第79話 立ち込める暗雲
リリナの表情はまだ暗い。しかし、それ以上彼女が立ち直るのを待つわけには行かず、クトーレたちは目的地へ向かって移動を始めた・・・・・・のだが。
「あなたについて行く前に、一箇所だけ寄らせて」
「それは構わないが・・・・・・どこに寄るんだ?」
「実家」
クトーレが聞くとあっさりルルカが答えたので、三人は首を傾げた。そのまま四人が森の中を進んでいくと、やがて奥の湖の側に、木でできた小屋のような一軒の家が見えてきた。
「あれが実家。と言っても、本当はおじいちゃんとおばあちゃんの家なんだけど・・・・・・」
手短にそう言ってルルカが駆け出そうとした時、突然、彼女の前に人影が落ちてきた。大きな音の後に土煙がたってルルカが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるとすぐにリリナが駆け寄った。
「大丈夫!?」
「え、ええ・・・・・・なんとか・・・・・・」
すぐにクトーレ、クルス、クドラが武器を取り出して戦闘体勢をとる。しかし、クルスの武器はネラプシに砕かれており、クドラは満足に魔力が回復しておらず、クトーレもブランシュールを発動できないほど消耗していた。
「なっ、お前ら。武器ないのか?」
「え、ええ・・・・・・持っては・・・・・・いたんですけど・・・・・・」
「俺は・・・・・・まだ魔力が回復していない。これでは、満足に戦えるかどうか」
苦々しい表情のクルスと辛そうな表情のクドラの事情を聞き、クトーレは溜め息をついた。
「仕方ないな・・・・・・俺の武器を貸してやるよ・・・・・・」
そう言ってクトーレは腰に差してある剣を地面に放り出したが、剣は三本とも刃が砕けていた。
「「「・・・・・・・・・」」」
「あなたの武器も壊れているんじゃない!!」
ルルカが叫ぶと、「そろそろいいかな」と土煙の中から待ちくたびれたような声がした。
「すぐにでも攻撃しようと思ったんだけど、君たちの会話が面白かったんでね・・・・・・」
「何者だ!?」
すぐにクルスが聞いたが、その声はリリナとクトーレとルルカには聞き覚えがあった。
「その・・・・・・声は・・・・・・」
「あの男・・・・・・」
リリナは目を見開き、ルルカは相手を睨む。
「ジェラレ・・・・・・なんのようだ!」
すぐさま相手の名を叫んだクトーレにクルスとクドラは驚きを隠せず、煙の中から現れた男も落ち着いた様子で目を細める。姿は人間そのままだったが、赤い目と黒い瞳がそれと一線を画す不気味さを漂わせていた。
「俺が何しに来たか・・・・・・わからなければ、彼女に聞くといい」
ジェラレがそう言ってリリナをあごでしゃくったので、クルスとクドラはすぐに彼女のほうを向いた。
「どういうことなんだ・・・・・・なんでお前ら、知り合いなんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
クルスの問いにリリナが口篭っていると、代わりに嘲笑うような笑みを浮かべたジェラレが答えた。
「彼女は我ら・・・・・・デモス・ゼルガンクの新たな同士となる者。ゆえに、我が迎えに来たのだ」
「なっ・・・・・・!?」
ジェラレの言葉にクルスは目を見張る。リリナとクドラも信じられないように目を見張り、クトーレだけが平静を保っている。
「嘘だろ・・・・・・本当なのか・・・・・・?リリナ・・・・・・」
戸惑いながら聞くクルスに、リリナは答えようとはしない。
「おい・・・・・・黙ってないで、何か・・・・・・」
「ちょっと待った」
いても立ってもいられず詰め寄ろうとするクルスを、左腕を伸ばしたクトーレがさえぎった。
「クルス・・・・・・お前、彼女のこと信じてるか?」
「え?あ、ああ・・・・・・」
「だったら・・・・・・」と笑みを浮かべて呟き、剣にしたブランシュールを忌々しそうにジェラレに向ける。
「彼女のことは、とことん信じてやれ・・・・・・」
不敵に笑ったクトーレを見て、ジェラレは「ちっ」と舌打ちをした。
「あのまま言い争いにでもなれば、少しは楽しめたものを・・・・・・」
「そのために、リリナを傷付ける嘘をついたって言うの!?」
「嘘ではない。リリナ・エルハンスを我らの仲間に加えたいというのは事実。彼女がこちら側の存在だということも、な」
「つまらない御託はいい」とブランシュールを横に構えてクトーレが言う。どうやら、先を向け続けることに疲れたようだ。
「お前らはそんなつまらないことを言いに来るほど、暇な連中じゃないはずだ」
「そうだ。俺の目的はラニャーリとルマーニャ、二つの組織の激突と、それによる戦死者の感情エネルギーの回収。武器の運搬、そしてリリナ・エルハンスの勧誘・・・・・・」
「そうやすやす話すということは、俺たちも今ここで始末するってことか?」
可能性を口にするクトーレにルルカは表情を強張らせる。その理由がわからないクルスとクドラは眉を寄せるも、二人の視線の先のルルカは肩を震わせている。
「一人殺すも二人殺すも俺には関係ない。そう、関係ないんだよ!今も昔も!」
「そうやって・・・・・・何も思わず・・・・・・」
楽しいことを見つけたように笑い、高らかに叫ぶジェラレに、震えた声を出しながらルルカが拳を握る。
「お父さんを殺して・・・・・・お母さんを殺して・・・・・・大勢の人を殺して!」
大声で叫び睨み付けるルルカに、ジェラレは口うるさい部外者を見るように顔をしかめる。
「そして今も!!こんなにたくさん人を殺して、なんとも思わないの?」
「思ってどうなる」
激昂するルルカの言葉を、さも当然かのようにジェラレは切り捨てる。
「どんなに親しい者でも、所詮他人は他人だ。そいつがどうなろうが、本当は関係ないと思ってる・・・・・・他人が死んでも心から悲しむ者なんていない」
「そんなこと―――」
「ないと言いきれるのは、お前の浅はかさだ。俺が殺した人間の子を痛むなど、所詮周りからの同情を集めるための芝居」
「違う・・・・・・」
「自分がいかに慈悲深い人間か知らしめる、悪趣味な演目に過ぎない!!」
「違う!!」
両手を広げて嘲笑うジェラレの言葉を遮り、ルルカが叫ぶ。
「そうやって人の気持ちを無視して・・・・・・どうしてそんなことができるの!?自分がやってることに疑問を持ったことないの!?」
「ないね」
うっとうしげに言い切るジェラレにルルカは息を呑み、クルスとクドラはいつでも飛びかかれるよう身構える。しかしそんな二人を止めるよう、クトーレが前に出る。
「疑問になんて思うことなんてないだろ?それとも、悩んでいるといえば満足だったか?」
笑みを噛み締めるジェラレは、挙げていた両腕を下ろして続ける。
「ちなみに、逃亡生活に明け暮れていた俺に今の力を与えてくれた連中には感謝してるぜ。おかげで、人間だった頃より楽しめてるぜ」
「なんでよ・・・・・・どうしてそう思えるのよ・・・・・・」
狂気ともいえる笑みを浮かべて嘲笑するジェラレに、ルルカは顔を伏せる。
「なんのために・・・・・・なんのためにこんなことをしてるっていうのよ!」
堪らず叫ぶルルカに、「お前らごときに言う必要はない」とジェラレは冷淡に告げた。
「以外だったな・・・・・・」
目を見張るルルカの前に立ち、好戦的な表情のクトーレが呟く。
「ここまで見当がつけられそうなことを話していてごまかす。お前が楽しむ以外の本当の目的は、よほど知られたくないようだな」
「黙ってろ・・・・・・」
痛いところを突かれたのか、眉を動かしたジェラレはそのまま顔をしかめる。
「興ざめだ。今日の所はこれで引いてやる。だが・・・・・・その女はいずれ、我らの仲間となる。今のうちにせいぜい、別れを惜しんでおくのだな」
「うっわ・・・・・・どこかで聞いたようなセリフ~」
ルルカに嫌味っぽいことを言われたジェラレは、また「ちっ」と舌打ちをして、また土煙を起こして消えた。残されたクルスたちとリリナとの間には、気まずい雰囲気が残った。
「・・・・・・ぅ・・・・・・ぁ・・・・・・ああ~、もう!!」
見かねたルルカが、気まずい場の空気を吹き飛ばすように大きな声を上げる。
「ほら、さっさと行くよ。うちはもうすぐなんだから」
そう言ってルルカが歩き出すとすぐにクトーレも歩き出し、その後にクドラ、クルス、そしてリリナも歩き出した。
―※*※―
「ただいま~」
ルルカが家の扉を開けると同時に、中にいた老夫婦が、驚きの表情でルルカのほうを向いた。
「ルルカ?・・・・・・ルルカなのね?よかった、無事に帰ってきて・・・・・・」
「全くじゃ。一人で暮らすなどと言って、わしらを心配させよって・・・・・・」
感無量で涙ぐむ老夫婦は、ルルカの祖父母と見てまず間違いなかった。クトーレとクルスは、家族の再会に水を指さないように、外に出ようとした。ところが、
「待て・・・・・・」
突然、老人に呼び止められ、クトーレたちは振り向いた。
「お前らじゃな?ワシらの孫をたぶらかしたのは!!!」
ルルカの祖父はそう言うといきなり、近くにおいてあった斧を振り回し、クトーレたちに襲いかかった。
「どぉわ!!いったい、なんなんだよ!?」
斧を避けると同時に外に出て、クドラが文句を言う。
「黙れ!ルルカが急に一人暮らしがしたいというから、前々から怪しいと思っておったんじゃ!!」
「ご、誤解ですよ、おじいさん。だいたい、僕らはルルカさんとは昨夜、会ったばかりだし・・・・・・」
クルスの弁解に、「昨夜じゃと!?と」ルルカの祖父が叫んだ。
「貴様ら・・・・・・ルルカを夜に連れまわしておるのか!!絶対に許さん!!!」
頭に血が上ったルルカの祖父は、猛烈な勢いで斧を振り回し、クトーレたちに襲いかかった。
「ちょっと、おじいちゃん。待って!」
「あなた、落ち着いて!」
ルルカとルルカの祖母が止めるが、ルルカの祖父は暴れるのをやめない。
「黙れ!!大事な孫がたぶらかされておるのじゃ。落ち着いておれるか!!」
斧が真横に振られた時、それをクトーレが真っ向から受け止めた。
「まあ・・・・・・」
「なんとぉ~!?」
あまりのことに、ルルカやその祖父母はもちろん、クルス、クドラ、リリナも唖然としていた。
「落ち着かれましたかな、御老体?頭に血を上らせると、さらに命を縮めますよ・・・・・・?」
斧を右腕で受け止めても平然としているクトーレを見て、ルルカの祖父は驚いていた。
「ふ、ふん。余計なお世話じゃ」
斧を振ってクトーレの腕を弾くと、再び襲ってくる様子もなく小屋に戻って行った。
「クトーレ!大丈夫!?」
「大丈夫だ、これくらい。俺の右腕がどんなになってるか、知らない訳じゃないだろう」
そう言われても、その場にいる者たちは驚かずにはいられなかった。
「とりあえず、ただ戻ってきた訳ではないようじゃ、な。話を聞かせてもらおうか」
ルルカの祖父に言われたとおりクトーレが小屋の中に入ると、クルスたちも後に続いて小屋に入った。
―※*※―
ルルカは今までのことを、クトーレは今この世界に起こりつつある異変や、自分がそれに立ち向かう組織ブレイティアのことを、さしあたりのない程度話した。
「なるほど・・・・・・それで、お主はその組織に、ルルカをスカウトしたいと言う訳じゃ、な」
「おじいちゃん。よく『スカウト』なんて言葉を知ってたね・・・・・・」
「年寄りを侮るもんじゃない」とルルカを諌めた後、再びクトーレのほうを向く。
「そういえば、あなたと出会ったのもその頃でしたよね」
「む、むう。そうだな・・・・・・」
ルルカの祖母である老婆の言葉に、祖父である老人は顔を赤くした。クトーレの後ろでは、クルスとクドラが声をひそめて話す。
「・・・・・・おい、ボーイスカウトってなんだ?」
「知らん・・・・・・」
「しかし、ボーイスカウトという言葉は久しぶりに聞きましたよ。お年を召していらしてるのに、まだお元気そうですね」
微笑むクトーレに、「ふん」と老人は目を細めて鼻を鳴らす。
「そのお世辞、一応褒め言葉として受け取っておこう」
「それに、ワシは若い頃ボーイスカウトとしてブイブイいわしとったんじゃ」
「我々は、強制はいたしません。参加かどうかはあくまで本人の希望ですし、ただ協力してもらうだけです」
クトーレの言葉に「そうか」と呟くと、ルルカの祖父は大きく溜め息をついた。
「それで・・・・・・お主はどうしたいんじゃ?ルルカ」
「私は・・・・・・クトーレと一緒に行きたい。行って、彼に助けてもらったお礼がしたい」
「そう思っているのならやめておけ。俺たちのやろうとしていることは命がけの戦いだ。借りを返すだけで来られたら、かえって迷惑だ」
クトーレにそう言われたルルカは、「む、それだけじゃないよ」と言い返した。
「あのジェラレとか言う、武器商人への復讐のためか?だったら、願い下げだ」
「だ~か~ら~、違うって。私にだってね、守りたいものができたの」
すると、クトーレが疑いの眼差しを向ける。
「あっ、ひど~い。疑ってるのね・・・・・・」
「貴様!ワシらの孫娘の言うことが、信じられないのか!」
ルルカの祖父が、椅子から立ち上がる。
「別に信じる、信じない、の問題ではない。お前のような単純な奴でも、守るものができたと言えるのだなと、思っただけだ」
「なっ・・・・・・貴様、そこに直れ!わしがすぐにでも叩き切ってくれる!」
「ふん。やれるものなら、やって見せてください」
一触即発のクトーレとルルカの祖父を、ルルカの祖母とリリナが「まあまあ」となだめた。
「ごめんね。せっかく帰ってきたのに、こんなわがまま言って・・・・・・」
すると、ルルカの祖父は「いや」と、首を横に振った。
「ヴォジャノーイの血を引いているとはいえ、ワシらはもう歳じゃ。そう、長くはあるまい・・・・・・」
「ええっと・・・・・・つまり・・・・・・?」と、後ろで聞いていたクルスが聞いた。
「ルルカをお主らに託す、と言うことじゃ」
祖母の言葉を聞いて、「え?じゃあ」とルルカが聞くと、ルルカの祖父母夫婦は頷く。
「ですけど・・・・・・もし、孫がひどい眼に合わされたら・・・・・・その時はどうなるか、わかっていますよね・・・・・・?」
物凄い迫力で睨むルルカの祖母に、全員思わず「は・・・・・・はい」と返事をした。
「孫を頼みましたよ。くれぐれも、無茶はさせんように・・・・・・」
「もう一人のあなたにも、そう伝えてね・・・・・・」
「えっ!?おばあちゃん。知ってたの・・・・・・?」
「当たり前じゃ・・・・・・お主の両親が死んで、誰がそこまで育ててやったと思ってるんじゃ・・・・・・」
「お前がどんな道を歩もうと、ルルカ。私たちはワシらの大事な孫。ワシの娘の忘れ形見じゃ・・・・・・いつでも、戻ってらっしゃい」
ルルカの祖父と祖母は、彼女を止めるどころか、逆に応援していた。
「うん・・・・・・おじいちゃん・・・・・・おばあちゃん・・・・・・」
両手で涙を拭うと、ルルカは笑顔で言った。
「行って来ます」
生きて再び戻ってくる。その誓いを胸に秘めて。
―※*※―
ミリリィが葬られた湖畔に水面を見つめるネクロが立っている。彼の側に描かれた魔方陣の中には、右腕を完全に砕かれ、目を閉じたミリリィが横たわっている。
「さて・・・・・・」
一息ついて立ち上がると、草むらの一角に目を向ける。そこには、不機嫌そうな顔のジェラレが歩いて来ていた。
「やあ。その様子だと、また失敗したみたいだね」
「一言余計だ。あれは完全に脈なしだ」
「あ、そう。だったら、処分リストに移動させなきゃね」
少し残念そうに肩を落とし、ネクロは魔方陣に視線を落とす。歩いて来ていたジェラレも、そちらを見る。
「ミリリィ・エルハンスの遺体は回収したのか?」
「その表現は正しくないな。彼女は死んでなかった」
「何?」とジェラレが眉をひそめる。
「完全に死んだなら湖の底に沈んでただろうけど、奴らの甘さに助けられたよ」
笑いを堪えるネクロに、「どういうことだ?」とジェラレが眉を寄せて聞く。
「今の彼女は、強化剤の副作用による仮死状態。どうも、あのクトーレって男は仲間に彼女を回収させようとしていたみたいだ」
「かはは。なんだよ、それ。つまらないな」
「そう、虫の息のミリリィにトドメを刺せなかった。そのつまらない甘さで助けようとした彼女を奪われ、そしてそれは脅威となって帰って来る」
皮肉を込めるネクロだが、その表情は曇っている。
「とはいえ、退魔武器は完全に砕かれてるよ。奴ら、この事態を読んでいたのか?」
「ありえないだろ。それだったら、さっさと殺している」
嘲笑うジェラレに、「そうだろうね」と釈然としない表情で答える。
「さて・・・・・・死にかけの肉体を修復しないと。でもここでそれは難しい」
「なら、どうする?」とジェラレが聞くと、ネクロは屈んで魔方陣の外側を指で撫でた。そこから全体の線に流れた黄色身がかかった光が立ち昇り、光の布となって横たわるミリリィに何重にも重なる。遺体を包むシートのように体を覆い、魔方陣から放たれル光が移ると、ネクロは立ち上がった。
「ラボに連れて帰れば、蘇生すると共に新しい力を与えることができると思うよ」
「戦力に加えるつもりか?」
「不満?」と面白がるように聞くネクロに、舌打ちして顔を逸らした。
「そういう態度はよくないよ」
笑みを浮かべながら浮かび上がったミリリィの体の下に手をかざし、反対の手を魔方陣にかわす。別の魔方陣がネクロとジェラレの足元に広がり、二人の姿を消した。