表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーテの川の水  作者: 鮎川 了
λήθη
1/26

ー無ー






 目覚めるとそこは白い部屋で、嫌味な程に清潔な匂いがした。


 その時は、その部屋がどんな部屋なのか、そしてそこで目覚めた私は一体どんな状況なのか解らなかった。

 記憶が混乱していると云うよりは、記憶が無いのだ。 

 自分の名前は解る。ただ、自分が何故こんな所に居るのか思い出せない。

 やがて、白い服を着た男が現れて「私の云う事が解りますか?」と聞く。

 一応、聞こえているので頷くと、彼の聞きたい事はそうではなく“言葉が通じているか否か”だったようだ。


 「断片的に記憶を失っているようだ。完全な記憶喪失なら言語も忘れている筈だからね」 


 白い男は側に居た白い服の女にそう話した。

 そのやりとりを聞いているうちに、ここは病室で、この白い服の男女は医者と看護師なんだな。と、ぼんやり解って来た。


 

 しかし、そんな事が解っても不安はますます膨らむばかりだ。医者の質問に答えているうちに、私が高校生だと云う事は思い出した。

 学校の校舎の形や制服のデザイン、退屈な授業風景、そんな事を漠然と。


 しかし、医者がいくら質問しても答えられない、思い出せない事がある。


 “家”そして“家族”の事だ。高校生と云う事は、まさか、天涯孤独で、一人で暮らして居たとは考えにくい。確かに“家”も“家族”も在る筈なのだ。医者が云うには“断片的な記憶喪失の人がほぼ真っ先に思い出す事”だと云うそれを、私はどうしても思い出せなかった。

 思い出そうとすると、意識がどす黒い闇の渦の中に吸い込まれそうで気分が悪くなる。


 「思い出せ無いなら、自然に思い出せるまで待とう」医者が云う。


 でも、それでは、病院側は困るのではないか?家族の連絡先も解らない者を入院させて、治療費や入院費は誰が払うのだろう?記憶を失っているくせに、そんな事を心配する自分もおかしいが。


 そもそも、何で私は此処に居るのだろう?

 何で記憶を失ったのだろう。


 医者に質問したけれど、答えてはくれない。もしかして私だけが知らないだけで、隠しているのかもしれない。


 知ってるなら教えてくれればいいのに。まるで、よってたかって私を苛めている様だ。


 「云ったでしょ?無理に思い出さない方が良いと。君はレーテの川の水を飲んだんだ」

 


 ……レーテの川の水……?


 医者の云うその言葉は何かの比喩なのだろうが、私はその意味を理解出来なかった。 










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ