―疑―
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病院内だけとは云え、病室の外は新鮮に感じられた。ナースステーションには大勢の看護師が居たし、その向かいの談話室には入院患者とその見舞い客とおぼしき人達が雑談していた。
新聞や、雑誌、退院した患者が置いて行ったらしい文庫本やコミックスが棚に並べられて小さな図書コーナーの様な物も有った。後で借りよう。
階段を降りて、外来とは反対側に行くと中庭に出られると看護師が云っていたので、三階から一階まで降りて行くと、途端に人が多くなる。
久し振りの人熟れ。
子供や赤ちゃんの泣き声、お年寄りのお喋り、何だか急に現実に戻った様な気がする。
中庭はちょっとした公園の様になっている。
車椅子で散歩を楽しむ人や、ベンチに座り様々な樹木と初秋の花を眺めている人、殆どが病衣なので、ここは入院患者の憩いの場なのだろう。
私もベンチに座り、小さな噴水を眺める。
家の側に在った公園に似ている。ペコとよく散歩に行った公園に。
……ペコ……
急に悲しさが込み上げて来た。
可哀想に、ペコ。
既に死んでしまっていたとは云え、逃げる事に気を取られていたとは云え、ペコの体を踏みつけてしまったあの感触。
悲しさと悔しさで涙が出た。退院してもペコにはもう会えない。
涙が次から次へと溢れて来る。ハンカチかタオルを持って来るべきだった。仕方無く病衣の袖で涙を拭っていると、おかしな事に気が付いた。
何故、私はペコの死だけを悲しんでいるんだろう?
家族全員が殺されたのに、何故ペコが死んだ事だけが悲しいんだろう?
父の事だって大好きだった筈だし、母だって……
そして、弟。弟は……
其処まで考えて、背筋に冷たい物が走るのを感じる。
私に弟なんて居ただろうか?
何か、大事な事を忘れている様な気がする。
噴水の、水と水がぶつかる涼しげな音。心を癒すはずのその音が、心の中を掻き乱す中
「明日香ちゃん?」
背後から、誰かに声を掛けられた。




