第75話 求めたもの
それから約一時間。ディステリアとセリュードは幾人もの敵に取り囲まれていた。人間と同じ二足歩行をするが、体に生えた爪や棘、ウロコ、角はそれらと一線を画す。ただし、それらの怪物を二人は知っていた。
「ディゼア。ってことは、こいつらを操る連中がここに・・・・・・」
「ビンゴ、って訳か?」
「まだわからないが」とセリュードが言いかけた時、ディゼアの群れが襲いかかって来た。
「来たぞ!」
「わかってる!!」
天魔剣を構えたディステリアが飛び上がり、槍を構えたセリュードが下を駆ける。背中に生やした翼で空中を駆けるディステリアがディゼアを翻弄し、あちらに注意が向いているところをセリュードが槍で突く。こちらに注意が向いて攻撃を仕掛けてくれば、ディステリアがヒットアンドアウェイで攻撃する。少し後ろに下がって反撃をやり過ごすと、天魔剣を振って光の刃を飛ばし、敵を両断する。しかし、天魔剣を握ってる手が焼け顔をしかめた。
「ヴェント・ランス!!」
その隙を突いて後ろから襲ってきたディゼアを、セリュードが突き出した風の槍が貫く。倒れたディゼアが崩壊すると、ディステリアはセリュードを一瞥する。
「すまない!」
「礼なら後にしろ!こいつらは厄介な能力持ちである可能性もある」
「自分の身を犠牲にして、後続にこちらの手の内を伝える・・・・・・そう言う連中か?」
「少なくとも、ルマーニャって組織の連中はその手を使った」
向かって来るディゼアを倒しながら、「こいつらもそれを見て覚えたかも知れん!」と可能性を口にする。
「厄介なことは厄介だが、そんなんで俺たちを・・・・・・」
翼を広げ、天魔剣に闇の力を集めて上に掲げる。
「止められると思ってんじゃ―――ねええええええええええええっ!!」
天魔剣を振り下ろし、翼から闇の力に包まれた羽根を発射し、それを流星として降り注がせる。彼の十八番、フォーリング・アビス。すっかり慣れたためか、技の後のダメージはなくなった。
「・・・・・・で、これだけ派手にやっていいのか?」
「これでクトーレが保護を求めてきた子が来てくれればいいが・・・・・・」
だがその思いは儚く、望まれない客が次々と駆けつける。わかりきっていたことのためか、ディステリアとクトーレは群がってきたディゼアを見据えて、それぞれ剣と槍を構える。
「セルスとクウァルに任せる?」
「そうしたほうがいいかと」
互いに苦笑すると、襲いかかって来たディゼアを迎え撃った。
―※*※―
ディゼアの軍団と戦うディステリアとセリュードを見下ろし、塔の上のネクロは溜め息をついた。
「またあの少年か。しかも今度は仲間までいるし・・・・・・」
「退くか、ネクロ?」
塔の中からする声に、ネクロは再び深く溜め息をついて肩を落とした。
「しかないでしょ。ガシムもやられちゃったし、彼の組織の隊員も全滅。生き残りもいるにはいるみたいだけど・・・・・・」
そう言って逃げるクルスとリリナを見下ろして口元を右手で隠す。
「ここにいた不死者やそのハンターの出した『負の感情エネルギー』は、シャニアク国で得たエネルギーに負けないほど濃い。これで作り出したディゼアはかなり強力なことだろう」
笑みを噛み殺してディステリアとセリュードのほうを見ると、唖然とした。
「どうした?」
「あっさり全滅・・・・・・」
ネクロが視線を向けた先の戦場では、ディステリアとセリュードがディゼアの軍団を押していた。そこにいる全てのディゼアがシャニアクで採取した『負の感情エネルギー』で作ったわけではない。全て失う危険を考慮してせいぜい四体ほど混ぜている。他のディゼアが足手まといになる場合は即座に切り捨てるようプログラムしているが、それを差し引いても戦況は圧倒されている。
「(巻き返しはこれから・・・・・・だよね)」
そう期待して視線を逸らすネクロだが、一時間後にはそれがあっさり裏切られることになる。
「あっ。そうだ、ジェラレ。君には仕込みを頼みたいんだけど・・・・・・」
「ガシムがやられたんだよな。じゃあ、あの兵器はどうなるんだ?」
「我々の改造を受けないようだったら、適当に炊きつけて終わらせちゃって」
「ふん。悪い奴だ」
そういい残し、ガシムの気配が消える。悪い奴という言葉にネクロは深く息をつき、皮肉だと思った。
―※*※―
ガシムとの決着を着けたクトーレはルルカを連れて逃げ出す。周りの戦闘音が少なくなってることから、ハンターと残党の戦闘は落ち着いたと考えた。とはいえ用心は欠かさず、大きめの瓦礫の影に隠れるとクトーレは時計を見た。
「くそっ。あいつら、いつまで待たせるんだ」
「あいつらって、私を連れて行ってもらう迎えですか?」
「それ以外何がある」と答えたクトーレの顔色は悪く、ガシムと戦う前に合った余裕が消えていた。あれほど激しい戦いを繰り広げたのだから、これだけ消耗してもおかしくない。いったいどのような戦いを繰り広げたのかと疑問に思っていると、こちらに走ってくる人の気配を感じる。
「まだ残ってたか!」
「きゃっ!」
とっさにルルカを抱き締めて左手に、倒れたヴァンパイアハンターから奪った武器を構える。切っ先を向けられ、瓦礫の陰から出て来たセルスが悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
「お前は、クトゥリアの・・・・・・」
「び、びっくりした・・・・・・」
胸を押さえて溜め息をつくセルスに、「これくらいで驚くな」と武器を下ろしながらクトーレが苦言を漏らす。
「すみません」
「まあいい。それより、こいつのことを頼む。足手まといになってしょうがない」
「足手まといなのに連れてきたのか?」
後から出て来たクウァルの言葉にルルカはムッとして、すばやく近づいて蹴りつける。が、その蹴りは呆気なくかわされる。
「俺が言うのもなんだが、粗末な蹴りだな」
「じゃああんたの蹴りは、どれだけ丁寧なのよ!」
今度は殴りかかるが、これもあっさりかわされる。ルルカが地団太を踏んでいると、両腕に武器を持ったクトーレが苦い顔をする。
「何ぼけてるんだ!来たぞ!」
クトーレに言われて飛び出したセルスとクウァルも構えると、蛇人間型、鳥形、ワニ型のディゼアが現れる。
「なっ!何、こいつら!?」
「俺が食い止める。その隙に、ルルカを逃がせ!」
「生憎。あんた結構消耗してるだろ」
「しんがりは、万全に近い私たちが務めます」
杖を構えてクリスウォールを放ち、ディゼアの動きを止める。水晶の壁を飛び越えたクウァルが殴りつけ、後ろから襲ってきたものは回し蹴りで蹴り飛ばす。
「・・・・・・しょうがない。譲ってやるから死ぬなよ!」
悔しそうに歯軋りして武器をしまうと、ルルカの手を引いて下がった。
「へっ、ちょっ・・・・・・!」
顔を赤くするルルカを引いて廃墟を駆ける。逃げ出す直前のルルカの顔を見たセルスにディゼアが襲いかかるが、上から殴りかかったクウァルに地面に叩きつけられる。
「何よそ見してんだ、セルス」
「いや、だってね~~」
左手を口に当てて笑いを堪えようとするセルスに、クウァルは顔を引きつらせた。
「ルルカって人、クトーレに恋してるみたいで」
「・・・・・・・・・今、そんなこと気にしてる場合か?」
呆れ顔のクウァルに後ろから襲いかかるトカゲ型ディゼアに、無数の火の玉が当たる。その爆発音に振り返ると、セルスは意地悪そうに微笑んだ。
「私にとっては、まだそんな場合」
―※*※―
暗い闇に包まれた森の中で、ミリリィとリリナが言い争っていた。
「あんたのせいで、私までこんな目にあわなきゃいけないのよ!!」
「ごめんなさい・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」
「あんたなんかに、『お姉ちゃん』なんて呼ばれたくない!!」
そう言ってミリリィがはたくと、泣いているリリナは地面に倒れた。
「あたしにヴァンパイアハンターの力があったら・・・・・・お前なんか・・・・・・お前なんか殺してやれるのに!!」
そう叫んで今度は、リリナに馬乗りになって首を絞め始めた。
「う・・・・・・や・・・・・・やめて・・・・・・やめて!!!」
思わず突き飛ばしたリリナは、上半身を起こすと咳き込んだ。ハッ、と姉のほうを見ると、起き上がったミリリィは頭から血を流していた。
「お姉ちゃん・・・・・・血が・・・・・・」
近づこうとするリリナに、「近づかないで!!」とミリリィが叫ぶ。
「今度は・・・・・・私を手駒にするつもり・・・・・・?知ってるんだから・・・・・・吸血鬼に血を吸われた人間は、その吸血鬼に服従するって」
「お姉ちゃん・・・・・・」
「近づかないで、って言ってるでしょ!!・・・・・・パパもママも・・・・・・血を吸って・・・・・・吸血鬼にして・・・・・・だから、あんただけを構ってるんでしょ・・・・・・今度はあたしなのね・・・・・・」
「ち・・・・・・違・・・・・・」
「違わないでしょ!!」
リリナは否定しようとしたが、ミリリィが憎しみのこもった目で睨み付ける。もう何度も睨み続けているためか、その瞳は10歳の少女とは思えないほど冷たく、その視線は、妹の心を引き裂いていった。
「殺してやる・・・・・・吸血鬼を殺せる力を持ってたら、殺してやる!!」
何度謝っても、ミリリィはリリナを睨み続けていた。
―※*※―
「・・・・・・ッ・・・・・・ッ・・・・・・あっ!?」
目を覚ますと、体には毛布がかけられており、目の前の焚き火の側にはクルスが座っていた。
「大丈夫か?だいぶうなされてたようだが・・・・・・」
体を起こすと、かけられた毛布が側に落ちた。
「私・・・・・・あなたに初めて会った日・・・・・・あなたのことを忘れられなかった。あなたに恋をしたと思ったけど・・・・・・違ったのね・・・・・・」
悲しそうに呟くリリナのほうを、クルスは同じく悲しそうな顔で向く。
「・・・・・・あの時は、はっきりとわからなかったが、今ならはっきりとわかる。リリナ・・・・・・お前は・・・・・・」
両手で耳を覆って「言わないで」と、リリナはうずくまった。
「言わないで・・・・・・何も言わずに・・・・・・私を殺して・・・・・・」
「なっ!!」とクルスは驚き、目を見張った。
「私を手土産にすれば・・・・・・クルス・・・・・・きっと組織に戻れるよ・・・・・・殺されないで済むと思う。だから・・・・・・」
「・・・・・・俺は・・・・・・」
クルスは呟くと、ゆっくりと歩き、リリナの側に立つ。リリナはきつく目を瞑っており、そんな彼女をクルスは腕で優しく抱きしめた。両耳から手を離し、ゆっくりと目を開けたリリナの表情は、困惑と恥ずかしさに満ちていた。
「・・・・・・俺には・・・・・・できない・・・・・・」
「だ・・・・・・ダメだよ・・・・・・!このままじゃクルス・・・・・・」
慌てるリリナに「構わない!!」と叫ぶ。
「俺は・・・・・・お前を失いたくない・・・・・・」
「・・・・・・っ!?・・・・・・どうして・・・・・・どうして・・・・・・」
そのまま泣きじゃくるリリナを、クルスは優しく抱きしめていた。
「・・・・・・わからない・・・・・・でも・・・・・・俺は・・・・・・」
その時、周りを生暖かい風が突風のように吹き付けた。その後に、今までに感じたことのないほど強い、吸血鬼の気配とプレッシャーを感じて、反射的にリリナを庇う形になる。
「・・・・・・この・・・・・・感じ・・・・・・」
怯えるリリナに気付き、「どうしたんだ?」と訊ねる。
「・・・・・・知ってる?でも・・・・・・思い出せない・・・・・・とても・・・・・・怖い・・・・・・」
両肩を押さえて震えていると、風とプレッシャーが消える。だが次の瞬間、二人の前に黒いエネルギーに包まれた何かが落下した。リリナを庇い、それを警戒するクルス。落下地点のエネルギーが消えると、黒いベストの上に黒いコート、黒いズボン、黒の手袋を身につけた、全身黒ずくめの男が現れた。クルスは何者か問い詰めようとしたが、次の瞬間、彼が吸血鬼だと直感した。
「(だが・・・・・・吸血鬼はほとんどが、今日の戦いで減ったはず・・・・・・)」
やはり、何者か確かめるため「何者だ!?」と叫んだ。
「不死者集団〈ラニャーリ〉首領・・・・・・ドラクル」
それを聞いた瞬間、二人は目を見開いて驚いた。特にクルスは、組織同士の通信で首謀者は討ち取られたと聞いていたので、その驚きは小さくなかった。
「だが・・・・・・組織の首謀者は倒されたはず・・・・・・」
「あれは替え玉、影武者だよ。万が一、あのような事態に備えて用意されていたのだよ。常識だろ?これくらい」
唇をかみ締めるクドラに、「まあ」と続ける。
「さすがに・・・・・・本当に倒されるとは思っても見なかったよ。影武者も、相当な実力者だったからね」
笑いを噛み締めるドラクルをクルスは睨み続ける。同時に、ここは戦うべきか、それともリリナを連れて逃げるべきか考えていた。
「我が組織をここまで追い詰めた褒美に・・・・・・教えてやろう・・・・・・我の本当の名前を・・・・・・」
次の瞬間、再びクルスたちを凄まじいプレッシャーが襲った。
「我こそはネラプシ・・・・・・ネラプシ・ウゴドラク」
「くっ・・・・・・なんて魔力だ」
その時、「・・・・・・ネラプシ・・・・・・?」と、リリナが呟いた。次の瞬間、彼女の脳裏にある光景が蘇った。
~―回想―~
それは夢の続き。父と死に別れてそう日が経ってない日。リリナと言い争ったミリリィは、森から出ようとしていた。
「(イヤよ・・・・・・私・・・・・・私は・・・・・・)」
森を抜けた先にある村を見て、ミリリィは表情が緩んだ。だがその時、
「ウオオオオオオオオオオオオォォッ!!!」
どこからか耳を突かんばかりの叫び声が聞こえ、ミリリィの目の前で村の家々や石の壁が砕け散った。その光景に、恐怖に支配された彼女が見たのは、教会の上で咆哮を上げている影。全身黒ずくめで、黒い肌に鋭い牙を持つそれは、彼女にとって恐ろしくもあり、忌々しくもある存在、吸血鬼だった。
―※*※―
「・・・・・・ッ・・・・・・!?」
恐ろしい咆哮を聞いたのは、リリナも同じだった。すぐに母が心配になり、母が出かけた村へと駆け出した。森を抜けてその先の村に入ると、先程の吸血鬼が逃げ回る村人たちを爪で切り裂いていた。その恐ろしさに息を呑んだリリナを睨みつけると、すぐさま襲いかかる。その時、目を瞑ったリリナを庇ったのは、食料を買いに来ていた母親。
「・・・・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・」
背中から貫かれ、口から血を吐いた母親は娘の無事を確認すると、力尽きて倒れた。その下敷きになり仰向けになったリリナは、涙を流し続けていた。一通り暴れたネラプシが去ったその日の夜、涙を流して座り込んでいるミリリィの元に、一人の男が現れた。
「・・・・・・だ・・・・・・れ・・・・・・?」
「ガシムだ」と男は名乗ると、村で生き残ってる人間がミリリィ一人だけだということを告げた。そして、村人と違う格好をした女性の死も聞き、母親の死を悟った。
「・・・・・・誰が?・・・・・・いや、わかる・・・・・・あいつ・・・・・・吸血鬼が殺したんだ・・・・・・」
「よくわかったね・・・・・・そう、最強の吸血鬼とも言われる・・・・・・ネラプシ・・・・・・」
「そんなのはどうでもいい!あいつだ・・・・・・あいつと同じ吸血鬼がママを・・・・・・!」
「あいつ?」
話が見えず眉を寄せたガシムが聞くと、「妹よ!」と叫んだ。
「あいつらが・・・・・・吸血鬼が憎い・・・・・・私に・・・・・・あいつらを殺す力があれば・・・・・・」
一端、首を傾げたガシムが憎しみのこもった少女の目を見て笑みを浮かべる。
「なら、その力を上げよう」
思わぬ言葉に、「えっ?」と彼のほうを向いた。
「ただし・・・・・・条件が二つある。決して私に逆らわない。そして、私のために命を賭けて戦う。それが条件だ」
「あいつらを殺すためだったら・・・・・・悪魔にでも魂を売ってやるわ・・・・・・!」
「おいおい、悪魔はないだろ」
答えを聞いたガシムは頭をかいてそう言った。そして、ミリリィの手を引くと、彼女は逆らうことなく彼に付いて行った。
―※*※―
「・・・・・・ハッ・・・・・・!?」
リリナが目を覚ますと、朝日が昇っているところだった。壊滅した村はいつの間に夜になり、更けていたのだった。
「・・・・・・今の・・・・・・夢?・・・・・・そうだ、お姉ちゃんは!?」
母の亡骸の下からはい出ると、廃墟となった村を朝日が照らしていた。途方に暮れて座り込んだリリナは、しばらくするとたった一人でそこから離れた。
~―回想終わり―~
リリナが過去を思い出していた頃、同じことを疾走中のミリリィも思い出していた。
「・・・・・・あれが始まりだった。ガシムが与えてくれた・・・・・・私の生きる意味、存在理由」
その目に悲しみの色はない。あるのはただ、妹とガシムを倒した者への怒りと憎しみだけ。
「・・・・・・殺してやる。リリナも、ガシムを殺したあいつも・・・・・・」
その先にある者が何かも知らず、復讐に身を焦がす少女は夜の森を駆け抜けていく。