第68話 思わぬ出会い、すれ違い
引き連れていた部下が全滅し、襲撃者の親玉は狼狽する。
「くそっ!なんなんだ、こいつらは!?」
気付いた時には戦力強化に連れてきていたチュリュボテルも全て倒されており、残っているのは指揮していた吸血鬼、ただ一人だけだった。
「さて。こいつを捕まえて事件の全容解明・・・・・・なんてことはできないのか?」
「ああ。ヴァンパイアハンターでも、噛まれれば死んでしまう。だから、吸血鬼は殺すしかない」
セリュードの問いに対して厳しい言葉を吐くクルスに、残された吸血鬼は後ずさりする。
「おのれ!道連れにしてやる!」
そう叫ぶなりクドラに襲いかかるが、動きは完全に捉えられており、彼の腕に胸を貫かれた。
「ガハッ・・・・・・なぜ・・・・・・貴様は・・・・・・」
「『吸血鬼を倒せるか』って?知らないよ。そんなのは・・・・・・」
何かが弾けるような音がすると、襲いかかった吸血鬼の体は灰と化した。
「終わった・・・・・・か・・・・・・?」
クウァルの言葉でハッと気付いたクドラは、早々にその場から立ち去った。
「なっ、おい。ちょっと待て・・・・・・」
すぐさまセリュードが呼び止めるが、クドラが立ち止まることはなかった。
「あいつは・・・・・・」
ディステリアが聞くと、放心状態に近いクルスが顔を逸らして呟いた。
「クドラ・・・・・・俺の・・・・・・幼馴染だ・・・・・・」
その後、立ち去ったクドラと入れ違いに、今度はディマが来た。
「クルス・・・・・・おわっ!ここにもいたのか・・・・・・ん?そちらの方々は?」
来るなり周りの状況をすぐに理解し、さらにディステリアたちのことも聞いてきたので、クルスは少し困惑した。
「ええ・・・・・・と。先ほどお話いたしました、セリュードさん、ディステリアさん、クウァルさん、セルスさんです」
「ほう・・・・・・こいつらが例の四人か」
「・・・・・・と言うことは貴様か?クルスに俺たちの監視任務を与えたのは・・・・・・」
「そのことについては、言うまでもないだろう。こちらも仕事なんでね」
セリュードもわからなくはないので、喧嘩を売りそうなクウァルとディステリアを抑えて、妥協することにした。
―※*※―
その後、発電所内に残っている吸血鬼を討伐した。
「じゃあ、俺らは戻ります」
「また会うことがあったら、くれぐれもよろしく」
「協力的なのはいいですが、それは無理だとわかってるんじゃないですか?互いに・・・・・・」
「ほう・・・・・・」
皮肉を込めたセリュードの言葉に、ディマは興味深そうに目を細める。彼らは互いに別れを告げ、セリュードたちは〈軍事都市ルエヴィト〉に、クルスとディマは〈太陽都市ダジボーグ〉の詰め所に戻った。
「少佐は、あの四人組がラニャーリに係わっていると?」
「係わっているかも知れんが、係わっていないかも知れん」
椅子に座って、背もたれにもたれかかる。
「ところで・・・・・・現場にいたのは、お前とあの四人だけか?」
その質問に、ビクッと肩が震える。気付いたのか気付かなかったのか、ディマは続ける。
「どうなんだ?」
「・・・・・・はい」
極自然に聞くディマに、戸惑いながらもなんとか声を絞り出した。
「そうか。わかった」
そう言うと、ディマはそれ以上は聞かなかった。
―※*※―
その頃、周りを闇に包まれた森の中。そこに何人かの男たちがいた。
「失敗・・・・・・だと・・・・・・?」
「ハッ、申し訳ありません」
怒りに満ちた声がすると、地面に膝を突いている部下の一人が頭を下げた。
「邪魔したのは・・・・・・ルマーニャの奴らか?」
「どうなさいますか?ドン・ドラクルさま」
するとその男は、自分の名前を呼んだ部下のほうを睨んだ。
「な・・・・・・何か・・・・・・お気に触ることでも・・・・・・?」
恐怖に満ちた言葉で弁明するが、ドラクルは「いや」と答える。
「『さま』は付けなくてもいい。」
「は?」と、部下は首を傾げる。
「だから、『さま』は付けなくてもいい。『ドン』とは『首領』を意味する言葉だから、『さま』をつければ意味が重複する」
ほとんどの部下が、「ああ、なるほど」と頷く。
「話を戻しましょう。我々が攻めた発電所で落とせた場所は一つもありません。完全に失敗です」
影の集まりの中から、悔しそうに唸る声が聞こえる。
「おのれ。忌々しいヴァンパイアハンターども!!」
「そろそろ、彼らがうっとうしくなってきませんか?」
「しかし、今の我々の戦力では、奴らを皆殺しにすることはできない」
「それならば、いいものがありますよ」
暗闇の中から聞こえてきた声に、ドラクルの部下のほとんどが身構える。
「何者だ!?」
部下が騒ぐ中、ドラクルだけは静かに佇んでいた。
「皆の者、構える必要はない。この者は、我々の協力者だ。名前は確か・・・・・・」
「ジェラレ。ラトデニのおっさんの使いだ」
闇の中から声の主が答えと、ドラクルの部下はざわめきだした。
「ラトデニ!?我々にあの役立たずを渡した奴か!?」
「おいおい、できそこないとは酷いな。不完全とはいえ、戦力としては利用可能なはずだ」
「お前、言わせておけば!!」
部下の一人がいきり立つが、「抑えろ」とドラクルが命令する。
「し、しかし・・・・・・」
「抑えろ、と言っていることがわからないのか?」
闇の中から睨みつけてくるドラクルのプレッシャーに彼の部下たちはすくみ、ジェラレは冷や汗をかく。部下が静かになると、ドラクルはプレッシャーを解いた。
「部下が失礼した。で、ラトデニはなんと?」
「チュリュボテルの戦闘データを回収したいと。代わりに、追加戦力分をお渡しします」
プレッシャーが消えたにも関わらず冷や汗をかくジェラレは、上着のポケットから出したカプセルを草の上に置く。
「そんな所に置かなくても、直接渡せばいいだろ」
「そ、それもそうですね」
表情を引きつらせながらカプセルを拾ったジェラレはドラクルに近づき、カプセルを渡すと代わりに映像が入った端末を受け取った。
「・・・・・・・・・確かに」
端末を見せ、笑みを浮かべると、ジェラレは森の暗闇の中に消えて行った。
―※*※―
翌日。行きと同じように、セリュードたちはイェーガーに乗って、〈軍事都市ルエヴィト〉に戻って来た。四人は、町外れにある倉庫の一つに寝泊りさせてもらっている。本来なら宿に泊まるべきなのだが、何かが起こった時、町外れまで走ると何分かのロスが起こってしまう。そこで持ち主に頼んで、町の外に近い倉庫群を借りて寝泊りしているのである。
「いや~、えらい目にあった~」
ディステリアがそう言って倉庫にイェーガーを入れると、小さなドアの入り口に誰かの気配がする。
「聞いたよ」
子供のような声がすると四人が声のほうを向く。そこには作業服姿の少年が立っていた。
「やあ、ローハくん」
戦闘を切り抜けたと思えないほど能天気な声でセリュードが答えたが、ローハは無視してイェーガーの装甲に手を当てた。
「本当に、発電所に行って来たんだ」
「よくわかったな」
「見張りの人たちが、レーダーで君たちが飛んでくのを知った」
欠伸を抑えるクウァルが言うと、ローハは笑みを浮かべて答える。
「おっ。と言うことは、それで信用するって人がいるのか?」
「逆だよ。信用を得るための狂言だと言う人もいるんだ」
それを聞いて、ディステリアはがっくり肩を落とした。
「詳しくは知らないけど、上層部には君たちを疑っている者が多いらしいよ」
「だろうな」
セリュードが溜め息交じりに言うと、クウァルも呆れた表情をする。
「彼らから見れば、俺たちは所属不明の戦闘機を駆る正体不明の小規模部隊だからな」
彼ら四人を、自分たちが所有する倉庫の一つに住まわせているのも、それを探るためでしかなかった。しかし、それはセリュードたちも同じ。自分たちの・・・・・・そして、いずれ全世界の敵となる謎の組織デモス・ゼルガンク。ブレイティア以上に世間に認知されていないその組織の協力者が、この軍事都市で武器輸入をしているか否かを調べるのが、彼らの任務でもあった。
「昨日からラジオなどで聞いているが、発電所が襲われたってニュースはない。それどころか、職員が死んだのは事故だって報道されている」
セリュードが携帯ラジオからイヤホンのコードを引き抜くと、ちょうどやっているそのニュースがスピーカーから流れた。
「当然だろうね。いつ反乱分子となるか分からない者たちを、制定するような情報を流すとは思えない」
そう言うローハに、「確か・・・・・・」とクウァルが言う。
「襲撃者は吸血鬼だったな。ルマーニャが情報を隠蔽してると考えるべきだろう」
「くそう。なんで隠そうとするんだよ。別に、都合も悪くないだろう」
ディステリアは思わずイェーガーの装甲を叩き、その音で今までコクピットで寝ていたセルスが目を覚ます。
「当たったってしょうがない。今は、俺たちにできることをやろう」
セリュードの言葉にディステリアは舌打ちしたが、頭をかいて顔を上げた。
「・・・・・・わかったよ」
―※*※―
一方、〈太陽都市ベロボーグ〉では。
「さてと・・・・・・。食料とかはこれくらいでいいかな・・・・・・」
なぜか、クルスがメモを片手に、買い物袋を抱えていた。
「・・・・・・まったく、なんで俺が食料とかの買出しに行かなきゃならないんだ!?そりゃあ、俺はじゃんけんで負けたけどよ・・・・・・」
ぶつくさ文句を言いながら歩いていると、
「いや、放して下さい!」
と女の声がして思わず足を止める。声のほうを見ると、一人の少女が、柄の悪い男に腕を捕まれていた。赤みがかったピンクの瞳に黒い長髪・・・・・・リリナだった。
「いいじゃねぇかよ。少しばかり付き合うくらい」
「いや、離して下さい。人を呼びますよ!!」
はやっとのことで腕から逃れると、リリナ柄の悪い男を睨みつけた。だが、睨まれたゴロツキのほうは、何かに魅了されたようにヘラヘラしている。
「いいじゃねぇか。そっちから誘ってるんだから」
品定めするかのような下品な目つきで、リリナの体を見る。今のリリナは、オレンジのワンピースにミニスカート、白のソックスという格好で、クルスも一瞬目を奪われたが、『誘っている』という言葉は全く合っていなかった。
「(もてない男の口説き文句・・・・・・てか?やれやれ・・・・・・)」
心の中で溜め息をついたクルスはあろうことか立ち去ろうとしたが、嫌がるリリナの悲鳴が耳に届き続ける。無理矢理誘う柄の悪い男のほうも目障りだったので助けることにした。
「やめろよ、みっともない」
「なんだてめぇは?こっちは取りこんでんだ。引っ込んでろ!!」
「そうは行かない。街中で騒ぐのは迷惑行為防止条例違反だ。そこのところ知ってるなら、覚悟はいいよな・・・・・・?」
そう言って少し睨むと「ぐっ」と黙り込む。だが、左手に持っている買い物袋のせいでいまいち迫力に欠ける。
「くそっ!覚えていろ!」
しかし効果はあったようで、柄の悪い男はそう言い残して逃げて行った。
「危ない所を、ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
頭を下げるリリナに、それだけ言って立ち去った。しっかり買い物袋も忘れずに。
―※*※―
夜。辺りを巡回していたクルスは、町から少し離れた所にある丘に差し掛かると、そこにリリナが座っているのを見つけた。
「あれ?君は・・・・・・」
思わず声を欠けて駆け寄ると、彼女はクルスのほうを振り返る。
「あっ、昼間、助けてくれた人」
「こんな時間に何を・・・・・・?」
一瞬、「月光浴」と言いそうになったが、それでは吸血鬼と思われるかもしれないのでやめた。実際、吸血鬼なのだが彼女の場合、魔術などで後天的になった〈真祖〉と呼ばれる吸血鬼であり、普段からあまり魔力を使わないため血を吸う必要はなく、本人もそのつもりはない。
「えっと・・・・・・星・・・・・・夜空を見たくて」
「ふ~ん」
クルスは何気なく空を見上げたが、夜空は雲の多い天気で星はほとんど見えない。唖然とする二人は、しばらく黙り込んでいた。
「・・・・・・・・・・・・所々に雲があると言うのも・・・・・・結構、乙だね」
苦笑い、フォローに全くなってない。リリナが原っぱに寝転ぶと、つられてクルスも寝転んだ。
「まあ、こういうのもいいけど・・・・・・気をつけていないと襲われるぜ」
なんのことを言っているのか、見当はついている。でもリリナは、クルスのほうを見て、意地悪そうな顔で聞いた。
「何に?」
「それは・・・・・・」
リリナのほうを向いた時、言葉を切った。そこには、まるで吸い込まれそうな彼女の瞳があり、そっと彼女の頬に反対の手の指を当てた。頬が紅潮したリリナはそのまま頭を寄せてきて、クルスも顔を近付けようとしたが、寸前でハッと気付いて体を起き上がらせた。
「俺は・・・・・・クルス。お前は?」
「リリナ・・・・・・だよ」
体を起こして家名も名乗ろうとしたが、すぐに思いとどまった。エルハンス家が名門貴族だったのは、もう昔の話。吸血鬼であるリリナが生まれたために、今では没落貴族となっており、名乗るのは控えていた。
「リリナ。夜は吸血鬼が出るから・・・・・・その・・・・・・早く家に帰ったほうがいい。・・・・・・じゃ・・・・・・じゃあな」
頬が紅潮したままで、クルスは町に走って行く。その後ろ姿を見送って、リリナは悲しそうな顔をする。
「・・・・・・優しいんだ、クルス・・・・・・。でも・・・・・・あたしは・・・・・・」
吸血鬼である自分が目覚めたら、彼のような人間も平気で襲うようになる。リリナは、それが怖くて仕方なかった。一方クルスは、あの時なぜ名前を名乗ったか、疑問に思っていた。
―※*※―
翌日、〈軍事都市ルエヴィト〉。町の中でクトーレに会い、ルルカは思わず「あっ」と呟いた。
「おや、また会ったね♪」
クトーレに眩しい程の笑顔を向けられたので、ルルカは思わず頬を赤らめた。
「おはようございます・・・・・・クトーレさん」
「呼び捨てでかまわないよ。俺、これでも18歳だから」
手を振って立ち去ろうとすると、ルルカは通り過ぎたクトーレのほうに振り返る。
「待って、お願いがあるの!!」
「ダメだ」
叫んだ直後、クトーレは何も聞かずに拒否したためルルカは面食らった。
「どうして!?・・・・・・って、まだ何も言っていないんですけど・・・・・・」
「お前・・・・・・戦い方を教えてもらいたいんじゃないのか?」
驚いて目を見張ったルルカを見て、「当たりか」と溜め息をついた。ルルカは目を伏せて、理由を話しだす。
「私・・・・・・悔しかったの。あいつに・・・・・・手も足も出なかったのが。クトーレが来てくれなかったらどうなっていたかと思うと、今でもゾッとして・・・・・・」
「・・・・・・理由はそれだけじゃないだろ」
これまた当たりだった。ジェラレは両親の命を奪ったカタキ。ニュースでは死亡したとされていたが、彼女にはまだ生きていて、どこかに潜んでいるように思えてならなかった。
「復讐のために戦うと言うのなら・・・・・・やめておけ」
「な・・・・・・!?なんでよ!?」
ルルカが掴みかかるが、クトーレは冷静な目で見つめていた。
「憎しみに任せて力を揮えば、必ず相手に大きな隙を見せることになる」
「・・・・・・ッ・・・・・・そ・・・・・・そんなこと・・・・・・」
「それに・・・・・・憎しみは新たな憎しみを呼び、連鎖を生み出す。それこそ、奴らが最も求めている状況だ」
「奴ら?」
ルルカが首を傾げると、彼女の手を払ったクトーレは背を向けて立ち去ろうとした。
「待って!奴らって誰!?あなたはいったい、何を言ってるの!?」
クトーレの腕を掴んだその時、彼女の腕に、鉄のような冷たい感触が伝わってきた。思わず手を離すと、クトーレはそのまま歩いて行った。
「―――!!・・・・・・ま・・・・・・待って!!」
ハッと我に返ったルルカは、クトーレの後を追おうとした。だが、その時、ルルカの横をディステリアとセリュードが通り過ぎた。
「ん?今の・・・・・・?」
「どうした?ディス」
「いや、なんでもない。次に行こう」
二人は、手の平サイズの装置の画面に映った地図を見ながら、町の中を歩いて行った。