第62話 迎え撃つ敵三つ
「くらうがいい!!」
鈍い灰色の光を放つウロギートの剣の斬撃を、セリュードは槍の柄で防いでいたが、問題はそのウロギートが従えている増援だった。
「行くがいい!ディゼアビースト・スレイブドール!!」
間接部が丸見えになっている人形に酷似した黒い怪物が、セリュードの隙をついて攻撃してきていた。
「(これが、ホワンって子が言っていた怪物か。能力がはっきりしない以上、うかつに動けない・・・・・・)」
ウロギートの剣がセリュードの槍を弾き、そこにスレイブドールが腕を突き出す。
「(・・・・・・まずい)」
だがその攻撃を、クウァルの鉄拳が殴り飛ばす。
「あんたにしてはうかつじゃないか?」
着地してセリュードのほうを向くクウァルに、別の何者かが飛び掛った。二人は組み合ったまま、離れた場所まで校庭を転がる。
「クウァル!?」
その隙を突き、スレイブドールの腕がセリュードの腹に突き刺さった。その瞬間、ウロギートの口元がニヤリと歪む。
「くっ・・・・・・でやああっ!!」
突き出した槍の穂先が胴体を貫くが、スレイブドールは槍が抜けても何事もなかったかのように、ウロギートの近くに着地した。
「クククククク・・・・・・私の勝ちだ・・・・・・」
「決着はまだついていない。勝負の結果は最後までわからないものだ・・・・・・」
静かに槍を構えるセリュードだが、その瞬間に体に異変を感じた。
「(くっ・・・・・・なんだ・・・・・・体が・・・・・・?)」
体が痺れ、意識が朦朧とする。セリュードはすぐに、先程の一撃が関係していると悟った。そこに、校舎の穴から飛び出したディステリアとセルスが着地する。
「次は俺たちが相手だ」
自分の武器である天魔剣を構えるディステリアに、ウロギートは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「貴様・・・・・・何がおかしい・・・・・・!!」
「君の仲間が置かれている状況を、理解していないことが、だよ。君の仲間をよく見てるといい」
ディステリアが「何?」と敵を見据えていると、セルスはセリュードの異変に気付いた。
「セリュード?どうしたの!?」
急いで駆け寄るセルスに、ウロギートは「勝ったな」と思ったが、
「大丈夫?」
「ああ」
聞いてきたセルスに苦しそうに答えたセリュードを見て、ウロギートは目を見張った。
「何!?バ・・・・・・バカな・・・・・・」
「何が『バカな』なんだ!?」
ディステリアが放った天魔剣の一撃を自らの剣で防ぎ、「ぐっ」と苦虫を噛み潰したような表情になる。
「(バカな・・・・・・ディゼアビースト・スレイブドールの能力は『催眠液投与』。爪に仕込まれた液を投与された者は、その作用で脳内物質の分泌が抑えられ、意識が眠りかけた状態にあるはず・・・・・・)」
状況分析のため防戦一方のウロギートに、ディステリアは高速・連続で攻撃を仕掛ける。
「(こいつの力は未知数。ならば、全力を出していない今のうちに、けりをつける)」
一気にけりをつけるため、ディステリアは天魔剣に魔力を込める。だがその瞬間、ディステリアの右腕を激痛が襲った。
「・・・・・・ぐっ・・・・・・!?」
自分の剣を押す力が弱まったことに気付いたウロギートは、そのまま一気にディステリアを押し飛ばした。
「うわぁっ!!」
着地したディステリアに、「フン」とウロギートは余裕の笑みを浮かべた。
「(しまった・・・・・・せっかくのチャンスを・・・・・・)」
「どうやら・・・・・・貴様らには、スレイブドールの能力は効かないらしいな」
ディステリアの後ろには、セルスの回復魔法で傷を癒してもらったセリュードが臨戦態勢をとっていた。
「ホワンって子の証言からすると、そのスレイブドールって奴の能力は、他人を操る能力のようだな」
「正確には、スレイブドールの爪で皮膚を傷つけられ、そこから分泌される液を体内に取り込んだ者を、暗示にかけたものに近い状態で操る能力だ」
「そうか。だがいいのか?そんなことをばらせば、俺たちや軍に対策をとられるぜ?」
息が上がっているディステリアに、「ククククク」と笑う。
「対策をとられない方法が、一つだけある」
剣の柄を握り音が鳴ると、セリュードたちも武器を構える。
「貴様らを・・・・・・皆殺しにすることだ!!」
スレイブドールと共に一斉に襲いかかるウロギートを、セリュードたちも飛び出して迎え撃つ。
「リヒト・ランス!!」
「ファイアボール!!」
セリュードの光の槍とセルスの炎の弾がウロギートに向かっていくが、それを横から伸びた腕が庇う。身代わりになったスレイブドールの腕に当たるが、煙から飛び出したそれらは無傷。
「くっ。ならこいつで・・・・・・」
ディステリアが天魔剣に光属性の魔力を込めるが、込めれば込めるほどディステリアの右腕に焼け付くような痛みが走った。
「ぐうっ・・・・・・うおおおおぉぉぉぉっ!!」
痛みを堪えて振り下ろした剣が、スレイブドールを地面に叩きつける。何事もなかったかのように起き上がると、でたらめに腕を振ってディステリアたちを吹き飛ばす。
「ルミナスランス!!」
体を回して天魔剣を突き出し、先ほど放ちそこねた光の槍を打ち出す。腕を潜り抜け胴体に直撃した光の槍はスレイブドールの体に穴を開けるが、何事もないかのように暴れ続ける。
「ウソだろ!?」
「驚いてる暇はない。来るぞ!!」
セリュードの声が響くと、八本に増えた腕がディステリアたちに襲いかかる。その間にウロギートは離れた場所から様子を伺う。
「お前らごときが相手になるかな?」
「うわっ!」
スレイブドールが滅茶苦茶に振り下ろす腕が、ディステリアたちを吹き飛ばす。セリュードの槍で突こうが、セルスの魔術を食らわせようが、怯むことなく攻撃を続ける。
「どうやら・・・・・・ツキは私に味方しているらしい。貴様の仲間も、我が同胞が抑えてくれている」
溜め息をつくように呟くと、校舎玄関のガラス戸が開いて何かが飛び出す。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
続いて響く雄叫び。ウロギートとディステリアたちの注意がそちらに向き、気付かないかのようにスレイブドールが腕を振る。
「―――ゲイボルグ!!」
その腕を無数の矢が貫き、振り下ろす動作にすら耐えられなり自ら千切れる。
「なんだと・・・・・・!?」
ウロギートがそちらに目をやってやっと気付いたスレイブドールが顔を向けると、飛び出した影がその顔を思いきり蹴りつけた。
「クーフーリン、助かった」
その影の正体がすぐわかりセリュードが礼を言うが、言われたクーフーリンは腰を据えてゲイボルグを構える。
「そういうのは後だ。まずは目の前の敵を片づける!」
―※*※―
後からジークフリートとブリュンヒルドとファーディアも駆けつけ、こちらの様子を伺っているスレイブドールに身構える。
「どうした、来ないのか?」
挑発するクーフーリンに、スレイブドールは動かない。
「自ら動こうとしない。まるで、人形だな」
セリュードの感想を聞き、「(ちっ)」とウロギートは舌打ちした。
「(与えられた命令は性格・確実にこなすが、奏者の思考読み取らなければ動くことすらできない。スレイブドールの欠点がここで出るとは)」
歯軋りするウロギートに影がかかる。気付いて上に目をやると、背中に黒い翼が現れたディステリアが天魔剣を掲げていた。
「フォーリング・・・・・・アビス!」
技の名前を呟くと、そこから飛び出した羽が黒い流星群となって降り注ぐ。だが、ウロギートはその間を滑るように動いてかわす。その間、スレイブドールへ命令は出していなかった。
「ヴェント・ランス!!」
「アイシクルランサー!」
セリュードが突き出した風の槍をかわし、セルスが撃ち出した氷の槍をフットワークでかわす。
「もう一丁!フォーリング・アビス!」
かわした直後を狙って闇の力を集めた天魔剣を振り下ろす。狙いは悪くなくウロギートはかわせなかったが、代わりに受け止められる。
「くっ・・・・・・うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
構わず力で押し込み、徐々に天魔剣の刀身が迫る。ついに耐えられなくなったウロギートの右肩を切ったが傷は浅く、逆にディステリアが蹴り飛ばされる。その直後に闇の流星が降り注ぐが、土煙の中から出て来たウロギートのダメージは小さいようだった。そこにセリュードが飛び込むが、ウロギートの鋭い蹴り、拳に弾き飛ばされ、かざした手から放たれた衝撃波に吹き飛ばされる。
「うわあああああっ!?」
「くっ!!」
ウロギートの鋭い蹴り、拳に弾き飛ばされ、かざした手から放たれた衝撃波に吹き飛ばされる。踏み止まったもののダメージは小さくなく、ディステリアとセリュードは地面に倒れかける。
「ふん、鈍いな。その程度で我ら〈デモス・ゼルガンク〉を阻もうというのか?」
「ほざけよ・・・・・・」
「この程度で、諦めてたまるかよ・・・・・・」
「諦めない程度でひっくり返る実力差とでも?」
倒れないディステリアとセリュードにウロギートは呆れて溜め息をつき、空間に開いた穴から鈍く光る剣を抜いた。
「まあ、いくらザコでも試し切りくらいには使えるかな」
「ふん、ザコで上等」
不敵な笑みを浮かべ天魔剣を構える。彼らを回復させるために近づいていたセルスは杖を構えようとしたが、左腕を上げたセリュードがそれを止める。
「ここからは俺がやる。二人は下がっていてくれ・・・・・・」
その言葉に、「何!?」とディステリアが突っかかる。
「ディステリアはすぐには動けないし、セルスは魔術の詠唱スピードがまだまだ遅い。俺が戦ったほうが、こちらに分がある」
「てめぇ。それ本気で・・・・・・」
ディステリアがセリュードの襟元を掴もうとするが、体に痛みが走り「ぐっ」と呻く。
「ディステリア。無理しないで。今、傷を癒すから・・・・・・」
杖に魔力を収集させ、回復魔法の一種であるヒーリングをかける。ウロギートがセルスに剣を向けようとした時、一瞬で目の前に現れたセリュードが槍を振り、その一撃を剣で防ぐ。
「あの二人を傷つけた貴様を、俺は絶対に許さん!!」
「あっそ」
ウロギートはそっけなく言うと、そのまま二人は斬り合いになった。
「でやぁ!!」
槍を突き出して攻撃するが、ウロギートは剣を振ってそれを弾く。横から振り下ろし、反対側の柄を振るが、ことごとく剣で防がれる。
「やはり弱いな!」
「まだまだ!!」
それからも果敢に攻めるがセリュードの攻撃は無駄が多く、相手に決定打を与えられずにいた。
「何をそんなに怒ってるんだ。ハッ!!」
反撃で放つ斬撃を構えた槍で止める。足元を狙った剣をジャンプで避けるが、そこにウロギートが蹴りを放つ。宙返りで反動を逃がして着地したセリュードだが、それから向かって来たウロギートは剣を突いて攻め立てる。
「ほらほらほらほら!どうしたんだ!?その程度じゃ、同族の半妖精すら守れないぞ!」
「くっ!!」
挑発しながら攻め立てるウロギートに、セリュードは防戦一方となってしまっていた。
「・・・・・・セリュードの奴・・・・・・どういうつもりだ・・・・・・」
「まだ動かないで。まだ傷が・・・・・・」
だがセルスは、ディステリアの体が受けているダメージが気になった。
「(敵の攻撃は受けてないのに、炎症になったようにダメージを受けている。力は扱え出したはずなのに、どういうこと・・・・・・?)」
ディステリアが風邪を引いた翌日。何度か訓練を行う内に光属性と闇属性の力を使ってもあまりダメージを受けなくなっていた。クトゥリアが言うには完全に使えるようになったとは言えないが、少なくともライジング・ルピナスとフォーリング・アビスに関して反動はなくなったらしい。
「(あれ?ルミナスランスは?)」
あれにも反動はない。ライジング・ルピナスとフォーリング・アビスを反動なしで使えるようになった影響かと思った。
「セルス・・・・・・」
「ん?」
「回復魔術の光が消えかけてるけど?」
怪訝そうな顔のセルスの集中力が途切れた瞬間、ヒーリングの光が消えていた。ディステリアに言われて、自身の集中力が途切れかけていることに気付いた。
「ああっ、ごめん!」
慌てて謝ると、再び術をかけて傷を治す。
「(それにさっきの天魔剣を包んでいた闇の力。フォーリング・アビスって、あんな技だっけ?)」
今まで見ていた中、あのように闇の刃を形成したことはなかった。反動が出なくなったはずの闇属性の力で再び反動を受けるようになったことを考えると。
「(もしかして・・・・・・)」
ある可能性が思い当たるが、治療を途切れさせないように集中する為、一端頭の隅に追いやる。
ヒーリングの光が消えると同時にディステリアが瞬時に飛び出した。
「えっ!?ちょ・・・・・・ディス・・・・・・」
呼び止めようとしたセルスはすぐそれをやめる。目の前のセリュードはウロギートの剣で自身の槍を飛ばされ、そこに蹴りをくらって地面に落とされていた。
「ぐっ・・・・・・」
体を起こそうとした瞬間、ウロギートは剣を突き出そうとする。だが剣が突き出された瞬間、間に割って入ったディステリアが、天魔剣でウロギートの剣先を受け止めた。
「・・・・・・ディス?」
攻撃を受け止めたディステリアは思い切り天魔剣を振り、ウロギートの剣を弾く。手合わせの際にクウァルが見せる深い踏み込み。それを自分なりにアレンジしてウロギートの懐に飛び込み、思い切り振り下ろす。天魔剣は地面を砕いたが、回避したウロギートは後ろに着地した。天魔剣を引いて立ち上がったディステリアは、セリュードに近づくと彼を後ろに蹴り飛ばした。
「うがっ!?」
「ちょ!!」
地面に叩きつけられたセリュードが悲鳴を上げ、セルスが声を出す。
「何するんだ!?」
「あんたらしくないな。ここまで直線的な戦いをするなんて・・・・・・」
「ぐっ・・・・・・」
痛いところを突かれて言葉を濁すと、飛ばされた槍を受け止めて、セリュードに駆け寄ったセルスがヒーリングをかけた。
「ディステリアの言うとおりですよ。どうしたんですか、本当に?」
黙り込むセリュードの前で、ウロギートとディステリアの剣がぶつかり合う。
「あの妖精の血を引く姉妹・・・・・・あの二人と友達を苦しめたあいつが・・・・・・許せなくて、な」
「ぐっ!くそっ・・・・・・」
一瞬、目を見張ったが、ディステリアが地面に着地した瞬間、崩れるように両膝を突いた彼を見て、もはや動くことすらできないと確信し、トドメを刺すべく突っ込む。だが、それを察知したセリュードが割って入り、ウロギートの攻撃を槍の柄で受け止める。
「死に損ないを庇って、どうするつもりだ?」
「仲間を助けるのは、同じチームとして当然のことだ!!」
「ハッ」
槍を弾いて笑うと、セリュードから離れて距離をとった。
「仲間、だと?笑わせる。強い力を持ってる奴に嫉妬感を覚えるくせに、よくそんな偉そうなことが言えるな」
「こっちのセリフだ。『この世界を修正する』とか偉そうなことを言っておきながら、やってることは罪のない人々を苦しめることか・・・・・・」
「クックック、罪もない・・・・・・だと?」
ディステリアの文句を聞くと、ウロギートはうつむきながら笑った。
「・・・・・・恥ずべき無知だ・・・・・・!」
その瞬間、ウロギートが出す殺気が膨れ上がった。
「(奴のまとう空気が変わった・・・・・・本気を出したってことか)」
セリュードは額から汗が流れ、槍を握る両手に無意識の内に力が入る。
―※*※―
「おりゃああああああっ!!」
横薙ぎに振ったゲイボルグがスレイブドールの胴体を打つ。バランスを崩したところにすかさずゲイボルグを突き出し、その腹に穴を開けた。だが傷口から生えたいくつもの手がゲイボルグを掴み、固定する。
「ちっ、動けない・・・・・・と焦ると思ったか?」
対するクーフーリンは笑みを浮かべていた。まず、内に眠る神としての力を腕にのみ解放し、力任せにゲイボルグを引く。だが引き抜かず、穂先が体に差し掛かるほどまで戻す。
「まさか・・・・・・」
その先の行動を読んで、ファーディアは苦い顔をする。クーフーリンがゲイボルグを握る手に力を入れると、穂先から飛び出した無数の矢がスレイブドールを貫いた。
「っ!?っ!?っ!?っ!?」
「見たか!!」
そこでやっとゲイボルグを引き抜き、貫いていた胴体にさらに大きな穴を開ける。
「えげつない・・・・・・」
「いやそうは言っても。俺たち、生き残るための手立てをしているだけだぜ」
地面に降り立ったクーフーリンの言葉に、ファーディアたちは納得せざるを得ない。と言うより、抵抗なく納得する。身構えた彼らに、腹に穴を開けたスレイブドールが襲いかかる。
「風穴開けられてもまだ来るのかよ!」
「まったく!連中はどういう悪趣味をしてるのかしらね!!」
声を上げながらファーディアは脇に飛び、ブリュンヒルドは片膝を下ろして構えた左腕の弓を連射する。複数の小さな矢はスレイブドールの体を貫通し、千切れた足が折れてバランスを崩したところにジークフリートがグラムを振り下ろし、一刀両断にする。だが、両断されたにも関わらずスレイブドールは動き、左右から襲いかかる。ブリュンヒルドを守るべく、慌ててセルスがクリスウォールを使おうとした瞬間、
「俺を忘れるな!クラドホルグ!!」
刀身が伸びた剣の一撃が、二つのスレイブドールの体をさらに切った。