第72話 早き決戦
ルマーニャのハンターたちが戦っていた頃、モクルスレイが見える丘の上に、ガシムともう一人の人影が立っていた。
「体の調子はどうだい?対魔超兵第一号・・・・・・」
とても人に対して付けたとは思えない名前で呼ばれたのは、冷たく鋭い、生気のない目をした、長い茶髪の少女。
「・・・・・・問題ありません、ガシムさま・・・・・・」
少女のほうも、感情がないかのような声で答えた。
「それは何より。なら、行くか・・・・・・ミリリィ・エルハンス」
その時、彼女の鋭い目がガシムを睨む。
「いくらあなたが、私の全てを許せる存在でも・・・・・・その名前を呼ぶのだけは・・・・・・許さない・・・・・・」
冷たく睨むミリリィに、「悪かったよ」と笑って、彼女の体を抱きしめる。生気のないはずの目がわずかに揺れる。
「じゃあ、行って来てくれるね・・・・・・」
ミリリィは「うん」と頷くと、ガシムと共に爆音が鳴り響く戦場へ向かって行った。
―※*※―
最終制圧ポイントは、まだ、この町が主都だった頃に国を治めていた王族が住んでいた城。その城から半径5キロメートル以内では、アンデッドの一種のモロイや、吸血鬼の一種のウプィリが徘徊しており、城に近づく者を警戒していた。とはいえ、モロイは知能がないにも等しいので、たちまち陽動に引っかかった。
「ウアァァァッ・・・・・・」
「片っ端から・・・・・・蹴散らせ!!」
怒声と共に銃や剣で攻撃するが、それは敵を倒すことだけに重点を置き、自分たちへの被害を顧みない戦い。クルスとディマ以外のハンターたちは自らの命など顧みておらず、平気で投げ出していた。聖水が入った銀の銃弾を発射しながら突撃し、ある者が次々と仕留めている傍ら、またある者がモロイの後処理に移ったウプィリの手にかかり、命を落としていた。
「我らルマーニャの完全勝利のために!!」
「我が命、ルマーニャの目的のために!!」
仲間もろとも敵を倒す砲撃の音。鳴り響く銃撃の後に、辺りに響き渡る悲鳴。大多数はモロイやウプィリの悲鳴だが、中にはハンターの断末魔の叫びが混じっていた。
―※*※―
「でやあああああああああっ!!」
その悲鳴と銃撃の音の中、ディマと分かれたクルスは孤軍奮闘していた。どういう訳か、クルスが戦っているモロイの数は、他と比べて圧倒的に多かった。
「くらえ!!」
愛用の剣を振って襲いかかって来たモロイを、一体、また一体と倒していく。それでも、数は減るどころか増えてきていた。
「(おかしい・・・・・・どうして、いくら倒しても数が減らないんだ)」
アンデッドとしても動けなくなったモロイやウプィリを踏み越え、新たなモロイたちが迫る。そんなクルスや他のヴァンパイアハンターの戦いを、城にある塔の一つの屋根から見下ろしている影がいた。
「がんばるね~。あのクルースニク・・・・・・」
暗い色のサングラスをした、軽い口調で喋る青年。かつて北欧で暗躍し、グドホルムやグリームヒルドを蘇らせた、ネクロだった。
「ありゃあ、残りのモロイを使っても、五分五分だね~・・・・・・」
「何が五分だと言うのだ?」
後ろでした声にネクロは振り向きもせず、「えっ、ああ」と受け答えをする。
「あのクルースニクが、モロイに倒される確立だよ。それよりラトデニ、お姫様を見てなくて良いのかい?」
すると声の主、ラトデニは「ご心配なく」と笑いながら答える。
「ジェラレが見ています。ラニャーリ・・・・・・いや、我らデモス・ゼルガンクに入ることは、依然として拒否していますが・・・・・・」
「・・・・・・?・・・・・・デモス・ゼルガンクの存在は、まだ彼女には極秘のはずだけど・・・・・・?」
すると、「いやいや」とラトデニは、左腕で額を押さえて笑った。
「『もうじきこの組織は滅びる。君を必要としているのは、別の組織なのだよ』・・・・・・としか言っていない。それでも、答えは同じみたいだよ」
ネクロは溜め息をつき、「やれやれ、困ったお姫様だ」と呟いた。その塔の中の、最上階の部屋の中の椅子に座っているのは、リリナだった。
~―回想―~
ルマーニャによるラニャーリ殲滅作戦が始まった頃、近くの森にいるリリナの前にジェラレが現れた。
「・・・・・・またお会いしましたね、お姫さま・・・・・・」
礼儀正しく現れたジェラレに、「また・・・・・・あなたなの」とリリナは溜め息をついた。
「・・・・・・いい加減、見飽きたわ・・・・・・何度、来ても・・・・・・私の答えは変わらないわ」
「いいえ。あなた様には是が非でも、来ていただかなければならなくなりました」
その時、周りの草むらから、複数の人影が現れる。全員、ジェラレと同じように服を着ているが、顔はマスクや服についているフードで隠されていた。
「もし、来ていただけないのなら、こちらも実力行使に移らざるを得なくなります」
飛びかかろうと構えると、リリナはジェラレを睨んだ。
「・・・・・・例え数で攻めるとして、私を抑えられるとでも・・・・・・?」
それに対し、ジェラレは「ククククク」と笑った。
「あなたさまには敵わなくとも、あなた以外のものならどうですか?」
顔色を変えたリリナに、「例えば」と切り出す。
「あなたが立ち寄っている町の人間ども・・・・・・」
リリナの顔色が、ますます悪くなる。
「それとも・・・・・・もっと別の町の人間を襲おうか・・・・・・?」
「やめなさい・・・・・・。町の人たちは、関係ないでしょ!!」
「心優しくて何よりです。しかし・・・・・・その人間どもがあなたに何をしたか、よもやお忘れではないでしょうか・・・・・・?」
その瞬間、今まで家族共々、人々に迫害されてきた記憶が蘇ってきた。それでも、父の『誰も恨んではいけない』と言う言葉を胸に今まで生きてきた。恨み辛みが消えた訳ではないが、リリナには罪のない人々が殺されるのは耐えられなかった。
「・・・・・・わかった・・・・・・。あなたたちに付いて行くわ・・・・・・」
悔しそうに拳を握るリリナ。森は深い、深い闇に包まれていた。
~―回想終わり―~
塔の窓から外を眺めているリリナは、響き渡る悲鳴に耳を押さえていた。
「(いやだ・・・・・・。いやだよ、こんなの。・・・・・・助けて・・・・・・)」
きつく目を閉じたリリナの脳裏に、こちらに振り返るクルスの顔が浮かぶ。
「(助けてよ・・・・・・クルス・・・・・・)」
―※*※―
クルスが何かを感じて振り返った時、それを狙っていたかのように、ウプィリの群れが一斉に飛びかかって来る。一瞬、反応が遅れたクルスは二体切り伏せた後に、その後ろに隠れていた一体に首を捕まれ、そのまま地面に押し倒されてしまった。その後に、飛び掛ったウプィリが次々と圧し掛かり、全体重をかけてクルスの腕や足を押さえる。
「(ぐっ・・・・・・クッ・・・・・・しまった・・・・・・)」
このままではいずれ、窒息死してしまう。クルスは「やむをえん」と考えると、全神経を収集させ、全身から光属性の魔力を放った。光に弱いアンデッドにはたまらず、クルスに近いほうから次々と灰となって崩れていった。だが、これはクルスにとっては諸刃の剣で、下手をすれば魔力を使い切ってしまう可能性もあり、たった一人で戦う時は絶対にしてはいけない戦い方だった。
「(はあ、はあ、はあ・・・・・・。さすがに・・・・・・きついな・・・・・・)」
激しく息を切らせて立ち上がる。それを見ていたネクロが、好機とばかりに笑い、目を見開いた。すぐさま手をかざすと、倒されたモロイやウプィリの灰の中から手が出てきて、黒い体をした人間型の怪物が現れた。
「なっ・・・・・・こいつらは・・・・・・?」
今までヴァンパイアハンターとして戦ってきたが、倒した敵の灰の中から新しい敵が出てくるのは、初めてのことだった。しかも、その敵はアンデッドともヴァンパイアとも違う、彼の全く知らない敵。それもそのはず。それは、デモス・ゼルガンクの従える尖兵、ディゼアだった。
「(完全に倒した敵が復活するなんて・・・・・・しかもこいつら、アンデッドとは違う・・・・・・!!)」
突然、襲いかかってきたディゼアに剣を振って応戦するが、一度に魔力を大量に消費したクルスは、思うように体が動かなかった。
「(くそっ。いつもより、体が重い・・・・・・)」
そんな状態で押し切られ、地面に倒されたクルスにディゼアが襲いかかる。これまでか、と思ったその時、黒い光の矢がいくつも降り注ぎ、あっという間にディゼアを全て貫く。矢が飛んできた方を向くと、そこには、変化したクドラが立っていた。
「・・・・・・クドラ・・・・・・なんでここに・・・・・・?」
「どこにいようが、俺の勝手だろ」
「ここには、俺以外のハンターが五万といる。このままじゃ・・・・・・」
体の痛みを堪えて叫ぶクルスに、「心配無用だ」と、クドラは答えた。
「そのハンターも、半分以上が死亡したらしい。そんな状況では、俺が見つかる可能性は低い」
「だ・・・・・・だが」
クルスが食い下がるが、「それに・・・・・・」とクドラは続ける。
「それに・・・・・・ハンターにやられるのなら、それが俺の運命だった・・・・・・ということだ・・・・・・」
「―――!お前・・・・・・何を」
驚いて言いかけるが、近づいてくる足音に気付くと、クドラはすぐに立ち去った。
「大丈夫か、クルス」
その後にディマがやって来てクルスに肩を貸す。
「隊長と『秘密兵器』が城に突入したらしい。じきに首謀者も倒されるはずだ」
その時、都市のほぼ中央にある城のいたる所から、いくつもの爆炎がたった。クルスはいつの間にか、その城の近くまで来ていた。
「終わった・・・・・・のか・・・・・・?」
「だと・・・・・・いいんだがな」
辺りにはまだ、銃撃や爆発音、悲鳴が響き渡っていた。
―※*※―
時は数分ほど戻る。モクルスレイの中央部にある城には、数え切れないほどの吸血鬼やアンデッドの死体が転がっていた。しかし、攻めて来たはずのハンターの死体は一つもない。それもそのはず。城に攻めてきたハンターはたったの二人、ガシムとミリリィだけだった。
「く・・・・・・クソ・・・・・・なぜ、倒れない」
「相手はたった二人だろ!何を手こずっている!」
腐りかけの体に忠誠の鎧をまとった男たちが、手に持つ銃を乱射している。ガシムの前に立ちはだかったミリリィが銃弾を受け、腹や胸も貫かれる。しかし、敵を睨みつけたミリリィは一瞬で飛び込み、銃を持った不死者を右腕から出ている銀色の剣で切り伏せた。
「ぐぎゃああああああああっ!!」
鎧を砕いて体を切られた不死者は悲鳴を上げ、体が灰のようになって崩れていく。
「ひ、ひえっ!!」
それを見て後続の不死者が逃げようとするが、足にガシムの撃った銃弾が撃ち込まれる。銃弾に仕込まれていた聖水が足を焼いて体勢を崩れさせ、そこをミリリィが後ろから胸を突き刺す。
「ぐがっ・・・・・・!」
腐りかけの皮膚が崩れ、後に残されたのは鎧と砂のみ。そこを新たに駆けつけた不死者が銃を撃つが、銃弾を受けたミリリィは倒れず睨み付ける。
「ひっ・・・・・・!」
その迫力に怯んだ不死者にミリリィは飛び込み、右腕の剣で切り伏せた。その一瞬、上に潜んでいた吸血鬼が後ろから取り付く。
「なぜ倒れないかしらないが、血を吸えば・・・・・・」
人間にとって血は失いすぎるとまずいもの。それを吸い尽くすべくミリリィの首に牙を突き立てるが、少し血を吸った途端、悲鳴を上げて飛び退く。
「ぐああああああああああああっ!!か、体が・・・・・・焼ける・・・・・・」
吸った血を飲み込んだ喉を尖った爪でかきむしり、血の気を失った皮膚が裂ける。吸血鬼だからか血が出ることはなかったが、赤い肉が生々しい。
「喉が・・・・・・からだが・・・・・・焼ける・・・・・・これは、聖水!?バカな、聖水を血の代わりにしてるだと!?」
全く持って信じられない。事実、ミリリィの体には聖水が血の代わりに流れているわけじゃない。体が焼ける痛みにもだえている吸血鬼を銀色の剣で切り伏せる。
「が・・・・・・が・・・・・・っ!!」
何が起きたか全く理解できず、銀色の剣に切られた吸血鬼は青い炎に包まれ灰となって崩れ去った。駆けつけた増援の吸血鬼はちょうどそれを見て、怯んだ。
「バ、バカな!あいつがこんな簡単に・・・・・・!」
先ほどミリリィが倒した吸血鬼はかなり強かったらしく、後続に広がった同様はかなりのもののようだった。彼らを一瞥したミリリィはその一瞬を突き、吸血鬼の真っ只中に飛び込み回りを薙ぎ払った。両断された者は青い炎とともに体が崩れていき、辛うじて逃れた者は切り口が焼け、灰が落ちている。痛みにもだえる吸血鬼にトドメを刺していき、床を這って逃げる最後の一人に目を向ける。
「待て・・・・・・」
男の声に足を止めると、逃げようとした吸血鬼は胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられる。
「いえ!首謀者はどこだ!?」
「ぎ・・・・・・玉座の間に・・・・・・」
ガシムに胸に剣を突き刺された吸血鬼が答えると、彼はそのまま吸血鬼の体を切り裂いた。
「首謀者は玉座の間。その階段を上った先だ!!」
「わかった」
「行かせるか!!」
それを聞き駆けだすミリリィに、数人の吸血鬼が銃を乱射する。だが、銃弾を受けてもものともせず、すれ違いざまに一人残らず切り伏せた。
「くそ・・・・・・こいつらは化け物か!?」
「・・・・・・化け物は貴様らだろ!!」
最後の一人を切り伏せると、取れかけた扉を蹴破った。王の間は今や見るも無残な姿をしており、かつて主がいた玉座には、腐りかけた皮膚を持つ、一人の不死者が立っていた。
「・・・・・・リッチ・・・・・・」
膨大な知識を手に入れるために不死を手に入れた者をミリリィは睨みつけ、ガシムはマシンガンに聖水入りの玉を装填し直した。
「このような娘が、我らを追い詰めたというのか・・・・・・」
ミリリィが黙って剣を構えると、彼女が飛びかかるよりも早くリッチが灼熱の炎を呼び寄せた。ミリリィが炎に包まれると、リッチは笑い声を上げた。
「ハハハハハハハハハ。小娘に討ち取られるほど、我は脆弱ではない!!」
炎が治まり、後に何も残っていないのを見ると、残忍な笑みを浮かべた。
「骨も残らなかったか」
「彼女を舐めないほうがいいぞ、自然に逆らった不死者」
「ほざけ、有限の命に縛られた者よ。あとは貴様一人だ」
「警告はしていただろ?彼女を舐めないほうがいい、と」
不敵な笑みを浮かべるガシムをせせら笑い一歩前に出た瞬間、真上から剣を突き出したミリリィが落ちて来る。気付いてギリギリでかわしたリッチだが、着地後すぐ体勢を整えて切りつける。振られる銀色の剣をすばやく動いてかわし、かわしきれないものは手の持っている杖で防ぐ。
「デッド・ストーム!!」
わずかに後ろに下がり杖を突き出すと、ミリリィに向かって横向きの竜巻が起こる。とっさに横にかわすと、竜巻が通った床や敷き布が腐食している。
「毒を含んだ風で嵐を起こし、浴びたものを腐食させる。アンデッドらしいえげつない技だ」
「ほざいていろ。いかな方法を持っても防げまい!!」
再び杖を突き出し、今度はブリザードゲイルを放つ。先のデッド・ストームは闇属性の、今回のブリザードゲイルは氷属性の中級魔術。それを詠唱破棄で放てるリッチに対し、避けるミリリィは恐怖を覚えないどころか付け入る隙を探す。
「―――!?」
とその時、自分の背中に何かが当たる。視線をわずかに後ろに向けると、槍のような土壁がミリリィの行く手を阻んでいた。
「アースティックウォール!?しまった!」
「終わりだ!デッド・ストーム!」
再び腐食毒の嵐を吹きつけようとするリッチ。だが、そこに銃声と共に自分の腹に銃弾が撃ち込まれた。目を見張ったリッチがよろめきながら視線を走らせると、土壁の横から銃口を向けているガシムの姿が目に入った。
「フン・・・・・・敵の数を知らなかったか?」
不敵な笑みで銃を構えているガシムを睨むが、杖を向けて魔術を放つ直前に、ミリリィが振り下ろした銀色の剣に右腕を切り落とされた。床に落ちた杖が金属音を鳴らし、よろめいたリッチは後ろに飛び退いて追撃をかわした。
「おのれ。だが、我には秘術による、無限再生が・・・・・・」
だが、切られた腕は傷口からボロボロと崩れ始めていた。さらに、ガシムに撃たれた体も少しずつ崩れていく。
「ば・・・・・・バカな。永久の不死を手に入れた、我の体が・・・・・・」
信じられず目を御旗次の瞬間、ミリリィの剣がリッチの腹を貫いた。その部分から体が青い炎に包まれ、砂となって崩れ落ちる。貫いた敵がいなくなった剣を下ろし、ミリリィは立ち上がる。
「ガアアァァァァァァッ!!」
「・・・・・・終わった」
崩れ去ったリッチの体を見て、銃を下ろしたガシムはそう呟いた。だがミリリィは、いまだ鋭い視線で何かを睨みつけている。
「・・・・・・いや・・・・・・まだだ・・・・・・」
そう言うとミリリィは、どこかへ向かって行った。