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レーテの川の水  作者: 鮎川 了
λήθη
7/26

―顔―






 振り向くと視界が暗くそこに在る物を認識出来なかった。

 いや、暗いからでは無く、近過ぎたのだ。私の鼻先に触れんばかりの至近距離に“それ”は在った。


 それが人の顔だと解るまでに暫くかかり、そしてそれが解った瞬間、私は自分の意思とは無関係に悲鳴を上げていた。


  

 看護士が血相を変えて病室に入って来ても尚、私は悲鳴を上げ続けていた。もう、悲鳴の止め方なんて解らない。


 「明日香ちゃん!しっかりして!大丈夫だから!」


 いつの間にか私はベッドから降り……と云うよりも落ちたのかもしれない、看護師が駆け寄り、私の背中をさすっても、冷たいリノリウムの床にへたりこみ、まだあの“顔”を見ていた。


 すると、“顔”は急に口を開き


 「あの子はそんな子じゃない」


 と、云った。


 あまりにも訳が解らず、お陰で悲鳴が止まった。でも、息が乱れて何も云えない。


 やがて、“顔”にはちゃんと“体”が在る事、そして、ごく普通の中年の男性である事を認識出来た。


 その男性はその後やって来た看護士や藪崎先生に取り押さえられ、引き摺られる様にして連れて行かれる時も「あの子はそんな子じゃない、あの子は……」と繰り返していた。 



 あの人は誰?

 “あの子”って……?  

 私の背中を擦り続ける看護士に聞きたかったが、呼吸が乱れたままで言葉にならない。


 あの顔を見た時感じた尋常では無い恐怖は、確かに、以前にも、感じた事が在った。


 また頭の中に形にならない“何か”が滲み出しているのを感じる

 脳の襞の隙間から生じたそれが、形になるのを見届けるのは恐い。


 ああ……きっと私は、これを忘れたくてレーテの川の水を飲んだんだ……






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