第74話 過去からの邂逅
「満足か、ガシム!?」
「なんだ、いきなり!?」
空中で激突する中、クトーレが厳しい口調でガシムに聞く。
「仲間に犠牲を強いて・・・・・・敵を徹底的に討ち滅ぼして・・・・・・部下にそんなやり方を押し付ける。そんな組織をつくって、満足かと聞いている!!」
「何も知らないくせに、我らの戦いに口出しするな!」
「悪かったな!だが、これだけは俺にも言える。あんたの思い人は、こんなことをするのを望んでない!」
「知った風な口を聞くな!!」
ガシムが叫び、互いに右から、左から、右上から。ほぼ同じタイミング、同じ速度で剣を振り、激しくぶつかり合う。
「俺は知っているぞ!貴様がこのような戦いをした、本当の理由を!当然だ・・・・・・俺とお前は同士だった!」
「今ではただの裏切り者だ!」
「見開かされたんだよ!憎しみだけを抱いて、戦って、他に何も望まない。そんな生き方じゃ失うばかりだって!貴様の私怨のおかげで、いったい何人死んだと思ってるんだ!」
「フン。部下が上司のために死ぬのは、当たり前だろう」
「ふざけるな!部下を平気で見捨てるような上官はクズだ。そんな奴に、人の上に立つ資格はない!!貴様が部下を殺すことを、貴様の思い人が望んだと思っているのか!?」
「これは『聖戦』だ!勝つために命を捨てるのは、当たり前だろ!!」
「そんな理屈・・・・・・」
長い剣を払って離れると、両足を広げてそれを上段に構え、ガシムを睨む。
「―――通じると思うなあああぁっ!!!」
何もないはずの空中を蹴り、真っ向から突っ込むクトーレと、剣を構えて迎え撃つガシム。空中で互いの剣をぶつけ合い、幾度目の轟音がモクルスレイ中に響き渡った時、クトーレの剣が粉々に砕け散った。
「ハハハハハハ!やはり神は、仕える者の味方だ!死ね!異端者ああああああああああああぁ!!!」
剣先を向けて一気に突き立てたが、クトーレの肩に当たった瞬間、同じように砕け散った。
「ば・・・・・・かな・・・・・・」
そこにすかさず、クトーレが殴りつける。その衝撃と重力で、ガシムは下にある城に落下した。それを見ていたミリリィは、両手で口を覆い、目を見開いていた。
「・・・・・・いや・・・・・・イヤアアァァァ~!!!」
今のミリリィにとってガシムは世界の全てであり、それを失うことは世界が滅びるに等しかった。
―※*※―
ガシムが城に落ち、ミリリィが悲鳴を上げた頃、残っている他のハンターたちと戦うことになったディマは、その数の差に追い詰められていた。
「やれやれ・・・・・・大多数やられたとはいえ、一人で相手するにはきついか・・・・・・」
「覚悟!」
苦笑いするところに、一人のハンターが剣で切りかかる。カウンターで斬ったところに、銃を持つハンター三人が一斉に引き金を引いた。気付いたのは、右足と左腕、左肩を銃弾で貫かれた後だった。
「が・・・・・・は・・・・・・」
「―――終わりだ!」
その後に、剣を持った別のハンターが斬りかかる。もう終わりかと思ったその時、黒い体毛に包まれた人影が飛び出し、切りかかってきたハンターの体を、左腕で貫いた。ディマはそれに目を見張っていたが、その人影は小馬鹿にしたような表情でディマを見た。
「仲間割れか・・・・・・?お前らって、バカなんじゃない?」
クドラの存在と行動に、しばらく唖然としたディマは弱々しく笑った。
「・・・・・・だろうな」
「・・・・・・?何、笑ってるんだ?・・・・・・お前は・・・・・・」
「そりゃあ・・・・・・おかしいからに決まってるでしょ。『吸血鬼から人々を守る』なんて大義名分を抱えていながら・・・・・・その正体は仲間ですら捨石にする、残虐非道な奴らの集まり・・・・・・笑うしかないでしょ・・・・・・」
「それが『吸血鬼から人々を守る』行為・・・・・・ではないのか・・・・・・?」
「お前は・・・・・・どう思う?」と、腕を構えるクドラに力なく聞くディマ。
「どうだろうな・・・・・・」
武器を構えるハンターたちに、クドラも反撃の構えを取る。だが、そんな彼にディマは剣を向ける。
「・・・・・・なんの真似だ・・・・・・?」
「お前・・・・・・クルスの親友らしいな・・・・・・」
「幼馴染だ・・・・・・なぜ知っている・・・・・・」
「ここに来る途中・・・・・・あいつの様子が少しおかしかったので、ついて行ったんだ。そしたら、お前がいたもんだからよ」
「疑っていたのか」
表情を変えず聞くクドラに、「いや、個人的な興味」と、ディマは笑った。
「その時、思ったよ。クルスのような奴が集まれば、この間違った世界を変えられるって・・・・・・だから、守るんだ!!」
地面を踏み鳴らして立ち上がるディマに、クドラは目を見張った。全身、傷だらけで戦う力が残っているとは思えない。だが、それでもディマの目は、全く諦めていなかった。
「・・・・・・変わった奴だな。組織の正義より、おのれの正義を尊重するか・・・・・・」
「人間っていうのは、それが当たり前だろ。そして、その思想や正義に共感した者が集まったものが組織だ。だが・・・・・・だからって絶対服従などして、自分を犠牲にすることはない。だから俺は、『大切な後輩を守る』と言う正義を信じ、それに従い今ここで戦っている」
真剣な表情で立ち上がるディマに、「黙れ」とハンターが冷たく否定する。
「それは貴様の、自分勝手な感情に過ぎん。組織に加わった以上、自我を殺し、命を捧げるのは当然のことだ。おのれの生に執着する者などに、それはわかるまい」
「自分や、おのれの信念を無視して、何が背負えるんだ!」
「組織の・・・・・・そして、世界の正義だ!!」
斬りかかって来たハンターの攻撃を剣で防ぎ、その反動で斬り返す。クドラも加わろうとするが、
「何をしている!早く行け!」
怒鳴られると共に足を止めたが、なおも圧倒的な数の差に向かい続けるディマに、クドラは行くべきか加勢すべきか迷う。
「だが、この数では・・・・・・」
「ここにいるのが全員とは限らない。他にも追撃に出た奴がいるかも知れん。俺の代わりに、クルスを守れ!!」
「何を言ってるんだ。クルスを守るも何も、俺は・・・・・・」
剣を受け止め、「クルスは・・・・・・!」と叫ぶ。
「クルスは、お前のことは一言も言わなかったぜ。尊敬しているとか言った俺にも!みんな、お前を守るためだったんだよ・・・・・・!」
突然の告白に、クドラは目を見張った。その間にも一人、また一人と、襲いかかって来たハンターを切り伏せる。
「お前ら、幼馴染なんだろ。だったら、守ってやれよ!吸血鬼とかハンターとか・・・・・・そんなの関係なしに!!」
血が噴き出した右足を狙い、斬りかかって来たハンターをすれ違いざまに斬る。だがその影から、三人のハンターが剣を突き出してきた。とっさに身をかわしたが、一人の剣が脇腹を掠めた。
「ぐっ」
押さえて膝を着いたところに、大勢のハンターが斬りかかる。斬られると思った瞬間、飛び出したクドラが闇の魔力で作った刃で全員、吹き飛ばした。
「お前・・・・・・」
「・・・・・・勘違いするな・・・・・・俺はお前の名を聞いていない・・・・・・だから、助けたんだ」
そう言って腕を下ろすと、「俺の名は・・・・・・クドラ・レヴィエートだ」と名乗った。しばらく目を見開いていたディマだが、フッと目を閉じる。
「ディマ・ラーナだ・・・・・・クルスに・・・・・・『幸せになれ』・・・・・・と」
しばらく沈黙した後、「わかった」とだけ呟き、クドラは黒い鳥に変身して空に昇った。
「見捨てられたか。だから信用できないんだよ、ヴァンパイアは」
「それは、俺たちも同じだろ」
静かに笑いながら立ち上がったディマに、残りのヴァンパイアハンターたちは剣を構える。
「(俺は・・・・・・かつて組織に心酔していた狂信者。お前に尊敬される資格はない)」
覚悟を胸に剣を構える。と、その時、空中から降り注いだ闇の刃が、ディマを囲んでいるハンターたちを貫いた。上を見上げると、飛び去ったはずのクドラが、翼から羽を飛ばすように刃を飛ばしていた。
「餞別代わりだ、受け取って置け!」
フッと笑ったディマは、攻撃に気を取られているヴァンパイアハンターたちを、改めて見据える。
「(だから、俺がお前のためにしてやれることは・・・・・・これが最初で最後だ・・・・・・・・・・・・)」
再び剣を構え、ヴァンパイアハンターたちに突っ込んだ。
「(・・・・・・クルス・・・・・・)」
向かっていくディマと黒い刃の雨に生き残ったハンターたちが激突する。
「―――生きろぉ!!!」
攻撃をやめてクドラが飛び立った後、大きな音が響き渡った。その後も、クドラは後ろを振り返らず、クルスを探すために飛び立った。
―※*※―
落下したガシムを追い、クトーレも降りる。
「あれで仕留めたとは思えないが・・・・・・」
回りを見渡すと、崩れた壁を砕いてガシムが飛び出した。
気がつくと、ガシムの体は不思議な光に満ちた空間に浮かんでいた。
「クトーレ!!退魔超兵0号の貴様が・・・・・・俺に逆らうのか!!」
「あんたのおかげで、俺は『退魔超兵』という存在になった。だが、それはお前の憎しみによる歪みだったんだ!」
砕けた刀身の残った剣を弾き、クトーレは叫び続ける。
「命を持つものを兵器として改造する。それは間違いだったんだ!どんな正しさがあろうと、どんな大儀があろうと!」
隠し持っていた銃をガシムが取り出すと、とっさにクトーレが飛び退く。乱射される銃弾をかわし、弾切れの瞬間を狙って再び突撃する。
「ガシム!お前は・・・・・・お前が求めた者は、命を捻じ曲げるようなものだったのか!?」
「ほ、ほざけえええええええええええええっ!!!」
向かって来るクトーレに銃を向けるが、弾切れしているため撃てない。脇に避けていたクトーレはそのまま突っ込み、剣でガシムを切り伏せた。
「・・・・・・・・・やはり」
剣で切られた服の下からは、白く固まった皮膚が覗く。
「お前も・・・・・・俺やあのミリリィって子にしたのと同じ・・・・・・」
「そうだ。俺も退魔超兵となった。だが、とんだ失敗作だ」
折れている剣を投げつけるも、クトーレの右腕に弾かれる。
「俺のやったことを否定する割には、その力を役立ててるみたいじゃないか」
「皮肉のつもりか?手に入れてしまった以上、捨てられないのなら・・・・・・せめて悲劇が繰り返されないよう使うだけだ」
「俺も同じだ!ヴァンパイアによる悲劇を止めるために根絶やしにする!」
「そのために人の体を弄んだり、部下を簡単に切り捨てたり。やって言いことと悪いことの区別もつかなくなったか」
「全てはヴァンパイア根絶のため!ヴァンパイアになる可能性がある人間も、根絶やしにしてやる!!」
「そこまで・・・・・・」
崩れかけた天井を仰いで叫ぶガシムに、クトーレは悲しそうに呟いて右腕を向ける。
「なら、止める。お前が与えてくれたこの力をあえて使う。俺にとって忌むべき力を・・・・・・」
「死ね・・・・・・死ね死ね死ね死ね死ね死ね異端者ああああああああアアアアッ!!!」
狂ったように叫びながら突撃するガシムに、クトーレは目を伏せる。
「・・・・・・発動」
―※*※―
イェーガーに乗って、セリュードたちが〈軍事都市ルエヴィト〉で生産された武器が流れた先である、この場所にやって来た。別れて調べていたディステリアが、
「これは・・・・・・!」
唖然とした声で呟くと、セリュードが少し歩いて周りを見渡す。
「大きな戦闘があったな。しかも、ついさっきまで」
「おい、こっちに来てくれ」
そこにクウァルの声がする。二人が駆けつけると、円を描くように広がっている大勢の人間の死体と、そのほぼ中央に横たわっている男性の死体が目に入った。ディステリアは耐えられなくて、目を背ける。
「これは・・・・・・ひどい・・・・・・」
「ああ。あまりの酷さに、あいつはダウンしてるよ」
クウァルが握りこぶしに立てた親指で指差した先には、惨状を目にして気分が悪くなり、うずくまっているセルスがいた。
「無理もないだろう。彼女は元一般人。こういった光景に慣れていなくて、当然だ」
「あんたも元一般人だろ。平気なのか?こういうのを見て・・・・・・」
少し気分が悪そうなディステリアに、「ご心配なく」と言う。
「ケンカで倒れた人間は見慣れている。もっとも、死体じゃなかったから少しきついが・・・・・・」
しばらく黙っていたセリュードが、「よし」と呟く。
「クウァル。しばらくセルスを見てやってくれ。ディステリアは、俺と一緒に調査・・・・・・行けるか?」
汗を拭って「はい、大丈夫です」と答えると、ディステリアは青い顔で立ち上がった。
「セルスが回復したら、クトーレが言ってた少女の保護。行けるか?」
「それくらい・・・・・・」
力強くクウァルが頷くと、ディステリアとセリュードは頷いて調査に向かった。
―※*※―
「ここは・・・・・・どこだ・・・・・・私は・・・・・・いったい」
「ガシム・・・・・・」
その時、優しい声が響き渡る。
「誰だ」
虫の息のガシムが弱々しく聞くと、目の前に純白のワンピースを着た女性が現れた。
「ああ・・・・・・シシティア・・・・・・どうしてここに・・・・・・?」
〔ごめんね、ガシム。私のせいで・・・・・・苦しむことになって・・・・・・〕
その時、ガシムの脳裏に、彼女の最期の時が蘇った。それは、彼女が吸血鬼になったと知った日のこと。
〔・・・・・・シシティア・・・・・・討つしかないのか・・・・・・〕
笑みを浮かべて襲いかかって来たシシティアに、思わず剣を突き立てる。口から血を吐く彼女を見て、ガシムは目を見張っていた。わずかに口が動いた後、彼女の体は地面に落ち、灰となって崩れ去った。それを見たガシムは、自分の手を見て笑い出した。
〔ク・・・・・・クククククク・・・・・・ハハハハハハ・・・・・・俺が・・・・・・殺したんだ・・・・・・愛しい女を・・・・・・この手で・・・・・・〕
彼女の血が付いた手を見て、狂ったように笑うガシム。その時から、彼は冷徹非道な性格となってしまった。
「・・・・・・・・・・・・そうか・・・・・・思い出した・・・・・・あの時・・・・・・君が言った言葉・・・・・・」
〔ごめんね〕
そう彼女は、最期に言い残した。復讐を頼んだ訳でも、ガシムを恨んだ訳でもなかった。ただ、
〔苦しむことになって、ごめんね〕
言い残したかっただけだった。
「・・・・・・・・・・・・本当に君は・・・・・・復讐を望んでいなかった・・・・・・」
それを悟った時、彼女が差し出した手を握った。
―※*※―
「・・・・・・う・・・・・・そ・・・・・・」
ガシムの手を握っていたミリリィは、彼の命が失われたことを悟った。それは、彼女にとって世界の破滅を意味していた。
「イヤアアァァァァァァ!!」
頭を抱えて悲鳴を上げた時、周りの瓦礫が吹き飛んだ。それが落ち着いた後、瓦礫を踏んでジェラレがやって来た。
「いつまで泣いている気だ?お前・・・・・・」
涙を流して床に手を着いているミリリィに、ジェラレが冷たく言った。
「そんな暇があったら、彼の意思でも継いだらどうだ」
「・・・・・・彼の・・・・・・意思・・・・・・?」
しゃがみ込んで「そうだ」と言うと、ジェラレはニヤリと笑った。
「ガシムの望みはなんだ?貴様がここで泣きじゃくることか?違うだろ。彼の望みは、全ての吸血鬼の抹殺」
「・・・・・・でも・・・・・・彼は死んでしまった・・・・・・。死んだ人間は・・・・・・何もできない・・・・・・」
「そう。だからこそ、死んだ人間の後を継ぐ者が必要となる。それが・・・・・・お前だ」
「私が・・・・・・?」
目を見開いて呟くミリリィに、「ああ」と頷く。
「あいつは死の間際、お前に託すと言っていた。自らの理想の実現と、自分の敵討ちを」
それを聞いて、「敵・・・・・・討ち」と呟いたミリリィの瞳に、復讐の炎が燃え上がる。
「ガシムをやった男は、まだそう遠くへは行ってない。それは、お前が憎む妹と裏切り者も同じだ。この際だから、まとめて済ませてしまえ」
頷いて「わかった」と答えると、ミリリィは城を飛び出して行った。それを見ていたジェラレは、心の中でそう笑った。
「(・・・・・・本当は聞き出す暇なんてなかったのに、本当にバカだね~。人間って言うのは・・・・・・)」
その後、彼が笑ったことを、ミリリィは気付きもしなかった。