第56話 因縁の戦い、再び
胸元に青い線が入った小さなリボンがついた制服姿で登校するシェルミナが、三人の男子生徒にからまれていた。
「あの怪物は、お前ら姉妹が呼び寄せているんだろ」
「観念して、正直に言えよ」
「だから、知らないって言ってるでしょう。早く退いて」
「いやだね。正直に話すまで、ここは退かない・・・・・・」
「おい」
だが、言い終わらない内に声がした。男子生徒たちは一瞬体を震わせて周りを見たが、誰もいなかったので、ホッと胸をなで下ろした。
「ビックリした。あの『暴力妖精』が来たのかと思ったよ・・・・・・」
だが振り向いた時には、他の男子生徒たちが殴られて、地面に倒れていた。困惑していると突然、その男子生徒は胸倉を掴まれ、空中に持ち上げられた。足をバタつかせている男子生徒を掴んでいるのは、クウァルだった。
「何、よってたかっていじめているんだ。あん!?」
睨みを利かして脅かすと、男子生徒は「ひえ」と悲鳴をあげてさらに足をバタつかせた。
「逃げたいって言うのか?だったら、さっさと失せろ!!」
倒れている生徒たちのほうに投げられ、当たると同時に呻き声を上げると、気がついた生徒たちと共に一目散に逃げ出した。
「・・・・・・ったく、あいつら暇なのか・・・・・・?」
頭をかいて溜め息をつくクウァルに、「クウァルさん?」とシェルミナが話しかける。
「ん?ああ。大丈夫だったか?」
「はい。クウァルさんのおかげで。でも、どうしてここに?」
「この前、助けてもらったからな。お礼を言いに来たら・・・・・・ああいう奴らを見つけたんだ」
厳しい顔つきになったクウァルに、シェルミナは不安そうな表情になる。
「悪質ないじめが続くようなら、俺が付いていようか?」
「え!?そんな・・・・・・迷惑じゃないですか・・・・・・?」
シェルミナは顔を真っ赤にして、カバンで顔を隠していた。
「・・・・・・もちろん、いつも一緒というわけには行かないが・・・・・・俺も同じような目にあってたから、放っておけないんだ」
「そうですか・・・・・・」
シェルミナが呟くと、二人はそのまま黙り込んだ。そこに「シェルミナ~」と女の声がした。
「・・・・・・じゃあ・・・・・・また後で・・・・・・」
「ちょっと待って」
右手を上げて去ろうとしたクウァルを、後ろから彼の手を引いてシェルミナが呼び止めた。
「・・・・・・携帯の番号・・・・・・教えてくれませんか・・・・・・?」
突然の申し出に、「ええ~っ!?」とクウァルは驚いた。
「・・・・・・ご迷惑・・・・・・でしょうか?」
「そ・・・・・・そんなことはない」
不安そうなシェルミナに答えたクウァルは、無意識に携帯電話を取り出していた。
「じゃあ・・・・・・携帯番号とメールアドレス・・・・・・送りますね・・・・・・」
「あ、ああ。じゃあ、俺も・・・・・・」
互いに戸惑いながら、メール機能を使ってお互いの携帯番号とメールアドレスを交換した。
「じゃ・・・・・・じゃあ、また後で・・・・・・」
「うん。バイバイ」
互いに頬を赤くしながら、その時は二人とも別れた。その後に、シェルミナと同じような制服を着て、左手にカバンを持った女の子が、「おはよう~」と言いながら走って来ていた。
「あっ・・・・・・おはよう、ホワン」
後ろを振り向いて挨拶すると、ホワンと呼ばれた少女はシェルミナの顔を覗き込んだ。
「な・・・・・・何・・・・・・?」
すると一瞬、意地悪そうな顔になり、「ううん。なんでもな~い♪」ととぼけた。
「もう、意地悪しないで教えてよ~・・・・・・」
校門前に差し掛かると、横を通った紺のブレザーを着た別の男子生徒が二・三人、シェルミナを横目で見て、ヒソヒソと話し出した。
「見ろよ、妖精の女だぜ」
「まだ学校に来るのかよ」
男子生徒向ける冷たい視線に、シェルミナは一転、暗い表情になる。
「シェルミナ・・・・・・ちょっと、あなたたち。言い過ぎにも程があるわ」
「なんだよ、お前には関係ないだろ」
「こら~~!!」
そこへ勇ましい声がしたかと思うと、フェルミナがスカートをなびかせながら男子生徒の一人の顔に飛び蹴りを食らわせた。
「あんたたちは、また~~!!」
「やべっ、『暴力妖精』だ!!」
「に、逃げろ!!殺されるぞ!!」
蹴られた男子生徒を引きずりながら、二人は校舎の中に逃げて行った。
「まったく、あいつらときたら・・・・・・大丈夫?シェルミナ」
二人のほうを向いて話しかけると、「うん」とシェルミナが答えた。
「あいつらって、ほんといやな奴。どうして何かあると、決まってあなたたちのせいって決め付けるのかしら」
「まったく、迷惑極まりない話だ・・・・・・」
頭に手を当てて溜め息をつくフェルミナ。その後、校舎に入っていく三人を見ている者がいた。
「あの二人か・・・・・・?」
「間違いない。イルム・サンカルナの娘・・・・・・妖精の血を引く娘だ・・・・・・」
「ならば早速、ウロギートさまに報告だ・・・・・・」
うごめく影が姿を消したことに気付く者は、誰一人としていなかった。
―※*※―
宿にしている旅館の部屋。部屋割りはディステリアとセリュード、部屋の中に敷居をもうけてセルスとクウァルとなっている。だが、この日は違った。
「今日から、こっちの部屋に泊めて」
ディフォルメされたクマやフクロウやオオカミやクジャクの柄をしたパジャマとナイトキャップに、わざわざ実家から持って着たマクラを抱いてやって来たセルスの言葉に、セリュードとディステリアは顔を見合わせた。
「どうして?」
「どうして、ですって?」
眉を引きつらせたセルスに言い知れないプレッシャーを感じ、セリュードは表情を強張らせる。
「理由がないなら帰れ。ただでさえ、こんな時間に男二人の部屋に来るのは危険だとわかってるだろ」
「何よ。あんた、何考えてるの?」
「お前の身を案じて言ってるだけだ」
眉間にシワを寄せてすごむセルスと、半目で面倒くさそうにするディステリア。その間にセリュードはどこかに姿を消していたが、そんなことに気付かず二人は睨み合っている。
「・・・・・・で、そんな危険を付きまとわせてまでなんのようだ?部屋に帰りたくなさそうだからクウァルがらみのことだろうな。愚痴ぐらいは聞いてやる」
「じゃあ、部屋入れて。言っとくけど、妙なことしたらぶっ飛ばすから」
「ふん」と横目で見ながら、ディステリアはセルスを部屋に入れた。
「で、なんだ?」
セルスはベッドに座り、ディステリアはイスを寄せて向かいに座る。
「クウァルったら、部屋に戻って携帯見ながら黄昏てるの」
「携帯?またなんで」
「この前助けてもらった女の子のこと、考えてるんでしょ?携帯だけでなく、メールの番号も交換したって言ってたから」
「あっ、そう・・・・・・それと、こっちに泊めることとなんの関係がある?」
「なんか居辛くて。せめて、黄昏るのをやめてくれたらいいんだけど、それを言ったら『黄昏てなんかない』って言っちゃって・・・・・・」
「じゃあ、黄昏てないんだ」
「いいえ!あれは絶対、黄昏てる!!」
頑なに譲らないセルスに、ディステリアは溜め息をつく。
「携帯番号やメールアドレスくらい、お前とも交換してるんだろ?」
「そうだけど・・・・・・今回くらい気にかけてくれなかった・・・・・・」
「あいつって、お前以外に友達いなかったんだろ?初めてお前以外に友達ができて、喜んでるんじゃないか?」
「う~~・・・・・・そうも考えられるんだけど・・・・・・」
「何かあるのか?」と眉を寄せてディステリアが聞く。
「女の勘なんだけど、クウァルって・・・・・・シェルミナって子に・・・・・・」
そこで黙り込むセルスに、興味なさげナディステリアは背もたれに腕とあごを乗せる。「なんだ?」
「ううん、なんでもない・・・・・・」
そう言ってセルスは、座っていたベッドに寝転ぶ。
「それ、俺の使ってたベッドだぞ」
「構わない。どうせ泊まるんなら、あんたかセリュードのベッドで寝なきゃいけないでしょ」
イスから立ち上がると、片方の眉を引きつらせる。
「・・・・・・・・・どうせなら、セリュードの使ってたほうで寝たかったな・・・・・・」
寝息を立てて眠ると、「悪かったな」と呟いてセルスに布団をかけた。
「・・・・・・貸し一だ」
そう言ってディステリアは部屋を後にする。
「(とりあえず、俺の安眠が奪われるきっかけを作ったクウァルは殴る)」
そう心に決めて向かいのクウァルの部屋に行ったが、鍵はすでにかかっている。セルスの寝ている自室に戻るわけにも行かず、ディステリアはロビーで寝ることにした。
―※*※―
翌日。朝一でロビーに下りてきたセリュードは、ソファーの上で寝ているディステリアを見て呆れた表情をした。
「何やってんの?」
「女の子が寝ている部屋で寝るわけには行かないから、ここで寝た」
「呆れた・・・・・・こっちはお前にセルスを任せて、クウァルの部屋に泊まったというのに」
溜め息をついて頭をかくセリュードに、「は?」と寝ぼけ眼で体を起こす。
「お前、セルスのベッドで寝たのか?」
「お前な。野宿を知る身としては、ベッドで寝られるのはありがたいことなんだ。贅沢は言わない」
崖の上や岩場で野宿したことがあるディステリアは、その時の寝心地の悪さを思い出した。
「だが、ご心配なく。こちとら、どこででも十分睡眠取れるようになってるから」
「そうか。なら、大丈夫だな」
ディステリアは立ち上がると、大きく息を吸って伸びをする。腕を下ろすと、とりあえずセルスを起こすため部屋に戻った。
「そうだ。彼女、着替え中かもしれないから、ドアを開ける際は注意しろよ」
「俺がそんなへまするか」
その侮りが命取りとなった。ごく自然に部屋に戻り、ドアを開けた途端、
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
「うぎゃああああああっ!!」ホテルの廊下に男女の悲鳴と爆音が響く。幸いというべきか、その階にいる宿泊客はディステリアたち以外にはいない。悲鳴と爆音で目が覚めたクウァルがドアを開けると、その側に打ち付けられているディステリアが目に入る。
「・・・・・・・・・何やってんの?」
「お前のせいで、な・・・・・・」
「俺のせい?」と首を傾げると、ちょうどドアが開いてセルスが出てくる。彼女はディステリアを一瞥して、
「最!!低!!」
「・・・・・・やっぱりな」
騒ぎを聞きつけて登ってきたセリュードが頭を押さえる。ディステリアはそもそもの原因であるクウァルを睨むが、当の本人は訳がわからずボーっとしていた。
―※*※―
その頃。ある街で、ジークフリート、ブリュンヒルド、エインヘリヤル、ワルキューレのチームが戦闘を行っている。その相手は、グドホルムとグナテルの二人だった。
「今日こそは渡してもらうぞ。ニーベルンゲンの指輪!!」
「だ~か~ら~!指輪はもう持ってないと、前から言っているだろうが!!」
「そんな嘘が―――」
グドホルムは蛇腹状になった鎧に包まれた腕を上げ、一気にそれを地面に叩きつける。
「―――通じると思っているのか~!!」
その途端、大きな音と共に街の道を敷き詰めている石畳が大きく割れ、盛り上がったり、隙間が開いたりした。
「前に会った時より、力が増している!?」
「当然だぁぁぁぁぁぁ!」
着地したジークフリートが叫ぶとグドホルムが吼える。
「あの後、ネクロに頼んで俺が戦意を持てば、筋力が最大になるようにしてもらったからな~!」
それを聞いて、攻撃を避けているジークフリート以外の面々は唖然とした表情になり、敵であるはずのグナテルまでもが、相方の言った言葉に頭を押さえて溜め息をついていた。
「あんたの相方って、パワーアップは他人に頼ってばっかり?」
「う・・・・・・うむ。同じ組の者として、頭が痛い限りだ・・・・・・」
しかもそれを簡単にばらす.素人並みの失敗に、二人はほぼ同時に溜め息をついた。
「ん?」
それを見て一瞬ジークフリートの注意がそちらに向くと、その隙を突いてグドホルムが攻撃して来る。だが、すぐにそれに気付いてグラムで防御し、弾き飛ばしてから突きをくり出す。それがグドホルムの鎧を掠め、怯んだ隙に連続で切りつける。それを皮切りに、戦いはジークフリートのほうが優勢になっていた。
「バカな。この前は俺のほうが完全に押していたのに・・・・・・」
信じられないという表情のグドホルムに、ジークフリートが剣を振る。咄嗟に後ろに飛んだが、凄まじい剣圧によって発生した突風で、かなり離れた所まで飛ばされた。
「今回はこちらも、始めから戦闘結界は張っている。つまり―――」
着地したグドホルムに、グラムを上に構えたジークフリートがさらに追い討ちをかける。
「―――神界にいる時と同じくらい力を発揮できる!!」
そう言って振り下ろされたグラムを、グドホルムは左腕についている小さな盾を使って軌道を逸らした。
「だが・・・・・・ジークフリート!!この前、再会した時に言ったはずだ。『俺は疲れを知らない体にしてもらった』と!!」
そう言って切りかかるグドホルムの突進をかわし、すぐにグラムを振り下ろす。だが、グドホルムはそこからさらに加速し、そのまま勢いに乗ってグラムの一撃をかわした。
「例え神の血を引く半神だろうと、オーディンに仕えるエインヘリヤルだろうと、疲れない訳がない!!」
腰を落として地面に両足をつけ、「だが!!」と叫ぶと、掌を広げて引いておいた右腕を思い切り前に突き出し衝撃波を放った。当然ながら、ジークフリートは余裕の表情でそれをかわした。
「そこを行くと俺はどうだ。戦う時は常に最大の力を発揮し、さらに疲れ知らずときた。この完璧に近い俺を貴様らが倒すなど・・・・・・絶対!不可能だ!」
しかしジークフリートは、グドホルムのその能力こそが、彼の最大の弱点だと言うことに気付いていた。
―※*※―
一方、ブリュンヒルドはグナテルと対峙していた。グナテルは最初に戦った時と同じく、左腕にガトリングガンを装備しており、そこから圧縮したマナの弾丸を撃ち出していた。しかし、ブリュンヒルドにはその弾丸も軌道も見えており、左腕の鎧に魔方陣でしまってあった弓を出し、同じくマナを圧縮して作り出した矢を撃ち出した。マナの弾丸と矢は互いに寸分の狂いもなく当たり、相殺された。
「さすがに、簡単にはいかないみたいね!!」
「ああ。お互いにね!」
再びガトリングガンが火を噴く。町の真ん中だったので周りへの流れ弾が心配されたかと思われたが、ブリュンヒルドは全ての弾丸を矢で打ち落としていた。響き渡る銃撃音、だが銃弾は全て矢と相殺していた。
「なるほど。恐ろしいまでの動体視力だ・・・・・・だが!!」
いつの間にか抜いていた剣を振り上げて、ブリュンヒルドとの距離を詰める。
「なっ!?」
間髪入れずに、グナテルの剣がブリュンヒルドに向かって突き出される。だが、寸前で抜かれた彼女の剣がそれを防ぎ、次の瞬間には、剣を使った斬り合いになっていた。ただし、互いに剣を振るスピードは凄まじく、常人には剣がぶつかり合う、連続した金属音しか聞こえていなかった。
「(ちっ。オーディンから追放処分を受けたとはいえ、さすがヴァルキリーだ。気を抜けば、こちらがやられる・・・・・・)」
剣がぶつかり合い、そのまま互いに睨み合う。
「(強い。元が人間だというのが、ウソみたいだ。気を抜けば、こちらがやられる・・・・・・)」
しばらく睨み合った後にほぼ同時に剣を振り、互いに離れた場所に着地する。
「(・・・・・・長期戦は、不利なようだな・・・・・・)」
「(・・・・・・ならば・・・・・・一瞬に勝負をかける!!)」
グナテルとブリュンヒルド。互いに顔つきが変わり、相手は一気に勝負に出ることを察した。その一拍の間はほんの一瞬だったが、二人の感覚では、静寂と緊迫に満ちた数分間にも感じられた。だが、
「うおおおおぉぉぉっ!!グラム!!」
「くたばれぇ!!ジークフリートぉぉぉっ!!」
グラムとグドホルムの激突音が二人を現実の空間に引き戻す。と、ほぼ同時にブリュンヒルドとグナテルが動いた。空気を切る音がして二人がすれ違う。一瞬の沈黙。
「・・・・・・うっ・・・・・・」
どちらかがうめくと同時に、ブリュンヒルドが地面に膝をついた。一方のグナテルは、無傷かと思われたが・・・・・・鎧の胴体部分が大きく斬られており、そこからどす黒い血が滴り落ちていた。
「・・・・・・ご・・・・・・はっ・・・・・・」
「ふう~~」
口から血を吐いてグナテルが地面に倒れた後、ブリュンヒルドは深い溜め息をついた。