第64話 闇を抱く戦士たち
ディゼアビースト・スレイブドールの洗脳が解け、床に倒れた生徒たち。今までいじめられたとはいえ、シェルミナたちは放っておくことができず、手分けをして教室に寝かせていた。
「全く、シェルミナはお人よしなんだから」
「でも、それがシェルミナちゃんのいいところだよ」
フェルミナとホワンに、シェルミナは「うん。ありがとう」と笑うと、教室を出て、廊下の窓から外を眺めた。
「先生・・・・・・今までの先生は・・・・・・ウソだったの・・・・・・」
―※*※―
一方、校舎の外の校庭では。
「それくらいで!!」
黒い波動を全快にして、ゲイボルグの矢を弾く。攻撃を切りぬけて波動の放出を緩めかけた時、今度は光の矢が飛んできた。
「何!?」
再びは胴を噴出し、光の矢を掻き消す。それを発射したのは、セルスの側で構えているブリュンヒルドだった。
「白鳥くんに感謝ね」
再び弓を引き絞り光の矢を連射するが、黒い波動に掻き消された上、かざした手から放たれた衝撃波が迫る。
「やばっ!!」
即座に腰の剣を抜こうとするが、それより早く駆けつけたディステリアとジークフリートが武器を振り下ろして衝撃波を掻き消す。ジークフリートのほうは剣を振るスピードで衝撃波を相殺したが、ディステリアのほうは光の力を込めて振り下ろしていた。
「まったく、無茶しやがって。その力、下手に使うと自分を傷つけるのだろ?」
「心配無用です。だいぶ慣れたからか知りませんが、最近はそれほどダメージはきません」
「そうか。それは失礼した!!」
刀身を縮めたクラドホルグを振るファーディアの攻撃をかわすウロギートに、ジークフリートとディステリアが接近する。正面のジークフリートが振り下ろしたグラムを回し蹴りで弾き、ジャンプしたディステリアが上から突き出された天魔剣を右手でいなし、切りかかったファーディアのクラドホルグを踵落としで地面に叩きつける。
「「「―――っ!!!」」」
三人が目を見張った直後、ウロギートの赤い瞳が鋭く光った。
―※*※―
一方、互いに全くと言っていいほど動いていないクウァルとヘスペリアのほうは、当然、決着はついていなかった。互いに睨みあって長い時間が過ぎ、周りを囲む壁が崩れた瞬間、ヘスペリアはそのほうを向いた。
「どうやら、仲間のほうは決着がついたようだ」
ヘスペリアは黙ったまま、クウァルのほうを向く。
「・・・・・・優しいな・・・・・・君は・・・・・・」
「ごまかさないで!!」
怒鳴るヘスペリアに、「そうだな」とクウァルは静かに言った。
「何が償いになるか・・・・・・俺にはわからない。だが・・・・・・俺はここで死ぬ訳には行かない」
「知りませんよ。あなたのそんな都合」
そこに誰かの声がすると、ヘスペリアの横に現れた男が彼女の首に当て身をした。目を見張ったクウァルを目にもくれず、男は倒れるヘスペリアを受け止めた。
「貴様が、ヘスペリアの言っていたカイネか・・・・・・」
「フン。おしゃべりな女だ」
睨みつけるクウァルを見もせず、カイネは冷たく呟いた。
「貴様の目的は・・・・・・」
聞こうとするクウァルに、「知りたければ―――」とカイネがさえぎる。
「―――倒すことだね。僕かヘスペリアを・・・・・・」
そう言い残すと、カイネはヘスペリアを抱きかかえて、その場から姿を消した。黙っているクウァルの後ろで爆発が起こり、振り返ると吹き飛ばされるセリュードたちが目に入る。彼らが地面に倒れると、クウァルが近づく。
「大丈夫か!?」
「余裕なし・・・・・・なんて言っていられる状況じゃないな」
体を起こすセリュードが向ける視線の先には、頭から血を流し立っているディステリアと、傷だらけの鎧をまといながらも余裕の表情をしているウロギートがいた。
「ふん、たわいもない・・・・・・」
「くそっ、ここまでとは・・・・・・」
膝を突きそうなところを踏ん張り、睨み付けているクーフーリンにウロギートは冷めた視線を向ける。
「俺もここまでとは思わなかったぞ。過去に英雄として名を馳せた者の力がここまで劣るとは、な。平和にかまけて鍛錬を怠っていたか?」
「バカ言うなよ。再び人間界と神界がつながってから、一層鍛錬は積まれるようになった。異なる世界の神話に伝えられる存在とも拳を交えたし、な。互いにいい刺激を与えた」
「(その刺激がアレスの実力向上と性格の変化をもたらしたのか)」
神話上、情けないエピソードが多いアレスが強い理由を、ディステリアがそう見当付ける。
「ほう、つまりは・・・・・・自らの力を強めるため他の神の領域を犯し、そこにいる存在を屠ったというわけか」
「バーカ。ギルガメッシュやエンキドゥと一緒にするな」
ジト目で言った何気ないクーフーリンの言葉に、ディステリアとセリュードは表情を引きつらせた。
「「(あれ?やった神いたの?)」」
「つまり、貴様はその禁忌を犯してないと?それでも同じだ!」
衝撃波を放ち、耐えようとしたディステリアとセリュードが吹き飛ばされると、駆けつけたクウァルが受け止める。
「悪い、助かった!」
「俺が手を出せない間に、豪いことになってるな」
「クウァル・・・・・・あの子は・・・・・・」
だが彼は、そこで聞くのをやめた。ディステリアとウロギートのほうに動きがあった。突っ込むディステリアとウロギートが激突し、互いに衝撃で仰け反る。ほぼ同じタイミングで体勢を戻した両者は、これまたほぼ同時に動く。攻撃に転じたディステリアに対し、ウロギートはジャンプで回避。だが、天魔剣を反して振り上げた一撃が、目を見張るウロギートの左腕のトゲを切り落とした。
「―――!?」
ジャンプして追撃をかけようとするディステリアを蹴り落とす。体を回して体勢を整えようとするが、失敗して左肩から落ちる。見ていたセルスは息を呑み、駆けつけようとするが、ブリュンヒルドはそれを止める。
「なんで止めるの―――!?」
答えが返るより早くウロギートが高速で接近していき、屈んだまま体を起こしたディステリアは、地面を蹴って体勢を低くしたまま飛び出す。振り被った右腕が向かってくる前に天魔剣を振るが、胴体に当たる寸前にウロギートが体をひねった。剣先が空を切ったところに蹴りを食らわせられるが、ディステリアもすぐ相手の腹に膝蹴りを打ち込む。だが、少し柔らかいものの装甲に包まれた腹に蹴りを食らわせるのは得策ではなく、膝の痛みに顔をしかめる。
「っ!!」
よろめいて地面に着いた右足の膝に再び痛みが走り、思わず右手で押さえる。武器を持った手で痛みの患部を抑えるのは、大きな隙を生み出す愚行でしかない。当然、ウロギートは接近する。
「―――と思ったか!!」
と見せかけてすぐ止まり、両手を突き出して黒い衝撃波を飛ばす。すぐに動けないディステリアは食らうと思ったが、彼の上を通り抜けた長くしなる刀身が衝撃波を打ち消す。
「こんなヒヨっ子ばかり相手にしないで、少しはこっちも気にしたらどうだ?」
「ほざけ、過去の遺物たる元英雄が!!」
両手を向けて放った衝撃波を、空中で身動きが取れないファーディアは避けられない。とっさにクラドホルグで防御したものの。強い衝撃をまともに受けて体が軋む。なんとか着地できたが、地面に片膝を突いてしまう。
「ファーディアさん!!」
「注意を逸らすな!実力の差が激しいと、ほんの一瞬の隙で命取りだ!」
「それは少し違います。一瞬の隙の有無は、死ぬ順番の些細な変動を生むだけだ」
「何を・・・・・・」
何気なく侮辱したウロギートに怒りを覚えた瞬間、再び天魔剣から大量の闇属性の魔力が噴き出す。驚く暇すらなく襲いかかって来た激しい痛みに、ディステリアは顔をしかめる。
「ぐうぅっ・・・・・・」
「力の制御ができてないのか?愚かな!!」
嘲笑うウロギートが迫ると、ジークフリートが飛び出す。避けられることは承知の上でグラムを振り、かわした後の蹴りも防ぐ。が、その瞬間ジークフリートが浮かべた笑みに、ウロギートは己の失敗を悟った。
「でやああああああっ!!」
グラムを振り下ろし、校庭が割れる。離れたウロギートの左足は、装甲が砕け肌が露出していた。次は仕留めるつもりでグラムを構えた時、すぐ近くで強い魔力を感じる。正体を探りたいが、わずかな隙でも見せるわけにはいかない。
「これ、どういうこと・・・・・・?」
そんなジークフリートの耳に、唖然としたブリュンヒルドの声が聞こえる。
「ディステリアって、こんなことできたの?」
「ううん・・・・・・そういえば、最初にあいつに傷を与えた時・・・・・・」
セルスが言おうとした時、「ぐっ!」とディステリアが苦しそうな声を漏らす。ちょうど同じ時、形を成していた黒い魔力が拡散しかける。
「(わずかに形にはなってきた。だが・・・・・・まだ激しい痛みのせいで集中が切れる)」
顔をしかめながらも魔力を制御し、徐々に形を形成していく。それを見て、ファーディアたちは驚いて目を見張っている。「闇の魔力で刃を具現化させ、刀身を肥大化させたのか!?」
「魔力の具現化!?神の血が混ざった魔術師でさえ、できるかわからないことだぞ!!」
「私の肩に傷を負わせたあれか。今度はまともに切られるのだろうな」
不敵な笑みを浮かべて挑発するウロギート。制御に苦しんでいるディステリアを好機と感じ、ジークフリートが構えているにも拘らず向かって来る。
「(こいつを越えれば・・・・・・)」
まともに相手をせず、適当にいなすつもりでジークフリートに向かっていき、グラムを振った彼の肩に手を当て、上を飛び越えた。
「しまった!」
唖然とした顔で後ろのウロギートに振り向くが、すぐ笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・と、言うと思ったか?」
「―――!?」
負け惜しみか動揺を誘うためのフェイク。そう思っていたウロギートは、右腕を振り被って上に飛び上がっていたクウァルに気付かなかった。
「俺を無視するつもりだと、最初からわかってたぜ!!」
「はっ!!」
「どりゃあああああああああっ!!!」
黒い波動を放出するが、クウァルの拳は止まらない。両腕を交差して受け止めるが、耐え切れない。邪魔など最初からなかったかのように、クウァルは拳を振り切ってウロギートを校庭に叩きつけた。
「「がはっ!!」」
砕けた地面の中で息を吐き出すが、それは黒い波動を突き抜けたクウァルも同じ。何かの力で打ち消したわけではなかったので、ダメージを受けるのは当然。
「・・・・・・これだけのリスクを犯してやったんだ・・・・・・」
空中で苦しそうな声を漏らしながら、動けないまま地面に落ちていく。その間にウロギートは起き上がるが、這い出た時にプレッシャーを感じる。
「―――決めろおおおおおおおおおおおおっ!!!」
叫び声を上げたクウァルをファーディアが受け止める。振り返ったウロギートの前には、黒く巨大な刀身を形成したディステリアが天魔剣を構えていた。
「まだ荒いが・・・・・・お前を倒すくらいはできるはず・・・・・・」
「試してみるといい。もっとも・・・・・・」
地面を踏み鳴らし、黒い波動を放出して両腕を構える。
「―――ザコには無理だろうが、な!!」
声を張り上げ、黒い衝撃波を放つ。足の痛みで動けないディステリアだが避けるつもりもなく、左足を動かし、体を大きくひねって天魔剣を振り衝撃波を突っ切った。
「―――何!?」
「テネブラエセイバー!!」
闇の魔力で作られた漆黒の刀身は驚くウロギートに到達し、黒い波動ごと断ち切った。
「グギャアアアアアアッ!!!」
断末魔の悲鳴を上げ、闇の力の柱の中に消える。闇の魔力の柱が消えると、ディステリアは気を失って地面に倒れた。
「ディステリア!!」
慌てて駆け寄るセルスとブリュンヒルドが、彼の様子を診る。
「大丈夫、気を失ってるだけ。でも・・・・・・」
「光と闇の力を使いこなせなかった時の話しを聞く限り、同じ症状だと考えるべきでは?」
「そうかも、知れない」と、セルスはクーフーリンに同意する。
「とにかく、治療しなきゃ。クーフーリンさんたちも」
「悪いな」
「いえ。戦いでは、あんまり役に立てなくて・・・・・・」
治癒術をかけつつ暗い表情をするセルスに、クーフーリンは首を振る。
「いや、セルスちゃん。戦いは何も、相手を倒すものだけで勝てるわけじゃないんだ。前衛に出て剣や拳で戦う者、後衛で魔術を使って助ける者、様々な方法で援護する者。それぞれの役割をこなしてこそ、勝てるものなんだ」
「ファーディア、てめ。人のセリフを・・・・・・」
先に言いたいことを言われてクーフーリンは苦い顔をしたが、ファーディアは気にする様子はない。
「君は、君にできることをする。それが君の役割につながるはず。それをこなすのも『戦い』だ」
「・・・・・・はい」
セルスが微笑むと、ちょうどクーフーリンたちの傷が癒える。
「うし。じゃあ、俺たちはいい加減この目障りな結界を壊しに行こう」
「そうだな。生徒が怪物になってた原因も取り除いたわけだし・・・・・・」
確証がない以上危険なのだが、クーフーリンたちはいい加減この居心地の悪い空間から出たかった。
「じゃあ、引き続きディステリアたちを頼むわ」
「はい」とセルスが答えると、クーフーリンたちは散会して結界発生装置へ向かう。その後、一人暗い表情のクウァルに目をやる。
「どうか、したの?」
黙ったまま答えない。もう一度聞こうとすると、セリュードが手を伸ばして首を横に振った。
「よくわからないが、今の彼はそっとしておいたほうがいい」
「あっ、はい・・・・・・」
何が合ったか気にしつつ、セルスはディステリアたちの回復を終えた。しばらくして、学校を囲んでいた壁は崩れる。それを見届けたシェルミナの目から、一筋の涙が流れた。
「・・・・・・・・・さよなら・・・・・・先生・・・・・・」
―※*※―
戦いが終わってから数分後、気を失っていた生徒たちが目を覚ました。何が起きたか知らない生徒は、教室の床に寝かされていたことや、廊下の突き当たりの壁に穴があいていることに驚きを隠せず戸惑っていた。
「大丈夫?」
「え?ええ・・・・・・」
今まで嫌っていたシェルミナに心配され、女子生徒は戸惑った。
倒れていた生徒たちを介抱するシェルミナ、フェルミナ、ホワンに敵意を向ける者は多くなかった。中には「触るなよ」と拒絶する者もいたが、今までと比べては少なかった。
「助けてくれる者を拒絶するほど、冷たい者はおらんか」
「完全にいない・・・・・・訳ではないようだが、な・・・・・・」
セリュードとディステリアが呟く。セリュードたちは教室の外で、開いているドアから中の様子を伺っていた。
「純血の人間とそれ以外の種族との間に明いた確執は、そう簡単に消えはしない」
クウァルの後に、「それが現実だ・・・・・・」とセリュードが続けた。
「そんな・・・・・・」
セルスは暗い表情になったが、クウァルが小さい頃から町の人の手伝いをしたにも関わらず、人々から認められるには時間がかかったことを思い出していた。
「さて、そろそろ俺たちも・・・・・・」
「やあ」
そこへイルムの声がしたので、ディステリア、クウァル、セルスは一斉に身構えた。
「・・・・・・そんなに身構えなくてもいいだろう。我々には、もう君たちを捕まえる理由はない」
ディステリアが「と言うと?」と聞き返す。
「今回の一件で軍の上層部は、軍の方針と幻獣に関する者に対する見解を、改めることにしたそうだ。だからと言って、すぐに君たちに協力することはできないが・・・・・・」
「気にしなくてもいい。そこまで期待はしてないから」
嫌味っぽく言うディステリアに、「ちょっと」とセルスが注意する。
「・・・・・・それと、私から君たちに言いたいことがある」
警戒しながら、「なんだ」と聞くディステリアに、イルムは顔を上げた。
「娘を助けてくれて、ありがとう。このことは一生、忘れないでおくよ」
思わぬ言葉に、セリュード、クウァル、セルスはくすぐったそうな顔をしたが、ディステリアだけは背筋が凍ったように表情を強張らせていた。
「おや、お気に召さなかったか?」
肩をすくめたイルムは、おかしそうにそう言った。
―※*※―
一方、町から出てすぐの場所では、クーフーリンのチームが馬を歩かせていた。
「一事はどうなることかと思ったが、一見落着になってよかったな」
「そうだな」
安堵の表情を浮かべるファーディアに、柔らかな笑みを浮かべたジークフリートが言う。彼らは兵士、戦闘が終わればまた次の戦場へ行かなければならない。と言ってもブレイティアでそんな指令は出ておらず、彼らは担当範囲を自由に巡っていいとされている。
「で、あとは軍のお偉いさん方次第か?」
「・・・・・・と言っても、この国の軍がすぐ協力してくれる、ってことはないだろう」
皮肉を言うクーフーリンとファーディアに、ジークフリートとブリュンヒルドも微妙な顔をする。国の治安を維持する軍上層部の方針に口出しはできない。事件を解決しようとも、こちらに協力してくれるかどうかは、完全にあちら次第となってしまっている。それが今のブレイティアの立場。その時、ふと手を入れた道具袋に入っているカプセルに気付いた。
「あっ、こいつを渡すのを忘れてた」
それに気付いたクーフーリンたちがセリュードたちを探して、カプセルに入った〈イェーガー〉を渡したのは、また別の話。