第54話 三人だけの戦い
その頃、食料の買出しと情報収集に歩いていたクウァルも、先程の咆哮は聞いていた。
「今はまだ遠い・・・・・・だが、いつ近くに来るかわからない」
クウァルはすぐに現場へ駆けつけようと駆け出したが、彼の前にこげ茶色のマントに身を包んだ人影が飛び降りて来る。とっさにジャンプで後ろに下がって、身構えたクウァルは警戒した。
「何者だ?」
「クウァル・ハークルス。あの子の恨み、覚悟・・・・・・!!」
少女のような声の後、いきなり短剣を振って襲いかかってくる相手に、クウァルは戸惑っていた。
「くっ・・・・・・何者だと聞いている・・・・・・」
攻撃を捌き、思い切り蹴り飛ばす。腕の痛みに顔を歪めていると、クウァルが再び問いかける。
「何者か知らぬが、お前に恨まれる覚えはない」
それを聞いて、相手はフードの下で眉を動かした。
「ラドンを殺した・・・・・・ヘラクレスの血を引く者・・・・・・」
目を見張って驚くクウァル。彼の血筋を知るのはセルスとブレイティアのメンバーだけで、それ以外の者で可能性があるのは。
「―――!?デモス・ゼルガンク・・・・・・」
「私は・・・・・・ヘスペリア」
相手がフードに手をかけ、名乗りながら後ろに下ろすと、下から金髪を持つ少女の顔が現れた。風になびく髪を見て、クウァルは唖然としていた。
「どういうことだ。お前はいったい・・・・・・・・・」
ヘスペリアが冷徹な目を向けると一瞬、彼女の姿が消え、突然クウァルの目の前に現れた。一瞬驚くが咄嗟に腕を交差させてガードすると、とてつもない衝撃の後にヘスペリアの体が大きく飛ばされた。
「(あちらの攻撃力は強いが、それに耐えられるだけの土台はないか)」
クウァルに向かってヘスペリアは攻撃を仕掛け続ける。だが、彼は足腰にしっかり力を込めて攻撃に耐え、攻撃を捌き続ける。
「お前の名前は聞いたことがない。何者なんだ?」
「黙れ!!」
クウァルに叫んだヘスペリアは、彼の体を大きく蹴り飛ばした。今までの攻撃とは違う重い一撃に、歩道の上に膝を突く。
「ゲホッ!?」
咳き込むクウァルの腹に容赦なく蹴りを入れる。激昂した直後からヘスペリデスの一撃は、嘘のように重くなっている。右から振られた腕の一撃を流し、殴りつける左腕を捌く。動きからして素人だと考え、次は足の一撃が来ると思ったが、そこが判断の甘さ。体を回したヘスペリデスが回転の勢いを乗せた腕を振った。
「うおっ!?」
とっさに身を屈めてかわしたが、次の瞬間あごに衝撃が走る。屈む動きに合わせて繰り出された膝蹴り。向かって来る勢いが合わさり、非力なヘスペリデスの蹴りの威力を返って増大させた。
「ガハッ・・・・・・」
仰け反ったクウァルに容赦なく踵を落とす。体勢を崩した状態でもろに食らい、地面に叩きつけられた。
「くっ・・・・・・お前、いったい・・・・・・」
自分の足を掴んでいるクウァルを、ヘスペリアは冷たい表情で蹴り上げた。
「かはっ」
呻き声を上げて再び歩道に落ちると、彼女はゆっくりとクウァルに近づいた。
「逆恨みだと思われても構わない。あなたの命で、あの子が蘇るのなら・・・・・・」
クウァルの頭を掴んだ時、「(本当?)」と頭の中で自分の声がした。
「(本当に・・・・・・これでいいの・・・・・・?)」
彼女が戸惑った隙を突いて、クウァルは残りの力を振り絞ってヘスペリアを蹴飛ばした。すぐに両腕でガードしたが、その衝撃は体全体を駆け巡った。
「く・・・・・・まだ、こんな力が!?」
思わぬ反撃に、ヘスペリアは着地した後もすぐには攻撃に移らなかった。クウァルの反撃を警戒してのことだが、彼女にはもう一つ戸惑う訳があった。
「(どうしても・・・・・・非情になれない・・・・・・)」
そのまま何もできないでいると、「どうした」と男の声がした。
「カイネ・・・・・・やっぱり私には・・・・・・」
「できないか?」
姿を見せないまま声がすると、ヘスペリアが震えながら頷く。
「・・・・・・まあいい。だが、その男は君自身の手で倒さなくては意味がないんだ。そいつの甘さに助けられたな、クウァル・ハークルス」
「待て」
痛む体を起こしながら呟くクウァルに、カイネと呼ばれた存在は冷たい声で聞き返す。
「何さ、死に損ない」
「姿を・・・・・・見せろ・・・・・・」
「断るよ」と、カイネの声だけが答えた。
「自分の立場がわかってないようだな。お前は負けた。本当ならもう死んでるんだ。だから質問をする資格もないし、こちらも答える義理はない」
「ふざけ・・・・・・」
クウァルが言いかけると、「資格といえば」とカイネがさえぎった。
「お前ら人間は、いったいなんの権利があって『人間』以外の種を追いやってるんだ。彼らの住処を奪っておきながら、いったいどの面下げて、土地に戻ってきた動物たちを『害獣』と言えるんだ?」
息も絶え絶えに聞いているクウァルに、「だいたい・・・・・・」と続ける。
「ろくになんの力も持ち合わせていないのに、同族同士で特別な力を持つ者には嫉妬するなんて、バカらしいもいい所だ。お前らは『滅ぶべき種』なんだよ」
悲しそうな表情のヘスペリアに「行くぞ」と命令すると、彼女は素直に従いクウァルに背を向けた。
「待て・・・・・・ぐっ・・・・・・」
追いかけようとしたが体の痛みに襲われ、アスファルトの上に倒れこんだ。薄れ行く意識の中、ヘスペリアの後ろ姿を向けたまま、闇の中に消えて行った。
―※*※―
獣の咆哮を辿って、町外れの丘にやって来たセリュードは辺りを捜索していたが、怪しいものは何一つ見つからなかった。
「おかしいな。確かにこの辺りのはずだが・・・・・・」
後からやって来たセルスとディステリアも捜査に加わったが、目ぼしいものは何も見つからずにいた。
「確かに、何かの吼え声は聞いた。だが、それよりも・・・・・・」
ディステリアが何かを言いかけたその時、三人の前に突然、地面から腹がムカデのような形のクモが飛び出してきた。
「獣じゃない!?」と、驚くディステリア。
「これは・・・・・・どういうことだ!?」と、セリュードも目を見張る。
「ガギャアァァァァァァッ!!!」
クモとムカデをあわせた形の怪物は吼え声を上げ、セリュードたちに突進して襲い掛かってきた。連続で振り下ろされる左右八本の足が地面を砕くが、三人は全てかわしきっていた。
「どうなっているんだ、これ!?」
「どうやら・・・・・・俺たちはこいつらの仲間に誘い込まれたようだ」
「それじゃあ、私たちはまんまと罠にはまったってこと!?」
状況を理解しきれないセリュードたちに、怪物は容赦なく攻撃を仕掛ける。
「このまま逃げ回っていても、埒があかない。行くぞ!!」
「「了解!!」」
ディステリアとセルスが返事をする。セリュードが槍を取り出すと同時に突っ込み、その隙に特殊な魔法をかけたアクセサリー型のお守り、タリスマンからディステリアは天魔剣を、セルスは魔術師が使う杖を取り出した。そうとは知らない怪物は、目の前に突っ込んできたセリュードに攻撃を集中させる。
「はあああっ!!」
槍の穂先と柄をフルに使って、敵の攻撃を捌く。高速で八本の足が繰り出す攻撃を、セリュードは素早い槍捌きで弾き続ける。八本全ての足が弾かれた、わずかな一瞬。
「凍えろ、冷たき吹雪の洗礼!ブリザードランサー!」
杖を振ったセルスの魔術。吹雪に押された大きな氷柱が怪物の腹に当たって砕ける。貫くどころか殻すら砕けなかったことに少し悔しさを感じるが、吹雪に混じっていたのは氷柱だけではない。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
そこにディステリアが天魔剣を振り上げて斬りかかった。
「ギィッ!?」
奇襲に気付いて頭を上げた瞬間、攻撃が止まった足の間を潜り抜けてセリュードが飛び込んだ。槍の柄を押し込んで変形させたスピアを敵の腹に思い切り突き刺し、それと同時に斬りかかったディステリアが怪物の頭を切り落とす。
「ギャ・・・・・・ゴッ・・・・・・」
一瞬、倒したかと思ったが、切り落とされた首の下から怪しげな光が灯る。
「なっ!?」
驚くと同時に乾いた音がして、セリュードがスピアで貫いた部分が砕ける。先ほど切り落とした頭の下には別の顔が隠れており、ディステリアたちの驚きが冷めないうちに怪物の上半身と下半身が分離した。
「こいつら、分離した!?」
「いや、違う。元々二体だったんだ」
冷静を保つセリュードのスピアが抜いた体が音を立てて砕けると、そこには内臓らしき物は愚か骨もなかった。二人がそれに驚いている隙に、上半身のクモのような怪物と、下半身のムカデのような怪物が同時に襲いかかる。だが攻撃が入る瞬間、
「ファイヤーウォール!!!」
セルスの声と共に、彼らの間に炎の壁が割り込んだ。
突如、割り込んできた炎の壁を、ムカデ型の怪物はかわすことができずに突っ込み、瞬く間に全身を炎に包まれた。
「ガギャアアッ!!!」
上半身だったクモ型の怪物は間一髪で、クモにないはずの半透明な羽を広げて、空中に逃れた。だが、そこを天使の翼を広げて待ち伏せしていたディステリアが天魔剣を振り下ろす。
「ギョオッ!!」
前足二本で防ごうとするが、激突直後にディステリアが天魔剣を振り上げ、その足を弾く。続けて天魔剣を振り下ろすが他の二本がそれを防ぎ、残り四本が横からディステリアに襲いかかる。
「―――セルス!!」
「やったことないけど・・・・・・うまくいって!!」
セルスが杖の先端を向け、「クリス・ウォール!!」と叫ぶ。ディステリアの両側に水晶の壁が現れ、クモの怪物の足を変わりに受ける。
「(やった、防げた!)」
だが喜んだのもつかの間、その水晶の壁は簡単に貫かれていることに気付く。セルスは最悪の状況を思い浮かべたが、その時すでにセリュードは走り出していた。
「落とせ!!」
「どりゃああああああああっ!!」
翼を羽ばたかせて突っ込み、思い切り天魔剣を振ってクモ型の怪物を地面に落とす。走っていたセリュードは飛び上がり、強く握っていた槍を振り下ろした。クモ型の怪物の右側の足を二本切り落とし、体勢を崩したところに落下して来たディステリアが天魔剣で腹部を狙った。横薙ぎに振った天魔剣をクモ型の怪物は足で防ごうとしたが、ディステリアはその隙間に天魔剣を捻じ込み、体全体を使って振りきった。
「どうだ!!」
だが、振り切った勢いで防御が解けた足の向こうには、無事な胴体部分があった。
「何!?」
「すぐ離れろ!」
後ろに下がったセリュードが声を上げ、一瞬呆けたディステリアも後ろに下がる。クモ型の怪物が反撃しようとするが、
「ファイアボール!!」
そこにいくつもの火の玉が飛んできて、怪物の攻撃を邪魔する。
「リヒト・ランス!」
セリュードの突き出した槍から飛んだ光の槍を、振り向きざまにクモの怪物が払う。二発目のリヒト・ランすも、連続で突き出される足に掻き消される。が、セリュードたちに焦りはない。クモの怪物の後ろでは、雲に隠れた月を背にディステリアが天魔剣を振りかぶっていた。生物レベルの本能がそれを察して振り返るが、遅かった。
「テネブラエセイバー!!」
天魔剣に集中させた闇の魔力が溢れ、巨大な刃で形成してクモ型の怪物を一刀両断した。縦に切られた体が地面に落ちる頃に、ディステリアも着地して翼をしまった。敵がいなくなっても警戒を解かないでいると、セルスのファイヤーウォールで焼かれたムカデ型の怪物に近づいて、何かをしているセリュードを見て眉を寄せる。
「何してるんだ?」
振り返ったセリュードは、「えっ?ああ」と彼のほうを見る。
「クトゥリアさんにこの怪物のサンプル回収を頼まれていて。それで、皮膚の一部でも、と・・・・・・」
「そのサンプルとやら、こちらに渡してもらいましょうか」
三人が振り向くと、昼間に会ったイルム率いる防衛部隊が銃を向けながら、セリュードたちを取り囲んだ。
「何しやがるんだ、てめえら!!」
叫んで前に出ようとするディステリアに、銃を向ける兵士たち。激突を避けるために、セリュードがディステリアを腕で押し止めた。
「今、彼らと激突するのはまずい。ここは堪えてくれ」
「だが・・・・・・」
「押さえるんだ!」
反論しかけるディステリアに声を落として強く言った。その間にも、治安部隊の兵士は彼らに倒された怪物の遺体を回収しようと取り囲む。その様子を黙ってみているディステリアは、部隊を指揮しているイルムを睨みつける。
「・・・・・・何が言いたいかは、だいたいわかる。だが、こちらも上層部の命令だからね。君たちも軍事組織の者なら、それくらい理解できるだろう」
「こちらの目的は、あくまで『防衛』です」
落ち着いた声でセリュードが返す。『上層部の命令』と言う言葉に一瞬、ディステリアは強い憤りを感じたが、次の瞬間にはそれは疑問に変わっていた。
「イルム隊長。サンプルの回収、完了いたしました」
「そうか、ご苦労」
イルムが言うと、銃を構えている兵士の一人が不満に満ちた表情でディステリアたちを見る。
「こいつら、どうしますか」
「彼らについてはなんの命令も受けていない。このまま撤収する」
「り、了解・・・・・・」
またも納得できないと言わんばかりの顔をして銃を下ろして、そのまま部隊は撤退して行った。
「くそっ、あいつら・・・・・・」
「まあ、怒ってもしょうがないことだ」
怒り心頭のディステリアをセリュードがなだめる。
「悔しくないのかよ!?俺たちが苦労して倒した奴を横取りされて!!」
「そりゃあ、悔しいけど・・・・・・でも、私たちが彼らとトラブルを起こしてここの軍と連携取れなくなったら、それこそ敵の思う壺じゃない」
セルスにそう言われて「ぐっ」と黙り込むディステリア。
「それに、な」
意地悪そうな笑みを浮かべたセリュードが、懐から何かのかけらが入った小さなガラス瓶を取り出す。
「必要なサンプルは。すでに取っていたんだよ」
それを聞いて、「何ぃ~!?」と驚くディステリア。
「な・・・・・・なんでそれ、黙っていたんだよ」
「ディステリアだと、間違いなく顔に出るからね」
「知られたら取り上げられるかもしれなかったんだ。黙ってて悪かったな」
「あ、そう・・・・・・」
笑うセリュードに言い返して、ディステリアは顔を逸らす。「だが、そんな少ない量で大丈夫なのか?」
「分析は本部で行うことになる。ヴァルキリーたちが運ぶことになるらしいし、あまり量が多いと大変だろう。それに・・・・・・」
サンプルの入ったカプセルをポケットに入れ、セリュードは続きを言う。
「あれだけの量、帰って持て余すのは目に見えている。しばらくすると分解されるみたいだし・・・・・・」
「そいつに入ってる間は大丈夫なのか?」
「例え分解しても、残存物を分析するから問題ないんだと」
「ふーん」と声を漏らし、ディステリアは顔を逸らす。しかし、まだイライラしている様子の彼に、セルスは首を傾げる。
「どうしたの?」
「なんでクウァルの奴は来てないんだ!?サボり!?サボりか!?」
「いや~、それはどうだろう」
「いいや、そうだ・・・・・・絶対そうだ」
少し呆れた顔で言うセリュードに、ディステリアは断固として譲らなかった。すると、彼の上着ポケットに入っている携帯電話が鳴り出す。
「なんだ?この番号はクウァルか。全く・・・・・・」
ディステリアがふたを開いて電話に出るなり、
「おい、クウァル。何やってるんだ!?」
《きゃあ!?びっくりした~・・・・・・》
怒鳴ると向こう側から少女の声が聞こえてきた。それにディステリアが目を丸くすると、様子が違うことを察したセルスとセリュードも彼を見る。
《あの・・・・・・この携帯の持ち主は、クウァルさんって言うんですか・・・・・・?》
思わぬ質問に首を傾げるディステリア。そうとは知らないセリュードとセルスは、顔を見合わせた。
「確かにクウァルなら、遅れる場合は連絡を入れるだろうが・・・・・・遅すぎないか?」
「そう言えば、確かに。クウァル、外せない用事ができたら、報せることが多かった・・・・・・」
二人が気付いたちょうどその時、「なんだって!?」とディステリアが声を上げた。
「場所は・・・・・・今、あいつはどこにいるんですか?」
《えっと・・・・・・町の病院・・・・・・大通りを北に真っ直ぐ行って、自然公園の近くにあります》《わかった。すぐに向かいます。あなたの名前と、目印になる物を教えてください」
《えっと・・・・・・フェルミナ・・・・・・フェルミナ・サンカルナ。髪を長く伸ばしていて、メガネをかけているので、それを目印にしてください》
「・・・・・・長く伸ばした髪・・・・・・メガネ・・・・・・わかった・・・・・・」
電話を切ったディステリアに、セリュードとセルスが駆け寄る。
「お前の聞き方・・・・・・ちょっとばかり変だったぞ・・・・・・」
「うえっ!?マジで!?」と、ディステリアが悲鳴を上げる。
「うん。言葉も敬語と混じってて、少し変だったし・・・・・・」
「まあ、知らない奴に馴れ馴れしく話しかけるのもどうかと思うし・・・・・・ディステリアなりの他人との接し方なのだろう」
「でも、ねえ・・・・・・」とセルスが苦笑いする。
「とにかく、クウァルは病院にいるんだろ?どの道、いくしかないだろう」
ディステリアとセルスは顔を見合わせて頷くと、クウァルがいる病院へ向かって行った。