第71話 長き一日の始まり
「知らないのか。昔、この国の首都だった場所だ」
「ええ。クリスマスの日に、テロリストの襲撃があって・・・・・・それがきっかけで・・・・・・壊滅したんです・・・・・・」
ローハの言葉に思わず黙り込むディステリア、クウァル、セルス。だが、セリュードはふと何かに気付くと、再び地図を見た。
「旧首都モクルスレイ・・・・・・。位置は・・・・・・〈工業都市スヴァロギッチ〉の近く・・・・・・!?」
それを聞き、ディステリア、クウァル、セルス、ローハが、セリュードの方を見る。
「俺とディステリアの調べでは、分けられた大量の武器はここに運ばれた。そこから奴らが、さらに運んだとすれば・・・・・・」
指で地図をたどると、旧・首都モクルスレイ領に行き着く。
「元・首都。ここに運ばれたと、十分に考えられる!!」
―※*※―
「だ~か~ら~。いちいち『元』ってつけないで」
「なんだ。紛れもない事実だろ?」
町の入り口の門をくぐった所で、ルルカの方に振り返る。
「・・・・・・そりゃあ・・・・・・そうだけど・・・・・・」
再び歩き出すクトーレとルルカ。陥落して以来、誰一人として入ったことがないため、周りの建物は所々が崩れており、瓦礫が道路に散乱していた。
「なぜ、ここが壊滅したか・・・・・・知ってるか・・・・・・?」
「えっ?ええ、知ってるわ。この国の政権を奪われた人を指導者とする人たちが、テロリストとなって破壊活動を行なったから、でしょ?」
しばらく歩くと、「40点だ」と言った。
「なっ・・・・・・どこか間違えてる・・・・・・?」
「残念ながら、そんな単純な問題じゃない。その政権を奪われた人物は、大国の一つハルミアに武力侵攻を訴えていた。だが、当時、国を治めていた王族の指導者は、それに強く反発していた」
首を傾げて歩いているルルカに、さらに続ける。
「その平和主義の主張が市民の指示を集め、武力侵攻をかかげていた人物は追放されることとなった。」
「当然よね。みんな、平和が一番だもん」
「だが・・・・・・全ての人間が、そう思ってはいなかった」
立ち止まって上を見上げるクトーレに、ルルカは再び首をかしげる。
「ハルミアがかつて、世界のほとんどの国に対し、武力行使に移ったことは知ってるか?」
振り向きざまに聞くと、ルルカは「えっ、ええ」と答える。
「その時にハルミアが侵攻し、攻撃した場所の一つが・・・・・・ここだ」
「ここって・・・・・・モクルスレイ!?」
驚くルルカに、「そうだ」と頷くと、「ちょ・・・・・・ちょっと待って」と言う。
「その話と、ここが壊滅したことって、なんの関係があるの!?」
「追放された人物と言うのが、その時に政権に関わっていた人物だった」
それを聞き、「ええっ!?」と驚く。
「その侵攻で国民の大半を殺されたその人物は、ハルミアに対し報復活動を行なうと宣言した。だが、王族はそれに反対し、その人物を追放した。しかし、それに反発する者たちが追放された人物の下に集まり、政権を手に入れようと水面下で動いていた」
「その人たちが・・・・・・あの事件を起こした・・・・・・」
「そうだ」
クトーレが答えると、「ちょっと待って。肝心なことを聞いてないわ!!」とルルカが声を上げる。
「その人たちの動機は何!?どうして、その人たちは『平和』であることに反対して、あんなことをしたの!?」
「それを見つける手がかりは、すでに渡しているはずだ・・・・・・」
そう言って、クトーレはルルカの目の前まで接近する。顔がすぐ近くまで近づいたので、ルルカは顔が紅潮し始めた。だが次の瞬間、クトーレの左腕がルルカを抱きしめたかと思うと、そこから飛んだ瞬間に、そこで爆発が起きた。
「わっ!?・・・・・・なっ!?」
突然のことに理解できないルルカをよそに、クトーレは彼女を抱きかかえ、元来た道を戻り始めた。
「クソッ、逃がすか。門を崩せ!!」
二人が門の真下に差しかかったちょうどその時、爆音と共に門が崩れ始めた。ルルカが潰されると思った瞬間、クトーレはステップを踏んで間一髪、門の脇に転がり込んだ。
「やったか?」
「いや、まだわからない」
最低でも二人の声が聞こえてきた。クトーレは彼らに気付かれないように、足音を立てずにその場を離れ、門から路地を通り抜けた先にある大通りに出ると、とりあえず瓦礫の影にルルカを下ろした。
「・・・・・・ハッ・・・・・・なんなの、あいつら!?」
「テロリストの生き残りだ」
我に返って呟くルルカに説明すると、「えっ?」と聞き返す。
「彼らはハルミア軍の侵攻により、家族や友達を失い、憎しみを捨てきれず、報復することしか考えられなかった者たちだ。彼らはかつての指導者の下、政権を手に入れ、かつてから計画していた報復攻撃を行なおうとしていた」
「―――!?・・・・・・それが・・・・・・彼らの動機・・・・・・?」
「彼らの行なったことにより、多くの罪の無い命が奪われ、生き残った者の心にも大きな傷を生み、多くの恐怖と憎しみが生まれた」
あまりの話に、言葉を失うルルカ。虐殺と言われても仕方のない戦闘行為と、その果てに生まれた傷と憎しみ。今となっては、それは全て『過去』の話に過ぎなかった。
「・・・・・・でも・・・・・・その人たちの気持ち・・・・・・すこしだけ、わかる気がする・・・・・・」
クトーレが厳しい表情で、「本気で言ってるのか」と聞くと、ゆっくりと頷く。
「大切な人が死んだら・・・・・・誰だって・・・・・・その原因を憎むわ・・・・・・。それに、簡単には・・・・・・許さないと思う・・・・・・」
「ならば、あえて言おう。その考えは早計だと」
「早計だと!?」
突然、ルルカがクトーレの胸倉を掴んだ。目つきが鋭くなり、声の調子が変わっているところから、もう一つ人格が表に出ているようだった。
「私だって、何も悪いことをしていないのに、お父さんとお母さんを殺されたのよ・・・・・・。殺した奴は絶対許さないし、そいつに復讐してやりたいとも思ってる・・・・・・!」
「そして、今度は自分が仇として狙われるつもりか!?」
「―――!?」
冷たいクトーレの一言にルルカは目を見張る。顔色一つ変えずに、彼女の腕を物凄い握力で掴んだので、ルルカのほうが痛みで顔を歪めた。
「ならお前は、自分が仇だと狙われたら、黙って討たれてやるのか・・・・・・!?」
しばらく黙り込むが、「・・・・・・う・・・・・・うるさい!!」と、腕を振ってクトーレから離れる。
「あんたなんかに何がわかるんだ!?大切な人を奪われた苦しみや悲しみ・・・・・・。何も知らないくせに、知った風なことを言うな!!」
すると突然、辺りの空気が重くのしかかるような感覚がした。
「・・・・・・なら君は・・・・・・俺の何を知ってるんだ・・・・・・!?」
表情は落ち着いているが、クトーレからは怒りのような気配が漂っていた。それに圧倒され、言葉を失うルルカ。だが、
「まっ、そういう訳だ」
という軽い声で我に返った時にはその気配は消えており、ルルカも主人格に戻っていた。
「憎しみはまた新たな憎しみを生み、更なる連鎖を作りだす。それこそ、奴らの狙い通りに・・・・・・」
「・・・・・・!?また・・・・・・奴らって誰なの!?」
その時、遠くのほうで爆発音がした。
「何!?」
「本格的になってきたな・・・・・・」
ルルカが爆発のほうを見るとクトーレが呟くが、彼女には何がなんだかわからない。
「えっと・・・・・・いったい何が・・・・・・」
「世界には、知らなくてもいいことがたくさんある。巻き込まれない内に、早く町の外に・・・・・・」
だが、そこまで言った時、白地に赤い十字架が入ったマントのような服をまとった男性が、二人飛び出してきた。それにルルカは目を丸くするが、クトーレは舌打ちして苦い表情で呟く。
「ちっ、手遅れだったか」
「ここにもいたか!!」
そう叫ぶなり、いきなり銃を乱射した。ルルカもクトーレも、とっさにそれを避ける。
「きゃああっ!!何・・・・・・こいつら」
「相手は吸血鬼だ!!女でも容赦するな!!」
「わかってる!!」
ひたすら銃を乱射する二人のハンターに、「ちょっと待ちなさいよ!!」とルルカが叫ぶ。
「私たちは吸血鬼じゃないわ!失礼なことを言わないで!」
「なら、この弾丸に当たってみろ」
銃を構えるハンターに、「い・・・・・・いやよ!痛そうだもん!」と、速攻で拒否する。
「本当に吸血鬼じゃないなら、こいつで撃たれても灰にならないはずだ」
「・・・・・・じゃあ、普通の人が当たっても、なんにもならないの・・・・・・?」
「本体は普通の銃だ。普通に考えて、死ぬだろう」
「この銃で撃たれて死んでも、灰にならなかったら吸血鬼じゃなかったってことだ。わかったらさっさと撃たれろ!!」
「そんなのめちゃくちゃよ~!!」
引き金を引こうとするハンターに、叫び声を上げるルルカ。逃げ出そうとしたルルカに銃口を向けたその時、クトーレがハンター二人に、それぞれ同時に拳と蹴りを放って気絶させた。
「まともに話そうとするだけ無駄だ。こいつらに、世間の常識は通用しない」
膝の力が抜け、「なんなのよ~、こいつら~」と言うと、着地したクトーレが冷たい視線を向けて答える。
「おそらく、ヴァンパイアハンターだろ」
「えええっ~!?こんな、一般人まで殺そうとする奴らが~!?」
「さっきも言っただろ。こいつらには、世間の常識は通用しない。ヴァンパイアさえ倒せれば、その過程で何をやってもいいと教えられているんだ」
「そんな、まさか」とルルカは言いかけたが、さっき自分が殺されそうになったことを思い出し、言い留まった。
「・・・・・・まさか、本当に~?」
「・・・・・・世界には、どんなに信じられなくても、ゆるぎない事実がたくさんあるんだ」
そう言うと、ハンターたちが持っていた銃を拾い上げ、グリップの辺りを分解した。
「コンバットタイプの銃に近いが、弾の装填はカートリッジ式になっているな。だから、攻撃の隙が少ないのか・・・・・・」
その後、カートリッジから銃弾を一つ摘まみ出した。ルルカがそれを見ていると、次の瞬間、取り出した弾の上の部分が、ひとりでに離れたように見えた。
「・・・・・・なるほど・・・・・・銀製の銃弾の内部に、聖水を仕込んでいるのか。だから、吸血鬼や人狼、不死者などに効果があるのか」
銃弾を傾けて、中身を空のガラス瓶に入れる。
「・・・・・・な・・・・・・何してるの・・・・・・?」
「何かの役に立つかもしれないから、ちょっと拝借してるんだよ」
「拝借って・・・・・・もしそのせいで、この人たちが吸血鬼に教われたら、どうするの!?」
だが、クトーレは「こいつらの命に、それだけの価値があるのか・・・・・・?」と冷徹に言う。
「価値があるもないも、そんなもので片づけられるほど、命は軽いものじゃないでしょ!」
それを聞いたクトーレはフッと笑い、「その通りだ」と言うと、聖水を入れたビンをベルトにあるホルダーへ入れ、奥へ進んで行った。
―※*※―
《こちら第一部隊。目標エリア、占拠完了》
《こちら第六部隊。エリア内の敵、殲滅完了》
《こちら第十三部隊!至急、救援を・・・・・・うわああああっ!!!》
《第十三部隊、通信途絶。近くを巡回中の部隊は、第十三部隊担当エリアの敵を殲滅せよ》
通信の内容を聞き、「よく言うよ・・・・・・」とクルスは溜め息をついた。
「そう言うなよ。近くにいるのは俺たちだろ。行ってやろうじゃないか」と、ディマがなだめる。
もし、第十三部隊やられてできた穴から吸血鬼たちが逃げれば、この作戦での殲滅が不可能となってしまう。組織の名誉と威信、そして、ほぼ全ての人数をかけたこの戦いは、ルマーニャという組織にとって絶対に勝たなければならず、失敗も許されない『聖戦』だった。だが、クルスにとっては組織のエゴでしかなく、第十三部隊の担当エリアに向かう中で、そう思わずにいられなかった。
「そ~ら、お出迎えだぜ」
ディマの声でハッと我に返ると、目の前には両腕にコウモリの翼が生えている、異形の人影が二つ飛び降りて来ていた。だが、二人とも後ろを向いており、クルスとディマに気付いたのは、ディマが二人の内、片方を銃で撃った時だった。
「何!?こっちにも・・・・・・」
驚いて爪を向けるもう一人を、すぐさま高速移動したクルスが剣で切り伏せた。地面に落ちた吸血鬼の体が炎の包まれると同時に、クルスも地面に着地した。
「こいつら・・・・・・『こっちにも』って言ってたけど、他にも駆けつけた部隊がいたのか・・・・・・?」
二人が首を傾げていた時、上のほうで瓦礫を踏む音がした。二人がそちらを見上げると、旅人用のマントに身を包んだ一人の男、クトーレが立っていた。クトーレのほうも、自分を警戒しているクルスとディマを見下ろしている。互いに睨み合う形で黙っていると、遠くのほうで爆発が起こり、それがきっかけで反射的にディマが聞く。
「何者だ・・・・・・貴様・・・・・・?」
「他者に名を聞くなら、まず、自分の名を名乗るのが礼儀だろう」
クトーレにそう言われて、「ぐっ」と黙り込むディマ。クルスも、戦いでの礼儀を説かれるとは、全く思っていなかった。しかし、それこそが、クトーレがあえて相手の名前を聞かなかった理由だった。
「対不死者組織ルマーニャ所属、ディマ・ラーナ」
「同じく、クルス・タルボージュ」
「なるほど、ガシムの操り人形か」
自分の素性を明かした二人にクトーレが呟くと、「なんだと!!」と反射的に叫んだ。だがクルスは、すぐにそう思われても仕方ないと思えてきた。
「それで・・・・・・貴行の名は・・・・・・?」
「俺の名は・・・・・・」
ディマに聞き返されたクトーレはそう呟くと、右回りに方向転換してそのまま瓦礫の上を飛んで立ち去ってしまった。これには、二人とも唖然としてしまう。相手に聞かれるまでクトーレが黙っていたのは、相手のほうから自分が何者なのか聞くのを待っていたから。そうすれば、こうして相手の名を聞いてやすやすと逃げられるが、それはさっき自分が説いた礼儀に反することだった。
「こ・・・・・・こら、待ちやがれ!!」
すぐさま追いかけようとするクルスを、「待て」とディマが呼び止める。
「ここで追いかけたら、目標地点への到着が遅れる。それが敵の狙いかも知れん」
「わ、わかったよ。・・・・・・それにしても・・・・・・自分ではあんなことを言っておいて、それを無視するなんて・・・・・・」
ぶつくさと文句を言いながら、クルスとディマのチームは目的のエリアに向かって行った。だが、着いて早々に彼ら見たのは、崩れて間もない瓦礫に、口を開けて息絶えている何人かのヴァンパイアハンター。さらに、青い炎に包まれてまだ間もない、ヴァンパイアたちの死体だった。
「・・・・・・な・・・・・・なんだよ・・・・・・これ・・・・・・」
「おそらく、さっきの男がやったのだと思うが・・・・・・いったい、なぜ・・・・・・」
経験の浅いクルスはもちろん、さすがのディマもこれには唖然とした。と、そこへ、大きな銃を抱えた、別のチームのヴァンパイアハンターたちがやって来た。
「なんだ、これは。いったい、何が・・・・・・」
「わからない。俺たちが来た時には、すでにこうなっていた」と、ディマが言う。
「そんなことより、ガシム隊長が『秘密兵器』を投入したらしい」
クルスは、仲間がやられたと言うのに、それを『そんなこと』で済ませたことに腹が立ち、『秘密兵器』と言う言葉が耳に入らなかった。
「なんでも・・・・・・吸血鬼たちに対する切り札らしい」
「うまくいけば、我々の勝利は確実だ」
それはつまり、『後でどれだけの犠牲が出ようと、この戦いでこの国にいる吸血鬼のほとんどは死滅する』という意味。吸血鬼を狩るために組織に入ったクルスにとっては、これほど喜ぶべき話はない。だが、彼の心には何か抵抗感があった。
「今、我々に下された指令は、その『切り札』が最終制圧ポイントにスムーズに行けるようにするために、手分けをして奴らの注意を我らに向けること」
つまり、囮か。クルスは心の中で悪態をついた。それに気付いているのかいないのか、それとも承知しているのか、秘密兵器の存在を報せたハンターたちは、「いくぞ」と散会した。
「あいつら・・・・・・」
だが、クルスはそこで口をつぐむ。組織に不満を持っているということは、他のハンターたちには秘密にしていた。もちろん、尊敬している先輩であるはずのディマにも。
「どうした?行くぞ」
溜め息をつき、「ああ」と頷くと、自分たちも陽動に走った。