第60話 追い詰められる獲物
隔離された学校の中、必死に逃げる少女とそれを追う怪物たち。セリュードたちはすぐに状況を察して動いた。
「助けなきゃ!!」
「当然!!」
セルスが息を呑み、ディステリアが駆け出す。しかし、ディステリアでは光属性の力を使っても怪物を生徒に戻すことができないため、逃げる少女を庇う足止めにしかならない。怪物の爪を天魔剣で止め、後続の怪物もまとめて押し留めると、両手に光属性の魔力を溜めたセリュードが突っ込み怪物に打ち込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!!」
怪物が上げた悲鳴に逃げていた少女が振り返り、倒れる怪物を見て壁にもたれる。が、ディステリアたちが見知らぬ人であることに気付き、後ろに下がる。
「あなたたち・・・・・・何者・・・・・・」
「俺たちは〈ブレイティア〉という組織の者だ」
「〈ブレイティア〉?何、それ・・・・・・聞いたことがない・・・・・・」
疑いの眼差しを向けるホワンにディステリアが眉を動かすが、詰め寄ろうとする彼をセリュードが止める。
「最近動き出したからな、知られてなくて当たり前だ。いちいち掴みかかるな」
「別に、俺は・・・・・・」
顔を逸らしたディステリアの後ろにいるクウァルを見て、ホワンは目を見張った。
「あんた、確かシェルミナの・・・・・・」
「!シェルミナを知ってるのか?」
「彼女と会ってたでしょ、あんた。シェルミナの話にもよく出てたし」
「なるほど。携帯見て黄昏てたのは、そいつと関係あるのか」
「今は関係ないだろ」
からかうディステリアの腹を肘で打ち、冷たく言い放つ。腹を押さえてむせ返るディステリアにセルスが駆け寄ると、クウァルはセリュードの横まで歩く。
「君はシェルミナの友達か?聞いていた特徴と一致するが」
「ええ。どうやらあんたも、本人に間違いなさそうだけど・・・・・・」
「けど?」とセルスが呟くと、ホワンは厳しい表情で続ける。
「私、あんたが味方だって簡単に思わないから」
「そうか。別に構わない」
意外な答えに目を丸くするホワンの前を、クウァルは通り過ぎていく。
「力の気配はこの先か?」
「ああ。ただ、それがシェルミナという子のものかと聞かれると、自身がない」
「は?」とディステリアが聞く。
「気配を感じる場所が探るたびに変わってるんだ。最初はただの誤差と思ったんだが、ここまで変わり続けると自信がなくなってくる」
「多分、シェルミナとフェルミナが移動してるからよ。二人も逃げてるはずだから・・・・・・」
「移動してるわけじゃない。それなら方向や場所につながりがあるはずなんだが、それがなくて滅茶苦茶なんだ」
「えっ、つまり・・・・・・?」
理解で傷首を傾げるセルスに、セリュードは額に指を当てて考える。
「この先に感じた気配も、今探ったら別のほうから感じてるかもしれないんだ。移動したかも疑われるほど距離を離して」
「はあ!?そんなことがあるのか!?」
頭を抱えるセリュードの言葉に、信じられない様子でディステリアが声を上げる。
「わからない。とにかく、判断材料が少なすぎるんだ。この先に言って何があるかないかだけでも確かめる必要がある」
「それは構わないが、こいつはどうする?」
座り込んでいるホワンにディステリアが目をやると、身を強張らせた彼女にセルスが付き添う。
「・・・・・・連れて行くしかないだろう。気配の元が本当に移動しているなら戻ればその時間を与えるだけだし、あそこにいる生徒がまた怪物に変わるとも限らん」
「どういうこと?」とホワンが聞くが、「行くぞ」とクウァルに急かされ、五人は進むことになった。
「えっとね、私たちもよくわかってないんだけど・・・・・・」
セルスがここに来るまでのことを説明する。確証を得てない情報は返って混乱を招くが、遮断すれば恐怖を招く。確証がないことを断りつつ、自分たちが知ってることを話すことにした。
「じゃあ、怪物になった生徒は元に戻すことができるんですね?」
「でも、原因がハッキリしてない内は気を抜いちゃいけないと思う。元があるなら、それを叩かない限り繰り返しだと思う」
「(そこは『思う』ではなく確定すべきところ)」
不安そうなセルスの言葉にディステリアは内心思っていると、ホワンが立ち上がる。まだセリュードたちを信用していないのか、その表情はとても厳しい。
「この先に何かあるのは、間違いないと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
クウァルが聞くと、ホワンはセリュードの前まで行って廊下の奥を見つめる。
「あの先にある部屋、私たちがよく使うから」
―※*※―
『第一生徒会室』にいるシェルミナは、部屋の隅に座って落ち込んでいる。自分たちは助かるのか、どうしてこんなことになったのかと考え、強い不安を抱いている。
「(クウァル・・・・・・)」
『第一生徒会室』のドアを少し開けるフェルミナは、隙間から外の様子を伺っている。
「(さっきから聞こえる音や悲鳴。あれは何?)」
しかも、少しずつこちらに近付いている。警戒を強めずにはいられなかった。
「フェルミナ・・・・・・私たち、どうなるの?が」
「わからない。けど、このまま隠れてるわけにもいかない」
ドアを閉めて悔しげに拳を握り、シェルミナの側に戻る。
「とにかく、最悪でもここから脱出して助けを呼ばないと」
「脱出って、ホワンはどうなるの!?」
「最悪、って言ったでしょ。逃げる途中でホワンを見つけて一緒に逃げられればいいけど、そんな幸運・・・・・・」
言いかけた時、こちらに近づく複数の足音が聞こえる。
「ホワン!?」
「違う。彼女だったら、足音は一つだけのはず」
「だった・・・・・・」
誰かと聞こうとすると、足音は部屋の前で止まる。敵の可能性を考えたフェルミナは、シェルミナを庇って身構える。
「・・・・・・あそこだ」
「間違いないのか?」
「うん。昼休みにはよく使ってるから」
「この声・・・・・・」
ドアの向こうから聞こえた声にシェルミナが反応すると、そのドアが開いた。現れたのはホワン、クウァル、セリュード、その後ろにディステリアとセルスが立っていた。
「ホワン、クウァル!!」
「シェルミナ、フェルミナ。無事だったんだね!」
再会を喜ぶホワンとシェルミナが駆け寄ると、フェルミナはセリュードたちに目を向ける。「
あなたたちは。どうしてここに?」
「シェルミナから助けを求められた。あと、親父さんからも託された」
「お父さんが・・・・・・」とフェルミナが呟くと、シェルミナはホワンの体をさわる。
「ねえ、大丈夫?怪我とかない?」
「大丈夫よ。この人たちに助けられたから」
ホワンが振り返ると、クウァルはセリュードのほうを向いて聞いていた。
「セリュード。さっき感じてた力の気配は、シェルミナたちだったのか?」
「いや・・・・・・何やら嫌な感じの力だった。シェルミナたちの気配を感じたのは最初に探った時だけだし・・・・・・」
「その嫌な力の気配は?」
ディステリアが聞くと、「この奥だ」と廊下の奥を指差した。
「じゃあ、正体を探りにいくか」
「シェルミナたちはここにいるんだ。いいな」
「えっ、ちょっと、クウァル」
不安そうなシェルミナをなだめ、クウァルたちは奥へ進む。それを見送ったシェルミナの肩を、フェルミナが優しく叩いた。
「待っていよう。あいつらのこと信じてるなら」
「フェルミナ・・・・・・」
「少なくとも、あんたは信じてるんでしょ?クウァルって奴のこと」
「うん」と頷いたシェルミナをつれて、フェルミナは『第一生徒会室』に戻る。
「フェルミナは、信じてないの?」
ホワンの問いに「ない」と即答し、シェルミナとホワンは苦笑した。そんな時、校舎の外で爆音と何かが割れる音が響く。
「何・・・・・・?」
―※*※―
校門前を塞ぐ壁を破壊し、クーフーリン、ファーディア、ジークフリート、ブリュンヒルドの四人が入って来た。
「先にセリュードの部隊がいるはずだが・・・・・・」
ジークフリートが辺りを見渡していると、後ろに開いていた穴が勝手に塞がる。そちらに目をやると、そこに校舎内にいるのと同じ怪物が集まってきた。
「おいおい、ただ隔離されたんじゃなかったのか」
「この状況を見るに、そうではなかったようだ」
クーフーリンとファーディアがゲイボルグとクラドホルグを構えると、怪物たちが一斉に襲いかかってくる。当然、迎え撃とうとしたが、
「ちょっとまて!そいつら、人かも知れないぞ!!」
「なんだと!?」
校舎の窓から顔を出して叫んだクウァルの声に、クーフーリンは思わずブレーキを踏み、飛びかかってきた怪物は回し蹴りで蹴飛ばした。
「どういうことだ、セリュード!!」
「言ったとおりの意味です!この結界を張った奴、生徒たちの恐怖心を具現化させて姿を変貌させてるみたいなんです!」
「そんな!」
「容赦なく倒したいが、それでは・・・・・・」
ブリュンヒルドとジークフリートも武器を構えたまま手出しできない。一応、向かってきた怪物を気絶させてはおり、倒れた怪物は学校の生徒の姿に戻る。
「本当かよ」
「ええ。しかも殺したら完全に怪物になって戻せなくなります!」
「くそっ!だとしたら、自動的に消耗戦かよ!」
悪態をつきながらゲイボルグで怪物を打ち倒しながら、「セリュードに伝えろ!」と声を張り上げる。
「人間の恐怖心を具現化させてるなら、それはこの結界の作用という可能性がある」
「確証があるんですか!?」
「そういう結界があるというのを聞いたことがあるってだけだ!どの道、こいつを壊さなきゃ避難させられない!」
「わかりました、伝えておきます。ですから、くれぐれも殺さないでおいてください!」
そう言ってクウァルは校舎内を駆けて行ったが、ジークフリートとブリュンヒルドは妙な違和感を覚えていた。
「(何・・・・・・?)」
「(何か変だ・・・・・・)」
そこに飛びかかった怪物の爪をグラムで受け止め、ブリュンヒルドがジャンプして蹴り飛ばす。その様子を、廊下の曲がり角からクウァルが伺っていた。
「そうそう、殺さないようにしていてくださいよ。この馬鹿げた世界を守りたいんでしたらね」
「いたわね」
冷たい少女の声に振り返ると、突っ込んだ何者かがクウァルを強襲する。外から差すわずかな光が、強襲者の金髪を映す。
「おいおい、人違いだ。見た目だけで判断するな」
呆れた声を出してクウァルの姿が変わると、強襲者は目を見張り突き出していた腕を下ろした。
「お前の連れは判断が甘いな、カイネ」
強襲者の後ろの教室の引き戸が開き、誰かが出てくる。
「それは失礼しましたね。先日やっと踏ん切りがついたようなので、それで大目に見てください」
「ふん。ヤダね」
鼻で笑った男に、カイネは何か思い出したように声を漏らす。
「そういえば・・・・・・そろそろ毒が効き始めるんじゃない?」
―※*※―
『第一生徒会室』を奥に進んだ渡り廊下の先に着いたセリュードたちだが、これといって目ぼしい物はなかった。
「本当にこっちだったのか?」
「回を重ねるごとに自信がなくなってるって言っただろ・・・・・・」
不満を口にするクウァルに、疲れた表情のセリュードが返す。
「早く解決して、シェルミナたちが外に出られるようにしないと・・・・・・」
「そういえば・・・・・・」と呟いたディステリアに視線が集中する。
「あいつらがまだ学校にいるのって、生徒から逃げると言うより外に出られないからだろ?」
「ああ。外に出ようにも、周りを囲む高い壁のせいで通れないからな」
「私たちは簡単に通れたのにね」
「それを言うなよ」と、ディステリアがセルスに突っ込むと、今度はクウァルが口を出す。
「そういえば、クーフーリンたちが入ったのを見た時も思ったが、壁は壊れてもすぐ再生するようだな」
「とすると、壁というよりかは結界か」
「いや、どちらも壁だろ?」と、ディステリアがクウァルに突っ込む。
「・・・・・・お前、文句ばっかり言ってないで、少しは知恵出せ」
「それ以前に静かにしてくれ」
疲れたセリュードの声がすると、三人は彼のほうに目を向ける。
「ダメだ、さっぱりわからなくなった」
「探してたんだ。ごめんなさい」
謝るセルスにセリュードは首を振る。『気にするな』と慰めていると言うより、『今更だ』と無言で責めてるようにも取れる。
「囲んでるのが結界ってことは、作り出してる奴がいるってことだろ?そいつを捕まえて解かせればいいんじゃないか?」
「最近は、マナを取り込んで入力されている術式に従って結界を張る装置も作られている。ウチの城にあるのもそれだし」
「じゃあ、セリュードのほうが詳しそうだね」
納得するセルスに、「いや」とセリュードは首を振る。
「俺は知識をかじってる程度。専用技師か魔術師じゃないと理解でない」
「(セリュードって、魔導騎士じゃなかったっけ?)」
「(はて?)」
声をひそめたセルスとディステリアが首を傾げていると、「とにかく」とセリュードが声を出す。
「これだけ大規模な結界を作り出すものだ。少しばかり魔力の気配を感じさせてもおかしくないのだが」
「(気配、か・・・・・・)」
ふと、ディステリアも目を閉じて気配を探ってみる。しかし、周りの至る所に同じようなものが群がっている感じに驚き、意識を覚醒させる。
「(なんだ、今の。暗い中に紫の魔力の塊が集まってうごめいてる感じだ。あんなのをセリュードは感じてたのか)」
さっき感じた身の毛もよだつような感覚の中、セリュードはシェルミナたちを見つけ出した。すごいと思いつつ、無理はさせられないとも思った。
「発生装置は、ある一定の間隔で置くことで結界を張ることができる。だが、その内一つが壊れるだけで不安定になる」
「不安定になるとどうなるんだ?」
「強度が落ちる。武器の一振りで簡単に壊れるようになるが、俺たちには関係ないな」
発生装置が壊れてるかわからないが、セリュードの言う通り四人もクーフーリンたちも結界を簡単に壊して中に入って来た。少なくとも、ディステリアたちは発生装置をどうにかしなくても結界は壊せる。
「なら、俺たちが結界に穴を開けてシェルミナたちを逃がしたほうがいいんじゃないか?そのほうが、ゆっくり黒幕を探せる」
「・・・・・・しかないか。気絶させた生徒たちは、下手に出すわけにもいかないが放っておくわけにもいかないし」
「それはクーフーリンたちに任せよう」
ディステリア、セリュード、セルスの順に意見を口にし、頷く。早速四人は、シェルミナたちがいる『第一生徒会室』に戻った。
「シェルミナ。ちょっと話が・・・・・・」
クウァルがドアを開けると、言葉を切って目を見張った。中にはフェルミナとシェルミナとホワンがいたが、彼女は友達であるはずの二人に剣を向けていた。
「シェルミナ、どうしたんだ!?」
ただならない様子に、警戒を向けていたセリュードたちもやって来る。部屋の様子を見るなり、すぐ身構えてホワンを押さえようとする。
「貴様・・・・・・!」
「動かないで!」
クウァルがすぐにでも飛びかかりそうになったが、ホワンが叫んで踏みとどまる。
「・・・・・・動けば・・・・・・二人とも切ります・・・・・・」
震えているホワンの声に、セリュードは何か違和感を受けた。
「・・・・・・ホワン。どうして・・・・・・どうして・・・・・・?」
震えながら聞くシェルミナに、ホワンはおびえたような表情をしていた。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・間違っているのはわかってる。でも・・・・・・私はまだ、死にたくない・・・・・・」
「死にたくない?私たちは、お前に何もしない」
フェルミナが言うと、ホワンは首を横に振る。
「違うの・・・・・・もう、この学校で正気を保っている生徒は、あたしたちだけなの。みんな・・・・・・あの怪物にやられて・・・・・・」
「怪物・・・・・・?そのようなものになど、私たちは会わなかった」
「ウソじゃない。先生が・・・・・・そう言ったの・・・・・・」
シェルミナは息を飲み、「先生が?」と聞いた。
「先生は軍の諜報員だったの・・・・・・今朝の放送は、先生の仲間が勝手にやったことで・・・・・・あの後、先生は誰かが送り込んだ怪物と戦うって言ったきり・・・・・・」
眉をひそめるセリュードはすぐ思い当たった。ここに来る途中によく遭遇した、黒い体の怪物。
「・・・・・・気絶させると生徒に戻るあいつらか」
「だが、おい待て。あいつは、生徒に戻せることを知らないのか?」
「あるいは・・・・・・姿を戻せても、元の人間には戻れない」
「そんな・・・・・・」
セルスたちの会話はホワンに聞こえていない。ショックでうつむくシェルミナを庇い、厳しい表情のフェルミナがホワンを睨む。
「それと今のこの状況、どう関係があるの」
「先生が言ってたの。その怪物は妖精が出す力に弱いって。私も妖精の力を持つ者の血を浴びれば、妖精の力が使えるようになる・・・・・・その怪物から身を守れる・・・・・・」