第8話 企み
クトゥリアとディステリアは、突然の雨に見舞われて、森の中の山小屋で雨宿りをしていた。
「ちくしょう~~、また足止めなんて・・・・・・」
「そう言うなよ。この旅は長いほうが、お前がたくさん学べるんだから・・・・・・」
「そうは言ってもよ~~~」
その時、小屋のドアをノックする音がした。クトゥリアは立ち上がりかけ、ディステリアは思わず身構える。
「敵か・・・・・・?」
「・・・・・・警戒心が強いのはいいが、強すぎるとただの臆病者だぞ」
呆れたクトゥリアがドアを開けると、ずぶ濡れの姿で緑の服を着ている美しい金髪の髪の貴婦人が立っていた。
「すみません。突然の雨に見舞われて、このざまです。どうか暖炉で体を乾かせてください・・・・・・」
「突然の雨も何も、キミは雨の日などに現れる妖精だろ?・・・・・・グルアガッハ」
「どういうことだ?」とディステリアが聞く。
「雨の日などに現れ、体を乾かせてほしいと頼んでくる。金髪をなびかせているからすぐわかったよ。まあ、どうぞ・・・・・・」
ためらいもなく小屋に招かれ、「失礼します」と中に入った。
「・・・・・・民間伝承に伝わるグルアガッハは性別のハッキリしない妖精で、な。彼女はその一つ目とされる家庭の守護者であり、彼女の願いを聞き届けてやれば幸運が訪れると言われている」
「・・・・・・俺たちのように旅をしている奴にも、ご利益があるのか・・・・・・?」
「えっ・・・・・・旅をなさってるんですか?」と、暖炉の前に座ったグルアガッハが驚く。
「まあ、ね。俺たちもあんたと同じように、突然の雨に見舞われて小屋で雨宿り・・・・・・ってとこだ」
「おかげで船に乗り損ねるし・・・・・・」
説明の後ふてくされるディステリアに、クトゥリアとグルアガッハが苦笑する。
「あ、あの・・・・・・」
「・・・・・・こいつの言うことは気にしなくていい。それよりあんた、いいのかよ」
クトゥリアの問いに、「はい?」と聞き返す。
「・・・・・・雨宿りのために泊まった小屋に、男二人と女一人。襲われでもしたら大変しゃないか?」
「えっ・・・・・・ええっ!?」
グルアガッハが驚いて声を上げると、ディステリアはクトゥリアのほうに振り返る。
「おい、クトゥリア。聞き捨てならないぞ。俺はそんなことしねえし、俺がそんなことさせるとでも思ってるのか?」
「限らないぞ。修行の一環として襲わせるかもよ・・・・・・?」
「させねぇし、やらねぇ・・・・・・」と、ふてくされたディステリアは後ろに手を組んで寝転んだ。
「・・・・・・・・・あなたたちは心配ないようですね」
「じゃあ、今までに何度も・・・・・・?」とクトゥリアが聞く。
「はい・・・・・・でも、その度に魔法で撃退してきましたから・・・・・・」
「魔法が使える・・・・・・?まあ、不思議なことじゃないか・・・・・・」
「そういえば、さっき『一つ目』って言ったが、他にもいるような口ぶりだったな・・・・・・」
体を転がしたディステリアに、「ああ、いるよ」とクトゥリアが答える。
「二つ目は、毛むくじゃらの男性の姿をしているパターン。力は強いが性格は優しく、お気に入りの農園のために家事や農作業を手伝ってくれる。報酬として牛乳を受け取るが、払い忘れると過労死をしてしまう」
「ブラウニーみたいだな・・・・・・」
「三つ目は、赤と緑の服を着たすらりとした男前の姿をして、森の中の古びた城などに棲み、自分の領域を侵す者があれば魔法を使って悪戯する。そういえばこの辺りに城があったが、あれはキミの仲間のか・・・・・・?」
「・・・・・・いえ、私の家でした。しばらく空けていたら誰か使っていたようですけど・・・・・・その誰かが暴れたらしく、ボロボロに壊れていました・・・・・・」
泣いているグルアガッハに、ディステリアとクトゥリアは顔を見合わせる。
「まさか・・・・・・」
「まさかな・・・・・・」
「どうかしたんですか?」
「・・・・・・あんたが言ってるのってもしかして、ペッホが建てたって言う、石造りの古城じゃないか・・・・・・?」
「はい、そうですけど・・・・・・。お二人とも、犯人を知ってるんですか!?」
期待に満ちた表情のグルアガッハに、クトゥリアとディステリアはためらいながら事情とそこで起こっていたことを話す。
「そ・・・・・・そんな・・・・・・」
「・・・・・・まさか、あんたが住んでいた城だったとは。すまない・・・・・・ほら、ディステリアも・・・・・・」
「お・・・・・・おう・・・・・・」と頭を下げたものの、なんか納得がいかなかった。
「・・・・・・いえ、お二人のことは気にしてないんですけど・・・・・・あそこで妖精たちが苦しめられていたと思うと・・・・・・」
「あんたも妖精だからな。辛いだろうが・・・・・・」
「はい・・・・・・」とすっかり落ち込んでしまった。
「・・・・・・私・・・・・・ディナ・シー騎士団に、被害届けを出します」
「ええええっ!?」とディステリアがとどろいて声を上げる。
「その犯人たち・・・・・・許せません・・・・・・」
「ちょ、ちょ・・・・・・ちょっと待て、俺たちのことは気にしないってさっき・・・・・・」
「はい、あなたたちのことは気にしてません。・・・・・・私が許せないと言っているのは、妖精たちを酷使していた犯人です」
「あっ、そりゃ納得・・・・・・」とクトゥリアが頷く。
「そいつがあんたの城を勝手に使わなかったら、俺たちが戦闘で壊すこともなかったし・・・・・・あんただって、仲間が苦しめられていたとこで住むのは後味が悪い・・・・・・」
「はい・・・・・・ものすごく悪いです・・・・・・」
「しかし、だな。妖精誘拐および重労働使役の犯人であるウッピティ・ストゥーリーとニクネヴィンは、すでにディナ・シーたちに逮捕されている。・・・・・・まあ、黒幕は依然不明だが・・・・・・」
「じゃあ、その黒幕さんを許しません。私が魔法でとっちめます」
「とっちめますって・・・・・・できるのかよ」
呆れながら聞くディステリアに、「・・・・・・無理だろうな」とクトゥリアが代弁する。
「決め付けないでください!!」
「まず・・・・・・『黒幕さん』っていてる時点で無理だ。あんた、争いを好まない。となると、戦闘に慣れてないだろ・・・・・・」
「うっ・・・・・・そりゃあ、まあ。・・・・・・襲われても、魔法で威嚇して怯んだ隙に逃げるだけですし・・・・・・」
「だから、無理だって言える。黒幕と戦う以上、そこに辿り着くまでにどれくらいの敵と戦うかわからない。時には命を奪うことだって・・・・・・。あんたにその覚悟があるのか・・・・・・?」
「うっ・・・・・・」と黙り込む。
「ディナ・シーたちも、そこら辺は調べてくれている。あの一件で俺たちも黒幕に目をつけられたかもしれない。俺たちは身を守れるが・・・・・・お前はどうだろうな・・・・・・?」
「自分の身ぐらいは自分で・・・・・・」
「護身術程度では話にならない・・・・・・」と言われ、「ううっ・・・・・・」とうなだれる。
「わかり・・・・・・ましたよ・・・・・・」
グルアガッハがしぶしぶ納得した所に、「・・・・・・ところで」とディステリアが話しかける。
「その服、濡れてて冷たくないか?俺の着替えでよければ、使っていいが・・・・・・」
リュックから着替えを取り出して差し出した瞬間、グルアガッハは目に涙を溜めだしたのでディステリアは体をこわばらせた。
「うわ・・・・・・バカ・・・・・・」
「へ・・・・・・?」と首を傾げた瞬間、
「うわああああああああああああああああああんっ!!!!!」
物凄い大声で泣き出すと、グルアガッハは大雨の中、山小屋を飛び出していった。唖然とするディステリアに、クトゥリアが話しかける。
「お前、バカ。グルアガッハは、服などの衣類を受け取ると悲しそうに大声で泣きながら立ち去るんだよ」
「何!?聞いてねぇぞ、そんなこと!先に言え!」
「金なのは常識だ。お前、本当に危険生物以外の知識はすっからかんだな・・・・・・」
「すっ・・・・・・すっからかんはないだろ、すっからかんは・・・・・・」
降りしきる雨の中、山小屋の中でディステリアとクトゥリアの言い争いが繰り広げられたが、その大声は雨の音にかき消され誰にも知られることはなかった。
―※*※―
ハイコットランドとライルスランドの境界にある、とある山道で一人の男が複数の男たちに囲まれていた。
「うら、さっさと身包み置いて、とっとと失せろ!!」
「そ・・・・・・そんなことしたら、寒さと餓えで死んでしまいます」
「知るかよ。妖精の一人や二人、死んだって誰もこまりゃしない」
「そりゃ、あんたら人間の話でしょ。私たち妖精は・・・・・・」
「ガタガタうるせぇ!!さっさとその、食いもんでできた服をよこせ!!」
リーダーらしき男が妖精の男を蹴り飛ばすと、一瞬で現れたディステリアが蹴り飛ばされた妖精の男を受け止めた。
「おい、お前ら!よってたかって弱い者いじめか!」
「なんだ、テメエは!?関係ないだろ、引っ込んでろ!!」
「いやあ、そうしたいのは山々なんですけど・・・・・・」
後ろでした声に驚いて、妖精の男性を脅していた男たちが飛び退く。いつの間にか、彼らの後ろにクトゥリアが立っていた。
「て、テメエ・・・・・・いつの間に!?」
「・・・・・・相変わらず相手の心臓に悪いな・・・・・・」
ディステリアが呆れていると、「なんなんだ、テメエら!」とリーダー格の男が叫ぶ。
「世直しってか?お呼びじゃねぇんだよ、さっさと失せろ!」
「失せるのはてめえらが先だ。大体・・・・・・妖精を脅してたら、お前らが報復されるぞ」
「そいつらの仲間が怖くて、こんなことしてるかよ!!」と男たちが笑う。
「・・・・・・俺たちには領主さまの後ろ盾がある。あの方の領地内で起きたことなら、妖精どもの報復も怖くない!」
「ほう・・・・・・」とクトゥリアが興味深そうに呟く。
「・・・・・・どうやら、空腹ゆえ襲った山賊の類でもないようですね。ディステリア、やってしまいなさい」
「ああ。・・・・・・って、テメエはやらねぇのかよ!?」
ディステリアが驚くと、「俺はこいつを守らなきゃいけないから」と、妖精の男性の近くに立っていた。あまりの速さに、妖精の男性も驚いて悲鳴を上げる。
「いつの間に・・・・・・」
「よそ見してる暇はねぇぞ!テメエら、やってしまえ!!」
「おお!!」
二人の男がディステリアを囲む。妖精の男性が目を瞑った直後、殴られたり蹴られたりする鈍い音が響き、恐る恐る目を空けると、襲いかかって来た男たちが倒れていた。
「・・・・・・ったく、弱すぎだ。剣を抜く必要もない」
「人間相手にあれを抜いたら、まずいだろ・・・・・・」
呆れているクトゥリアに「そりゃあ、な」と答えると、男たちが一目散に逃げ出す。
「てめえらの顔は覚えたぞ!領主さまに言いつけて、捕らえてもらってやる!!」
「はいはい。その領主にぜひとも、お目にかかりたいものだね・・・・・・」
手をひらひらさせてクトゥリアが答えると、男たちは再び一目散に逃げ出した。
「・・・・・・ありがとうございます。しかし、あいつらに目をつけられたということは、この土地の領主に目をつけられたのと同じ。早く立ち去ったほうが・・・・・・」
慌てて忠告する妖精の男性を、ディステリアはマジマジと見る。帽子はクリームチーズ、上着はローストビーフ、ボタンは樫パンでできており、とても服とは思えない。
「な・・・・・・何か・・・・・・?」
「おい、ディステリア。失礼だろ」
「いや・・・・・・でも、こいつの着てる服、食べ物だろ?そんな服着てたら、普通気になるだろ?」
ギクッと震えた妖精の男性に、「ああ、こいつか」とクトゥリアが指差す。
「こいつはエイケン・ドラム。この辺りのナンセンス童謡詩によく登場する、食物でできた服を着た妖精だ。この服は、そのまま食べることができる」
「どれどれ?」とディステリアが手を伸ばしてみると、エイケン・ドラムはクトゥリアの後ろに隠れた。
「・・・・・・試そうとする奴があるか、バカ」
「いや、気になるだろう?普通・・・・・・」
手を引っ込めるディステリアに、「お前はもっと他のことを気にしろ」とクトゥリアが注意する。
「・・・・・・さっきの山賊もどきたちが言っていた、領主さまか?」
「ああ」とクトゥリアが頷く。
「人間が妖精の報復を恐れないということは、妖精たちの報復を防げるものを持っているということ。それが何かはわからないが・・・・・・」
「神様の守護・・・・・・ってやつか・・・・・・?」
「いや。忌事を犯した人間に対して神の代わりに報復することは、神自身が許可している。余程、信心深い奴でなければ加護を与えないと思うが・・・・・・さっきのような横暴な奴らを抱える奴が、そういう奴とは思えない・・・・・・」
「・・・・・・それこそ思い込みかもしれないぜ?」
「かも知れない。だが、そう考えてしまう・・・・・・考えすぎだろうか?」
そう聞くクトゥリアに、「いや、そうは思わない」とディステリアが答える。
「・・・・・・と言っても、俺は難しいことを考えるのは苦手だ」
「その苦手は克服したほうがいい。難しいことを理解できなくても、自分なりの答えを出せるようにならないと・・・・・・」
「わかった・・・・・・」と頷くと、ディステリアはエイケン・ドラムのほうを向く。
「さっきの領主の話、聞かせてくれ・・・・・・」
―※*※―
一方、そこから数キロ先の野にある一見の立派な城。
「何・・・・・・失敗しただと?」
豪華なシャンデリアがかけられた一室で、豪華な装飾が施されたマントをまとった一人の男に先ほどの三人の男が報告をしていた。
「追い詰めたことは追い詰めたのですが、妙な二人組みに邪魔されて・・・・・・」
「その妙な二人組、顔は覚えているか?」
「はい、しっかりと。すでに似顔絵を描かせました」
「そうか・・・・・・」と近くのテーブルに載ったワイン入りのグラスを手に取ると、それを男の前の床に投げつけた。グラスは割れ、カーペットにワインが散る。
「―――その愚か者どもを見つけ出し、私の前に引き立てろ!!その上で、お節介を焼いたことを後悔させてやる!私自らの手でな・・・・・・!」
残虐な笑みを浮かべた領主に、三人の男は背筋が震える。
「行け!不眠不休で探し出し、連れて来い!!」
「は・・・・・・はい!!」と返事をして、男三人は部屋を飛び出していった。領主は、部屋の大きな窓の前に立ち、外を見る。
「・・・・・・いずれ私は、この世界の全てを手に入れる。その手始めがこのハイコットランドだ。ライルスランドやルウェーズも手に入れる。誰にも邪魔はさせん・・・・・・」
やがて、「クククク・・・・・・ハッハッハッハッハ」と笑い声を上げる。日に照らされて伸びた影が人間のそれと違う形をしていたことを知る者は、領主本人を含めて誰もいなかった。
―※*※―
一方、ディステリアとクトゥリア。ディナ・シーに連絡をとって、クトゥリアはある資料を要求していた。
「・・・・・・妖精王に捜査資料開示を求められるなんて、あんた何者だよ・・・・・・」
「一般人だが・・・・・・?」とはぐらかしたクトゥリアは、資料をめくって読み始めた。その一枚一枚を読むスピードは尋常ではなく、只者とは思えなかった。
「・・・・・・ハイコットランド高地地方の現領主。・・・・・・若いな・・・・・・市民の支持は得られなかったものの、他の候補者が謎の死を遂げ、異例の少数当選・・・・・・」
「・・・・・・謎の死か。確かに臭いな・・・・・・」
ディステリアが呟くと、資料を届けに来たディナ・シーも話しに加わる。
「連続した妖精失踪事件が誘拐だとわかり、容疑者であるこの領主の身辺捜査をした結果、そのような事実がわかりました。・・・・・・我々としては、部外者・・・・・・特に人間に資料を見せたくないのですが・・・・・・」
「おう、悪いね」とクトゥリアが言うと、ディナ・シーは肩を落とす。
「・・・・・・オベロンさまとティターニアさま両名の進言で仕方なくですよ・・・・・・」
「・・・・・・ホント、何者だよ」
唖然とするディステリアが聞いた瞬間、無数の鎧を来た人間の足音が耳に届く。
「・・・・・・チッ、もう動き始めたか。ディナ・シー、彼の保護を・・・・・・」
クトゥリアが舌打ちをして捜査資料をしまうと、ディナ・シーはエイケン・ドラムを妖精馬に乗せる。
「彼を助けたあなたがたも助けたいのですが、生憎、妖精馬には人間は乗せられない・・・・・・」
「気にするなって。できの悪い弟子の修行にちょうどいい。ディステリア、行くぞ」
「見つからないように移動、ですね。・・・・・・って、出来の悪い弟子ってなんだよ!!」
ディステリアの声が聞こえたのか、「いたぞ!」と兵士に見つかる。
「げっ・・・・・・」
「バカ弟子・・・・・・」
「・・・・・・では、健闘を祈ります」
ディナ・シーは馬の手綱を引き、その場から駆け抜けていった。その直後、草むらを突き抜けて兵士達が駆けつける。
「見つかった以上、戦う。文句は言わせねぇ・・・・・・」
「言うわ。戦うのは追いつかれたときのみ、今は・・・・・・逃げろ!!」
走り出したクトゥリアに驚きつつ、天魔剣を構えていたディステリアも逃げ出す。
「逃がすな!追え~~~!!」
こうして、森の中で奇妙な追いかけっこが始まった。