苦み
今城の遺体は見つからなかったという。
「お可哀想に…」
さめざめと泣く乳母を、奈保は表情も変えずに見ていた。
哀れだと思う気持ちは勿論、ある。
しかし涙は出なかった。
ーあなたにとって、わたしは、あくまで、王の決めた婚約者でしかなかったのですね。
その通りかも知れない、と奈保は思う。
兄王の妹として生きることを決めてから、奈保は娘たちの好む恋物語を読むのを止めた。そのような恋は自分には縁のないものと思い定めたのだ。
ーそして婚約者にも恋を求めなかった。
だが今城にとっては違ったのだろう。彼は婚約者に情を求めた。そして、それは当然のことなのに…見誤ってしまったのだ、奈保は。
だから、奈保が今抱いてるのは後悔なのかも知れなかった。
彼はおそらく、傷ついたまま死んだ。
しかし奈保は泣けない。死んだのは奈保の婚約者ではなく、兄の臣下のひとりに過ぎないのだから。
「お可哀想に…」
乳母は泣く。
泣くのは、或いは泣かない奈保への言葉なき非難なのかも知れなかった。
婚約者に情を抱かず、彼の一族へ淡々と嫁ごうとしている奈保への。
乳母が奈保を愛しんでいない訳ではない。
ただ、乳母には理解出来ないだろう。
ー乳母は王の妹では 無いのだから。
「遺体が、見つからない…?!」
夏目は、影の者の言葉を繰り返した。
「誠に、申し訳なく…!」
目の前の黒ずくめの男はただただ平伏している。
「あれには、影を付けていたのでなかったか?!」
今城が奈保への思いを抱いていたことは知っていた。だからこそ、遠地に引き離し、影を付けたのだ。
愚かな火種とならないために。
彼を殺さなかったのは従兄弟への情故に過ぎなかった。
「影は死体で見つかりました」
「!?」
夏目は顔色を失う。
影は手練れの者たちばかりだ。彼らが死体で見つかるなど、尋常のこととは思えなかった。
「…とにかく、このことは慎重に扱わねばならぬ」
しばしの自失の後、漸く夏目は言った。
「遺体が見つからないことは隠しとおせまい…あれの家族…叔父上たちが現地に向かわれたと聞く…ただ、彼の死は確かなものとされなければならない」
「と、申されますと?」
「彼が死んだという事実を揺るぎないものとしなくてはならぬ」
彼が生きていようと、死んでいようと。
ー「賊」の自白が要るな、と、物憂げに夏目は言った。
あれ。なかなか恋愛にいきません…。