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幻想戦記  作者: 竜影
第2章
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第58話 軍の説得





「とにかく、先生が無事でよかった。早くフェルミナちゃんたちの所へ・・・・・・」

「いや、残念ながらそうは行かなくなった」

暗い面持ちでうつむいたウロギートに、「どうかしたんですか」とホワンが聞く。

「何者かがこの学校に生物兵器を送り込んだ。私はそれを掃討しなければならない。だが・・・・・・」

一端、言葉を切ったウロギートは、真っ直ぐホワンを見据える。

「その怪物は、恐ろしく高い殺傷能力を持っており、殺した生徒を自分の下僕にしている。近くに現れれば、高い確率で・・・・・・君は死ぬ」

「そんな・・・・・・」

ホワンが両手で口元を覆うと、「心配はいらない」とウロギートが彼女の右肩に手を置く。

「その怪物は、妖精の使う力が出す特殊な波動に弱い。君が妖精の力を持てば、この危機を乗り越えることができる」

恐ろしさに震えるホワンに、ウロギートは残酷な笑みを浮かべながら、一本の短剣を差し出した。彼女は無意識にそれを受け取る。

「その剣で妖精の力を持つ者を殺し、その血を体に浴びれば、君も妖精の力を得ることができる。君が望んだ妖精の力が手に入るんなら、これほど安いものはないだろう」

「そ・・・・・・んな・・・・・・だいたい・・・・・・妖精の力を持つ人なんて・・・・・・」

「いるだろう。君の近くに妖精の力を持つ者が・・・・・・」

その言葉を聞くと同時に、フェルミナとシェルミナが頭に浮かぶ。

「まさか、あなた・・・・・・最初からそのつもりで・・・・・・?」

「なんのことかわからないな。ただ、この学校の生徒たちは、君とあの二人を残して全滅した。生き残りたければ・・・・・・わかるね」

そう言い残したウロギートは、廊下の奥へ姿を消した。残されたホワンは状況が理解できないまま、その場に立ち尽くしていた。



                      ―※*※―



生徒たちの手から逃げているフェルミナとシェルミナ。追っ手の気配を感じたフェルミナが身を隠すと、上半身を少しかがめた生徒たちが何人か通り過ぎた。

「なんだ、あいつら?様子がおかしい・・・・・・」

様子をうかがっているフェルミナの後ろで、シェルミナは恐怖に震えていた。

「(・・・・・・誰か・・・・・・助けて・・・・・・誰か・・・・・・そうだ・・・・・・)」

弾かれたように顔を上げると、夢中になって携帯電話の番号を押した。

「(お願い・・・・・・出て・・・・・・助けて・・・・・・)」

コール音がする中、祈るように強く目を閉じる。

「(・・・・・・助けて・・・・・・クウァル・・・・・・)」



                      ―※*※―



「!?」

突然、クウァルが別の方向を向いた時、前に立っていたディステリアが木刀を振りかざして向かって来た。

「隙あり~~!!!」

だが、クウァルは即座に木刀を構えた右腕でその突撃を受け止め、そこから足に力を入れて押し込もうとするディステリアを逆に押し返し、ついには押し飛ばした。

「いって~・・・・・・くそ・・・・・・」

石畳の上に落ちたディステリアに、「ハハハ、まだまだだな」とクウァルは笑った。

「うるさい。それより、さっき一瞬、どこか見ていたが・・・・・・どうかしたのか?」

「ん?ああ。誰かに呼ばれたような気がして・・・・・・」

その時、クウァルの携帯電話が、着信を知らせる振動を始めた。

「電話か。誰からだ?」

「彼女からだろ?お前がさりげなく、携帯の番号を聞いたという」

「・・・・・・貴様、今度の組み手では容赦しないぞ・・・・・・」

睨みながら、「はい、もしもし?」と電話に出ると、

「クウァル!!」

向こう側から切羽詰った声が聞こえて来た。その途端クウァルは目を丸くして、すぐ眉を寄せた。

「その声はシェルミナ?・・・・・・何かあったのか?」

「そ・・・・・・それが・・・・・・」

シェルミナが状況を説明しようとしたその時、「こっちだ」と声がすると、遠くでドタバタと慌しい足音が聞こえて来た。

「どうかしたのか?」

「わからない。シェルミナ、何があったんだ?」

「が・・・・・・学校が・・・・・・」

事情を聞こうとするが、突然ブツッと音がして聞こえなくなった。後に聞こえるのは通話が切れた後の音ではなく、テレビの砂嵐のような音だった。

「おい、シェルミナ?おい!?」

「何かあったようだな」

切れた携帯に叫ぶクウァルに、訝しげに眉を寄せたディステリアが話しかける。

「ああ。とにかく、彼女がいる学校に行ってみよう」

駆け出すと同時に、ディステリアは携帯でセルスとセリュードに連絡を取った。



                      ―※*※―



その頃。町から離れた場所にある丘の上では、合流したクーフーリンとファーディアを加えたジークフリードたちが戦っていた。

「くらえ、ゲイボルグ!!」

突き出されたゲイボルグの先から放たれた無数の矢が、前方にいる二足歩行の怪物を貫く。

「グガアアアッ・・・・・・!!」

轟音を立てて地面に倒れると共に、巨大な体は消滅した。

「どうなっているんだ。こいつら、なんでやられると体が消えるんだ?」

槍を下ろしたクーフーリンに、「さあね」とファーディアが答える。

「少なくとも、今の俺たちじゃあ絶対にわからないことだろうよ」

向こうのほうでは、ジークフリートとブリュンヒルドが鳥形の怪物を倒したところだった。

「ただ・・・・・・この怪物のレジストコード(名前)は決まったらしい。『ディゼアビースト』だそうだ」

「どういう意味か知らないが、いい響きじゃないな・・・・・・」

そこに、さっき戦闘を終えた二人が歩いてきた。

「この辺りは、セリュードたちの担当地域の近くじゃなかったか?」

「おや、そうか・・・・・・警備地域が被るのは少しまずいな」

ジークフリートにファーディアが答える。

「じゃあ、もう少し北に行ってみない?今頃、結構、手薄になっているんじゃない・・・・・・?」

ブリュンヒルドの提案に、「そうだな。行ってみるか」とグラムにまたがるジークフリートたち。だがそこに、

「しばしお待ちを」

と一人のヴァルキリーが、翼を羽ばたかせて降りてきた。

「基地からの緊急伝言です。セリュードたちの担当地区に、巨大な負のエネルギー反応を感知したとのことです。よって本部は、近くにいるあなた方を増援部隊として送ることを決定しました」

「増援・・・・・・か。だが、それくらい通信を入れれば済むこと。それをしなかったということは・・・・・・」

「お察しの通り、皆様に渡す物があります」

クーフーリンの指摘に、ヴァルキリーは懐から取り出した手の平サイズのカプセルを二つ、ジークフリートに渡す。

「これは・・・・・・?」

「かねてから製造されていた、移動目的型小型飛行機〈ファイター・フライヤー〉だそうです」

「ついに完成したか。移動手段を持たない者にとっては、重宝するな」

喜ぶファーディアとは裏腹に、クーフーリンは微妙な表情をしている。

「俺たちには、あまり必要じゃないんじゃないか?」

「いや、ないよりはマシだろう。もう一つは、セリュードたちの分か?」

ジークフリートに、「はい。おそらくそうだと思います」とヴァルキリーが答える。

「わかった。ちょうど行く用事も出来たことだ。ついでに渡して来るよ」

ジークフリートが話をつけると一同は一路、セリュードたちが滞在する町へ馬を走らせた。



                      ―※*※―



ディステリアから連絡を受けたはずのセリュードとセルスは、なぜか治安部隊の詰め所にいた。しかも、二人の前には治安部隊隊長であるイルムと、その部下二人が立っていた。

「仲間からの連絡です。娘さんが通っている学校が、何者かによって隔離されました」

携帯を閉じたセリュードからそれを聞き、「なんだと!?」とイルムは顔を青くした。

「・・・・・・君たちの仲間の仕業か・・・・・・」

それを聞いて、「バカにしているんですか!?」と立ち上がったセルスをセリュードが押し留めた。

「信じてもらえないかも知れませんが、我々はそのような脅迫じみた方法で、協力を仰いだりはしません。それに、『隔離された』というのは、あくまで状況から見ての私たちの想像です」

疑いの眼差しでセリュードを見るイルムは、「下がってよい」と二人を部屋の外に出して人払いをした。

「いいのか?得体の知れない組織の者を前に、密室で一人になって」

「もしこれで私が死ねば、真っ先に疑われるのはあんたらだ」

「だが、私は妖精の力を持っている。その気になれば、あなたを殺して幻影魔法で生きていた時間を誤魔化せる」

「いくら魔法でも、生物の死亡推定時間は誤魔化せない。それに、脅迫じみたことはしないんじゃなかったのか」

静かだがギリギリまで張り詰めている、一触即発の空気にセルスは不安を感じずに入られなかった。

「あなたは・・・・・・娘さんが心配じゃないんですか?」

「心配だ。だが、私は軍の一部隊を任せられている者。私情で部隊を動かすわけには行かない」

「どこが私情なんですか!?戦う力を持たない人たちが危機に晒されてるんですよ!?」

「確かに、我々の役目は人々の命と安全を守ること。だが・・・・・・生まれながらに高い能力を持つ幻獣やその血を継ぐ者は、防衛対象に入れられていない・・・・・・」

信じられない言葉に、「なっ!?」とセルスは絶句する。

「それが軍の掟なんだ。破ればどんな正当な行動でも処罰される。自己の判断で動いて結果を残しても、それで許されでもしたら組織は崩壊する」

信じられないどころか不満が強くなる。そこに、廊下から騒がしい声がしてきたので、彼女の気はそちらのほうに向ける。やがて、騒がしい声は部屋のドアの前でよりいっそう激しくなり、ついには人が殴られる音と呻き声が聞こえた。そして、勢いよくドアが開くと、そこには激しく息を切らせたディステリアとクウァルが立っていた。

「やあ、お二人さん。出迎えご苦労・・・・・・と言いたいのは山々なのだが、話し合いはまだまだ終わってなくて・・・・・・」

「そんなことはどうでもいい。話は聞いてるだろ。さっさと現場の学校に行くぞ!!」

笑顔で「無理だ」と言い切ったセリュードに、「なぁにぃ~!?」とディステリアが叫ぶ。

「私たち、この人たちに拘束されているの。しかも、これからの話し合いをする・・・・・・っていう名目で・・・・・・」

「それで来てみれば、ご覧の通りと言う訳だ」

それを聞いたディステリアは、「情けない」と頭を振った。

「セリュードさん。仮にもあなた、エオホズ王に仕えた騎士でしょう。どうして、そんな見え見えの罠にはまるんだ?」

皮肉を込めた丁寧な言葉にセリュードが何か言おうとしたが、クウァルがそれをさえぎった。

「それよりも・・・・・・おい、あんた。あんたの娘が危ないんだ。早くあんたの部隊を送ってくれ!!」

だが、イルムは「それは、できない」と答えた。

「なんでだ!!あんたの娘二人が、危ないかも知れないんだぞ!!」

今にも掴みかかりそうなクウァルを、「まあ、待て」とセリュード止める。

「それは、あんたの本心か」

静かに聞くセリュードに、「そうだ」とうなずくイルム。

「なんだよ、それ。いくら幻獣の血を引いてると言っても、生まれたばかりの時から親の力を使える訳じゃないんだ」

「例えそれが事実だったとしても、部隊は動かせない。それは治安維持部隊上層部の見解であり、私も同意見だ」

冷徹なイルムを睨みつけるディステリアたち。だが、セリュードだけはそんなイルムに怪訝そうな顔をしていた。

「あんた、幻獣に関係するものが嫌いなのか?」

「当然だ。幻獣やそれに関係するものは、常人にはない強大な力を持っている。何より私は、『幻獣の力』そのものに係わりたくない」

「いや。それはあなたの本心ではないし、あなたはディステリアが言ったことが事実だと知っているはずだ。なぜなら、あなたの妻は妖精族だったはずだからな」

セリュードが言った思わぬ言葉に、思わず顔を上げる全員が彼のほうを見る。

「・・・・・・気付いていたのか・・・・・・?」

驚いた顔のイルムに、「まあ、ね」と座ったまま答えるセリュード。だが、セルスには納得がいかなかった。

「でも・・・・・・どうして?シェルミナちゃんとフェルミナちゃんが妖精の力を受け継いでいるということは、あなただって妖精の女性と暮らしていたってことでしょう。それなのにどうして・・・・・・!?」

「君たちには、関係ないことだ・・・・・・」

「なんだと貴様!」

ディステリアがイルムに殴りかかろうとするが、それを立ち上がったセリュードが止める。

「異種婚姻の結末・・・・・・君も知らないことはないはずだ・・・・・・」

押し殺したような声に押し留められ、ディステリアは黙り込んだ。

「大抵の物語では、円満で終わりやすい異種婚姻。だが実際には、異種族との婚姻に対する偏見と差別により破局。もしくは、悲劇的な結末を迎えることが多い」

「知ってる。人々の迫害により、酷い時には一家全員殺害されることもあるらしい。俺の場合は、両親から捨てられたんだが、な」

「俺は両親を一度に失い天涯孤独に。・・・・・・おそらく、あなたも似たようなものでしょう」

クウァルとセリュードが話し、しばらく黙り込んでいたイルムは、「ああ。そうだ」と顔に手を当てた。

「私の妻は、幻影を作り出す力を持つ妖精だった。だがそれゆえに、当時、起こっていた崖からの落下事件の犯人として警察に捕まり、獄中で亡くなった」

「その事件と幻影を作る能力に、どういう関係があったのよ」

不満そうにセルスが言うと、イルムは険しい表情で続ける。

「被害者と一緒にいた目撃者の話によると、被害者は崖から落ちる前にぼんやりとした映像のようなものを見たと言っていた。警察はそれを作りだしたのは妻だと決め付け、身柄を拘束した」

「だが、あんたの妻は無実だったんだろ。真犯人は誰だったんだ?」

今度はクウァルが聞くと、イルムは首を横に振る。

「その事件の目撃者だった。だが、その犯人は模倣犯で、連続落下事件に乗じたに過ぎなかった。結局、彼が模倣した連続落下事件の犯人は捕まらず、妻への疑いは最後まで晴れることはなかった」

湧き上がった涙を拭うと、セリュードたちを見つめる。

「以来、娘も妖精の力を持つことが露見し、いじめられるようになった。その時、私は悟った。人間と、それ以外の種族は交わるべきではない。でなければ、妻や娘のような者が永遠に出続ける。幻獣と係わらないようにして、力を隠しながら暮らすことが・・・・・・娘たちの幸せに繋がるんだ・・・・・・」

右手で顔を覆って泣くイルムを見て、クウァルは、ギリッと拳を握った。

「ふざけるな・・・・・・それってあんたの逃げだろ・・・・・・」

涙を流すイルムの胸倉を掴みあげる。

「本当に娘の幸せを考えてるんだったら・・・・・・戦えよ!今の世の中と!!」

「・・・・・・戦っても、結果は見えている。この世界には、妖精や幻獣の血を合わせ持つ者が暮らせる場所など、ありはしないんだ・・・・・・」

涙を流し唸り続けるイルム。そんな彼に、ディステリアたちは怒りをぶつけることなどできなかった。

「だったら・・・・・・俺たちが変えてやるよ、この世界・・・・・・」

戸惑いの表情でイルムがクウァルを見ると、腕を振ってイルムを離す。

「あんたが放棄したこの戦い、俺たち〈勇気の一滴ブレイティア〉が勝ってみせる!!」

目を見開くイルムに、「娘さんを助けに行く」と言ってクウァルは背を向けた。

「・・・・・・それなら、早く行くといい。今の私には、君たちを捕まえる力はない」

「なら行くぞ。助けを求めているにしては、連絡が全くないぞ」

ディステリアがそう言って、セリュードたちが部屋を飛び出すと、残ったイルムは力が抜けたようにソファーの背もたれにもたれた。



                      ―※*※―



「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・」

ホワンは逃げ続ける。手には鈍く光る短剣を持って。走り続けたゆえの苦しさに足を止めると、後ろから怪物が迫ってくる。

「ギャゴオオォォォッ!!」

「こ、こないで!!」

悲鳴を上げ、無我夢中で短剣を振るう。刀身は届いていないはずなのに、仰け反った怪物はそのまま倒れる。体に入った切り傷はホワンが振った短剣の軌跡と一致し、極限状態まで追い詰められた彼女の思考はその不自然さに気付くことができなかった。

「はあっ、はあっ・・・・・・どうなったの?」

恐る恐る様子を伺っていると、怪物の傷が塞がり起き上がる。

「っ!また・・・・・・」

それはこれまでに何度も体験していたこと。切っても斬ってもすぐ傷を治して襲いかかって来る。ここまでその繰り返しで、その度にホワンが抱く恐怖は大きくなっていた。

「(いや・・・・・・助けて。誰か、助けて・・・・・・)」









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