霹靂
自室の扉を開けると奈保は駆けていた。
はしたないと老人たちに言われるのはわかっている。
奈保は特にお転婆というわけでもない。どちらかというと、分別のついた、15という歳のわりには大人びた娘と評されることのほうが多かった。
しかし奈保は駆けている。
駆けると、奈保の真っ直ぐな、あまり美しいとは言われない娘の数少ない美点ともされる長い黒髪が鞭のようにしなった。
「兄上様!」
兄王の室の扉を開くなり奈保は叫んだ。
これも、十を超えた頃から奈保があまりしなかったことだ。
兄は筆を取って書き物をしていたが奈保の顔を見て筆を下ろした。
「奈保」
奈保は息を切らしていた。
「兄上様、今城殿とのお約束がなくなったとはどういうことでございますか?」
「そのままの意味だ」
兄は突っぱねるように言った。
奈保が母方の従兄弟である今城と婚約してから3年になる。兄はただひとりの同腹の妹である奈保を可愛がり、政略の駒としては奈保を使わず、気心の知れた今城と婚約させたのだと奈保は思っていた。
その話がなくなった。
「何故に…」
「女子の知ったことではない」
そんなことはわかっている。ただ唇からもれただけだ。
王族に生まれた宿命として、奈保は自らが駒であらなければならないことを知っている。
「そなたには志美殿に嫁いでもらう」
兄の言葉に俯いていた奈保がさっと顔を上げた。その顔色がどんどん青ざめていく。
「兄上様…いや陛下あの方は…しかし…」
兄は頷いた。
「そなたはあの氏族に嫁ぐはじめての同族でない女となる」
ゆるせ、と兄は最後に言った。