第69話 思わぬ障害
「くっそ~~。ひどい目にあったぜ・・・・・・」
クルスに邪魔された柄の悪い男は、ぶつくさ文句を言いながら町中を歩いていた。
「しかもなんだったんだ、あいつ。背筋が凍りそうだった・・・・・・」
しかも、クルスがヴァンパイアハンターとして修羅場を潜り抜けてきたことに気付いていない。
「まあいい。今度会ったら、目にものを見せてやればいい」
そんなことを言っているとすぐ側を、クトーレを追いかけるルルカが通り過ぎる。
「ちょっと待ってよ、クトーレ!」
「呼び捨てることを許した覚えはないが?」
「おおっ!!」
すぐ振り返り、彼女の後を追いかけた。気付いたルルカが振り返ると、柄の悪い男は立ち止まる。
「な、何か?」
「いや。君、かわいいからどこか遊びに行かないか、と思って」
「間に合ってます」
そう言って背を向けると、柄の悪い男はルルカの腕を掴む。
「そんなこと言うなよ。あんなつれない男よりかは、相手をしてやるよ」
「離して!」
腕を払うと、「こいつ」と柄の悪い男は顔を引きつらせる。
「相手の迷惑を少し考えたら?私、あいつを追いかけるのに忙しい・・・・・・」
言いきらないうちにハッと気付いて振り返ると、そこにクトーレの姿はなかい。
「しまった・・・・・・」
柄の悪い男から離れて辺りを見渡すが、クトーレの姿はどこにもなかった。
「ああ、もう!あんたのせいで見失ったじゃない!!」
「キミのように魅力的な女を置いていく薄情男なんか放って置けよ。それよりさ・・・・・・」
「物覚え悪いの?間に合ってるわよ!」
「お前・・・・・・優しくしてれば調子に乗りやがって!」
いきなり態度を変えた柄の悪い男は乱暴にルルカの腕を掴むが、男の腹を強く蹴りつける。
「うげっ!?」
腹を抑えてうずくまる柄の悪い男を見下ろすルルカの目は、さっきと違って冷たい鋭さを持っていた。
「お前の相手なんてお断りだ」
「お前・・・・・・俺を怒らせたな!!」
逆上して襲いかかろうとした時、男の顔に空き缶が当たる。
「うげっ!?」
「・・・・・・なんで空き缶?」
「まったく・・・・・・」
溜め息交じりの呆れた声がすると、ルルカの後ろにクトーレが歩いて来ていた。
「それ以上、聞くに堪えない下品なセリフを吐くのはやめてくれないか?気分が悪くなって、昨日の残りを吐きそうになる」
「なっ、ならないでよ!!」
目付きの鋭いルルカが慌てると、「いや、冗談だから」とクトーレが言う。しかし、冗談だとしても気分がいいものではなく、顔をしかめる。
「てめ、人の楽しみに口を挟むな!」
「へえ、君にはこんな楽しみがあるんだ。悪趣味すぎて目障りだ」
「ほざけ!!」と柄の悪い男は殴りかかるが、クトーレは軽く身をかわし、男の足をかけ、肩を掴んで投げ飛ばした。あまりに鮮やかな身のこなしにルルカは目を見張り、柄の悪い男は顔から地面に落ちた。
「く、くそっ!覚えてやがれ!!」
「やだよ、気分が悪くなる」
逃げる柄の悪い男の捨て台詞に、ジト目のクトーレが適当に返す。
「あの動き・・・・・・やっぱりあんた、只者じゃないね」
「只者であろうがなかろうが、その程度のことが君にとって重要なのか?」
「その程度って!」
親のカタキをとるためにも強くなりたいルルカは、『その程度』という一言で片づけられたことが気に触る。ところがその時、
「ん、クトーレさん?」
叫ばれて振り返ったクトーレは、即座に顔を逸らす。彼を呼んだ相手は顔をしかめながら近づいてくる。
「そんな顔しなくてもいいじゃないですか」
「知り合い?」と聞いたルルカに「知らん」と答えると、話しかけた相手は表情を引きつらせた。
「おい。そりゃ、ないだろ。確かにクトゥリアの奴がからかった時はただ傍観してたけどな・・・・・・」
「おい、ディステリア」
話しかけてきた少年に、連れらしい青年が話しかける。
「どうしたんだ?っと、知り合いか?」
「メンバーの一人、らしいですよ。詳しく聞かされてませんが・・・・・・」
「ふーん」と青年はクトーレを見る。二人は同い年に見えなくもないため、どう話すべきか考えているようだった。
「そんな話し辛そうにしなくてもいいんじゃないか?こっちも、どうすればいいか対応に困る」
「ああ、それは失礼」と青年は頭をかいた。
「セリュードだ。こっちはディステリア」
「俺はクトーレだ」
「彼女は?連れじゃないのか?」
「ただ付きまとってるだけだ。迷惑でたまらん」
肩をすくめた瞬間、ルルカが鋭い蹴りを放つ。しかし、クトーレはすばやく屈んでかわし、次の蹴りもジャンプでかわした。
「人をストーカーみたいに言うな」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだが・・・・・・気に触ったなら謝るよ」
「だったら、私を鍛えて」
「その手には乗りません」
そんなやり取りを見ていたディステリアとセリュードは、状況がわからず唖然としていた。
「ええっと・・・・・・どういうことだ?」
「おや。いたずらにからかわないところを見るに、意地の悪さは受け継いでないようだな」
「俺はあの人の弟子だったが、セリュードは違う。ってか、そんなこと思ってたのか!?」
苦い顔をするディステリアに、「まあ、な」と疲れた表情で肩をすくめた。
「あの悪趣味な人に嫌な思い出しかないわけだし・・・・・・」
「それで、弟子だった時期のある俺を避けられても困ります」
「そうだな、すまない」
小さく謝った後、真剣な表情でディステリアとセリュードを見る。
「で、どうしてここにいる?ただ観光に来た・・・・・・というわけではあるまい」
「事態を知ってる俺たちが、そんなことできるか」
ディステリアが顔を逸らすと、「何々?どういうこと?」とルルカが聞いて来る。雰囲気が柔らかくなったので、表の人格に戻ったとクトーレは判断した。
「君にはまず関係のない話だ。悪いが、外してくれないか?」
「いやよ。鍛えてくれる、って言うなら考えてあげてもいいわよ」
「・・・・・・・・・君も懲りないね」
顔を引きつらせるクトーレに、「ええ、懲りませんとも」とルルカが笑う。
「・・・・・・というわけだ。話はこいつを撒いてから」
そう言って去っていくクトーレとそれを追うルルカを見て、ディステリアとセリュードはただ突っ立っていた。
「なんだか知らないが・・・・・・」
「ああ。大変だな、あいつも・・・・・・」
事情を知らないながらも二人はクトーレに同情した。
―※*※―
その頃、セリュードたちが寝泊りしている倉庫では、セルスとクウァルがノートパソコンを開いて、何かを調べている。
「ディステリア・・・・・・大丈夫かな・・・・・・?」
「セリュードがついているんだ。大丈夫だろ」
しかし、それ以上に彼に聞きたいことがあった。そのためか、口には出してないが無意識の内に、彼の顔を睨んでしまっていた。
「・・・・・・?どうした?俺の顔に、何か付いているか?」
「えっ?・・・・・・ううん・・・・・・そうじゃないけど・・・・・・」
セルスは慌てて顔をそらすが、今度はクウァルがセルスの顔を睨んでいた。
「ホントの本当に、なんでもないから」
クウァルは一端、「そうか」と言ったが、その後にパソコンの画面に顔を向けて、続きを言った。
「俺はてっきり、俺がディステリアに当たることを気にしてるのかと思ったよ」
それを聞き、思わず「ぶっ!?」と噴き出してしまう。
「当たりだな」
呆れたクウァルが呟くと、セルスは目を白黒させる。
「ど・・・・・・どうしてわかったの!?」
「どれくらい付き合ってると思ってるんだ・・・・・・?」
クウァルの『付き合ってる』と言う言葉を聞いて、思わず顔が赤くなるが、それを見て溜め息をつく。
「『幼馴染として、どれくらい付き合ってる』って意味だったんだが・・・・・・?」
「え・・・・・・あ・・・・・・アハハハハハハ・・・・・・」
呆れ顔で言われ苦笑いするセルスを見て、「まったく」と再び溜め息をつく。
「だって・・・・・・『付き合ってる』なんて言われれば、普通は・・・・・・」
「そんなの、お前が勝手な妄想をしてるからだろ」
キーボードを打って情報を引き出すクウァルに、セルスは怒りもしない。長い付き合いで慣れているからだ。
「じゃあ・・・・・・クウァルにとって、あたしはなんなの・・・・・・?」
不安そうな表情のセルスとは裏腹に、クウァルは表情を変えない。
「あの時、イリスって奴に言ったはずだ。お前はただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない・・・・・・」
「・・・・・・じゃあ・・・・・・なんで・・・・・・ディステリアに突っかかるの・・・・・・?」
思わずキーボードを打つ手が止まり、戸惑いの表情で首を傾げる。
「それは・・・・・・なぜだろうな・・・・・・」
「クウァルって、昔からそうだよね。私と楽しそうに話している男の子がいると、睨んじゃって。あれじゃあ、あんな怪力がなくても友達なんてできないよ」
ふとうつむいて、考える。考える。考える。しかし、答えは出なかった。
「もしかして・・・・・・嫉妬してるの・・・・・・?」
「・・・・・・かも・・・・・・知れない」
「躊躇なく言うんだね。そんなこと・・・・・・」
しばらく考え、「・・・・・・どうしてだろうな」と呟いた後、クウァルもセルスも作業を再開した。
―※*※―
ディステリアとセリュードが倉庫に戻ると、セルスとクウァルが休憩していた。
「お疲れ。収穫は?」
「全然ダメだ。情報量が多すぎて、俺には無理」
「私も。どれも噂に余計な尾鰭が付いた感じがして・・・・・・あ~~、もうダメ」
「おいおい、大丈夫か?」
机に突っ伏してうなだれるセルスに、ディステリアが近寄ろうとする。だが、クウァルの鋭い視線が、彼の足を止めた。
「な、なんだよ」
「なんでもない・・・・・・」と顔を逸らし、クウァルは目を閉じた。
「そっちはどうだった?」
「予想通り。クトゥリアさんに許可をもらってブレイティアのことを明かしたが、あまり話しを聞いてもらえなかった。どうすれば情報を開示してくれるかもわからない」
「地道にやって信用を得るしかない、ってことはわかってるんだがよ・・・・・・」
そのためには事件が起きてもらわなければならない。だが、それは誰かに犠牲になって成立するもの。守る者を犠牲にして誰かに認めてもらうなど本末転倒。
「なら、これから起きる事件の解決以外で信用を得るしかないんだよな」
「そのためには、政府が隠してる情報が必要・・・・・・だあ~~~!悪循環じゃねぇか!!」
隠してるとは限らないが、実際外に洩れないようにしている。
「まあ・・・・・・どんなにしても情報は必ず漏れる者だ。手がかりがあると、思って情報サイトにつないだが・・・・・・」
「玉砕か」
肩を落としたディステリアに、「ああ」と溜め息をついた。が、すぐ体を起こす。
「待て。そこは『惨敗』だろ。玉砕ってなんだ、玉砕って!」
「膨大な情報量という壁にぶち当たって、砕けてるじゃん。気力が」
「だからって、『玉砕』って言うな!縁起が悪い」
「縁起のいい、悪い、関係ないんじゃないか?この場合・・・・・・」
「お前、そこのところ気が回らないな」
「わざわざ回すまでもないだろ」「お前な・・・・・・」
「なんだ・・・・・・」
「二人ともいい加減にして~~!!」
睨み合ったディステリアとクウァルを止めるため、セルスが立ち上がって声を上げ、再びイスに座ってうな垂れる。それを見て溜め息をついたセリュードは、気を取り直すべく顔を上げる。
「それについて少し朗報だ。さっきクトーレって奴に会った」
「誰だ?」
「俺も知らないが、ディステリアの話だとメンバーの一人らしい」
「俺たちよりも早い段階から、調査とか続けてたみたいなんですよ」
「ほう」とクウァルが感心するように呟く。「じゃあ、その人に教えてもらえば・・・・・・」
「ところがそう簡単にはいかない」
肩をすくめたディステリアに、セルスとクウァルが首を傾げる。
「ちょっと厄介な女の子に絡まれてて。当然ながら、彼女はメンバーじゃない」
「えっ。現地で誘ったメンバーじゃないの?」
「残念ながら」と溜め息をつくようにセルスに答える。
「彼女を撒かない限り、彼は俺たちに接触できないだろう」
「と言うことは・・・・・・俺たちはこのまま、独自の調査を続けなければならない」
「実質そうだろうな」と溜め息をついたセリュードはクウァルにそう答える。
「・・・・・・最悪。またあのバカみたいな情報錯綜サイトに行かなきゃならないの?」
「噂でも、事実を含むことがある」
頭を抱えるセルスに、イスに座りながらセリュードが言う。
「睦月に聞いたんだが、シャニアクのことわざにこんなものがある。『火のないところに煙は立たない』。噂だって、何か火種になるようなものがあって出たはずだ」
「そうだな。なあ、セルス、クウァル。お前らが見つけた情報と俺らの持ってる情報を照らし合わせよう」
「でも、バカみたいに多いよ」
「構わないさ」とディステリアが答える。
「それにしても・・・・・・なんでシャニアクの連中って、もっともなことを言うのに『愚者』なんて言われるんだ?」
「さあな・・・・・・」
その疑問はさておき、ディステリアたちは早速情報を照らし合わせ始めた。もっとも、セリュードとディステリアが手に入れた情報と、セルスとクウァルが拾った情報の量に差がありすぎて、かなり苦労したが。
―※*※―
一方。クトーレとルルカはまだ追いかけっこを続けていた。
「しつこいな。いい加減、付け回すのをやめろ!」
「嫌よ。私を強くしてくれるなら、考えてあげてもいいけど」
「何度も聞くようだが、その強くなりたい理由は?」
「あのジェラレって言う男を倒すため。あいつが私の両親のカタキなの。だから!!」
「奴を殺して、お前も同じ存在になる、か?」
「えっ?」と目を丸くするルルカに、「悪い冗談だ」とクトーレが言う。
「それが理由である限り、俺はあんたに戦い方を教えはしないよ」
小さく、悲しそうに呟いて歩いて行くクトーレを、ルルカは呆然とした表情で見送る。
「ちょっと、それどういう意味よ」
ハッと我に返って追いかけるが、その日は話しをすることはなかった。
―※*※―
その一週間後。〈警備都市チェルノボーグ〉にある対不死者組織ルマーニャの本部に、ある情報がもたらされた。
「ラニャーリのアジトが判明したって!?」
クルスの声に、ハンターの一人が「はい」と答える。会議室ではほとんどのヴァンパイアハンターが集まり、会議を開いていた。
「確かなのか。それは」
両肘をテーブルについて、指を組んでいるガシムが聞く。
「匿名での情報でしたので半信半疑でしたが、その後の調査で真実だと判明いたしました」
「その場所は?」
沈黙に包まれる議会。ハンターの一人が聞くと、資料を持ったハンターは口を開いた。
「元首都・・・・・・旧モクルスレイ領」
それを聞き、議会の中にざわめきが起きる。
「どうしますか?ガシム総隊長」
ディマが問うと、目を閉じたがシムは立ち上がって議会を見渡す。
「・・・・・・今から48時間後に、我らルマーニャの総力を結集して総攻撃を開始する。各自、それまでに必要な物を準備するように」
いつもと変わらず、一方的に命令を伝えて、議会は終了した。
―※*※―
出撃、一時間前。ガシムは自室で、一つの写真立てを手にしていた。それには、こちらに笑顔を向けている長髪の女性が写っていた。
「もうすぐ全てが終わる。お前を吸血鬼にした奴らを、皆殺しにできる」
写真立てを置いたガシムの目は憎しみに満ちており、腰に剣を指すとドアを開けた。だが、そこには重そうな鎧の上にマントをまとった、いかつい髭面の男が立っていた。
「なんだ・・・・・・私の部屋には近づかないよう、言っておいたはずだ。ラトデニ」
しかし、ラトデニは黙っていたので、「ふん、まあいい」と呟き、歩き出した。
「依頼していた武器の積み込みが完了した」
「そうか。代金はいつも通り払うから、さっさと消えろ」
だが、ラトデニはその場を動こうとはしなかったので、忌々しそうな表情で振り向いた。
「まだ何かあるのか?」
「お前の抱えている部下の中に・・・・・・ヴァンパイアと繋がっている者がいる」
「何・・・・・・?」と、ガシムは眉をひそめる。
「情報は流してはいない。ただ面識があるだけだが、いつ情報を流すようになるかわからんぞ」
「例えそうだとしても、もう遅い・・・・・・いや、襲撃直前に知らせるかも知れん」
「すぐにでも探し出すというのなら、私も協力しよう」
だがガシムは、「いや」と断った。
「それが真実だとしても、今、裏切り者を探そうとすれば、総攻撃の時間を引き延ばしてしまう。奴らには一刻の猶予も与えん」
「結構」
ガシムの答えを聞き、ラトデニはククッと笑った。その後、時間になり、〈ルマーニャ〉のハンターたちは総出で出動した。