第66話 首都の無い国
そして、七年前の出来事はそれだけではなかった。同年、12月24日、クリスマスの日。エウロッパ大陸にある国々はどこも、そのムードで賑わっていた。無論、スヴェロニア王国もその首都〈モクルスレイ〉も。だが、祭りで賑わっている時に限って、決まって何か惨事が起きる。無論この首都もそうだったが、この時ばかりはタイミングが悪すぎた。
「やるぞ」
「ああ」
大勢の武器を持った若者が路地裏に固まっており、彼らは互いに頷き合うと路地から飛び出してバラバラに散った。そして、夜10時。中央広場に置かれたクリスマスツリーに、イルミネーションが灯されようとしたその時、その広間で大爆発が起きた。
「な・・・・・・なんだ・・・・・・!?」
音を聞きつけて飛び出した兵士は凶弾に倒れ、血まみれの人々は悲鳴を上げ、吹き飛ばされた子供たちは泣き喚いていた。
「この国の覇権を、再び我らが指導者の手に!!」
そう叫びながら銃を乱射する若者たちを、厚い鎧にまとった兵士たちが総出で取り押さえる。だが、その瞬間に爆発が起こり、兵士たちが吹き飛ばされた。鎧のおかげで大事には至らなかったが、中には間接部に爆発を受け、そこから先が吹き飛んでいる兵士もいた。
「がああああっ!!」
「誰か・・・・・・誰か手を貸してくれ!」
そのまま、武装勢力と兵士たちによる武力衝突が起こり、双方に大勢の死者が続出し、民間人もそれに巻き込まれていった。一夜にして、〈王国〉は地獄へと変わった。
―※*※―
「大変です、市長!!」
「どうしたのだ?」
飛び込んだ市長室には、椅子に座り、資料に目を通しているヘクターがいた。
「スヴェロニア王国の首都〈モクルスレイ〉が陥落しました」
「なんだって!?」と、ヘクターは声を上げてイスから立ち上がった。
「詳しくはわかりません。ですが、かねてから危惧されていた、過激派の犯行だと見られています・・・・・・」
「・・・・・・なんということだ・・・・・・」
ヘクターは頭を押さえ辛そうに呟く。その後、このニュースはイグリースだけでなく、瞬く間に全世界に伝わった。
―※*※―
そして、現在。ハンターとしての力の覚醒、吸血鬼化した親友の失踪、王国の陥落。いろいろなことが頭の中に蘇った。
「(いったい・・・・・・この世界は、どうなっていくのだろうか・・・・・・)」
ふと、ベッドの頭にある棚の上に置いてある時計に目をやる。時間は七時を回っていた。
「やっべ!もうこんな時間だ!急がないと!!」
そう言うと、慌ててベッドから飛び降り、着替えをはじめた。
―※*※―
どこにあるかわからない草原の中。旅人のマントをまとった四人の一団がいた。その内の一人は男性で、他は同い年の女性と、少女の二人。二人とも双子の姉妹らしく、顔立ちも服装も似ているが、小さい方の少女の瞳は赤みがかったピンク色をしていた。
「リリナ、ミリリィ。もう少ししたら町に着く。それまでがんばるんだ」
「うん・・・・・・」
女性に守られながら、一人の少女が頷く。しかし、もう一人の少女は、彼女を忌々しく睨んでいる。
「うぐっ」
その時、先頭を歩いていた男性が呻いて地面に膝を突いた。
「パパ!?」
異変に気付いたミリリィが駆け寄ると、男性はそのまま倒れた。
「あなた、しっかりして」
だが、男性の顔色は悪く、肌もだんだん冷たくなっていた。
「私はもう・・・・・・ダメだ。最後に・・・・・・伝えたいことが・・・・・・ある」
最後の力を振り絞って上げた手を、女性が優しく握る。
「誰も恨んではいけない。恨む必要など・・・・・・な・・・・・・う・・・・・・ぐっ・・・・・・!」
「パパ!!」
それを最後に男性は息を引き取り、地面に膝を突いたミリリィが叫んで涙を流す。
「パパ・・・・・・どうして・・・・・・」
泣きじゃくるリリナの言葉に、ミリリィの体が震える。
「お前のせいだ・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」とリリナが呟くと、ミリリィが憎しみのこもった目で睨む。
「お前のせいで・・・・・・パパが死んだんだ。お前のせいだ!!」
「やめなさい、ミリリィ。『誰も恨んではいけない』って、言い残したでしょ・・・・・・」
「なんで庇うの!?全部こいつの・・・・・・こいつが生まれたせいなんだよ!私も、パパもママも人間なのに・・・・・・こいつが吸血鬼だったせいで、私たちも吸血鬼扱いされてるんだよ!!」
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・お姉ちゃん」
「うるさい!いくら謝ったって・・・・・・あたしはあんたを許さない・・・・・・!」
頭を抱えてうずくまるリリナに、「許さないから!!」と叫んだ。
―※*※―
「ぁっ・・・・・・」
まだ夜が明けてない森の中で、一人の少女が目を覚ます。寝袋のチャックを開いて体を起こすと、夜のような黒髪の毛先が下に落ちる。白地に薄いオレンジのラインが中央を通っている服を着ており、旅をしてるのか、周りにはリュックやマキをくべた跡が残っていた。
「(また・・・・・・あの夢か・・・・・・)」
悲しそうな目でうつむいていると、そこへ
「お目覚めですか、リリナお嬢さま」
声のほうを見ると、木陰に男性が一人立っており、少女は不機嫌そうにその男性を見た。
「おや・・・・・・この呼び方は気に入らなかったかい?」
悪意のこもった笑みで、男はリリナに近づく。すぐさま寝袋から出ると、男のほうを見た。
「なんの用なの?連続殺人鬼、ジェラレ・バーレンディー」
冷たく言い放たれると、「お~お、冷たい」と言って立ち止まる。
「用件などわかっているでしょう。私は、お嬢さまを迎えに来たのです。名門貴族エルハンス家ご息女、リリナ・エルハンスさま」
「私は・・・・・・貴族のお嬢さまなんかじゃない・・・・・・!」
いつでも飛びかかれるように構えるリリナに、ジェラレは大して警戒はしていなかった。
「それに・・・・・・何度来ても、答えは同じよ」
それを聞き、ジェラレは一瞬でリリナの前に現れ、彼女のあごに手を当てた。
「あなたは、闇の世界で暮らすべきなんだ。いくら望もうと、光の世界で暮らすことはできない」
「そ・・・・・・そんなこと・・・・・・」
「『ない』と言い切れますか?あなたが吸血鬼だと知った時の、人間どもの態度をもう忘れたのですか!?血を吸われた者が吸血鬼にならないと知っても、奴らは態度を変えなかった!どうがんばろうと、吸血鬼は闇の中で生きるしかないのですよ」
「・・・・・・だからって・・・・・・罪のない人を傷つけるなんて・・・・・・」
「罪のあるなしなど関係ない。これは、同胞を守るために必要なことなのだよ」
返す言葉もなく、黙り込むリリナ。ジェラレは手を離すと「ま、いずれわかるよ」と言い残し、闇の中に姿を消した。
―※*※―
〈エイジア大陸〉最西端、すなわち〈エウロッパ大陸〉との境にある五つの町。その内の一つを、四人の男女が歩いていた。それはエウロッパ大陸の警備を任されたはずの、セリュード、クウァル、セルス、そしてディステリアたちだった。
「この国の、いくつもわかれた地方を収める都市は、それぞれ神々の名前が付けられているの。まず、〈天空首都スヴァローグ〉・・・・・・」
「天空首都!?空に浮かんでいるのか!?」
セルスの声をさえぎり驚くディステリアに、セルスの幼馴染でチームメイトのクウァルが呆れた視線を送る。
「バカ、そう名前が付いてるって話だ」
そう言ったクウァルに、「わ、わかってる」とディステリアは顔を逸らすと、ガイドブック片手にセリュードが説明する。
「まあ、スヴァローグを恐れ敬っている連中からは〈モクルスレイ〉とも呼ばれる。他にも、火の神の名を冠した〈工業都市スヴァロギッチ〉、雷の神の名を冠した〈学究都市ペルーン〉、水の神の名を冠した〈貿易都市プリペガラ〉、風の神の名を冠した〈風車都市ストリボーグ〉、大地母神の名を冠した〈農耕都市モコシ〉、それから警備隊の基地が設置されている警備都市。光の神の名を冠した〈ベロボーグ〉と闇の神の名を冠した〈チェルノボーグ〉・・・・・・」
「そして、戦神の名を冠した〈軍事都市ルエヴィト〉だ」
声のほうを向くと、白い髪をした一人の青年が歩いて来ていた。胸から腹部にかけて白い十字架が入った、灰色地の袖の長い服を着ており、腰には短い剣が差してあった。
「それと、今の説明には木の神の名を冠したもう一つの学究都市、〈自然都市ポリスーン〉が抜けている。巨大発電施設がある〈学究都市ペルーン〉と比べて見劣りしがちだが、どちらも隣同士で規模はそれほど変わらない。覚えておいてもらいたい」
「詳しいですね?地元の人ですか?」と、セルスが聞く。
「ああ、ここ〈太陽都市ダジボーグ〉に住んでいるクルス・タルボージュだ。と言っても、駐在兵みたいなものなんだけどな」
そう言ってクルスは、ディステリアたちの目の前に止まった。
「ご丁寧にどうも。俺はクウァル、こっちは幼馴染のセルスで・・・・・・」
幼馴染と言う言葉が出た途端、クルスの顔が一瞬強張ったが、ディステリアはそれを見逃さなかった。
「旅の仲間のセリュードと、ディステリアだ」
「・・・・・・旅・・・・・・ね。で、ここへは旅行でかい?」
「いや。俺たちは任務で・・・・・・」
ディステリアが言いかけた瞬間、他の三人が慌てて彼の口を押さえ込んだ。
「そう。旅行だよ、旅行」
「でも最近、物騒だから気をつけたいな~って・・・・・・思ってて・・・・・・」
誤魔化すセリュードとセルスに、「・・・・・・まあ・・・・・・」とクルスは言葉を濁す。
「確かに用心したほうがいいな。今も過激派が何かしないように、警備が厳しくなっているって言うから・・・・・・なんなら、俺が町を案内するよ」
とりあえず納得した様子のクルスに、三人はほっと溜め息をついた。彼が離れた後、セリュードはディステリアを睨む。
「・・・・・・気をつけてくれよ、ディステリア。我々がこの国に探りを入れているのは、国家機密にも値するのだから・・・・・・」
「・・・・・・悪かったよ。次からは気をつけるよ・・・・・・」
「次からでなく、この町に入る前から気をつけてもらいたかったな」
厳重注意をする仲間、特にクウァルに「ごめん」とうなだれる。
「まあまあ、失敗は誰にでもあるんだし、それくらいにしなさいよ」
「だが・・・・・・」
セルスにクウァルは言い返そうとするが、「まあ、確かにそうだな」と、ディステリアから離れる。
「だが、セルス。お前はディステリアに甘すぎる!」
そう言って大股で歩くクウァルを見て、セリュードとセルスは肩をすくめた。
「何あいつ。嫉妬してるの?」
セリュードが「みたいだ・・・・・・ね」と呟くと、嫉妬を向けられた当人は、溜め息をついて頭をかいた。
―※*※―
~―回想―~
話は一端、前日に戻る。
「俺に・・・・・・監視任務・・・・・・?」
「そうだ」
聞き返したクルスに、対不死者組織ルマーニャの長、ガシムが答える。組織の名前は、この国の名前を〈チェルノボーグ〉と改名する時に、元からあったヴァンパイアハンター組織の名前に、元々の国の名前をつけることを交換条件としたことに起因する。
「ターゲットに関係がある者が、現れたのですか?」
『ターゲット』とは、この組織の言葉で吸血鬼や不死者と確認され、排除対象者となった者に対する呼称である。
「いや。それがわからないから、君に見てもらおうと思っている。もしもの場合は・・・・・・」
「俺に彼らの抹殺を・・・・・・ですか・・・・・・?」
「そうだ」
ガシムが言うと、部屋の中を沈黙が包む。組織にとって、自分は捨て駒でしかないことをクルスは悟っていたが、ヴァンパイアハンターとしての素質が見いだされ、この組織に身をゆだねるに連れ、覚悟は固まっていった。
「(例え捨て駒でしかなくても、俺は・・・・・・)」
さらに覚悟を固めているクルスに、ガシムが机から出した資料を見せる。
「実は、一人ではない。四人組みだから、もしもの時は苦しいかもしれないが・・・・・・」
「わかりました。覚悟はしておきます」
差し出された資料を受け取ると、早速目を通す。そこには四人の男女、セリュード、クウァル、セルス、ディステリアが映されていた。
~―回想終わり―~
―※*※―
現在。クルスはオープンカフェで休むセリュードたちを、離れた席から見ていた。
「(別に・・・・・・怪しい所は見受けられないけど・・・・・・)」
それが、話し合いをしているセリュードたちを見ての第一感想だった。
「それで・・・・・・チームリーダーさんは、どこが怪しいと・・・・・・?」
「別に・・・・・・確かにパラケルからリーダーに任命されたが、だからって絶対服従ってことはないだろ」
ディステリアとセリュードの会話に出て来た『絶対服従』と言う言葉に、一瞬、クルスが反応する。
「しかし・・・・・・ここに来る前に話し合った時と、怪しい国は変わらない」
「そりゃあ・・・・・・あれからなんの情報も仕入れてませんからね・・・・・・」
クウァルもセルスもそれを聞くと、気まずい空気が場を包み、全員が口をつぐんだ。
「(こいつらを監視していくのか?)」
今まで何事にも油断しないことを教えられてきたクルスだが、この時ばかりはやる気が失せてきた。
「(それに・・・・・・こいつらが本当に吸血鬼なら、太陽が出ている今の状況が平気であるはずが・・・・・・)」
その時、「きゃあ~!!」と、辺りに悲鳴が響き渡った。
「今の悲鳴は!?」
「向こうだ!!」
「お代、ここに置いておきますね」
ディステリアが立ち上がり、セリュードが顔を向け、クウァルは黙って駆け出し、セルスは代金を置き、三人の後を追いかけた。その無駄のなくすばやい動きの流れに、クルスは目を奪われた。
「(ヴァンパイアの仕業ではなさそうだが・・・・・・俺も行くか)」
セリュードたちの戦い方や実力を見るため、何より監視任務を全うするため、クルスも後を追いかけることにした。もちろん、代金を置いて。
―※*※―
現場へ駆けつけたセリュードたちが見たものは、全身を黒い体毛で包まれ、鳥の翼のような腕の先に手を持った巨大な怪物。クルスは知らないが、それはクドラの覚醒のきっかけを作った謎の怪物だった。
「(なんだ・・・・・・こいつは・・・・・・?)」
目を見張るクルス。だが、セリュードたちはさほど驚くことなく、すぐに散会した。
「セルス!お前はそいつを逃がせ!」
「わかった!こっちです」
クウァルに言われ、襲われていた女性をセルスが逃がしていると、セリュードは槍、クウァルとディステリアは剣と、それぞれ自分の武器を抜いた。
「リヒト・・・・・・ランス!!」
「イグニス・セイバー!!」
「フォーリング・アビス!!」
セリュードが槍に溜めた光属性の魔力を凝縮して飛ばし、クウァルが剣に集めた炎を刃にして飛ばし、ディステリアが天魔剣を振り下ろして、背中の翼から無数の闇の流星を飛ばす。一斉攻撃を受けた怪物は、満足な反撃も出来ずに地面に倒れ、それを見たクルスは唖然とした。
「(連携にほとんど無駄がない・・・・・・それに、最初に民間人を逃がす判断の速さ。こいつら・・・・・・ただの旅行者じゃないな)」
睨むように見られているのも構わず、セリュードたちは倒れた怪物に近づいた。
「なんなんだ、こいつは?」
「さあ・・・・・・このような怪物は見たことがない」
冷静な顔をしているクウァルを見て、クルスは考えた。
「(その割には、落ち着いている。元から物事に対して反応が薄いのか、それとも・・・・・・この怪物の存在を知っていたのか・・・・・・)」
疑いの表情で見ていると、三人にセルスが近づいてくる。
「(少し・・・・・・探りを入れてみるか)」
そう考えて、クルスはセリュードたちに近づいていき、「なあ」と切り出そうとした。
「クルス。お前、この怪物について何か知らないか?」
「・・・・・・っ!?」
セリュードの突然の質問に思わず驚いて、目を見張ってしまった。
「ど・・・・・・どうしてそんなことを聞くんだい?」
動揺を悟られないように、落ち着いて聞き返す。
「お前、普通こういう怪物を見たら、まず逃げ出すかその場に固まるかの二つに一つだ。だがお前は、そのどちらでもなかった。それどころか・・・・・・」
「三人の戦いを、冷静な目でしっかり観察していたよ」
クウァルとセルスの指摘に、言葉を失う。
「それに、最初に会った時、『住んでると言っても、駐在兵のようなもの』と言っただろ?と言うことは、こういう存在に対抗するために送られた」
そう言って、ディステリアも倒した怪物を見下ろす。
「さらに・・・・・・休日と言うのなら、なぜ俺たちに案内を申し出たんだ?ほぼ、毎日が仕事だ。休日くらい自由に過ごすだろう」
「そうしなかったと言うことは、よほどお人よしなのか・・・・・・もしくは・・・・・・」
「・・・・・・俺たちを監視するため・・・・・・か」