失い、色を失い、黒く、ただ黒く変化していく。
その光景を地面に力なく伏せた姿で見上げることしかできない。
力が入らない。己の限界を超えた魔素の消費。身体全体が痛みだし、意識を失いかけていた。
朦朧とした意識の中で、確信が芽生えた。
儀式が成功した。
建国以来、初めての出来事、私の偉業。
私召喚んじゃった!
喜びと達成感に包まれる。このまま意識を手放してしまいたい。きっと、幸せな夢が見られるのだろう。
しかし、ふと思い出してしまう。
建国の「英雄神」。
その英雄は、初めはただの「神」だったことを…。
思い出してしまう。英雄神の物語、その一節、冒頭、出逢いの物語…。
………乙女の清らかな願い、彼の扉を開く。
かの神眠りより目覚めて曰く「なぜ、我の眠りを妨げようと望むのか」と。
神の怒り天に届き、野を越え、川を越え、山を越え、国を越えた。
怒りに触れたもの、命の無いものは音を失い、命のあるものは動きをも失った。
静寂の刻、唯一許された音、勇ある乙女の声。
乙女笑みを浮かべて曰く「貴方様に目覚めの喜びが、訪れることを願いて。」と
乙女、静寂の後、奏でて曰く、唄よあれ。と
唄忽ち国を越えて響いて曰く「目覚めよ。」と
…目覚めし神、この後、国を救け「英雄神」となる。
………「建国神記」第1章三節より抜粋
今すごい。今の私、一瞬で物凄く頭が働いてる。これは、まるで走馬灯………。
………やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。
血が凍って、身体の震えが止まらない。さっきと違う涙が溢れて、鼻水でグチョグチョ。
恐い、怖い、恐い、怖い、恐い、怖い、恐い、怖い!
怒っただけで国中を黙らせた神。
その時と同じことが起きようとしている。
--自分が神を説得する?
無理、無理、無理、無理、無理、ムーリーーーー。
誰か助けて!
激しい混乱と動揺、限界の精神と肉体。
彼女の身体は、それに逆らい準備を始めた。
地に跪き、頭を地に擦り付け、その前方に指先を揃えて立てた。
THE土下座。
彼女が今現在可能な、最上級の歓迎、そして謝罪。
今彼女が願うことはただひとつ。
噛み締めるようにそれを言葉にする。
「せめて、おしっこだけはもらしませんように…。」
皆さん気付きました?
ヒロインの初ゼリフが「…失禁…。」
想定外です。
どうしてこうなった…。
せめて、フラグじゃないことを祈りましょう。