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前 編

*



 住めば都―――。


 昔の人は上手い事言ったもんだよね。


 流石にウン年単位で暮らしていれば愛着もわくし、異世界と元の世界との差異や違和感も段々と薄れてくるってもんで…。



「ようケンこんな時間に珍しいな、今日は休みか?」

「いや、思いのほか早く片が付いたんでこれからギルドに報告に行くとこ。

 そっちこそ昼間っからこんな所で油売ってないでちゃんと仕事しろよー。

 でないと美人のカミさんに浮気された挙句にお前なんかあ~っと言う間に捨てられちまうぞー」

「縁起でもねぇ!」

「あははははっ、じゃあなー」



 基本的には一つの町を拠点にして暮らしている俺にはこんな風に気軽に声を掛け合う知り合いも出来た。


 その中には連れだって飲みに行くような相手だっているし、それなりに馴染んで来たと思う。


 …ここに来た直後には考えられなかった事だけどな。


 今から思うと結構早い段階で俺にもトリップチート……ってほどじゃ無かったけど、幾つかのお約束が適応されてるって気付けた事が良かったんだと思う。



 まず第一に言葉。


 何故か異世界のクセして言葉が普通に通じるってお約束。

 これマジ感謝! ほんともうこれ無かったらマジ死んでたって!

 何で通じるんだとかって難しい事は考え無いよ、考えたって無駄だからね。



 次に身体能力。


 これは飛び抜けて上がったってほどじゃ無いけど、こちらの世界だと100人いれば上位5位には入るだろう…くらいになってた。

 うん、ヘボいのはわかってるし上がってソレかって突っ込みもヤメろ。

 運動神経が鈍かった俺にはこんな地味な上がり方でも嬉しかったんだよ!

 実際に無茶苦茶助かったしな。

 ――だからそこっ、ショボイ言うなっ!



 そして最後はだな、お約束とも言うべき魔力。


 俺の魔力量は宮廷魔術師並み…って言ってもわからないか。

 国に仕える魔術師の中でも上位の者を指すんだけど、俺が今居る国ではそれに該当するのは50人くらい。

 ああ、わかってるさ……わかってるから何も言うなよ。

 昔読んでた本の中でのトリップ特典は『底の見えない魔力』とか『一人で国を滅ぼせる化物じみた力』とかが当たり前だったしな……。


 念の為に言っとくけど土壇場で覚醒したりしないし封印がとけたりとかも無いからねっ!

 所詮俺はどこまで行っても庶民凡人一般人、それのどこが悪いっ!



 これでもちゃんと食って行けてるし、最近は力の使い方にも慣れて名指しで仕事が入るくらいには名前も売れて来たんだ。


 俺はこっちでもそれなりに楽しくやって行くさ!




 これは俺がそんな風に前向きに考えられるまでになった、とある夏の日の出来事だった。








     □ ■ □ ■ □








『…海エルフ……』


 次の仕事を探す俺の目に飛び込んできた魅惑の言葉。

 こちらに来てからただの一度も邂逅する事の叶わなかった(俺的には)至高の種族!


 俺の夢、俺の憧れっ、俺の貧乳っ!


 …ん? 何か混ざった気がするがきっと気のせいだ。


 そして気が付くと俺の手にはしっかりと握りしめられた依頼書が…。

 どうやら条件反射で引っぺがしていたらしい。


 その時に何やら生温かい視線や酷くギラついた視線、非常に不穏な気配を感じたような気がしたが…気のせいか?

 意識が戻って直ぐに周囲を見渡して見たけど特に変わった様子は窺えない。


 俺はどうにも据わりの悪い感覚に首を傾げながらも手に取った依頼書に目を落とした。


 依頼内容とその条件は……やたらと細かいな?






【依頼内容】


 来る火の月に行われる海エルフの祭祀に参加して下さる方を募集しています。

 ご存知の方も多いかとは思いますが我々海エルフの人口は減少の一途を辿っております。

 それゆえ、誠に恥ずかしながら近年では神聖なる祭祀を司る事さえも覚束ないあり様です。

 どうか心ある皆さまの熱き血潮の一滴ひとしずくを我ら海エルフにお与えくださいませ。



【条件 神聖にして厳格なる祭祀ゆえ下記条件を全て満たす方以外はご遠慮下さい】


 ・ 人族の男性 (女性及び他種族の男性は不可)

 ・ 18歳以上35歳未満の方

 ・ 体力に自信の在る方

 ・ 健康な方(持病や特定の疾患などをお持ちの方はご遠慮ください)

 ・ 魔力の豊富な方

 (具体的には魔力量準1級以上をお持ちの方に限らせて頂きます)

 ・ 国家、もしくは国に属する機関には所属していない事

 ・ 祭祀にて生じたモノ・・の権利は海エルフの一族にあると御了承頂ける方



【その他】

 ・ ―――――――――――

 ・ ――――――――

 ・ ―――――



【冒険者の皆さまへ】


 これは熱意と体力さえあれば誰にでも出来るお仕事です。

 どうか皆さまの若き情熱の滾りを存分に注いで頂き我らに多くの実りをもたらせて下さいませ。

 この依頼を完遂して頂ける素晴らしきモノをお持ちの方を心よりお待ち申し上げております。


                        ―――――海エルフの巫女より






 うーむ。


 これは条件さえ満たしていればそれで十分って事か?

 部外者に神事の重要な部分を担わせるとも思えないし…人数合わせとかサクラの意味合いが強いのかもしれない。


 しかしそれはそうと海エルフの巫女…良い響きだ。


 俺は条件から謝礼金の欄まで一通り目を通しながら、この世界で得たエルフに関する知識を思い起こしていた。




 ――――― エルフ ―――――


 この世界にはエルフと呼ばれる人によく似た外見を持つ種族がいる。

 彼らは人と違って細長く尖った耳を持ち、人よりも遥かに魔法の素養に秀でている。

 エルフにとっての魔法、それは神が自らに与えた聖なる力であると定義されている。

 その為かエルフは魔法に秀でた者が持て囃され賛美される傾向が強く、魔力の大きさに対する執着も強い。

 この種族には森エルフと海エルフと呼ばれる二種族がいて森エルフは森の奥地に、海エルフは海の傍に住んでいる。

 森エルフが真っ白い肌をしているのに対して海エルフは褐色の肌をしている。

 そのはっきりとした差異の為、双方を見間違うという事はない。

 彼らと他の種族は対立はしていないが積極的な交流もしていない。

 その点から閉鎖的な種族であると言われている。

 それでも少ないながらに異種族との婚姻の事例はあると伝わる。

 書物の一説を信じるなら人とエルフの間には異種族であっても子供が出来るそうで、その場合は外見的な特徴は産み腹、つまり女性の種族の特徴のみが引き継がれるらしい。

 要するに何が言いたいかと云うと、この世界には非常に残念な事にハーフエルフというものは存在しないと云う事だ。(ただし、残念がっている者が他にいるかは不明)

 この事から人とエルフは起源を同じくすると唱える学者もいるが、あまり一般的な説とは言い難く……………。

 ―――――――――――

 ――――――――

 ―――――






 俺は正しいかどうかもわからない、知識というのもおこがましい程度の僅かな記憶を浚いながら、今回の依頼条件を改めて見直す。


 まず健康や体力、それに年齢制限まである。


 祭祀っていうものは見ている側は非常に気楽なモノだが、実際にやる側は精神的にも体力的にもかなりキツイものだと聞く。


 伝統や格式があればある程に、動作一つとっても定まった型があり作法がある。


 『厳かに見える所作』と云うものはそれなりに身体に負担がかかるものが多いのだ。


 それに何をやらされるかは分からないが、若い方が柔軟性がある分使い勝手もいいのかもしれない。


 期間を見ると火の月火の週の初めから七日間、真夜中から明け方に渡って毎日行われるとある。


 儀式にはそれに挑む前の準備やなんかもあるだろうし…そう考えると重労働だ。


 文面には『体力さえあれば大丈夫』みたいな事が書かれてるけど、逆に言うとこの仕事は体力勝負って事だ。


 俺はまだ若いし健康だし、こちらに来てからは体力にも自信がある。


 ちょっと人族って所が引っかかるが(異世界人だしなー)、まぁ外見的には何の問題も無い!



 それから次に国家だの権利だのと仰々しく書かれている件にしても、だ。


 そもそも祭祀や神事なんて名の付く物はそれを祭る集団にとっては外部に秘すべき重要なもののはずだ。


 その重要性と海エルフ達の感情をかんがみれば、『国家』や『権利』なんて言葉ををわざわざ盛り込んで仰々しく飾り立てている理由も自ずから浮んで来る。


 この言葉は自分たちだけでは祭祀一つ満足に取り行えなくなった海エルフ達の、最後の矜持の表れ。


 そう思えばしっくりと来る。


 期間雇いのどこの馬の骨とも知れない冒険者に重要な役を担わせるとは思えないし、そもそも『人間の国家』と云う巨大組織が寂れて祭祀も満足に行えなくなった海エルフの里をまともに相手にするとも思えない。


 恐らくはこのような牽制が中身の無い、形だけの物にしか過ぎないと一番に理解しているのは海エルフたち自身だろう。


 俺はこの短い一文に寂れ逝く少数民族の誇りと悲哀を感じて、何とも言えない気持ちが沸き起こる。



 だが仕事は仕事だ。


 俺は自分の感情に蓋をすると最後の確認に入った。


 最後に残った条件…準一級以上の魔力。


 はっきり言ってこれは高望みが過ぎるんじゃないかと思う。


 俺自身は一級の魔力量を持っている。


 だけどそう云った人のほとんどは国がらみの仕事についているから、『国家、もしくは国に属する機関には所属していない事』という一文に抵触する。


 俺が居たからいいものの、これでは引き受け手を探すのも大変なんじゃないだろうか。


 例え準一級以上の魔力量を持ち条件に当てはまる人がいたとしても、必ずしもその人がこの依頼に興味を示すとは限らないのだ。


 だがしかし、ここで俺の脳裏に天啓が下ったっ!


 相手はエルフ。


 エルフと名が付いているのだから多分、いや絶対に気位が高い…はず!


 エルフの巫女ともなればその高さはきっとエベレスト並み、いやそれ以上に違いない!


 これは所謂、―――――ツン。

(ついでにデレが付いて来るなら尚良しっ!)


 そんな気位の高い彼女たちが何の特色も無い一般人に協力を要請できるだろうか?


 その答えは、―――――否。


 そこで彼女達の出した最大限の譲歩。


 それこそがこの条件なのだ!


 彼女達にとっての魔法は神が与えてくれた聖なる力。


 そのせいなのか魔力の大きさに対する賛美や執着が非常に強いと聞く。


 つまりこれを翻訳すると―――。




『私たちにはあなたの力なんて必要ないわ!

 …でも、それだけ大きな魔力を持っているって事はきっと神があなたを認めているって事よね。

 だから…、だからね…。

 えと、あなたがどうしてもって言うならちょっとだけ、ほんのちょっとだけ手伝わせてあげなくもないわよ?

 言っとくけど私があなたを頼りにしてるとかじゃ、無いんだからね!

 勘違いなんてしたら承知しないんだから!』




 ―――謎は全て解けたっ!


 これぞ素晴らしきかな種族特性 ツ ン デ レ !


 俺は胸に沸き起こる衝動のままに大きく頷く。


 周囲から向けられる可哀想な子を見る様な視線も今の俺には何の痛痒も与えない!



 この依頼はギルドを通しての正式なものだから『生贄として死んでくれー』的なお約束展開にはまずならないだろうし(そんな事をしたら海エルフは冒険者ギルドって組織全体を敵に回す事になっちゃうからね!)、魔力を寄こせって言われる事はあっても死ぬまで絞り取られる事は無い…はずだ。



 と、云う事で―――――。




 俺は自然とニヤケそうになる顔を必死で押さえながらいそいそと受付カウンターへ向かったのだった。


 ―――つんでれエルフが俺を呼ぶぅぅぅっ!
















「…この依頼を受けられるんですか、そうですか」


 あれ? なんか一瞬で周りの温度が下がった気がする。


 いつもにこやかな受付嬢の笑顔が…ええと、氷の微笑ってこんな感じ?


 俺は顔を引きつらせながらも咄嗟に日本人特有のスキル、『取り敢えず困ったら曖昧に笑っとけ!』を発動する。


 業務作業中の彼女に、『こっちは友好ですよー敵意なんてありませんよー』とさり気無くアピールして見る、が…。


「――では期限までにこちらの指定場所に向かって下さい。

 手続きは以上です。

 後が詰まってますのでサッサとどいて頂けますか」


 なんかますます事務的に処理された気がします! すでに氷点下ですっ!


「ええと、…了解しました」


 俺は突き刺さる様な冷ややかな笑みに追い立てられる様にしてカウンターを後にした。


 後ろをチラリと振り返るが最早俺の事など見てもいない受付嬢。


 花で例えるならばほころび始めた蕾、若干16歳のスレンダーで華奢な感じの女の子。


 首から下をチラッとみれば、そこにあるのは俺好みの非常になだらかな双丘。


 むしろ平原! (ここ、非常に重要です!!)


 俺は彼女がカウンターにいる時は必ずそこに並んで偶には無駄話なんかもしちゃったりなんかして、最近はもしかして脈あり?そろそろイケる?ってくらいに良い雰囲気が漂い始めていた……気がしたんだけどな。


 俺、なんか怒らせること言ったっけ?


 首を傾げながらも俺はギルドを後にした。


 後から思えばここで有耶無耶にしたりせず、もっと注意を払って違和感の正体を探っていれば俺の未来は違っていたのかもしれない。


 だが俺がこの日の事をどんなに悔やんでも、過ぎ去った過去が変わる事は無い。


 俺が彼女の笑顔を再び目にする日は―――来なかった。











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