後 編
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月が中天を指し示す頃、俺を含めた7人の男達は準備を万端に整えて迎えが来るのを今か今かと待っていた。
少し離れた場所では海エルフ達の奏でる御囃子の音が途切れる事無く鳴り響いている。
俺は未だ海エルフの女性との邂逅叶わず、得体の知れない焦燥感を抱えながら、マントの合わせを強く握りしめる事で心の奥底から滲み出る不安と闘っていた。
今俺が身につけている物は足首までを覆い隠す薄手のマント一枚。
その下は海エルフに伝わると云う伝統の装束、『聖なる衣』を纏うのみ。
霞がかった頭に何かが訴えかける。
――― 何かが オ カ シ イ
だが何がおかしいのかが分からない。
俺は何か…どこかでトンでも無い間違いを犯してしまったような…いや、今も……?
そんな嫌な予感が頭から離れない。
気を抜くと粗くなりそうな呼吸を意識してゆっくりと吐き、火照る身体を持て余しながらも散漫になる意識を必死で繋ぎとめる。
何がそんな風に思わせたのだろうか…今の自分には最早それすらも分から無くなった…。
過ぎる時間と共に意識が段々と拡散し、いろんな事がどうでも良くなって来る。
それでも最後の抵抗を、とでも俺は考えたのだろうか。
ぼんやりした頭で視線を上げて周囲にいる筈の男達を窺う。
彼らは一様に興奮を隠しきれ無い様子で―――いや、そもそも隠す気も無いのか―――その半数が既にマントを脱ぎ捨て粗い息で『聖なる衣』を見せつけるように揺らしていた。
何処からか聞こえてくる軽快なシャラシャラという音色が耳に心地よく響く。
その音の出所を脳が認識した瞬間、俺の気力は……尽きた。
ドンドンハイハァーイドンドンピーヒャララ~ドンドンハイハイピーヒャララ~
ドンドンハイハァーイドンドンピーヒャララ~ドンドンハイハイピーヒャララ~
ドンドンハイハァーイドンドンピーヒャララ~ドンドンハイハイピーヒャララ~
俺たちが祭祀の場に加わるとそれを合図に鳴り響く楽の音が変わる。
軽快な楽の音に合わせて狂う様に踊るのは海エルフの男達。
誰も彼もがマッチョ。
マッチョマッチョマッチョマッチョマッチョーっ!
右を向いてもマッチョーっ! 左を向いてもマッチョーっ! どこを向いてもマッチョォーっ!
―――だから何でマッチョしかいないんだよっ!
霞がかった頭で必死に突っ込む俺。
が、その思いも虚しく周りの音に紛れて消えゆくのみ。
そうこうしている間も俺の目の前では上半身裸でマッチョな肉体を惜しげも無く晒し、己の全てを叩きつける様にして踊り狂う暑苦しい男達の姿が。
祭壇の炎に照らされたマッチョな肉体をきらめく汗が彩るっ!
激しく腰を振る男達が身に纏うのは、大事な所を覆い隠す一枚の『聖なる衣』のみっ!
それは肉体の躍動に合わせてシャラシャラと軽快な音を立てる。
暗い色をした海の恵み。
その名は…… ワ カ メ ェェェーっ!
良~く乾かし一センチ程の太さにクルリィ~ンっと丸まった黒いワカメっ!
海の恵みの象徴、子宝祈願、豊富なミネラルと栄養分をたっぷり蓄えたワカメっ!
それが腰蓑よろしく幾重にも束ねられ、情熱的に舞う男達の腰を彩り楽の音に合わせてシャラシャラと軽快な音を奏でているのだ。
ハーイっ! ズンドコズンドコズンドコ ズンっ! ズンっ!
ズンドコズンドコズンドコズンズン ポロリもあるよっ! ハイハイっ!
――― 男のポロリで誰が喜ぶっ!
軽快なリズムに合わせ、男達は鍛え上げた肉体を見せつける様にして腰ワカメ一丁で舞い踊る。
ハイっ! 横にシェーイクっ、大きく素早く腰を振ってぇ、ハイハイっ!
次は前後に大きく突き出してっ! ハイッ!
ズンズンズンズンっズンチャッチャッ! ソォレッソレソレっズンチャッチャッ!
ズンズンズンズンっズンチャッチャッ! ソォレッソレソレっズンチャッチャッ!
ズンズンズンズンっズンチャッチャッ! ソォレッソレソレっズンチャッチャッ!
男の命、それは腰だぁぁぁーっ! 今こそ日頃の成果を示せぇーっ!
素早く、雄々しく、逞しぃぃぃくっ! さぁ命の脈動を感じさせろォーっ!
さあ踊れっ! 狂えっ! 己の逞しさを女達にアッピぃ~ルぅして見せろォォォーっ!
―――だから何でそこで巻き舌なんだよっ、分けわかんねぇよっ!
ワカメ ワカメ ワカメ ヘイヘーイっ!
子宝沢山ワ・カ・メっ ヘーイっ! 昆布もあるよっ ヘイヘイーイっ!!
―――昆布? ……見分けつかねぇっ!
先導する声に合わせて周りにいた冒険者の若者たちまでもが熱に浮かされたかのようにマントを脱ぎ棄てる。
彼らは『聖なる衣』という名の腰わかめ一丁を身に纏い、我先にと狂乱の渦の中へと飛び込んで行った。
―――信じられねぇ! お前らそれでも文明人かっ! ……違うんだった。
現実逃避に忙しい俺をあっさりと置き去りにして、踊りの輪の中に同化している冒険者たち。
その姿はあたかも炎に群がる蝶の様な……………やっぱり蛾かもしれない。
そしてその狂乱の輪を少し離れた所から食い入る様にして見つめている複数の人影―――海エルフの女たちがいた。
彼女たちは未だフードを目深に被り、その姿をマントの影に隠している。
冒険者達が輪に飛び込む事が合図だったのか、その彼女達が一斉にマントを肩から落としてその姿態を露わにした。
彼女達がマントの下に纏っていたもの、それはその優美な姿態にピッタリと張り付き身体の線をこれでもかと強調している薄らと透けた白絹。
他にその身を飾るのは貝殻で作った小さな胸当て、ただ一つ。
男達の情欲を煽る暴力的なまでのその姿は妖艶な色香を放って抗い難い魅力で男を誘う。
美しく健康的な褐色の肌。
たわわに実った乳房。
折れそうな程に細くくびれた腰。
ムッチリとした太ももにきゅっとしまった足首。
そんな女たちが頬を上気させ、瞳を潤ませ……、って何で俺のマント脱がすのぉぉぉぉーっ!
違う、ちょっと待てっ!
エルフってのは常に襲われる側のはずだ!
森の狩人と言われる一方で何故か何時でも何処でも樹木子の餌食になって、更にはあられもない姿で触手に嬲られ悶え狂う、それがエルフっ!
常に襲われる側であって夜の肉食獣的な意味合いで襲いかかって来るエルフなどエルフでは無いっ!
よせ、ヤメろっ!
第一、こんな…こんな…、
バインバインのチチなんて、エ・ル・フ・じゃ・ねぇぇぇ―――――っ!!!
なのに願い虚しく俺の四肢に押し付けられるムニっとしたおぞましい感触―――。
俺の好みはAAAだ。
巨乳も爆乳も断固拒否だっ!
だ・か・ら・その気持ちの悪い脂肪の塊を、この俺に押し付けるなぁぁぁ―っ!!!
おぞましい衝撃と苦痛に苛まれる中、正気を取り戻した俺の頭の中では幾つものピースが弾け、凄まじい勢いで形を成して行った。
ギルドで感じた生温い視線やギラついた視線。
依頼を渡した途端に不機嫌になったギルドの受付嬢。
寂れ行く海エルフの里。
祭祀に健康、体力…若さ? 誰にでも出来る仕事?
若き情熱の滾り? 存分に……注ぐ?
多くの実り……………み・の・りっ!?
祭祀で生じる『モノ』ってあれか? ……物じゃなくて『者』かよっ!?
女エルフが身ごもった子供は相手がどうあれ常にエルフ……。
まさかエルフ並み、もしくはそれ以上の魔力を持ってさえいれば…誰でもいいとか!?
それじゃあ依頼書にあった権利って……もしかしなくても子供の親権って意味ですか―――っ!?
俺の頭の中で渦巻く真実の欠片たち。
だが既に賽は投げられた。
遅かったのだ……何もかもが。
この絡み付く柔かな腕が俺を絶望へと突き落とす。
俺の心は必死で抵抗を続けている。
だが俺の身体は既に全面降伏の白旗を掲げているのだ。
執拗に塗り込められた香油(催淫剤)が―――。
口に捻じ込まれた亀(精力剤)が―――。
更に無理やり流し込まれた蛇(強壮剤)が―――。
俺の身体は自分では最早どうにもならないほどに熱く滾る。
脂肪の大きさなどもうどうでもいい、そう思うほどに俺は追い詰められていた。
そして……俺の意思に関係なく俺の息子は猛り狂いついに……暴走を始めたのだった。
流石は齢数百年を生きると云うエルフ。
その長い年月、無駄に鍛え上げた技をここぞとばかりに如何無く発揮してくれた彼女たち。
その彼女たちの導きにより俺はついに賢者タイムも真っ青な無我の境地を会得した。
俺はただ静かにこの流れに身を任せるのみ。
そしてそれも朝の光と共にゆっくりと終りを告げる……。
祭りの終わった後の気だるい余韻を纏った空気の中、虚ろな俺の瞳を射た太陽の光はやけに……黄色かった。
―――――これが七日間? 嘘だろっ!? 死ぬ、絶対に死ぬからっ!!!