星と月
「あれが、奈保殿ですか」
後ろから掛けられた声は疑問ではなく確認だった。
「そうだ」
夏目は頷く。
「言ったとおり美しくはない。ただ心根は悪くはないが」
「そうですか」
褒めるとも貶すともつかない兄の言葉に青年は感情を感じ取らせない素っ気なさで応えた。
夏目は青年をじっと見る。
「志美殿」
青年の名を呼んだ。
「はい」
青年は口許に笑みを浮かべた。
つやのある唇は朱をさしたわけでもないのに薄紅の花の色合いをしている。
それが緩やかな弧を描くのを見ながら、美しいな、と夏目は思った。
美しいと謳われる彼の妻たちともまた違う。
妻たちが夜空に散らばる星なら彼は月だ。
星辰を率いる夜の王。
ただひとりの夜の君。
やはり血なのだろうか、幾ばくかの畏れとともに夏目は思った。
神々の末裔。狂気と栄光に満ちた血族。
この地において神話とは彼の一族の話のことだった。
ーコロシテシマイタイ。
突如、やけつくように夏目は思った。
王であるべく育てられた彼ですら彼の美しさを仰がずにいられない。
この地においてかの血族は神であった。彼の先祖は長く目の前の青年の先祖を主と仰ぎ敬い続けたのだ。
だが、と夏目は思う。
もう世界は神のものではない。人の手にこそ時代は移るべきなのだ。
「志美殿」
「はい」
今度は畏れもなく彼の瞳を見れた。
「もう、戻れない」
「わかって、います」
「あなたは、同族から憎まれるかも知れない」
青年は頷く。
「もとより、あなた様にお話をする前から覚悟はしています」
裏切り者と言われることも。
「…奈保を頼む」
夏目は言った。
たったひとりの妹を。
しかし彼女を泥に叩き落とすことを決めたのは他の誰でもなく彼だった。