第63話 総力戦
ウロギートとディステリアたちが戦い、スレイブドールをクーフーリンたちが攻撃してる頃、ウロギートの言葉どおりクウァルはヘスペリアに足止めを受けていた。ただし、激しい戦いを繰り広げている訳ではなく、仲間の元へ行こうとするクウァルの前に立ちはだかり、戦いに加わらせようとしていないだけだった。
「・・・・・・退いてくれないか?」
「私はあなたの敵よ。敵なら、どう答えるかわからなくはないでしょ?」
「否、だろ?だったら、力ずくで押し通るだけだ」
「その考え方・・・・・・あんたの先祖と同じね!」
ヘスペリアの言葉の意味が割とすぐにわかった。
「力で不条理を押しのけ、力で敵を捻じ伏せ、力で・・・・・・」
こちらに向けられた目から放たれる殺気に、クウァルは思わず身構える。だが、その殺気は今まで戦いに触れたことがない、黄金のリンゴの木の世話係が出すには重すぎて、強すぎる。
「―――あたしたちの大切な仲間を、殺した」
「・・・・・・教えてくれないか。なぜ、俺を狙う・・・・・・」
しばらく黙っていたヘスペリアは、ゆっくり口を開いた。
「・・・・・・あなたの先祖、ヘラクレスは・・・・・・私たちと一緒に『黄金のリンゴ』を守っていたラドンを―――殺したの」
一瞬、目を見張ったクウァルだが、「そうか」と呟いた。
「ヘラクレスの・・・・・・12の難業か・・・・・・」
歯軋りをして睨みつけたヘスペリアの目は、悲しみに満ちていた。
「ずっと・・・・・・ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと!!忘れようとしても、リンゴの木を見る度に思い出す」
潤んだ目を隠すように顔に手を当て、うつむくと、下ろしている右手を握り締める。
「忘れられないなら死にたいと思った時も会った。でも、同じ苦しみを持っている姉や妹を置いて、自分が死ぬことなんて許されるはずがない。そんなわがまま・・・・・・」
「だから、俺にその恨みをぶつけるのか・・・・・・」
「・・・・・・あなたから見れば、逆恨みや八つ当たりなのは百も承知。でも、私は・・・・・・」
再び憎しみのこもった視線をクウァルに向ける。
「あんたに・・・・・・あんたがヘラクレスを継ぐ者だってわかった以上、ぶつけずにはいられないのよ!!」
「・・・・・・難儀なことだな」
祖先の行いで後の子孫に恨みを向けられる。向けられた者はたまったものじゃないが、それは不条理に親友を奪われたヘスペリデスたちも同じ。決まりによって黄金のリンゴを戻されても、殺されたラドンを失った彼女たちはやりきれない気持ちだっただろう。
「だから・・・・・・あなたの命でラドンを蘇らせる!!」
「命を移す?」向かって来るヘスペリアの言葉に、クウァルはハッとして彼女の拳を払う。
「まさか、〈活殺転魂のつづら〉!!」
「?何それ・・・・・・」
一瞬眉をひそめたヘスペリアは、クウァルを殴り飛ばした。結構軽い力で殴ったが、ヘスペリアの体は空中で回って地面を転がった。
「お・・・・・・お~~い・・・・・・」
ここは戦場で、敵である以上女子供関係ないことはわかっているつもりだが、気が咎めるものは咎める。特に襲ってくるヘスペリアの身を案じるのは、油断、余裕、侮辱、侮りに当たるだろう。それでも、元が戦闘に向かないニンフの一人であるため、気にかけずにはいられない。
「(気を失ってるんなら、それ以上越したことはないんだけど・・・・・・)」
クウァル自身、それが儚い願いだということはわかっている。クウァルが声をかけると、地面に手を突いたヘスペリアが起き上がる。
「ひっど~~い!こっちを戸惑わせて殴ったわね、女の子を!」
「ええっ!?そんなつもりは・・・・・・って、関係ないだろ!」
「大有りよ!何、〈活殺転魂のつづら〉って!?私そんなの全然知らないんだけど!!」
「ええっ!?じゃあ、どうやってラドンを蘇らせるって!?」
普通は、というよりまともだったらまず聞かないこと。それがごく自然に出たことに、クウァルは驚くこともなく聞き流した。それはヘスペリアも同じで、クウァルのほうを向いて文句を言う。
「あれで殴り飛ばせたら、あのまま蛸殴りにするつもりだったの!?敵だから!?女子供容赦なし!?あんたには血も涙もないの!?」
「いやいやいや!血も流れてるし、涙も出る!・・・・・・って、そんなこと今関係あるか!」
「大有りだって言ってるでしょ!」
傍から見れば馬鹿らしいとしか思えない言い争い。戦場でするにはあまりにも不釣り合いなことは言うまでもない。
「・・・・・・やっぱり、あの乱暴者の血を引いてるだけはあるわ・・・・・・」
声を落としたヘスペリアのまとう雰囲気がさらに重くなる。それだけでなく、彼女の金髪が何か風のようなものに煽られている。
「その血・・・・・・今ここで絶やす!」
「(これは・・・・・・腹くくるか)」
さっきの白けた空気から一転、気を引き締めて身構える。ジャンプで一気に距離を詰めてきたヘスペリアの拳をいなす。それを校舎の屋根から見下ろしていたカイネは、深く溜め息をついた。
「なんだよ。決意したにしてはまだ甘いじゃん」
足を組んだ膝の上に右腕の肘を着け、その手の上にさらにあごを置く。クウァルにラッシュや蹴りをかわされながらも、すばやく動いて翻弄するヘスペリアに目を向ける。
「(・・・・・・ていうか、怒るとあんな顔するんだ。かわいい・・・・・・)」
目を細くしてヘスペリアの起こり顔を思い出していると、カイネはハッと我に返る。
「・・・・・・・・・おいおいおい。何考えてんだ、僕・・・・・・」
「セルス。こっちはいいから、お前は自分の目の前のことに集中しろ!!」
「あっ、はい!!」
自分のやるべきことに集中しなければ、逆に仲間を危険にさらす。講義で習ってはいたものの、実戦で忘れずにいられるかというとそう簡単にはいかない。現にセルスは、クリスウォールで防ぐべきだったウロギートの攻撃を見落とし、ディステリアは黒い衝撃波に飛ばされてしまっていた。
「ぐあっ!!」
「ハハハハハハ!!使えない仲間がいると大変だな!!」
「黙れ!仲間は、使えるか使えないかじゃない!」
叫んだディステリアが空中で姿勢を整え、再び切りかかる。
「ほざいてろ!!」
天魔剣の攻撃を捌き、後ろに引いている左腕に黒い波動を溜める。放出させまいとセリュードが距離を詰めて槍を突き出すが、ウロギートは体を高速回転させてまとめて二人を弾き飛ばす。
「しまった。クリスウォール!!」
詠唱を終えてセルスが杖を向ける。弾き飛ばされたセリュードへ追撃に放った黒い衝撃波を、水晶の壁が阻む。
「ちっ!!」
さらにその後、切りかかったディステリアの攻撃を腕で防ぎいなす。隙を突いて蹴り上げ、追い討ちに二度蹴って三度目で強く蹴り飛ばす。構えていた両腕から黒い波動を放出するが、今度も水晶の壁に防がれる。
「サンキュー、セルス」
「ううん、ごめん」
起き上がったディステリアは、なぜセルスが謝ったのかわからなかった。さほど気にせず、再びウロギートに跳びかかる。
―※*※―
「世話が焼けるな。こっちはいつ、他を気にする余裕がなくなるかもしれないというのに」
「と言っても、こっちもすぐ終わる・・・・・・」
そうファーディアが視線を戻した次の瞬間、四分割されたスレイブドールは襲いかかってくる。四連続で繰り出される突進をかわし、着地したブリュンヒルドが声を上げる。
「ウソ、まだ動くの!?」
「まるで、水辺に生息する毒蛇ヒュドラだな」
「だったら、細切れにするだけだ!!」
飛び出したクーフーリンがゲイボルグを構えるが、スレイブドールは新たに生やした腕を伸ばして彼を捉える。
「しまった!」
だが、その押さえた腕を伸びた刀身が切り落とす。
「まったく、世話の焼ける」
「サンキュー、ファーディア!」
「新技試すから、巻き込まれないでよ!」
距離を詰めるクーフーリンにブリュンヒルドが声をかけ、左腕に装備した弓を展開し構える。空中のクーフーリンに向かっていくスレイブドールに、大きく引いたゲイボルグを突き出す。
「食らえ!!」
無数の矢が降り注ぎ、スレイブドールの体を穴だらけにする。千切れそうになっているためかスレイブドールの動きが鈍るが、そこに光を集めたブリュンヒルドが巨大な矢を生成して向ける。
「リヒティブラスト―――シュート!!!」
巨大な矢は光線となり、スレイブドールを飲み込み粉々に砕いた。残った欠片はわずかに動いたが、やがて糸が切れたように動きを止め、塵となって消滅した。
「さすがにここまで小さくされれば、動けないようだな」
「正直、助かった。あれでまだ襲ってきたら、倒すのに苦労したぜ」
ファーディアとジークフリートは軽口を叩いているが、敵に攻撃を許すほどの隙は作ってない。
「で、どうする?加勢するか?」
「いや、あれはセリュードたちの敵だ。俺たちは周りへの警戒」
「ついでに結界も壊そうか?」
そう言って校庭の端に目をやるブリュンヒルドに、クーフーリンもファーディアも特に反対はしない。その中でジークフリートは、周りの茂みを睨んでいた。
「ま、潜んでいる奴がさせないだろうが、な」
―※*※―
ディステリアは左右から繰り出される斬撃を捌き、隙を見つけて反撃するが、一撃目、二撃目、三撃目と全てかわされてしまった。
「―――ライジング・ルピナス!!」
光の力を込めた天魔剣を横薙ぎに振るが、ジャンプしたウロギートには当たらない。続いて立ち昇った光の柱も、空中で体をひねってかわされる。
「ランダムに生える光の柱・・・・・・大した威力のようだが、当たらなければどうということはない」
「わかってらぁ!!」
残った光の力を集め、踏み込んで天魔剣を振り続ける。しかし、すばやい身のこなしやジャンプでそれらはかわされ、逆に蹴りを食らってしまう。
「ぐっ!くっ・・・・・・」
「ザコを一度に相手しようと、分けて相手にしようと、さほど変わらない。回復などせずに、いっぺんに掛かって来い!」
後ろに下がるウロギートに、罠と警戒しつつディステリアは突っ込む。
「あいにく、俺はともかくリーダーはそんな安い挑発には―――」
右下に構えた天魔剣に、今度は闇の魔力を込める。
「―――乗らねえ!!」
体全体を使った斬撃は暗い紫色の軌跡を描き、天魔剣がウロギートの剣とぶつかる。
「ちっ・・・・・・だが、この程度・・・・・・」
押し返そうと剣を持つ腕に力を入れるが、その刃にひびが入り始めた。
「なっ!?」
騒然となった瞬間に砕けて、天魔剣がウロギートの体を真横に切りつけた。
「ぐぁっ・・・・・・」
後ろによろめき、血が噴き出したウロギートが見たのは、刀身から闇属性の魔力を放出する天魔剣。
「(なんだ、これは・・・・・・闇の・・・・・・刃・・・・・・?)」
その光景に、ディステリアもセリュードも目を見張る。
「(!?・・・・・・あの刃は・・・・・・あいつ、まさか・・・・・・)」
「くらええええええええええっ!!」
目を見開くウロギートに向けて、縦に思い切り振り下ろす。
「(―――まずい)」
すぐに逃げようとしたが、刃が振り下ろされるスピードのほうが速く、逃げ切る前にウロギートを両断・・・・・・
「調子に―――」
・・・・・・できなかった。
「乗るなああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なんだと・・・・・・うわっ!?」
「こ、このプレッシャーは・・・・・・」
吹き荒れる突風、迸る黒い魔力。その中心にいるウロギートは、全身をトゲの付いた青黒い装甲に身を包んでいた。肩から生える曲がった角は下を向き、腕の装甲にはいくつもの小さなトゲ、Sの字に似た形の角が背中に生え、足は三本の爪が生えた巨大生物のような形に変化している。
「こいつは・・・・・・アテナが見たっていう魔導変化ってやつか」
「じゃあ、お姉ちゃんに怪我を負わせた奴と同じ力・・・・・・」
杖を握る手に力が入るセルスに、ディステリアが呆れた視線を向ける。
「・・・・・・・・・あのよ。いい加減、アテナのことを『お姉ちゃん』と呼ぶのをやめないか?大きすぎる違和感に耐えられなくってきた」
「ちょ!そんなそっちの都合を押し付けられても・・・・・・」
先頭に位置するディステリアの注意が後ろに向いた時、変化したウロギートが黒い波動を放ちながら接近した。波動に当てられて体勢を崩したディステリアを殴り飛ばし、さらに追い討ちをかけようと距離を詰める。二本の曲がった爪が生えた右腕を振るが、その腕は割り込んだファーディアに受け止められた。
「!?あんた・・・・・・」
地面に落下したディステリアが呆けた声を出すと、ファーディアがクラドホルグを振りぬいてウロギートを弾き飛ばす。着地したところにジークフリートが飛びかかってグラムを振り下ろすが、片足を軸に体を回して振った右腕で弾く。
「ちっ!!」
刃に触れたもの全てを断ち切るグラムでも、刀身を横から弾かれたのでは何も切れない。だがすぐにグラムの刃を傾け、空中にいるまま振り下ろす。後ろに飛んでかわしたウロギートだったが、右肩から左脇腹にかけて浅いものの切り傷を受けた。
「(かわしきれなかった。さすがはジークフリートか・・・・・・)」
そこにブリュンヒルドが光の矢を連射。黒い波動で防ぐが、そこにクーフーリンが接近し、至近距離からゲイボルグを突き出す。
「ぐおおおおおおおおっ!?」
ゲイボルグから放たれた無数の矢がウロギートに直撃する。貫通させられず吹き飛ばしただけだったが、体に刺さってダメージは与えられたようだった。
「・・・・・・成長を促すために、他人の闘いに手を出さないんじゃなかったのか?」
「基本そうだが、状況が変わった」
立ち上がったセリュードに、厳しい表情でファーディアが答える。
「奴が魔導変化とやらを発動した以上、傍観を続けるほうがどうかしてる。お前らの成長を優先して倒されたら元も子もないからな」
それがファーディアら、『現在に転生した元英雄』に課せられた注文。極力手は出さないが、どうにもならない事態に陥ったら助けること。彼らから見ればセリュードたちは戦力としては心許なく、訓練を積んだもののまだ不安が残る。なら、最初からクーフーリンら『元英雄』だけで対応すればいいと思うだろうが、それで事足りればクトゥリアは素養がある者をスカウトなどしなかった。
「はっきり言って、今の奴の力は未知数だ。気を抜くなよ」
「あなたたち『元英雄』を押し返す相手に、気を抜くなんてことはできませんよ」
立ち上がり槍を構えるセリュードと天魔剣を構えるディステリアが左右に散る。時間差で攻撃を加える二人だが、黒い波動に阻まれた上に吹き飛ばされる。
「(攻め方は悪くない。わずかな間に、とりあえずは成長したな)」
だが、問題はある。まだ戦場の空気に慣れてないセルスは、呑まれて足がすくんでいる。気付いたブリュンヒルドが矢を連射しながら下がり、彼女の側に寄り添う。
「気をしっかり持って。援護すら無理なら、この空気に慣れることを考えて」
「は、はい・・・・・・」
顔色が悪いセルスを見て、ブリュンヒルドはクトゥリアらの不安が的中したと思った。今まで彼女が戦ってきたディゼアは、『怪物』に分類可能な容姿をしているし、実力もした。だが、目の前の敵ウロギートは人に近い姿で、それだけでも対人戦闘のイメージを与えてしまう。
「(その上、実力はかなり上。いくら実践を想定したところで、『戦場の空気』は本当の実戦でなきゃ感じられないものね)」
思考もそこそこに、ブリュンヒルドは目の前の戦況に集中する。グラムの切れ味を警戒するウロギートはジークフリートから距離を取り続け、逆にクーフーリンには接近していた。
「(こいつ!これじゃあ、ゲイボルグの力を発揮できねぇ)」
間合いの内側、すなわち槍の穂先の後ろに潜り込まれれば、槍を突くことができない。長物の弱点を突かれ思うようにゲイボルグを振れないクーフーリンに、挑発じみた攻撃を続ける。その程度のことで冷静さを失うクーフーリンではなかったが、逃れようとしてもそれを追って距離を詰めるため逃げられない。
「(くっ。これじゃあ、ろくな援護もできない)」
それはクラドホルグを振るに振れないファーディアも同じ。下手な攻撃をすれば接近されているクーフーリンに当たるし、彼に当たらないよう気を付ければ狙いか攻撃が甘くなりウロギートに避けられる。
「(少し無茶するか)」
ジークフリートに視線を送り、ファーディアが駆け出す。それを見たジークフリートはグラムを構えてウロギートに接近するが、すぐ切りかからずに走り抜ける。
その動きにウロギートの注意が向いた瞬間、クーフーリンが飛び退いた。
「(しまった!)」
先端を向けられるゲイボルグをいなし、距離を詰めようとするが上から振り下ろされたクラドホルグが間に割って入る。
「ちっ!!」
伸びていた刀身が地面を砕き、土煙が舞う。その中を突っ切ったジークフリートが切りかかるが、グラムの刀身は流される。その可能性は頭に入れていたので、それほど動揺せず真正面から追撃をかける。何度か切りつけ、いなされた所で離脱し、収まりかけた土煙をゲイボルグが発射する無数の矢が突き抜ける。