第61話 一瞬の勝負
「バカな!ジークフリートが倒したファーブニルとは訳が違うんだ!バカなことは考えるな!」
セリュードが叫ぶが、その事例を三人は知らない。呪いの財宝を独り占めにしてドラゴンとなった小人ファーブニル。それを退治したジークフリートはその血を浴びて不死となったが、それと妖精を一緒にされたらたまらない。第一、半妖精のセリュードの血に不死の作用は愚か治癒に関する効能はない。
「だから、落ち着け・・・・・・武器を置くんだ・・・・・・」
「やだ、信じられない・・・・・・あなたたちが無事なのは、妖精の力が使えるからなんでしょ?」
セリュードはそうだが、ディステリアとクウァルとセルスは違う。だが、精神的に追い詰められ冷静な判断ができないホワンを納得させるのは難しく、力で抑えるしかなかった。
「結局あんたも、自分が大事って訳・・・・・・?」
「そうじゃない!・・・・・・そうじゃないけど・・・・・・私・・・・・・」
フェルミナに厳しく言われ混乱してきたホワンが、両手で祈るようにして短剣の柄を額に当て、涙を流す。
「死にたくない。でも、あなたたちを殺したくない。どうしたら・・・・・・いいの・・・・・・」
セリュードが後ろに回した指で合図を送り、ディステリアが気付かれないようにゆっくりと動く。だが、どこかから細い針のような物が飛んできて、回り込もうとしているディステリアの足元で小さな金属音を響かせた。
「うわっ!なんだ!?」
それに気付いたホワンが、「動くな」と短剣を向けた。
「ちっ、ディスの野郎。何、失敗やらかしてるんだ」
クウァルが歯軋りをする。ディステリアをちら見して、再びホワンのほうを向く。しかしセリュードは、ディステリアの足元で音を立てた針を見ていた。
「(なぜ、あのような場所に針が?誰かが飛ばした?それなら誰が?)」
セリュードが、顔をほとんど動かさずに周りを見る。すると、天井に張り付いている、怪しい黒い物体を見つけた。その物体は、背中についている一つ目で、ぎょろりとホワンを見つめている。
「(・・・・・・監視してるって訳か・・・・・・)」
セリュードは両手を後ろで合わせ、そこに魔力を集中させる。
「(魔力探知能力を持っている可能性もあるが・・・・・・それを探る手も探る時間もない・・・・・・)」
ほんのわずか顔を動かし、セルスとクウァルに視線を送る。
「(やることはわかってるな)」
「(当然)」
「(俺はディステリアと違う)」
「(おい。その顔は、俺をどう思ってるかわかるぞ)」
クウァルの表情から見下されたと思ったディステリアが、眉を寄せて睨み付ける。だが、すぐ思考を切り替えて、目の前のやるべきことに集中する。
「(どう動くにしたって、まずは監視用のあいつか)」
真っ直ぐ黒い物体を見据え、セリュードは賭けに出ることにした。だが、そちらに集中していた注意は、一人の動きで途切れる。そのせいで動き損ねたセリュードたちの意識が向かった先。シェルミナはゆっくりと立ち上がると、ホワンのほうに近づいた。
「なっ、なんのつもり・・・・・・」
だが、シェルミナは答えない。止めようとするフェルミナを押しやり、ホワンに近づいていく。
「こ・・・・・・来ないで・・・・・・お願い・・・・・・」
泣きそうな表情で懇願するが、シェルミナは歩みを止めようとしない。ホワンは少しずつ、後ろに下がっていく。
「・・・・・・お願い・・・・・・近づいたら・・・・・・刺してしまうかも・・・・・・」
「いいよ。私を・・・・・・刺して、ホワン」
思わぬ言葉に全員が驚き、「シェルミナ!!」とフェルミナが叫ぶ。
「妖精の力があれば、生き残れるんでしょ?」
「だからって・・・・・・バカな真似はよせ」
低い声で唸り、セリュードは機会を伺う。室内の様子を見張っている黒い物体に集中し、押さえるタイミングを伺っている。
「(こんな切羽詰った状況は始めてだが、勝負が一瞬なのは変わらない。タイミングを逃すな・・・・・・)」
ただでさえ疲れているのに、まだ集中しなければならない。正直辛かったが、これから起こるであろう悲劇を止めるにはそうも言っていられない。ディステリアが視線を向けるが、考えていることが完全に伝わりはしない。代わりに、近くのクウァルと視線が合う。
「(俺とクウァルが二人を押さえる)」
「(合わせろよ)」
問題は邪魔が入らないか。見張っている黒い物体はディステリアの邪魔をしたことから、まず〈デモス・ゼルガンク〉の同類。そちらはセリュードが押さえようとしている。次の問題フェルミナほうだが、妹の行動に動揺して動けないようなのであまり気にする必要はない。と言っても、何をしでかすかわからないので注意くらいは向けるべき。むしろ問題すべきなのはシェルミナ。
「(これ以上早まるなよ)」
その早まった行動が〈デモス・ゼルガンク〉の狙いだという可能性が大きい。パルティオンでクウァルが聞いた『愚かなままで逝ってもらいたい』という言葉から察するに、連中は何か過ちを犯させて殺すことを望んでいるようだ。どういう意図があるかセリュードたちは知らないが、敵の思惑はできる限り潰すようクトゥリアからは言われていた。
「(とは言え・・・・・・)」
それができるのか。今のこの状況は、セリュードを試しているようにも感じられる。
「(運命を操る神がいるのなら、こうした状況も回避して欲しいものだ)」
もっともそれを言ったところで、色々言われて言い包められるだろう。
「やめて・・・・・・近寄らないで・・・・・・」
後ずさりを続けるホワンの足が、テーブル近くの椅子に当たる。シェルミナは近づいて、彼女が持っている短剣に手を添えた。
「・・・・・・私・・・・・・死ぬのは怖いけど・・・・・・もっと怖いのは・・・・・・」
手を握ったシェルミナの両腕が震えだし、涙が流れる。
「大切な友達が・・・・・・傷つくこと・・・・・・」
「!?・・・・・・私・・・・・・私は・・・・・・」
「だから・・・・・・私の分まで・・・・・・」
目を見張るホワンの短剣の刃先を自分の喉に向け、一気に突き刺そうとする。
「私を力で・・・・・・生き残って・・・・・・」
「やめて!!」
とホワンが叫ぼうとした瞬間、真っ先にセリュードが動き、ほんのわずかな一瞬の後にディステリアとクウァルが動いた。
「(うまくいけよ・・・・・・!!)」
飛び上がったディステリアは上から、床を蹴ったクウァルは下から手を伸ばし、セリュードの手は黒い物体の目玉に迫った。
―※*※―
暗闇に包まれたモニター室。その中で一人、画像を見ているウロギートがいた。
「あの小娘には、『ディゼアビースト・スレイブドール』の姿と能力を見せている。もうそろそろ精神的に追い詰められてくるはずだ」
画像に映っているのは、追い詰められた表情で短剣を持っているホワンと、彼女の手を握っているシェルミナ。何もできずに部屋の入り口で傍観しているだけのセリュードたちは、大した脅威と認識していない。
「(・・・・・・クククククク・・・・・・そうだ、苦しめ。苦しんで、苦しんで、苦しんだ末に友を殺め、『自責の念』に苦しめられるがいい・・・・・・)」
口元をニヤリと歪ませ、不気味な笑みを浮かべる。
「(後悔と自らへの憎しみを抱いて自らの命を絶てば、我が同胞に加えられる・・・・・・)」
画面の端でディステリアが、シェルミナとフェルミナのいる所に移動しようとしているのが目に入る。
「(回り込むつもりか・・・・・・?こしゃくな)」
指をすばやく動かすと、黒い物体に針が生え、ディステリアの足元に飛ばした。針は床に刺さらず彼の足元に散乱したが、狙い通り音を立てたらしく、ホワンがセリュードたちのほうに短剣を向けた。
「邪魔はさせんぞ。そろそろ、こいつの精神は限界のはず・・・・・・」
そう言っている間に、近づいたシェルミナがホワンの手に自分の手を添え、喉を突き刺そうとする。飛び出したディステリアがシェルミナを突き飛ばし、代わりにホワンに胸を刺される。
「これは・・・・・・」
ウロギートは思わずイスから立ち上がる。まさか、邪魔者である〈ブレイティア〉のメンバーが代わりに刺されるとは。
「幻獣の血を秘めているとはいえ、本質は人間。刺された場所次第では即死もありえる」
ウロギートにとってはうれしい誤算。胸を刺されたディステリアは崩れ落ち、血相を変えて駆け寄ったセルスが治癒術をかけたが、血まみれのディステリアは動かない。
「どうやら、急所だったようだな」
術をかけるのをやめうな垂れるセルスを見て、クウァルは唖然とする。その後、ホワンは絶望に満ちた表情で反対側の壁にもたれ、詰め寄ったフェルミナに血まみれの短剣を突き刺した。胸を貫かれて床に倒れるフェルミナを見て、ホワンは錯乱状態に陥り、発作的に自分の胸を剣で貫いた。姉と親友の子を目の当たりにして、シェルミナは呆然とした表情で座り込んだ。
「これは・・・・・・!」
クウァルがシェルミナの体を揺さぶるが、なんの反応を返さない彼女に顔をうつむける。ハッとしたように顔を上げ、監視カメラのほうを見ると、怒りに満ちた顔で拳を振り上げ、カメラを破壊した。映らなくなった画面を見てウロギートは立ち尽くしていたが、やがて顔を歪めて笑みを浮かべた。
「・・・・・・ク・・・・・・ククク・・・・・・クハハハハハハハハ!!」
誰もいないモニター室に響く笑い声。天井を仰ぎ、顔に手を当て、しばらくウロギートは笑い続けた。
「これは傑作だ。これほど早く自責の念に追い詰められるとは!!これなら今すぐにでも、最高のディゼア兵を作り出せる・・・・・・」
笑いながらモニター室のドアを開け、廊下を歩いていく。
「外の元英雄どもも、そろそろ結界を発生する装置に気付く頃だろう。潮時だな」
怪物の姿に変化させているとは言え、中身は戦闘技術を知らない一般人。殺せないとはいえ、戦い慣れた英雄たちの手にかかれば、制圧されるのは当然。そんなことを考えながら、自分が担任をする教室に辿り着く。
「その前に仕上げと行こう。人間のディゼア化。思考を失ったビーストにすらできなかったが、今回得たデータを生かせば・・・・・・わざわざ〈負の感情〉を結晶化しなくても兵士を造り出すことができる」
教室に入り、縛って魔方陣に入れてある生徒に近づく。生徒たちは意識を失っているため逃げることもできない。笑みを浮かべたウロギートが近づく。
「さて。最後にも役立ってもらおう。こちらが退くまでの時間稼ぎぐらいには、な」
その時、突然後ろのドアが開く。目を見張って後ろを振り向くと、そこには。
「ずいぶんと驚いてますね・・・・・・先生・・・・・・」
驚愕に目を見開くウロギートの前には、シェルミナ、フェルミナ、ホワンの三人が立っていた。
―※*※―
追い詰められた状況の中。シェルミナが自ら喉に剣を突き刺そうとした瞬間に起きたことは全て、一瞬の出来事だった。セリュードは黒い物体に左腕を向け、クウァルの拳がシェルミナの腕を直撃し、短剣を叩き落とす。その衝撃で、短剣が落ちると同時にシェルミナの体も床に倒れた。
「アホか、お前は!!友達が傷付くのが怖いなら、一生分のトラウマになるようなことしてんじゃねぇよ!!」
起き上がりながら、「で、でも!」と叫ぶ。
「でもでもだってでもない。お前が死んで解決なんてするはずがねえ!!」
「そのとおりだ」
黙ってクウァルを見つめるシェルミナに、謎の黒い物体を掴んだセリュードが呟く。
「お前を親友に手をかけさせる。それが敵の狙いだったようだ・・・・・・」
「それってどういう・・・・・・」
フェルミナが聞きかけたが、「その前に」とセリュードに割り込まれた。
「みんな。少しばかり協力してくれ」
―※*※―
「ば・・・・・・バカな。お前らは確かに、命を絶たれたはず・・・・・・」
唖然とした表情をしていると、三人の後ろから人影が現れた。
「それは俺が魔法で見せた幻影。残念だったな」
得意げなセリュードの言葉にウロギートは目を見張る。彼の手には、監視用にはなった人工使い魔が握られていた。「バカな!?この結界空間の中では、全ての魔術は効力を弱める。幻術など効果すら発揮できないはずだ」
「だが、現にあんたはホワンがディステリアを刺し、自分も命を絶ったと思い込んでいた」
自分が見た映像と同じことを言われ、ウロギートは後ずさりした。
「あれは俺が見せた幻だ。城勤めしている時に見たミステリー小説の展開を真似て作ったんだ。どうだ、リアルだっただろ?」
「そんな映像だったんですか?というか、俺刺されたの!?」
自分を指差してディステリアが驚きの声を上げる。その横に立っているクウァルは、難しい顔をしている。
「似たような展開の小説、俺も読みましたが・・・・・・別段、面白いとも思いませんでしたよ」
「いや。あのシリーズは全部読むべきだよ」
「そうかな。私はあんまり好きじゃないけど・・・・・・」
小説を進めるセリュードに対し、セルスは複雑な表情をしている。そんな彼らを見て、フェルミナは内心呆れていた。
「(大丈夫か、こいつら・・・・・・)」
会話もそこそこにセリュード達がウロギートのほうを向くと、前に出たシェルミナが聞く。
「・・・・・・先生。どうして」
「う・・・・・・くっ・・・・・・ふっ・・・・・・」
左手を顔に当てると、その下で不気味な笑みを浮かべ、「クックックックックッ」と笑う。
「誤魔化すのは完全に不可能なようだ。仕方ない・・・・・・」
静かにそう呟くと、後ろに隠していた右腕を振った。
「我が直接、手を下す!!」
素早く抜いた剣を振るが、直前で飛び出したセリュードが槍で受け止めた。
「場所を変えようじゃないか」
「・・・・・・いいだろう。我が計画を邪魔したこと、後悔させてやろう」
その後、ウロギートは教室の壁を突き破り、それを追うセリュードも目にも止まらぬスピードで教室を駆け抜け、壁に開いた穴から外に飛び出した。
「おいおい。この壁の穴、どうするつもりだよ・・・・・・」
呆れながら壁の穴から外を見ると、ウロギートの繰り出す攻撃にセリュードが苦戦していた。
「あの野郎・・・・・・セリュードだけに任せておけない。俺も加勢するぞ!!」
勢いよく飛び出すクウァルの後に、「俺も行くぞ!!」と飛び出した。
「じゃあ、私も行くね。シェルミナちゃん、フェルミナちゃん、ホワンちゃん。もう、大丈夫だよね?」
「はい・・・・・・」
三人が頷くと、セルスは笑顔になって穴から飛び出して戦いに加わった。そこに、ウロギートにより催眠状態に陥った学校の生徒たちが群れでやって来た。縛られて魔方陣に捕らえられていた生徒も、虚ろな表情をして操り人形のように立ち上がる。
「・・・・・・みんな・・・・・・」
襲いかかってくるとはいえ、こちらから攻撃することはできない。シェルミナとフェルミナは、ホワンを挟むように背中を合わせた。