道
神話の中にあったこの国に道徳といったものが輸入されたのは、6代前の王の時代である。
王の気まぐれにより導入され、庇護されたこの隣国の教えが、後に王の一族を追い詰めることとなろうとは、彼自身は思いもよらなかったであろう。
とはいえ、この王は天寿を全うし、この教えはこの国の上流階級に急速に広まっていった。故に凡庸であったこの王は後世においては賢王と称えられている。
この教えは、大雑把にいうと、王が王であること、臣が臣であることをもとめるものであったが、その教典の中に、危険な教えを潜めていた。
それは王が王たりえないとき、臣は王を逐ってよい、というものである。
ーつまり、奈保の祖父の代にあった王の放逐劇は、その理念をこの教えに由来していた。
奈保も、夏目も、そして志美も、この教えをよしとする時代の風のもとに育っている。王を神とする時代が変わろうとしていた。
だが、既得権を手放せないものはいつの時代にもいる。
そして神々の末裔といわれる王の一族への信仰を捨てきれない者も。
ー戦は常に奈保の身近にあった。
「来週…ですか」
奈保は、王の書簡を持ってきた女官の言葉を繰り返した。
はい、と女官は頷く。
「来週、青の間にて、婚儀を行うとの、王のお言葉です」
「来週とは…!まだ婚礼衣装の準備も整ってはおりませんのに!」
乳母が悲鳴のような声をあげる。
ばあや、と奈保は乳母をたしなめ、女官に頷いてみせた。
「王に、わかったとお伝え下さい」
「姫さま?!」
乳母の言葉を手で制する。
女官は一礼して去った。
「仕度を急がないと…」
やや茫然と奈保は呟いた。
「婚儀をはやめる、ですか」
志美の言葉に夏目は頷いた。
「そうだ。出来るだけ早く…来週には執り行いたい」
「訳をお聞きしても?」
「…奈保を殺そうという動きがある」
「?!」
志美は一瞬、その眼を大きく見開いた。そしてふう、とため息をつく。
「そこまでに信仰が強いとは…!」
「御身の一族は一族以外の者をめとらない。神聖な血が穢れるとして」
陰鬱な声で夏目は言った。
「そして、その信仰は御身の一族だけのものではない」
「ええ…わかっています」
「あなたはその信仰から民を解き放ちたいと言った」
「ええ…これまで、多くが死に、そしてまた、多くが戦に投じられようとしている…わたしはそれを止めたい…」
「…そして、あなたの言葉をわたしは信じた」
静かに夏目は言った。
「そして奈保の…妹の命を賭けに投じたのだ」
大変放置してました…しかもあまり進まない…