第78話 明けない夜
全員がクトーレの見ているほうを見ると、「あっ」と呟いた。そこに立っていたのは、右腕を剣に変化させたままのミリリィだった。
「ッ・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」
「えっ?お姉ちゃん?」
モクルスレイで再会した時と全く同じことを言ったリリナに、事情を知らないルルカが聞いた。
「・・・・・・裏切り者のクルースニクに、その宿敵のクドラク。ガシムを殺した男に・・・・・・フフフ、リリナ。私が憎む奴らを一気に殺せるなんて・・・・・・運命ってわからないわね・・・・・・」
自分が追い求める獲物が一堂に会している。目の前に広がるその現状に、ミリリィは狂気とも取れる残忍な笑みを浮かべる。
「(似てる・・・・・・もう一人の・・・・・・私に・・・・・・)」
ミリリィに一瞬、ルルカはもう一人の自分を重ねた。その時、
〔・・・・・・ふざけないで〕
頭の中で怒気を含んだ声が響いたかと思ったら、一瞬の激痛の後ルルカの別人格が表に出てきた。鋭い目つきで睨んだ後、静かにミリリィを指差した。
「・・・・・・あんた一つ、聞きたいことがある」
見下したような目で、「何かしら?」と聞き返してくる。
「あんた・・・・・・人を傷つけたり武器を向けたりすることに、『恐怖』を感じたことはあるのか?」
その問いに驚いたのは、クルスとリリナ、そして、ルルカ本人だった。
「(な、何を言ってるの?もう一人の私は・・・・・・?)」
「(いいから黙ってなさい!)」
精神の内側で戸惑いの声を上げるルルカに、今表に出ている人格がきつく言う。その変化に、クドラは表情に出さないまま驚いていた。
「(こいつ・・・・・・さっきとは雰囲気もしゃべり方も違う・・・・・・いったい・・・・・・)」
「・・・・・・で、どうなの?」
しばらくミリリィとルルカは睨み合っていたが、やがてミリリィは笑みを浮かべた。
「・・・・・・ないわよ。どうして・・・・・・?」
「・・・・・・誰かに復讐されるかも・・・・・・恨みを買うかも・・・・・・そう不安に思ったことはない訳?」
「ない・・・・・・って言ってるでしょ!!」
ミリリィが振り下ろした右腕から凄まじい魔力と共に、衝撃波が放たれる。一瞬、腕を顔の前にかざしたクルスは、その隙間から風に乗った土煙が彼女の右腕の周りで渦巻いているのが目に入った。
「(あれは・・・・・・彼女の感情に呼応して、あの腕が魔力を放っているのか・・・・・・?)」
「さあ・・・・・・最初の犠牲者は誰?それとも、全員一緒にかかってくる?」
自分の戦闘力に自身を持つためか、それとも判断がつかなくなっているためか、ミリリィは笑みを浮かべてクルスたちを挑発する。そんなものに釣られるクルスたちではなかったが、ミリリィと戦わずこの場から逃げられるなどという、儚い幻想を抱くほど甘い感情は持ってなかった。
「(戦うしかないのか・・・・・・)」
覚悟を決めようとしたその時、厳しい表情でミリリィを睨んでいるクルスを押しやり、クトーレが進み出た。
「・・・・・・いいよ。俺がやる・・・・・・俺はまだ、お前たちほど消耗してはいないからな」
表情を緩めて言った言葉に、クルスたちは固まる。
「「「はいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」」
「どわっ!・・・・・・そんな大声を上げんでも・・・・・・」
「それだけボロボロの体で息を切らせていて、俺たちより消耗していない!?足元を見るのも大概にしろよ!?」
「あいつの能力はまだわからない部分が多い。消耗した状態で勝てるかどうか・・・・・・」
ミリリィのほうを振り返るクルスに、「手の内は知ってるよ」とクトーレが答える。
「ただし、それが全てかと聞かれたら、自身はないな。全く」
肩をすくめるクトーレに、「なんだよ、それ」とクルスが顔をしかめる。
「それに・・・・・・彼女はもう、長くは持たないだろう」
全員が首を傾げると次の瞬間、ミリリィとクトーレの姿が消え、辺りに金属音が響き渡る。しばらくすると互いに場所が入れ替わった形で姿を表すが、先ほど余裕で軽口を叩いていたクトーレは顔をしかめて息を切らせていた。
「くっ、これ以上は見てられない!手を出しますよ!」
「ルルカと言ったな。リリナを逃がしてくれ!」
「冗談。私も戦う!」
駆け出したクドラとクルス、そしてルルカが駆け出すと、取り残されたリリナは戸惑い顔で左右を見回す。
「・・・・・・やれやれ。俺が囮を引き受けるから、その隙に逃げてくれればよかったのに」
「悪かったですね。思惑を潰して!」
膝を突いて苦い顔をしたクトーレの前に飛び出し、クルスがミリリィに切りかかる。が、彼が握ってた剣は呆気なく弾き飛ばされた。
「なっ!?」
「はっ、その程度!?」
失望を込めた声で左手のムチを振る。かわしたクドラの後ろにいたリリナに向かうが、クルスが飛び出して助け出す。
「敵を助けるなんて、愚か!!」
「敵から視線を外すほうも愚かだよ」
余裕を含んだ声に目を丸くすると、右側から飛び込んだクトーレがブランシュールで切りつける。
「こいつ!!」
「もう終わりにしよう。憎しみだけの苦しい生き方に・・・・・・」
悲しそうな顔で呟き、防御で構えたミリリィの右腕にブランシュールを叩きつける。辛うじて腕はつながってものの、そこに生えているトゲや剣を砕かれて地面に倒れた。体を起こそうとするミリリィに、悲しい顔のクトーレはブランシュールを突き出している。
「・・・・・・勝負あったな」
「ま・・・・・・まだよ」
静かに呟いて右腕を元に戻したクトーレに対し、ミリリィは立ち上がろうとした。だが、次の瞬間、
「がっ・・・・・・ああ・・・・・・!!」
悲鳴を上げて再び倒れると、右腕を押さえてもだえ苦しむ。まるで、聖なる武器で切られたヴァンパイアやアンデッドのように。
「やはり、無理やり体に定着させていたみたいだね。それでは、助かる見込みはない」
「どういうこと・・・・・・ですか」
冷徹とも取れるクトーレの言葉を聞いて、リリナが息を呑む。
「俺がいる間、退魔武器の適合者はいなかった。焦ったルマーニャの連中は、なんらかの方法で無理矢理適合させたのだろう。だが、無理に取り込んだ異物を体が受け入れるわけがない」
「お姉ちゃん・・・・・・」
両手で口を覆ったリリナが呟く。クトーレは鋭い目のまま、倒れているミリリィに近づく。
「そんなに・・・・・・妹が憎いのか?」
「ああ・・・・・・憎いわ・・・・・・。こいつのおかげで、私たちがどれだけ苦労したか、あんたなんかにはわからないでしょうね!」
「ああ、わからないな。こいつを殺したところで、お前が失った物が戻る訳でもない。それはただのエゴだ」
「な・・・・・・何を・・・・・・」
ミリリィが睨むと、「こいつが―――」とクトーレは親指でリリナを指す。
「悪意を持って、自分の意思で不幸を振りまいているならまだしも、こいつはこいつなりに生きて、幸せを掴もうとしている。それが悪いと言うのは、自分だけが不幸と思い込んでいる、貴様自身の言い訳だ!」
憎しみのこもった目で言いかけたミリリィに、「それでなくとも!!」と追い討ちをかける。
「ただでさえ、体に負担のかかる退魔武器を無理やり適合させただけでなく、薬物で無理やり体を強化している。そうまでして殺したいのか!?貴様にとって、たった一人の妹を!!」
「待って。これ以上、お姉ちゃんを責めないで!」
「・・・・・・リリナちゃん」
耐え切れず声を上げたリリナの辛そうな表情にルルカが呟く。いつの間にか主人格に戻っており、必死なリリナに悲しそうな顔をしている。
「お姉ちゃんがこんなになったのは、私のせいなの。だから、お願い。お姉ちゃんを助けてあげて!」
必死に頼み込むリリナの目からは、大粒の涙が流れていた。クトーレは表情を変えず呟くように言いきった。
「無理だ」
「どうしてよ!?」
「ネラプシの言っていた通り、〈退魔武器〉は普通の人間が吸血鬼や悪魔と言った『闇の住人』に対抗する力を手に入れるために、オーバーテクノロジーを駆使して作り出した、いわば、人工的に作り出された『超自然武器』」
「・・・・・・オーバーテクノロジー?超自然武器?」
訳が分からず頭を抱えているクルスとルルカを尻目に、クトーレは説明を続ける。
「製造に時間がかかる上、完成する確率も低く、何より人間が扱うことはまず不可能に近い・・・・・・」
「でも・・・・・・ミリリィやあなたは使えてるじゃない」
必死な顔で言うリリナク顔を向けると、クトーレは続ける。
「例外的に、扱える人間がいることはいるだろう。だが、それは一時的なものに過ぎず、いずれ大きすぎる負荷に体が耐えられなくなり、死に至る・・・・・・」
それを聞いて、リリナとルルカは息を呑んだ時、ミリリィは「フ・・・・・・フフフフ」と笑い出した。
「その通りよ・・・・・・でも、それだけじゃない。私たち〈退魔超兵〉は退魔武器の力を引き出し、敵を殲滅できるようにするために、肉体に様々な改造を受けるわ」
「肉体改造!?」
「薬物投与による無理な強化だけでは飽き足らなかったのか」
ルルカが口を覆いクトーレも顔をしかめると、「さらに・・・・・・」と続ける。
「強化した肉体の能力を保つために、特殊な薬物を投与する。でも、中には・・・・・・その薬物に耐えられなくて死んでしまう者もいるわ・・・・・・」
「だから、貴様のような強化兵士が少ない・・・・・・ってことか」
「そして・・・・・・その反動で、貴様の命も残り少ない・・・・・・」
重苦しい声でクドラが呟くと、ミリリィは笑みを浮かべてよろめきながら立ち上がる。
「そんな!!どうにかならないの!?ねえ!ねえ!!」
必死に頼むリリナ。しかし、薬で無理やり強化して退魔武器を揮い、加えて激しい戦闘を繰り広げた体はもう限界に近く、自力で生きる力は残されているかどうかもわからなかった。
「フフフ・・・・・・確かにあたしは・・・・・・もうすぐ死ぬわ。でも・・・・・・それはあなたのせい・・・・・・リリナ、あなたが私を殺したの・・・・・・」
「貴様!まだ!」
クトーレが胸倉を掴み上げたが、「やめて!!」と涙声でリリナが止めた。
「しかし、こいつは・・・・・・!!」
「フ・・・・・・フフフ・・・・・・苦しむといいわ・・・・・・ずっと・・・・・・ずっと・・・・・・あなたが死ぬ・・・・・・まで・・・・・・」
冷たい笑みを浮かべたミリリィは目を閉じ、全身の力が抜ける。それを見て、リリナは絶望に包まれた表情で膝を着いた。
「ミリ・・・・・・リィ・・・・・・私の・・・・・・私のせいで・・・・・・」
「お前のせいじゃない・・・・・・」
両手で顔を覆って泣き崩れるリリナにクトーレが言い聞かせ、静かにミリリィを地面に下ろす。
「言い方はきついが・・・・・・こうなったのはこいつの自業自得だ・・・・・・」
冷たく言うクトーレに、「でも!!」とリリナが叫ぶ。
「でも・・・・・・お姉ちゃんが・・・・・・お姉ちゃんが・・・・・・私のせいで・・・・・・」
クトーレは何も言わずそっと掌を当てて、ミリリィの目を閉じる。
「ずっと・・・・・・会えるって信じていた・・・・・・会って、分かり合えると思っていた・・・・・・最後の・・・・・・ただ一人の家族だったのに・・・・・・私のせいで・・・・・・」
うずくまった彼女の目から大粒の涙を流し続け、それを見るクルスたちは何も言えない。
「ううっ・・・・・・うああああぁぁっ・・・・・・」
最後の家族を失った少女は泣き続けた。それを夜明けの光が悲しそうに照らしていた。
―※*※―
翌朝。モクルスレイでの調査とそこにあった大量の遺体の埋葬を終えたセリュードたちは、〈軍事都市ルエヴィト〉の一角にある倉庫に戻って来ていた。
「結局・・・・・・ディゼアが暴れていただけで、手がかりは何も見つからなかったな」
「そう・・・・・・だな・・・・・・」
イェーガーから降りて疲れた声を出すディステリアに、目の下にクマができたクウァルは呟くと、深い溜め息をついてうなだれた。休憩を挟んでいたとはいえ夜通しディゼアと戦っていた彼らの疲労はピークに達しており、そんな状態でイェーガーをまともに操縦して帰って来れたのは奇跡か、そうでなかったら運がよかっただけだろう。
「くっそ~。骨折り損ってやつか~」
「いや、そうとも言えん」
愚痴るディステリアに言ったセリュードの言葉に、「「「え?」」」と全員力の抜けた声で聞いた。
「落ちていた武器は破壊された物が大半を占めていたが、運ばれたと思われる量の半分にも満たなかった。と言うことは・・・・・・」
「運び込んだ大量の武器を、別の場所に運んだ一団がいる・・・・・・ということか?」
クウァルの問いに、セリュードは「そういうことになるな」と近くにある椅子に腰かけた。
「だが、少しおかしくないか?連中にとって世間に出回ってる武器は、さほど脅威にもならない取りに足らないもののはずだろ?なんでそんなもん欲しがるんだ?」
「使われる部品や材質を求めたのだろう。ディゼア自体は武器を使わないが、それを操る者は使うだろう」
「並みの幻獣を遥かに凌駕する力と、自分専用の武器を持ってるのに、か?」
「そう考えると変よね・・・・・・」
そう指摘したものの、セルスは疲労から来る眠気に耐えられず、頭を垂らして眠りにつく。
「おいおい、自分だけ寝るなよ」
「だったら、お前もさっさと寝たらどうだ?」
欠伸を噛み締めるクウァルの嫌味に顔をしかめるとそこに、朝日の光と共に、ローハが倉庫に入って来た。
「やあ、おはよう」
まるで親しい人に話しかけるように、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「協力してやるよ。その組織のメカニックとして」
「いよっしゃ~!」
それを聞き、眠気が吹っ飛んだディステリアは叫んだが、その後に「ただし!」と声が入る。
「大量殺戮のための兵器を生み出せと言われたら、すぐにやめてやるから。そのつもりで」
「構わないよ」
ブレイティアにその心配は、完全とは言えないが『ない』に等しいので、微笑んだセリュードは承諾した。こうして、ブレイティアに若きメカニックが仲間に加わった。
「じゃあ、早速出悪いけど君たちの本拠地に・・・・・・」
「ああ、ダメ。俺たち昨日から寝てないんだ。お休み」
とうとう力尽きたディステリアとさっきまで我慢していたクウァルが眠る。出鼻を挫かれたローハを、ただの一人起きてるセリュードが苦笑しながら見ていた。
―※*※―
モクルスレイ近くの湖には、ミリリィの最期を看取ったクルスたちがいた。彼女の遺体はここに埋葬する訳にはいかなかったのでクルスとクドラを悩ませたが、クトーレが「任せてくれ」と言ったらしい。
「さて・・・・・・と。これから俺たちは、どうする?」
「そうだな」
クドラに聞かれ、クルスはリリナのほうに目を向けながら呟く。彼女はまだ、姉の死のショックから立ち直っていないため表情が暗く、心配してルルカが付き添っている。
「大丈夫?」
そう話しかけてもリリナは答えない。完全に塞ぎこんでいる彼女に、クルスは下手に話しかけないほうがいいと思った。
「とにかく、身を隠す必要はあるだろう。俺は対不死者組織の裏切り者。お前とリリナはそのターゲット。壊滅状態でも追っ手を放つかもしれない」
「俺も同感だ」と、戻ってきたクトーレも同意ずる。
「奴らのしつこさは嫌と言うほど知っている。全く、そのしつこさをもっと別のほうにむければいいものを・・・・・・」
苦々しく愚痴るクトーレに、クルスもクドラも複雑な表情をする。
「結局あんたもルマーニャの元関係者だったということらしいしな。そこの女の子は・・・・・・ん?」
クトーレとルルカのことを知らないため、クルスとクドラは首をかしげた。
「まあ少なくとも、今すぐはその対不死者組織とやらについては心配ないだろう。俺とルルカ・・・・・・彼女が離れる時には、そのほとんどが壊滅していたらしい」
「俺がディマって人から伝言を託された時、彼を囲んでいた兵士を幾人か倒したが・・・・・・」
それを遮り、「それも原因だろうが・・・・・・」とクトーレが頭をかく。
「おそらく、奴らが兵士の調達のために、生き残りを襲ったのだろう・・・・・・」
そこに、「ちょっと待って!」とルルカが割り込む。
「また『奴ら』って言った。私と話していた時もそうだったけど、その『奴ら』ってなんなの!?」
「知りたいか?」
意地悪そうに笑みを浮かべ聞くと、「当然です!!」とリリナ以外の全員が答えた。
「いいだろう。だが、お互いろくに名前も知らないだろ?ということで、まずは自己紹介だ」
クトーレに疑いの眼差しを向けるクルスに、「大丈夫だよ。今度は逃げない」と言った。首を傾げたクドラが聞こうとしたが、今は控えることにした。
「・・・・・・では、改めて。俺の名は、クトーレ・ベオヴォルフ」
「ルルカ・ヴォージャよ」
「クルス・タルボージュ。元・ルマーニャのヴァンパイアハンターだ」
「クドラ・レヴィエート。ヴィエドゴニャの力を持つ、クドラクだ」
「・・・・・・リリナ・エルハンスです。みなさん、よろしくお願いします」
互いに自己紹介を終えると、「よし、行こうか」とクトーレが言った。
「行くって・・・・・・どこへ・・・・・・?」
すると、クトーレはフッと笑って「希望を探す場所・・・・・・さ」と言った。