第7話 血塗られた魔獣は
旅を続けるディステリアとクトゥリアは、とある村に差しかかっていた。
「ディステリア、用心しとけよ」
「?どうしてだよ・・・・・・」
村に入ったところで口を開いたクトゥリアの言葉に、ディステリアは首を傾げた。
「ヘッドリー村。ここに現れる悪戯好きな妖精と言ったら、ヘッドリー・コウだな・・・・・・一日で考え付く限りをしてはゲラゲラ笑い楽しんでいる、悪戯好きの獣型妖精。いわゆるボギー・ビーストって奴だよ」
「ふーん・・・・・・ところで・・・・・・何か臭わないか?」
「そういえば・・・・・・血生臭いな・・・・・・」
クトゥリアが鼻を動かす。その時、クワや槍を持った村人たちが、鬼気迫る表情で駆け抜けていた。
「・・・・・・何かあったのか?」
「行くか」
目配せすると、ディステリアとクトゥリアは村人の後を追った。次第に血生臭さが強くなり、やがて一軒の小屋に辿りつくとそこの光景に目を見張った。血が辺りに飛び散り、肉片が散らばるむごたらしい光景。クトゥリアは平気なようだったが、ディステリアは軽いめまいがした。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ・・・・・・というか、なんであんたは平気なんだ・・・・・・」
「こういう光景は、今までも見てきた。それも嫌ほどな・・・・・・」
ディステリアが言葉を失っていると、「これは何事だ」とガラガラ声が聞こえて来た。振り向くとあごひげをたっぷりと蓄えた年季の入った老人が、これまた鬼気迫る表情で歩いて来ていた。
「村長、またです。また家畜が襲われました・・・・・・」
「家の住民は外出していて無事だったようです。しかし、村長・・・・・・」
「これでもう9件目。もう悠長なことは言ってられない・・・・・・」
真剣な表情の村人たちに、「ちょっとよろしいですか?」とクトゥリアが話しかけた。
「なんだ、お前らは?」
「・・・・・・私たちは見ての通り、旅の者です。もし差し支えなければ、何が起こってるか話してくれませんか?」
「話したところで、あんたらに何かできるのか?」と、村人が疑う。
「それは、話の内容にもよります。よろしいですか?」
「いいだろう」
老人が言った時、こちらに走ってくる足音に気付く。カワウソらしき小動物を抱えた少女が、息を切らして立ち止まる。それを見た村人たちの表情が厳しくなったことに、ディステリアは疑問を感じた。その中で一層厳しい顔の老人が、少女に聞く。
「・・・・・・何しにきた」
「家畜がまた・・・・・・襲われたと聞いて・・・・・・」
「見てみるか・・・・・・またむごたらしいものだ・・・・・・」
少女がゴクッ、と唾を飲んで小屋に入ると、血生臭い臭いが鼻を突いた。小屋の光景に目を見張り、後ろによろめく。
「誰が犯人かもうわかってるはずだ。それでもお前は、目を背け続けるのか!?」
老人の言葉に答えず走り出した少女に、村人たちは冷たい視線を送っていた。
「あの子がどうかしたのですか?」
「あの子供ではない。問題は、娘が抱えている化けカワウソ・・・・・・ドラッゴーだ」
ディステリアはその名に聞き覚えがあった。別名ダウルフー。人間を初めとするあらゆる生き物に襲いかかり、仕留めると即座に食らう。確か自分たち騎士団のリストには、魔獣と記されていたはずだ。その時、ディステリアの脳裏にある仮説が浮かぶ。
「・・・・・・この事件は、全てあのドラッゴーの仕業と?」
「お話が早い。私たちの村では、もう何回も家畜や村人が襲われ、食い殺されています。私たちもなんとか退治しようと思っているのですが・・・・・・」
「お話はわかりました。しかし・・・・・・飼い主がいる限り、現行犯でないと退治できないんですよ。それに時間をかけた調査も必要・・・・・・」
「そんな悠長なことを言ってる時間は、我々にはないんです。お願いします・・・・・・」
村長の懇願に、「・・・・・・わかりました」とクトゥリアが呟く。
「ただし、先ほども言ったように現行犯でないと退治できません。あの少女に付かせてもらいます。いいですね」
「わかりました」と老人は即座に承諾した。
―※*※―
「あの老人・・・・・・ドラッゴーの飼い主の少女の親だな・・」
「お前でもわかるか」
意外そうに目を丸くしたクトゥリアに、「バカにするな」とディステリアが言い返す。
「俺だってそのくらい・・・・・・」
その時、誰かが土の上に倒れるような音が聞こえた。音のほうを見ると、先ほどの少女が大勢の子供に囲まれていた。
「今日もまた家畜が殺された。お前のせいだぞ」
「お前、村長の娘のくせして疫病神を庇うのかよ」
「まだこの子の仕業と決まったわけじゃ・・・・・・」
ドラッゴーを庇う少女を、「うるさい」と子供の一人が蹴りつける。木陰の草の上に倒れた少女を、子供たちはそのまま袋叩きにする。
「あのガキども・・・・・・」
ディステリアがその光景に怒りを覚えていると、子供の一人が石を掴み上げた。
「村を襲う魔獣は、俺が退治してやるよ」
少女がドラッゴーを庇うように体を屈める。掲げた石が振り下ろされようとした時、その腕をディステリアが掴んだ。
「なんだ、お前・・・・・・」
「こんな物で叩いたら人が死ぬことぐらい、わからないのか!!」
石を取り上げて子供を押し飛ばすと、ディステリアが怒鳴る。
「お・・・・・・お前には関係ないだろ。そいつは村を襲い怪物なんだぞ!」
ディステリアが反論しようとした時、「東洋にこんな言葉がある」とクトゥリアの声がする。彼はいつの間にか、子供立ちの後ろに腕組みをして立っていた。
「・・・・・・『君子危うきに近寄らず』。君子は自分の身を大切にして、危ないことには近寄らない、という意味だよ」
「危ないことに近寄らないで、どうやって村への脅威を追い払うんだよ!」
「じゃあこれは?『触らぬ神に祟りなし』。初めから関わりを持たなければ、災いを受ける恐れはない・・・・・・」
「どういうことだよ!」
子供が怒鳴ると「頭の悪いガキだな」とクトゥリアが睨み、その迫力に子供たちが怯む。
「・・・・・・相手にちょっかいを出して怪我をしても、一言の文句も言えないんだよ。その覚悟があるなら止めはしない。死にそうになったら止めてやる・・・・・・」
「お・・・・・・覚えてろよ」
あまりの迫力に捨て台詞を残し、子供たちは逃げて行った。クトゥリアが放っていた迫力、というより本当に殺しかねない殺気を感じた。
「さて・・・・・・」
殺気を消したクトゥリアは少女のほうに目を向ける。
「また会ったね」
クトゥリアの言葉に首を傾げた少女だが、すぐにさっきのことを思い出す。
「あんたたち・・・・・・さっきの・・・・・・」
「そ。そのドラッゴーの退治を依頼されて・・・・・・」
それを聞いた途端、少女は全速力でその場から走り去る。
「・・・・・・そんなこと言われたら、逃げるのは当たり前だろ・・・・・・」
「まあ、そうだな」とディステリアに返す。
「だが、話を聞かなければ始まらない。追うぞ」
クトゥリアは少女を追いかけて行ったが、ディステリアは戸惑ってすぐには動けなかった。実力はあるが、いつもどこかふざけている。そんな面しか知らないゆえの違和感に対応しきれていなかった。
―※*※―
「待てよ!俺たちはお前の敵じゃない!」
「あんたたちのことは知ってるわ。村長たちにこの子を退治するよう頼まれたんでしょう!」
「頼まれたことは頼まれたが、まだ退治するとは決まってない」
クトゥリアの言葉に立ち止まり、「どういうこと?」と疑いの眼差しを向ける。
「一連の事件が本当にそいつの仕業か、調査している」
「いや、こいつの仕業だろ」と言ったディステリアの足を、即座に踏みつける。
「それを知るためには、当時の状況を知る必要がある。信じる必要はないが、話してくれないか・・・・・・?」
クトゥリアの真剣さが伝わったのか、「・・・・・・わかったわ」と少女は応じてくれた。
「まず、最初に事件が起きた時のことを教えてくれないか・・・・・・?」
「最初の事件が起きた時、私と一緒にいなかったから真っ先に疑われて・・・・・・」
「その時、事件が起きてからどれくらいでそいつにあった?」
「・・・・・・ほんの・・・・・・二、三分だったと思う。草むらから出てきて、すぐ抱き上げた・・・・・・」
「抱き上げた?その時、体はどうだった?」
「どうだった・・・・・・って?」
「たとえば、濡れていたとか・・・・・・」
「そんなことなかったよ。何かに濡れてるどころか、血なんて一滴も付いていなかった・・・・・・」
「本当だな・・・・・・?」とディステリアが確認すると、疑うのかとでも言うように少女が睨み返す。
「クトゥリア・・・・・・・」
「ああ・・・・・・こいつは・・・・・・」
そこに、村人の一人がやってきた。
「・・・・・・明日、そいつを処刑することが決まった・・・・・・・」
「処刑!?・・・・・・どうして!まだ、この子の仕業とも決まってないでしょ!」
「なら、誰の仕業だと言うんだ!!」
叫んだ村人の大声に少女が体を震わせると、腕の中のドラッゴーが威嚇する。
「俺たちに任せるんじゃなかったのか・・・・・・?」
「見たところ旅の途中のようだし、あんたらの手を煩わせる訳には行かないと、村長の配慮だ」
「(半ば余計だけど・・・・・・)」とディステリアは思ったが、口には出さなかった。
「とりあえず、明日は覚悟して置け。明日で、その化け物とはおさらばだ・・・・・・」
それだけ言うと、村人はさっさと去って行く。
「・・・・・・処刑なんて・・・・・・させない」
そう呟くと、少女は足早に去って行く。残された二人は、納得できない表情をしている。
「日が暮れてきた。今日は宿で休もう」
「ちぇ・・・・・・結局、手がかりらしい手がかりは見つからなかったな・・・・・・」
舌打ちするディステリアに、「いや、そうでもない・・・・・・」とクトゥリアが呟く。
「どういうことだよ・・・・・・?」
「さあな。知りたければ、明日に備えて寝ればいい」
そういうと、クトゥリアも歩いて行った。
―※*※―
翌日。ディステリアが目を覚ますと、村人たちが騒いでいた。
「村長の娘がいなくなったぞ」
「まさか、あいつに・・・・・・」
「どうかしたのか?」とディステリアが聞くと、「ああ、あんたか」と村人の一人が答えた。
「村の娘が一人、いなくなった。あの化けカワウソに食われたのかも知れん・・・・・・」
村人の言葉に、ディステリアの表情が厳しくなる。
「・・・・・・血が残っていたのか・・・・・・?」
「いや・・・・・・部屋の中に血はなかった。食らったとして、別の場所で食らってると思う・・・・・・」
「そういえば、あんたの連れもいなくなってるな・・・・・・」
言われてみれば、クトゥリアの姿を見かけない。まあ、クトゥリアに限ってやられるなんてことは・・・・・・。
「う~む・・・・・・」
百パーセントありえないと言い切れないため、ディステリアは唸るしかなかった。
「とにかく探そう。殺されたにしろ、まだ無事にしろ、まずは見つけてからだ」
「言われなくてもそのつもりだ」と村人が答える。それから手分けをして探したが、夕方になっても見つからなかった。
「・・・・・・肉辺どころか、染みの一つも見つからない・・・・・・」
「川に運んだとしても、川原に少しは残ってるはずだが・・・・・・」
その時、「お~い、いたぞ~!」と村人の声がした。
「娘か!?化けカワウソか!?」
「そ・・・・・・それが・・・・・・」
村人たちと共にディステリアが駆けつけると、そこには武器を持った村人に囲まれたクトゥリアがいた。
「・・・・・・何やってんの、あんた」
半ば呆れたような顔で、ディステリアが聞いた。
「いや・・・・・・あの子がドラッゴーを逃がしたいって言うから、保護者として同伴しただけさ」
「逃がしたい・・・・・・!?バカなこと言うな、あれを野放しにしたら、別の村が犠牲になる!あんたもなんで止めなかった!!」
「止める理由がどこにある?」
そ知らぬ顔で聞いたクトゥリアに、「何!?」と村人が驚く。
「あのドラッゴーは、あの子を親だと思ってる。殺すとは思えん・・・・・・」
「だが、現に村の家畜は食い殺されている。凶暴な化けカワウソ以外に誰が・・・・・・」
その時、村人たちがざわざわとざわめく。村人とディステリアが後ろを振り向くと、ドラッゴーを抱えた少女が歩いて来ていた。
「・・・・・・答えは見つかったかい?」
クトゥリアの問いに、少女は黙ってゆっくりと頷く。
「・・・・・・私・・・・・・この子と一緒にいたい」
「何を・・・・・・」とざわめく村人たちを遮り、「私!!」と続ける。
「・・・・・・私・・・・・・この子が犯人とは思えない。だって家畜が襲われた時間、この子は私と一緒にいたし、はぐれていた時も口に血なんて付いてなかった。川の水で洗ったとしても、毛は濡れてなかった!」
少女の指摘に、村人たちは言葉も出ない。
「(確かに・・・・・・家畜や村人を襲ったのなら、口や体に返り血が付いているはずだ。水で洗っても、短時間で乾かすのは不可能。何かで拭いたとしても・・・・・・)」
ドラッゴーを疑っていたディステリアも一晩中考えて、状況がドラッゴーの無罪を示していることに行き当たっていた。
「だが、そいつ以外に犯人はいない」
「それは、あんたらがドラッゴー以外に犯人になりうる存在を知らないからだ」
クトゥリアの言葉に村人たちが戸惑っていたその時、家畜小屋のほうから物凄い音が響いた。
「おいでなすったようだ、真犯人が・・・・・・」
―※*※―
ディステリアとクトゥリアが村人たちと共に音がした現場に辿り着くと、そこは凄惨な光景だった。だが、食い散らかされ、無残な姿をさらした家畜や村人の中に、クトゥリアが犯人と睨んだ存在がいた。馬の足と同体に人間の上半身が付いており、腕は地面に届くほど長く、皮膚がない全身が血管や筋肉がむき出しになっている。
「ナックラヴィー!こいつが犯人だったか!」
「なんだ、そいつ!?」
「人間や家畜を手当たり次第に貪り食らう妖獣だ。だが・・・・・・こいつは海に棲んでいるはずだが・・・・・・」
「―――!来るぞ!」
ディステリアの声に、飛びかかったナックラヴィーの攻撃をかわす。ディステリアが天魔剣で皮膚を裂くと、ナックラヴィーは彼のほうに息を吐いた。
「ぐっ・・・・・・臭い!なんだ、これは!!」
「植物を枯らす猛毒の吐息だ!吸うな!!」
吸わないうちに離れたディステリアだが、不意打ちをもらった時に吸った僅かな毒の作用で体が痺れる。そこにナックラヴィーの蹴りが炸裂する。
「ぐあっ!!」
蹴り飛ばされたディステリアが、柵を破って地面に叩きつけられる。クトゥリアが応戦するが、長い腕と毒の吐息に防戦一方だった。
「どうしよう・・・・・・このままじゃあ・・・・・・」
その時、唸っていたドラッゴーが少女の腕から飛び出した。
「行っちゃダメ!」
馬の足に踏みつけられたクトゥリアにトドメを刺そうとしたナックラヴィーの腕を、ドラッゴーが噛み付く。
「―――!?」
「グルルルルウウッ!!!」
そのまま、物凄い力でナックラヴィーを投げ飛ばし、地面に叩きつけた。
「ギリギリリリリッ!!」
ブリキが擦れるような音を出して襲いかかるナックラヴィー。体格差ゆえか、だんだんドラッゴーが押されてきた。
「そいつの弱点は水だ!川を目指せ!!」
クトゥリアの叫び声にドラッゴーが駆け出すと、ナックラヴィーが追いかける。皮に差しかかったところでドラッゴーが止まり、ナックラヴィーを迎え撃つ。長い腕で殴りつけようとするが、それをかわしたドラッゴーはそれに噛み付き、体を回転させるが持ち上がらない。
「どりゃあああああああっ!!!」
体勢を低くして飛びかかったディステリアが、天魔剣でを打ち上げる。その勢いをそのままに、ドラッゴーはナックラヴィーを川に叩きつけた。
「キギャアアアアアアアアアッ!!」
全身の神経を刺す痛みに悲鳴を上げたナックラヴィーは、河原にうなだれ動かなくなった。
―※*※―
翌日。
「本当に、ありがとうございました。どうお礼を言っていいか・・・・・・」
「いやいや・・・・・・」とクトゥリアが対応していると、ディステリアが刺々しく言う。
「俺たちよりも、お礼を言うべき相手がいるんじゃないか?」
「―――!!・・・・・・そうだな・・・・・・」
老人はドラッゴーを抱えている少女のほうに歩いてくる。
「・・・・・・ありがとう。お前のおかげだ・・・・・・」
「おじいちゃん・・・・・・この子・・・・・・」
途切れ途切れに言う少女の言葉を遮り、老人はドラッゴーの頭を優しく撫でる。気持ちよかったのか、ドラッゴーは猫撫で声を上げる。
「命の恩人を追い出すような者は、この村にはいない。そうだろう」
老人が振り返ると村人たちも頷く。今度は誰一人、反対するものはいないようだ。それを悟った少女は嬉しそうに声を上げた。
「よかったね♪」
「ギャウ♪」
ドラッゴーを抱えて周った後、ディステリアとクトゥリアのほうにやってくる。
「あなたたちのおかげだよ。ありがとう」
「いつまでも仲良く、な」
クトゥリアの言葉に「うん♪」と頷き、二人を見送った。
「・・・・・・たいした奴だよ。あの子・・・・・・」
「どうしたんだ?急に・・・・・・」とディステリアに聞く。
「俺は・・・・・・絶対ドラッゴーのような凶悪な幻獣とは、共存なんてできないと思っていた。でも・・・・・・あの子は、その可能性を掴んだ」
「まだ可能性に過ぎないが・・・・・・大丈夫、未来は無限だ」
二人が後にした牧場の村は、雲が流れる青空に見守られていた。
「ところで・・・・・・ナックラヴィーに苦戦したの。わざとだな?」
「なんのことかな?」
笑みを浮かべて聞き返すクトゥリアに聞き続けるがとぼけられ続け、とうとうディステリアは折れた。