第70話 加速する歯車
メンバーを二~四人のチームに分けてバラバラの方角へ広がり、〈スヴェロニア国〉国境を辿りながら、目的地である旧モクルスレイ領を目指す。それが、ルマーニャ総本部の決定した作戦内容だった。その内の一チーム、クルス、ディマ組は、〈軍事都市ルエヴィト〉と、目的地である元首都モクルスレイの間にある草原。
「なんだ・・・・・・この感じ・・・・・・」
近くに吸血鬼を感じた時の、かきむしられるような感じ。と同時に、どこか懐かしい感じがする。
「どうした?クルス」
「あっ、いえ・・・・・・なんでも・・・・・・」
すぐにクルスは答えたが、落ち着かない感じがしていた。
「(この感じ・・・・・・近くに吸血鬼がいる。でも、ディマ先輩は感じていない・・・・・・)」
ついには歩を止めて、気配がする方角を見ていた。
「そういえばお前・・・・・・クルースニクなんだって?」
「クルースニク・・・・・・。なんですか、それ?」
「知らないのか?勉強不足だな・・・・・・」
眉をひそめて聞き返したクルスに、ディマは溜め息交じりに頭をかく。
「クルースニクってのは、『十字架』と言う意味を持つ吸血鬼始末人だ。と言っても、おまえ自身詳しいかと思うが・・・・・・?」
ふと、七年前のことを思い出す。白い鳥に変身して、黒い鳥になったクドラを追いかけていた時、下にいたハンターたちは何かを言っていた。もっとも、空高く上っていたので、ほとんど聞き取れていなかったが。
「この辺りじゃあ『最強の吸血鬼始末人』と呼ばれているんだ。と言っても、クドラクって吸血鬼に勝つには、少し工夫・・・・・・って言うか、まじないがいる」
クドラクと聞いてビクッと体が反応したクルス。
「まじない?」
ごまかすために聞くと、「ああ」と得意げに答える。
「自分が生まれた時についていた羊膜を、粉末状にした物を袋に入れて携帯するか、その羊膜の一部を携帯するか、だ」
「別に・・・・・・最強じゃないじゃないですか」
「う・・・・・・きついな~。お前のことだぞ・・・・・・」
意外と薄い反応に困り、ディマは再び頭をかく。
「まあ、クドラクとクルースニクは互いに宿敵なんだ。クドラクが姿を変えると、クルースニクも同じ姿になって戦う。本能・・・・・・なのかな・・・・・・互いを敵視し、どちらかが倒れるまで戦い続ける・・・・・・」
少し顔をうつむけるクルス。吸血鬼と対峙すると、自分でも驚くほど冷徹に行動できる。
「(クドラと会っても、同じようになってしまうのか・・・・・・)」
「俺は先に行くぞ」
悩んでいるクルスを置いて、ディマは先へ進んだ。すかさずクルスは、脇道へ逸れて気配がするほうへ駆けて行った。
「(・・・・・・この心が煮えたぎるような感じ・・・・・・。これが先輩の言っていた『互いを敵視する本能』・・・・・・。だけど・・・・・・同時に懐かしさも感じる。この気配は・・・・・・誰だ・・・・・・?)」
気配をたどって草原を駆け抜け、やがて一人の人影を見つけた。一気にスパートをかけてその近くに着地すると、そこにいたのは、七年前に失踪した幼馴染、クドラだった。
「クドラ!?なぜ、ここにいるんだ!?」
「クルスこそ・・・・・・なぜ・・・・・・」
思いもよらない突然の再会に驚く二人だが、先に察したのはクドラのほうだった。
「なるほど。今やお前も・・・・・・ルマーニャの一員と言う訳か・・・・・・」
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
いつ仕掛けられてもかわせるように構えるクドラに対し、クルスは立ち尽くしていた。
「ターゲットの善悪問わず、発見次第抹殺する。それがルマーニャ絶対の掟・・・・・・と聞いた」
「確かに俺は組織の一員。だが、それ以前に・・・・・・お前の幼馴染だ!!」
そう叫ぶと、クドラは構えるのをやめた。
「・・・・・・こんな俺でも・・・・・・まだ幼馴染と言ってくれるのか・・・・・・」
めくった腕は、黒い剛毛に覆われていた。思わず息を呑むクルスに対し、クドラはわかりきっていたからか全く表情を変えない。
「やっぱりお前でも・・・・・・そんな顔するんだな・・・・・・」
「ち・・・・・・違う・・・・・・俺は・・・・・・」
だが、完全に否定することができない。自分の中に、吸血鬼となった幼馴染を恐れ、同時に闘争本能を向ける自分がいた。その本能が、今のクドラはクドラクだと教えていた。
「今や吸血鬼クドラクとなった俺は、クルースニクであるお前にとって最大で絶対に倒さなければならない敵のはずだ」
「・・・・・・お前が吸血鬼と言うのなら・・・・・・」
やっと戦う気になったのか、と、一瞬、クドラは覚悟を固めた。
「なら、どうして・・・・・・お前に吸血鬼を倒す力があるんだ」
思わぬ言葉に驚き目を見張る。
「・・・・・・『吸血鬼を倒すクドラク』の情報は、組織に入っている。それに発電所で戦った時、お前は確かに吸血鬼を倒していた・・・・・・なぜだ!?」
ゆっくり上げた左腕を見て、呟くように、今、自分が持っている仮説を話す。
「・・・・・・おそらく・・・・・・俺の中には、ヴィエドゴニャの力が混ざっているんだと思う・・・・・・」
「ヴィエドゴニャ?」
聞いたことがあるような気がして記憶を探っていると、思い当たって目を見張る。
「っ!!ヴァンパイアハンターの一種か!?」
「ああ。だが、死後は吸血鬼になると伝えられている。俺は一度、死んだ者なのか・・・・・・それとも、まだ生きているのか・・・・・・」
自分の腕を見て悲しそうに話すクドラに、クルスは何も言えずにいた。
「俺と一緒にいる所を見られれば、お前に迷惑がかかる。早く行け」
「待て、まだ話は・・・・・・」
背を向けるクドラに言いかけるが、クドラは何も言わずに草原から去って行った。
―※*※―
各チーム出発から一週間。ここは、モクルスレイ郊外。各チームの当初の目的地であり、作戦開始時の待機場所。その一つの草むらの影に、クルスとディマが隠れていた。
「それにしても、いやな天気だ。この暗さ・・・・・・まるで夜だ」
空は厚い雲に覆われており、昼近くにも拘らず、夕暮れ時に近い暗さになっていた。
「各自・・・・・・到着してると思いますか・・・・・・?」
「さあ、どうだろうな・・・・・・」
興味なさそうな声でディマは呟いた。クルスはルマーニャの一員になってこの方、所属を明らかにする時以外は一度もルマーニャという名前を使っていない。それは、部下を『消耗品』としか考えない組織の上層部と、それに妄信して自分は愚か、仲間ですら『道具』として扱うことを受け入れている、組織のメンバーたちが構成するルマーニャという組織に対する不信からだった。
「(いつかは俺も・・・・・・そういう風になるのかな・・・・・・)」
そんな自分を「ククッ」と嘲笑った時、
「誰かいるのか!?」
どこからか警戒のこもった声がした。二人は慌てて息を潜めると、草むらの前に何人か出て来た。かすかに聞こえてくる話し声から、何人かが仲間に知らせようとしているようだった。
「しまった、気付かれた!」
「一人でも逃がすと、気付かれちまう!悪党じゃないが、徹底的に叩け!!」
飛び出すと同時に、「わかってる!!」と叫んだが、その瞬間に一瞬、脳裏にクドラの姿がよぎる。
「・・・・・・・・・・・・クソッ・・・・・・!」
クルスは歯軋りしながらも剣を振って、慌てふためいている吸血鬼を斬った。
「クソッ・・・・・・ドン・ドラクルに報せろ!!」
「わかって・・・・・・ギャア!!!」
「行かせはしない!!」
報せに走ろうとした吸血鬼を即座に斬り捨てるクルス。さらに、後から剣で切りかかるディマ。その攻撃に、吸血鬼たちは自然と二手に分かれた。
「ク・・・・・・クソッ・・・・・・なんとしても後方に・・・・・・」
「行かせねえと言ってるだろ!!!」
クルスが目の前にいる最後の一人を倒した時、右側に吸血鬼の気配を感じたので、クルスは反射的に剣を振った。
「キャアッ!?」
突然の悲鳴と何かが落ちる音に思わず目を見張る。なんとそこには、草むらに尻餅をついているリリナがいた。
「なんで・・・・・・ここに・・・・・・?」
しばらく呆然としていたが、再び目つきが厳しくなる。
「・・・・・・ここは危ない。早く立ち去るんだ・・・・・・」
「え・・・・・・?あ・・・・・・はい・・・・・・」
立ち上がると同時に、敵を片づけたディマがやって来る。走り去るリリナの後ろ姿を見ながら、怪訝そうな顔でクルスに近づいた。
「いいのか?彼女を行かせて・・・・・・?」
「―――!?・・・・・・どういう意味・・・・・・」
だが、有無を言わさず「行くぞ」とだけ告げ、目標地点に急いだ。
「・・・・・・すみません。俺のせいで敵に見つかって・・・・・・」
「・・・・・・いや、いい。作戦開始時間に近かったから、むしろちょうど良かった。それより・・・・・・」
深刻な表情で駆けるディマに、クルスは思わず固唾を呑む。
「彼女とは・・・・・・いつからだ・・・・・・?」
突然そんなことを聞かれて、「えええっ!!」と驚いてしまった。
「・・・・・・そんなに驚くことか・・・・・・?」
「いや、だって・・・・・・作戦行動中ですから・・・・・・」
「なるほど。やっぱ固いな・・・・・・」
溜め息をつくように言うと、クルスの頭を軽く叩いた。
「い・・・・・・急ぎましょう。開始時間を過ぎているのなら、他の班も動いているはずです」
「そう・・・・・・だな」
一端、ディマは呟いたが、すぐ顔を上げる。
「クルス」
「なんですか?」
呼び止められ振り返ると、ディマは厳しい表情をしていた。
「・・・・・・覚悟・・・・・・しとけよ・・・・・・」
しばらく唖然としたが、すぐに表情が崩れた。
「・・・・・・覚悟なんて・・・・・・組織に入った時からできてますよ・・・・・・」
悲しそうに言って歩き出すクルスに、「そうじゃなくて」と言いかけたが、その時、周りから爆音や悲鳴のような音が聞こえだした。
「始まったか・・・・・・」
ディマが悲しそうに呟いた。
―※*※―
同時刻、モクルスレイが見える丘の上に、旅人用マントを身につけたクトーレが現れた。
「今は吸血鬼が根城にしているという元首都、旧モクルスレイ領・・・・・・」
ゴミが入らないように口元を覆っていたマントの一部を下に下げると、煙が上がり始めたモクルスレイを見つめた。
「そんな、今は危険極まりない元首都に、いったいなんの用だ・・・・・・とでも言いたそうだな」
後ろを振り返りもせず話している相手は、同じく旅人用マントに身を包んで、後ろに立っているルルカ。その背中に背負っているリュックサックは、大量の荷物を入れているために、大きく膨らんでいた。
「なんで・・・・・・わかったの・・・・・・?」
「あんな下手な尾行。気付くな、というほうが難しい」
嫌そうな顔で言ったので、「むう~っ」と顔を膨らませた。
「ちょうどいい。よく見ておけ。私怨や憎しみによる戦いが、どれだけ醜いのか」
そう言って歩き出すクトーレを、「ちょ、ちょっと待って」とルルカは追いかけた。
―※*※―
さらに同時刻。〈軍事都市ルエヴィト〉にある倉庫の一つ。テーブルの上に地図を広げて、セリュードたちが調べた情報をまとめていた。
「ここ三週間の調査で、妙なことがわかった。この町にいくつかある軍事工場で作られた武器のほとんどが、一端バラバラの場所に送られた後、いくつかの地域を巡って、ある一箇所に送られていた」
「こっちもそうだった。おそらく、調査の目が入った時のことを考えて、そのかく乱を企んでいたのだろう」
セリュード、クウァル順で報告し、その後をセルス、ディステリアと続く。
「最低でも十箇所以上も巡らせた上に、途中で荷物を分けたり合わせたりしてたから、調べるのが大変だったわ」
「だが、それらを合わせて考えると、一端、スヴェロニア国全土に散らばった武器が、最終的にはある一箇所に送られていたことが分かった。それが・・・・・・」
ディステリアとクウァルが「ここだ」と地図を指差すと、その指はそれぞれ別の二箇所。クウァルは〈警備都市チェルノボーグ〉と、ディステリアは〈工業都市スヴァロギッチ〉を指差していた。
「何を言っている。最終的に武器が送られたのは、〈警備都市チェルノボーグ〉だ」
「違う。最終的に送られたのは、〈工業都市スヴァロギッチ〉だ」
「何を言っている。そちらの捜査が間違っているのでは?」
「何、言ってんだ。間違えているのはそっちだろ!」
「俺とセルスの調査が間違ってると言いたいのか!?」
「そっちこそ。俺とセリュードが不甲斐ないとでも言いたいのか!?」
そのまま、クウァルとディステリアは「そっちだ」「そっちだ」と言い争いを始めてしまった。
「ちょっと二人とも~」
二人をなだめようとするセルスをよそに、セリュードは地図を見ていた。
「待てよ。何も武器が送られたのが一箇所とは限らない・・・・・・ん?」
ふと、セリュードは最初に会った時にしたクルスとの会話を思い出す。
~―回想―~
「俺が組織に入るずっと前から、吸血鬼はルマーニャ・・・・・・現在の〈警備都市チェルノボーグ〉の外に現れることはなかったんだ。だが、五年ほど前・・・・・・ルマーニャがスヴェロニア国の一つに統合され、〈警備都市チェルノボーグ〉と改名してから、周辺都市で吸血鬼や不使者の出現情報が集まりだしたんだ」
~―回想終わり―~
「なあ・・・・・・」
セルスがなだめてるにも拘らず、言い争いをしているディステリアとクウァルに、セリュードが話しかける。
「確か〈警備都市チェルノボーグ〉には、対不死者組織があるんだったな?」
「ん?そう言えば、そうだったな」
「まさか、その組織がこんな工作をして武器を手に入れた、なんて言う気じゃないだろうな?」
「そのまさかが、本当だったとしたら?」
「おいおい、本気かよ」
目をまばたかせるディステリアとクウァルに、セリュードが自説を言うとクウァルは驚いた。
「そいつらは、人々を吸血鬼から守るための組織なんだろ?そんな奴らが武器を手に入れようが、なんら不思議はないだろ」
「確かにそうだが、クルスの話を聞く限り、彼らは閉鎖的・・・・・・過ぎるんだ・・・・・・」
「確かに。そこらにあるも等しい吸血鬼伝説や、そいつらの存在を隠す必要なんて・・・・・・」
そこまで言った時、ディステリアの脳裏にある疑問が浮かぶ。
「なあ・・・・・・」
「ディステリア。多分、俺も同じことを考えている」
首を傾げているセルスとクウァルをよそに、同時に言う。
「この国の吸血鬼の特徴は?」
―※*※―
カタカタカタ、とキーボードを叩き、セルスはネットワーク上に公開されている、吸血鬼に関する情報を引き出した。
「吸血鬼の特徴・・・・・・。基本的に生物を襲い、その血を吸う。一度に吸われる量が多いため、襲われたらまず助からない・・・・・・」
セルスの後、クウァルとディステリアが代表種を上げる。
「代表的なものは・・・・・・ラグシェのラミア、エンプーサに・・・・・・イグリース、ハイラント地方のバーヴァン・シー」
「ヒンディアのブータ、ピチャーチャ。以外に少ないものだな・・・・・・」
「まさか。世界には未確認の吸血鬼が、最低でも十数種類はいるって話だ」
クウァルの後に、セリュードがあごに手を当てる。
「その十数種類のほとんどが、ルマーニャ・・・・・・現在の〈警備都市チェルノボーグ〉にいるものか」
「つまり、ルマーニャ・・・・・・現在の〈警備都市チェルノボーグ〉に昔からいる吸血鬼については、何一つ情報が公開されていない」
セルスが言ったその時、ディステリアがハッと顔を上げる。
「まさか・・・・・・ルマーニャの奴ら・・・・・・。そこに住む吸血鬼の対抗策を作らせないために・・・・・・?」
「ちょっと待った。なんのために・・・・・・?」と、クウァルが聞き返す。
「・・・・・・そりゃあ・・・・・・自分たちが獲物にありつきやすいように・・・・・・」
理由としては弱い。と言うより、無茶苦茶だった。
「・・・・・・国が・・・・・・いや、町か。町の連中が一緒になってか?わざわざ、対不死者組織まで作って・・・・・・?」
「それに・・・・・・だとしたら、クルスのことを疑うことになっちゃうよ。私は・・・・・・悪い人だとは思えないんだけど・・・・・・」
セルスに「甘いな」とクウァルが言う。
「だが、クルスが俺たちと共に、発電所を守るために戦ったのは事実・・・・・・」
「敵の吸血鬼も、敵意丸出しだったからな・・・・・・」
セリュードが言うと、四人は「うーん」と考えこんだ。そこに、「大変だ」とローハが飛び込んできた。
「どうしたんだ、ローハ?」
ディステリアが聞くと、ローハが息を切らせる。
「今、緊急ニュースで、旧モクルスレイ領で大規模な戦闘が行われているって・・・・・・」
それを聞き、「何!?」と声を上げる四人。
「・・・・・・モクルスレイ・・・・・・・・・・・・って、どこだ?」
ディステリアが首を傾げると、クウァルが「バカ」と言う。