第67話 光のハンターと闇のヴァンパイア
「・・・・・・やれやれ、こうも簡単に見抜かれるとは」
セリュードとクウァルに言われて頭をかくが、クルスはすぐに厳しい顔つきになる。
「なら、俺からも聞こう。君たちはいったい何者なんだ?あれほど無駄のない連携と強力な技、冷静な判断が素早く出来るなど、ただの旅行者じゃないだろう?」
それは、先ほどの戦い方で判断できる。なら、いったい何者なのか。その疑問が未解決だった。
「そりゃそうだろ。俺は現役の兵士だ。そこで、こいつらは同僚。現在、休暇旅行中なんだよ」
そう言われては、今の動きを納得せざるを得ない。現役の兵士なら素人ではないので、あのような素早い判断や連携が出来ても、なんの不思議もなかった。だが・・・・・・
「完全に納得はできない、と言う顔をしてるな。まあ、詳しい話は宿の部屋でしてやるよ。俺たちは大丈夫だが、お前は立ちっぱなしだと疲れるだろ」
「み・・・・・・見くびるな!俺はこれでも、ヴァンパイアハンター・・・・・・」
そこまで言って、クルスは口を滑らせたことに気付いた。
「じゃあ、そのハンターさんがなぜ俺たちを見張るのか、その訳を宿で教えてもらおうか」
クルスは、自分のうかつさを呪った。
―※*※―
町の入り口近くにある宿の一室で、セリュードたちは椅子に座ってクルスから話を聞いていた。
「・・・・・・で、君は、本当は何者なんだ?」
「最初に言った通り、駐在兵だよ」
ディステリアの問いに、迷いなくクルスは答えた。
「国境近くにある町〈警備都市チェルノボーグ〉にある対不死者組織〈ルマーニャ〉から派遣されたのさ」
「ルマーニャ・・・・・・聞いたことがないな。クウァル、知ってるか?」
「いや・・・・・・」
セリュードに聞かれて首を振るクウァルに、「当然だ」と言うクルス。
「〈チェルノボーグ〉の町長・・・・・・いや、町の権限を握っている組織の上層部は、内部の情報が外に漏れないように手を回してるんだ」
「そりゃまた、どうして?」と、セリュードが首を傾げる。
「さあ。どういう訳か、俺にもわからない。ただ、昔から俺が住んでいる町は他の街や国に対して閉鎖的なんだ。それには、昔から伝わる『吸血鬼伝説』に関係しているってことは、確実に言えるんだ」
「そうなんだ」
セルスが頷くと、「そういえば」とクウァルが切り出した。
「お前は、どうして俺たちを見張ってたんだ?」
「正確には、お前に監視を命じたのは誰で、どういう理由だったんだ?」
セリュードが質問を補足すると、クルスはしばらく腕を組んで考えていた。彼にとっては、自分が身を置く組織にかかわることなので、話すべき情報を慎重に選んでいた。とはいえ、彼自身、その組織のことをあまり信用していない。
「俺が組織に入るずっと前から、吸血鬼はルマーニャ・・・・・・現在の〈警備都市チェルノボーグ〉の外に現れることはなかったんだ。だが、五年ほど前・・・・・・ルマーニャがスヴェロニア国の一つに統合され、〈警備都市チェルノボーグ〉と改名してから、周辺都市で吸血鬼や不使者の出現情報が集まりだしたんだ」
「それが、どう俺たちを見張ることに繋がるんだ?」
「ディステリア。話は最後まで聞くものだ」
セリュードが注意するとディステリアは口を噤み、クルスは話を続ける。
「厳重な警備が敷かれている町の境界を越えるのは、とても一人や二人では無理なんだ。例えば、何者かの手引きがない限り。そう考えて調査した俺たちはその背後に、〈ラニャーリ〉という組織がいることを突き止めたんだ」
「?・・・・・・なんだ、そりゃ?」
「『吸血鬼と不死者によって作られた組織』・・・・・・ということしかわかっていない」
「名前の由来は?」と、クウァルが聞く。
「不明だ。どういう因果関係でこのような名前が付いたか、わかっていない」
セリュードはあごに手を当てて考え込むが、それに構わずクルスは話を続ける。
「ある日、町の境にある検問所を越えようとしたヴァンパイアがいたんだが、倒す前に妙なことを口走ったんだ」
「妙なこと?」と、今度はセルスが聞く。
「『俺たちには、あるお方の後ろ盾がある。例え俺を倒しても、すでに多くの同士が町の外に出て、好き放題しているだろう』・・・・・・と」
「つまり・・・・・・誰か、町の外へ手引きする協力者がいた、ってことね」
セルスの言葉に、クルスは「そういうことになる」と言った。
「それで、調べてみて出てきた組織が・・・・・・ら・・・・・・らみゃ?」
詰まるディステリアに、「ラニャーリだ」とクルスが補足する。
「どうも覚えづらく『ラニーニャ』と間違えてた者もいた」
「なるほど。それで、そいつらの規模とかはわかっているのか?」
「いや。これ以上は守秘義務に当たる」
セリュードの質問にクルスは情報公開を控える。だが、セリュードは彼の属する組織や、彼自身がこれ以上はっきりした情報を持っていないことを悟った。
「それにしても・・・・・・休暇で国外から来た俺たちに監視とは・・・・・・よっぽど用心深いんだな」
腕を組んで椅子の背もたれにもたれたディステリアが、なかば愚痴るように呟いた。
「臨時とはいえ、ここも首都だからな」
「ここも・・・・・・とは・・・・・・?」
セリュードが首を傾げると、「ああ」と答えるクルス。
「本来の首都であった王国〈天空首都スヴァローグ〉が崩落してから、ここと隣にある〈月光都市ミエシャツ〉が臨時の首都として扱われるようになったんだ。ちなみに〈太陽都市ダジボーグ〉と〈月光都市ミエシャツ〉は〈警備都市ベロボーグ〉と周辺都市から少しずつ分けられたんだ」
ディステリアは「なるほどねぇ・・・・・・」と言って、窓の外を見た。
「国境にある五つの町は〈太陽都市ダジボーグ〉、〈月光都市ミエシャツ〉、〈貿易都市プリペガラ〉、〈警備都市チェルノボーグ〉、それから〈軍事都市ルエヴィト〉だ。この五つを越えられると、とても俺たちには手が出せないし、何より国の内情を知られる危険がある。だから、それぞれに組織の兵が何人か派遣されている。俺もその一人だ」
「なるほど。だが、疑問は残る。吸血鬼伝説くらい世界中にあるだろうに、どうしてそいつらはそれを隠そうとするんだ?」
「さあ・・・・・・そこまでは」
クウァルのこの指摘に対して、クルスは肩をすくめるだけで答えなかった。民間人だったクウァルとセルスや、見習い兵も同然のディステリアにはわからなかったが、セリュードには何かを感じていた。
「・・・・・・しかし、町に神様の名前が使われているとは・・・・・・本人たちから見れば、かなり迷惑なんじゃないか?」
「この地方は、古くから土地の神々に対する信仰心が深かったんだ。だから都市に神の名前をつけているのも、彼らを敬うという意味が込められていたんだろうな」
身を乗り出すようにして聞くディステリアに、なんでもないという表情で答える。
―※*※―
翌々日。クルスは〈太陽都市ダジボーグ〉にある詰め所に戻った。
「結局・・・・・・捕らえ所のない人たちだったな・・・・・・」
「よう、戻ったのか?」
後ろからした声に振り返ると、クルスは相手を見るなり、すぐ身を正した。
「ディマ・ラーナ少佐」
「・・・・・・監視任務、ご苦労だった。早速だが、報告を頼むよ」
「ハッ」
クルスは敬礼するとディマについて行き、彼の部屋で任務の報告を行なった。
「本人たちは旅行だと言っていましたが、それが本当かどうかは不明です。今後、更なる周辺捜査が必要かと」
そうは言ったものの、クルスには彼らが敵だとは思えなかった。報告が終わった後、ディマは落としていた視線をクルスに向ける。
「・・・・・・で」
「はい?」
思わず聞き返したクルスに、ディマは顔を上げて続ける。
「その連中は、お前から見てどういう奴らだ?」
「どういう・・・・・・とは?」
質問の趣旨がわからず聞き返したクルスに、ディマは返答に困ったような顔をする。
「例えば・・・・・・信用における・・・・・・とか、本性を隠している・・・・・・とか。彼らに対するお前の印象だよ」
「・・・・・・しかし・・・・・・印象による安易な判断は、冷静な判断に支障をきたす恐れが・・・・・・」
「固いね」
「そうやって、教わってきました」
溜め息をついて言うディマに、クルスは答える。
「その固さが・・・・・・お前を苦しめなければいいのだが、な・・・・・・」
その言葉に首を傾げたその時、部屋の前をドタバタとかける足音がした。
「大変です、ディマ・ラーナ少佐!」
「何事だ?」
ドアを開けて入って来た兵士に聞くと、「ハッ!」と兵士は敬礼した。
「今しがた、第七分隊より『ラニャーリと思わしき一団が、学究都市ペルーンに向かっている』と、入電がありました!」
それを聞き、クルスとディマは驚いた。
「まずい。〈学究都市ペルーン〉には国全体の電力を補う巨大発電施設があるんだ。そこを落とされたら・・・・・・」
「国の半分が停電に追い込まれる・・・・・・敵の規模は?」
「中隊レベルです。近くを巡回中の部隊は、第八小隊と第十三小隊です。必要とあれば、援軍として送りますが?」
「わかった。そのように取り計らってくれ」
ディマの指示に「ハッ」と兵士は敬礼し、すぐさま部屋を出て行った。
「大丈夫でしょうか?第五小隊も第十三小隊も、戦闘階級はAランクですが、敵のほうが多いとなると」
「ならば、君にも行ってもらうとしよう。すぐに準備したまえ」
クルスも「ハッ」と敬礼すると、すぐさま部屋を出て行った。
―※*※―
スヴェロニア国のほぼ中央に位置する〈学究都市ペルーン〉。そこには、小国をまかなえるほどの電力を作り出せる巨大な発電施設がいくつかあり、この国の電力の約3分の1が発電されている。その内の一つで、発電所の職員たちが銃を構えて、攻めてきた吸血鬼やアンデッドに対抗した。しかし、不死者が攻めてくると思わなかったために普通の銃しか配備されておらず、侵攻を止めるには至らなかった。
「く・・・・・・くそ・・・・・・!バ・・・・・・化け物・・・・・・!」
追い詰められ、息も絶え絶えに銃を撃つが、いくら頭や胸を打ち抜こうが倒れることはなかった。やがて弾が切れ、迫ってきていた吸血鬼はマントの隙間から伸ばした腕で職員の首を鷲掴みし、そのまま牙をむき出しにしてその首に噛み付いた。
「ギャアアァァァァァ~」!!!
噛み付かれた職員の皮膚から血の気が引き、やがて腕をたらして息絶える。血を吸い尽くした職員を放すと、その手で自らの口元を拭った。
「チッ。なぜ、こういう場所にいる人間の血は、こうもまずいのだ。塩辛い上にドロドロしている。健康管理がなっていないと見える」
吸血鬼は忌々しげに愚痴り、マントを翻して踵を返すと、先ほどの職員が立ち上がりニヤリと笑う。その口元からは鋭い牙が見えたがそんなことを気にもせず、潜入してきた吸血鬼の一団は発電施設の心臓部へ侵入した。
「太陽の光ほどではないが、電気の光も眩しくてかなわん。早々に片づけるぞ」
吸血鬼となった職員たちが破壊作業に取りかかろうとしたその時、外から仲間の悲鳴らしきものが聞こえた。
「なんだと!?もうハンターたちが来たとでも言うのか」
破壊作業を吸血鬼になった職員たちに任せて外に出てみると、自分が連れてきた部下を引き裂く者がいた。その存在がいることは予想していたが、目の前にいる者が予想していた者と違うことに彼は目を見張った。
「バカな・・・・・・なぜ・・・・・・」
目の前で部下の吸血鬼を引き裂いていたのは、自分と同じ吸血鬼。全身を暗い紫色の体毛に包まれ、腕に翼が生えたクドラだった。そこにいた吸血鬼を一通り倒すと、クドラは赤い目でボスの吸血鬼の方を睨む。
「貴様が・・・・・・こいつらのボスか・・・・・・?」
「いかにも。だが、我のほうの質問にも答えてもらおう。貴殿も吸血鬼・・・・・・クドラクとお見受けする・・・・・・」
それを聞いて、残った部下たちはざわめきだす。だが、クドラはただ相手を睨んでいた。
「関係ないだろ」
「確かに・・・・・・同族をここまで殺したのだ。生かしてはおけん!」
そう言ってマントの下の腕を挙げ、部下に攻撃命令を出したその時、クドラに飛びかかろうとした吸血鬼たちを無数の光の矢が貫き、炎に包み込んだ。
「何!?」
吸血鬼が叫び、驚いたクドラが光の矢が降ってきたほうを見上げると、白い光に包まれた一羽の白い鳥が降って来て、地面に着地すると人の姿になる。
「何者だ!?」
「対不死者組織ルマーニャ第六討伐部隊所属、クルス・タルボージュ」
それは紛れもなく、幼馴染のクルス。思わぬ乱入者にクドラは目を見張ったが、クルスのほうにそんな余裕はない。
「ハンターだと!?くそっ、我らが分裂してると悟られたか」
「どうなさいます」
「決まっておろう!!」
吸血鬼は叫ぶと、マントの下からいくつかのカプセルを放り投げた。そのカプセルは地面についた途端、三箇所から黒い煙を噴き出し、その煙はやがて一つの形となった。
「―――!?・・・・・・こいつは!」
クドラとクルスは目を見張った。鳥の翼のような腕の先に手がついた、黒い体毛の怪物。クドラの覚醒のきっかけになった、そして昼間〈太陽都市ダジボーグ〉に現れた謎の怪物そのものだった。
「なぜこの怪物がここに?貴様、いったい!?」
クルスの問いに答えず吸血鬼は腕を振り、命令を下す。
「やれ、チュリュボテル!皆殺しにしろ!!」
チュルボテルは一吼えすると、クドラとクルスに襲いかかる。だが、二人とも左右に散ってかわすと、クルスは剣で、クドラは腕の爪ですれ違いざまに首や胴体を切り飛ばす。倒されたチュルボテルは吸血鬼と同じように、灰となって崩れ去った。
「クッ、おのれ。だが、おかしい。あの白い髪のほうはクルースニクで間違いなかろうが、なぜ、クドラクが吸血鬼を倒す力を持っているのだ・・・・・・?」
クドラに胸を貫かれた吸血鬼は、灰と化して崩れ去る。それは、クドラが赤い羊膜に包まれて生まれてきた、ヴィエドゴニャだからこそ得た、ヴァンパイアハンターとしての能力だったが、そんな本人すら知らないことをこの場にいる者がしっているはずはなかった。
「ちっ・・・・・・なんでもいい。死ね!裏切り者!」
他のチュリュボテルを倒したクドラに吸血鬼が襲いかかろうとし、気付いたク銅鑼が振り返る。迎え撃とうとしたその時、
「ヴェントランス!」
風が渦巻く槍の穂先の形をしたエネルギーが、クドラと吸血鬼の間を割り込んだ。地面をえぐった風の槍で土煙が舞い上がると、吸血鬼は距離をとった。
「今度はなんだ!?」
割り込んだ攻撃が飛んできたほうを見ると、旅人用マントをまとい、槍を持った青年を先頭に、剣を持った男性二人、その後ろを女性が一人と言う一団が、突っ込んできていた。それは、クルスが監視していたセリュードたち。
「えっ?皆さん、どうしてここに!?」
クルスがそう聞きながら、飛び掛って来たチュリュボテルの胴体を剣で切り裂く。仰け反りながらも攻めてくるチュリュボテルの攻撃をかわしながら、胴体に剣を当て続ける。
「話してもいいか?」
「勝手にしろ」
吸血鬼を天魔剣で切ったり足で蹴ったりしてるディステリアが聞くと、クウァルが素っ気なく言う。
「〈軍事都市ルエヴィト〉で、ここが襲われてるって聞いて飛んできたんだ」
「飛んで・・・・・・って、あそこからじゃ、どんなに走っても一日半はかかるぞ」
「だから、ディステリアが言っただろ?『飛んで』って」
意味深な笑みを浮かべてクウァルが言うと、飛びかかってきたチュリュボテルをセリュードが槍で貫き、クウァルが殴り飛ばし、セルスが光属性の魔法で攻撃する。そして、ディステリアは。
「はああああああああっ!!」
背中に黒く大きな鳥の翼を生やし、手に白い光を放つ剣を握り、チュリュボテルや吸血鬼たちを切り伏せていた。それを見て、クルスもクドラも、そして部下を率いていた吸血鬼も、信じられないという顔で見ていた。
「バカな・・・・・・黒き翼は、暗黒の住人の証。光の力を使えるはずがない・・・・・・」
「ところが、俺は使えるんだよね。反動は受けるけど・・・・・・」
ディステリアのその言葉の通り、ディステリアの右腕は焼け、煙が立ちはじめた。苦痛で顔が歪むが、それでもディステリアは剣を振り続けた。
「おい。まさか、また新しい技が目覚めようとしてるんじゃないだろうな」
拳で殴り飛ばした吸血鬼を、天魔剣で切り伏せる。その時のディステリアの表情は、クウァルの懸念の確信を持っている表情にも見えた。
「冗談じゃないぞ!実戦でそれをやって倒れられたら、大変なのはこっちだ」
「戦力増加という意味では、歓迎するべきなんだろうが・・・・・・」
正直、新しい技を覚える度に、慣れるまで倒れられるのはセリュードとしては歓迎できない。苦笑いした彼に吸血鬼たちが襲いかかるが、セルスが光の雨を降らせてその体を焼く。
「セリュードさん、気を逸らさないで」
「悪かった」
セルスに注意され謝ったセリュードは、腰を落として槍を構え、跳びかかる吸血鬼たちを迎え撃つ。それらが全滅するのに、そう時間はかからなかった。