第53話 激闘の開幕
世界のどこにでもある商店街。今日も人々が行き交い、賑わっていた。電気店の店頭のガラス越しに置かれたテレビや、公共の施設に設置された巨大スクリーンが近年の世界情勢を映していた。突然、そのスクリーンに一瞬ノイズが入ったかと思うと、画面が一人の男が立っている映像に切り替わった。それを見た町の人々は、戸惑いの表情を浮かべながら、それを指差していた。
《・・・・・・・・・聞くがいい!!愚かなこの世界の住人どもよ!!》
辺りに響き渡る男性の声。一部の町の人が周りを見渡すと、電気店の店頭に並んでいるテレビが、一斉に電波ジャックを受けていた。
《我らは〈デモス・ゼルガンク〉。神に変わり、この世界を修正する者なり・・・・・・!》
スクリーンを見ていた町の人の中に一斉に、戸惑いと不安が沸き上がる。
《この世界の住人どもは、今まで愚かな争いを続けてきた。いや、今もなお、こうしている時でさえ、世界は争いを続けている。ある者は限りある資源を奪い合い、またある者は自分たちこそが神の代弁者だと驕りから名乗り、虐殺を繰り返している》
その放送は各国の都市や議員の所は愚か、全世界のメディアを通じて放送されていた。もちろん、彼らに対抗するために組織された、〈ブレイティア〉が本拠地にしている〈名も無き島〉にも。
「こんな時に声明発表か。つくづく派手好きだな。あの男は・・・・・・」
クトゥリアがそう呟いてた間も、〈デモス・ゼルガンク〉首領、ソウセツが声明を続ける。
《国を治める者は、民を導く重役にいながらその責務を全うすることなく、民のため、国のためと言いながら格差を広げ、民を苦しめ続けている。腐敗した政治は、力のある貴族と同じく己の都合や身を第一に考え、弱い立場の者の声など全く耳を傾けていない。それどころか、平等であるはずの命を選別し、同じ命として見ようともせず、道具としてでしか見ようともしない》
「なんだ?急に話題が変わったような・・・・・・」
〈エスペランザ〉の船内で、ミリアと共に小型テレビを見ていたユーリは、ソウセツの演説に違和感を覚えた。
《力の弱い者が異議を唱えれば、何かと言いがかりをつけて追放、ひどい時はその命を抹殺までする。所詮、指導者の地位など、自らと下の立場の者を見下し、虐げるためのもの。全ては己のためでしか過ぎんのだ!》
その時、ユーリの脳裏に魔女狩りの光景が浮かぶ。魔女狩りは、『魔女を捕まえ、世間の平和と秩序を整える』と言う大義名分の元で行なわれていたが、実際は教会が持っていた政治的地位を守るものでしかなく、ユーリもそれを感じていた。
《いつの時代でもそれは確実に起こり、どの指導者でも確実に起こしかねん、まさに指導者が常に持ちえる弊害だ》
平安京、黄龍殿の徳仁の部屋においてある小型テレビを見て、徳仁は溜め息をつく。
「やれやれ。世直しでもしようというのかね。この男は・・・・・・」
《それだけではない。力の弱い者を追いやり、挙句の果てにいわれのない罪を着せて抹殺まで行なう・・・・・・知らぬ間に、国の重役どもに殺されている、弱き民がいるのだ!!》
それを聞いた途端、かつて朝廷軍が北へ追いやったエミシの民の存在が頭をよぎった。
《一つでも例を挙げれば、シャニアク国で江戸の者より、蝦夷の住民、琉球の民がそうだ。たった一国でも、三つの呼び名を作り出している。同じ体、同じ腕、同じ足、変わらぬ姿をしていても思想の違いだけで弾圧する!―――だけでなく、同じ思想を持つ者でも、その中に一つでも違い部分があれば拒絶し、抹殺する》
後半にソウセツが言っていることは、普通の人間が半妖と呼ばれる、妖怪の血を引く人間を受け入れられない理由の一つでもあった。それを聞いた時、バツが悪そうに徳仁は笑みを浮かべた。
「・・・・・・・・・言ってくれるじゃないか・・・・・・」
《全てが同じ『人間』という存在であり、それぞれ違う『個』を持っているにも拘らず、貴様らは何様のつもりでその『個』を否定し、己と違うものを抹殺しようとする》
エオホズ王が治めるアルスターでも、騒ぎになっていた。
「王!エオホズ王さま!!」
「わかっている。この放送のことだろ」
自室に駆け込んできた家臣に、エオホズは落ち着いた様子で答える。部屋のテレビの画面はついており、中には演説中のソウセツが映っていた。
「見ておられたのですか!?」
「いや。どうやらこの放送は、強制視聴のようだ」
テレビのスイッチを押しても、画面が切れることはなかった。
「なっ!?しかし、いったいどうなって・・・・・・」
「わからん」
エオホズは肩をすくめた。その間にもソウセツは、《力の弱い人々が虐げられている》と演説を続けている。
「しかし、この男。いったい、何が言いたいのでしょうか・・・・・・?」
「一見すると、主張にまとまりがないように見えるが・・・・・・」
あごに手を当てるエオホズに、「・・・・・・が、なんですか?」と聞く。
「この男の主張、今の世界政府への不満に集中していないか・・・・・・?」
「あっ。そう言われてみれば・・・・・・」
《人間どもが虐げているのは、同じ人間どもだけではない。森を切り開き、大地を崩し、海を埋め立て、空気や水を汚染する。貴様らの繁栄は、神や精霊たちを追いやり、星の命を削って築いているものだ!!》
「あっ。変わりましたね」
《この世界は神が創り、見守っているという考えもあるだろう。だが、我々はその理論を否定し、ここに宣言する。この世界を見守る神などいない。全ては幻だ。もし神がこの世界のことを気にかけているのなら、貴様らは即座に抹殺されている!!》
ブレイティア本拠地の会議室にいる神々も、この映像を見ていた。
「我らの存在否定まで始めたか」
「確かに今の時代、人間たちの世界を監視している神はいない」
ゼウスとオーディンが言うと、フレイも話に入る。
「確かその役目は、天使と呼ばれるものが引き受けてくれましたよね」
「だが、介入するまでには至っておるまい」と、オーディンが溜め息をついた。
《確かに存在しているのは、自らを神に置き換えた『人間の指導者』という偽りの神なのだ!!》
街でスクリーンを見ている人々の外れで、ジャケットを着た一人の青年、クウァルがそれを見上げていた。
「『人間の指導者と言う、偽りの神』・・・・・・だと」
まるで憎しみを込めているかのように、画面を睨み続ける。
《よって・・・・・・役目を放棄した神に変わり、我らはこのような不条理で醜い世界に終止符を打つ。そのためにも、この愚かな者どもの巣食う世界を終わらせなければならない》
不安にざわめく人々の外で、クウァルは静かに怒りの炎を燃やしていた。だが、その理由は彼にもわからなかった。
《我らが神、我らが正義などと、驕りが過ぎる寝言は言わぬ。だが!!我らの手によって、いずれ訪れる『審判の時』。その時までに、己らの犯してきた過ちを悔やみ続けるがいい!》
「・・・・・・・・・ふざけるな!」
クウァルが思わず呟いたその時、人ごみの後ろのほうにいる、メガネをかけた赤い髪の少女がクウァルのほうを振り向いた。クウァルはしばらく少女に見られていたが、視線に気付いてそちらのほうを向きその場を後にした。やがて声明発表が終わると、ノイズの後に画面は元通りとなる。集まっていた野次馬は、不安に煽られてざわめいていた。
―※*※―
謎の声明を聞いた各国の代表議員たちは、皆、一斉に会議を開いた。
「いったい、何がどうなっているのだ!」
リタリー議員に、「私が聞きたいくらいだ!」とアストリア議員が叫んだ。
「それにしても、エスパニャとファンラスの代表者は来ないのか!」
「ファンラスは、政治実権を握っていた教会が崩壊し、今は指導者がいない状態だ。この会議に出席すること、自体が無理だろう」
冷静に言ったウェイス代表議員エンハムを、アストリアの議員は睨むように見た。
「だが、ファンラス側の代表がいないのはそれのせいだとして、なぜエスパニャの代表がいないのだ!!」
「アストリア代表議員殿。八つ当たりはやめていただきたい」
しかし、一見落ち着いているようにも見えるイグリース代表議員も、内心はひどく動揺しており、結局会議らしいことはできずに閉幕した。
「(腐敗した政治・・・・・・民を導く力もない・・・・・・全く、返す言葉もないな・・・・・・)」
イグリース議員は、心の中で皮肉に思った。
―※*※―
エウロッパ大陸のとある町中で、突然爆発が起きた。人々が逃げ惑う間にも爆発が起こり続ける。その爆発の中心にいたのは、あばら骨のような物が背中から前に向かって生え、頭からは内側に湾曲した角が生えた、恐竜のような姿の怪獣。しかも、二本足で立って、周りに向かって口から赤い火の玉を吐いて暴れていた。
「グルラアアアッ!!」
吼える度に怪物は腕や尻尾を振り回して暴れ、周りの建物を壊していく。その中で、果敢にも怪物に立ち向かって行く四つの人影があった。このエウロッパ大陸の警護についた小隊の一つ、セリュード率いる〈ブレイティア〉第三小隊だった。
「住民の避難はほぼ完了した。だが、だからって派手な技は控えろよ」
「わかっている、それくらい」
指示を出すセリュードにディステリアが叫ぶ。横に倒した天魔剣を右側に構え、光の力を溜める。ある程度制御はできるようになったし、痛みも小さくなった。だが、技として形を成すにはまだ荒く、そこはもう実戦で鍛えていくしかない。
「ルミナスランス!!」
突き出した天魔剣から光の槍が伸びて、暴れる怪物に向かって行く。だがその先には、怪物のほうには剣で切りかかっているクウァルの姿があった。
「うわっ!?何しやがる!!」
気付いてとっさに剣で弾いた後、急停止して怪物から離れる。同時に突っ込んでいたセリュードが相手をしている間、クウァルは思い当たる犯人・・・・・・いや、一人しか思いつかない犯人に向かって叫ぶ。
「またお前か!?ディステリア!!」
「それはこっちのセリフだ。なんで、俺が攻撃するところにお前がいるんだ!」
「お前、もう少し回りを見ろ!!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す!!」
攻撃をやめて言い争っている二人に、怪物が容赦なくテールスイングを放つ。とっさにクウァルがそれを受け止め、持ち前の怪力を発揮してそのまま怪物を開けた場所に放り投げた。
「ちっ、危なかった。お前のせいで、やられる所だったぞ」
「何言ってる!!邪魔している奴が被害者面するんじゃない!!」
言い争うクウァルとディステリアに起き上がった怪物が襲いかかろうとした時、
「いい加減いしないか!」
という声の後に、無数の小さな光の槍が怪物の体に突き刺さった。
「今は戦闘中だ。くだらないケンカなら、よそでやれ!!」
「そうだよ。必死で戦っている私たちには、返って邪魔なんだけど!」
セルスがそう文句を言っている間、怪物が振り下ろした爪をクリス・ウォールで防いでいた。怪物は何度も爪を打ち付けるが、二年の間に研鑽されたセルスの魔術で作り出された水晶へ気は簡単に砕けなかった。
「戦場では、私的な争いは邪魔にしかならん。続けるのなら、よそへ行ってくれ!」
攻撃を防がれて逆上した怪物は後ろに飛び、水晶壁の横に飛び出したセリュードに向けて突進した。それに合わせてセルスが右手をかざし、詠唱で集めたマナを変化・解放する。
「プリズン・クリュスタロス!」
叫び、怪物の足元から生えた水晶の柱が動きを止める。二年前と違い、敵を多い閉じ込める形ではない。ただ動きを阻害するだけの形だが、これのほうが集めるマナの量も今のセルスが必要とする集中力も少なくて済む。
「リヒト・ランス!プラス、リヒト・フィスト!」
何より、味方が追撃をかけやすい。待っていたセリュードが、槍を構えて作り出した光の槍に光の拳を打ちつけ、ミサイルのように勢いをつけて放った。動けない怪物の胸を槍が貫き、絶命と共に体を消滅させた。同時に、マナの拡散により水晶の柱は消滅した。
「絶命と共に消える・・・・・・と言うことは、あの怪物もマナで構成されているのか?」
「さあ。でも、少なくともその可能性はあるんじゃない?それよりも・・・・・・」
セリュードとセルスが深く溜め息をついた後、いまだ睨み合っているディステリアとクウァルの所に歩いていく。
「二人ともいい加減にしなさい!小さな子供ならまだしも、いい年をしてケンカなんて情けない!!」
「だってよ、こいつがいつも邪魔するんだぜ」
不満を口にしたディステリアに、「なっ!!」とクウァルが声を上げる。
「今度は俺がお前にそのまま返すぜ。邪魔しているのはそっちだろ!」
「なんだと!?」
「いい加減にしなさい!」
そのまま睨み合う二人に叫ぶセルス。その様子に、セリュードは呆れて顔に手を当てた。とそこに、武装した一団が向かって来る。謎の怪物出現の情報を聞いた地方の防衛部隊が駆けつけたのだった。到着すると同時に、即座に回りの状況を判断した。
「これはいったい、どういうことだ。暴れている怪物というのは・・・・・・お前たちではなさそうだな・・・・・・」
「当たり前だ」
ディステリアが掴みかかりそうになったが、それと同時に兵士たちが武器を構え、一触即発の状態となる。
「まあ、待て。貴殿ら、見た所どこかの部隊に所属しているようだが、何者か示してもらいたい・・・・・・」
「イルム隊長、しかし」
そう言う男に部下らしき男が呟く。しばらくどうするか悩んでいたクウァルたち三人だが、三人より先にセリュードが進み出た。
「我々は、世界で起こっている不可思議事件に対抗するべく設立された組織、〈ブレイティア〉に属する者です。現在は、〈デモス・ゼルガンク〉と名乗る組織に対応して動いています」
「〈ブレイティア〉・・・・・・ねえ・・・・・・」
あごに手を当てて唸るイルムの様子に、セリュードは彼が疑いを持っているとすぐ察した。それは無理もない。〈ブレイティア〉は急ごしらえの組織に近く、世界連合政府直轄と言っても発表後も世間からの信頼は小さい。
「・・・・・・まあ、住民を救ってくれたことには変わりないんだ。今日はこれで勘弁してやる・・・・・・」
後ろを振り向き、「撤収!!」と声を上げる。
「ハ・・・・・・ハッ」
部下たちは敬礼したが、ほとんどの者はこのまま撤収することに納得していない顔をしていた。
「どうして撤収なのですか。もしかしたら奴らが・・・・・・」
「そうかも知れない。だが、その証拠はないし・・・・・・」
「しかし、彼らが〈デモス・ゼルガンク〉なる組織と無関係とも・・・・・・」
別の兵士が言いかけると、イルムは表情を険しくする。
「現段階ではなんとも言えない。それが現状だ・・・・・・」
実の所、この頃の忙しさもあり、イルムも〈ブレイティア〉という組織名は始めて聞いた。全貌を掴めない〈デモス・ゼルガンク〉に対抗してくれるのなら願ってもない話しだが、今の段階で信じる要素はどこにもなかった。
「(さて・・・・・・敵と味方・・・・・・どっちだろうな・・・・・・)」
―※*※―
《そうか、早速そうなったか》
「はい」
宿屋でクトゥリアに報告の通信し、とセリュードは頷いた。
《・・・・・・現地の治安部隊と協力を得られれば、こちらとしても動きやすくなる。だが、あちらを納得させられるような情報を、我々は持ち合わせてないと言わざるをえん》
「今のところ政府直轄となっていますが・・・・・・急に信頼しろと言っても、難しいと思います?」
《だろうな。現に発足はしたが、不要論と疑念を持つ者は連合政府本部の中にもいるらしい》
相も変わらず皮肉を込めた発言をするクトゥリアに、セリュードは同感と思いながら頭を悩ませる。
《我々は今の人間社会にとって理解不能な技術を使っているだけでなく、幻獣たちも仲間に加えている。それは我々に、様々な任務に対応できるという強みであると同時に、弱みでもある》
「弱み・・・・・・畏怖の対象となる神々や幻獣の力を持っている・・・・・・ということですね」
《そうだ。今の人間は、幻獣という存在と共生できるとは、おとぎ話の中でしかありえないと思っている》
「実際そうなのですが・・・・・・その大多数は『人間中心の社会主義』が原因だと思います。人間は、自分たちが選ばれた民なのだから何をしようと勝手だ、という身勝手な感情がありますから・・・・・・」
《そうだな。その人間の身勝手さも、〈デモス・ゼルガンク〉は非難していた。だが、同時に彼らはうぬぼれている》
「うぬぼれて・・・・・・?それって、どういう・・・・・・」
その時、町の外れのほうから獣の咆哮のようなものが聞こえてきた。
《どうやら、また出たようだな。可能な場合でいいから、その怪物の体組織か何かをサンプルとして回収してくれ》
「わかりました。回収できたとして、そのサンプルを届ける者は・・・・・・?」
《ヴァルキリーか誰か、足の速い者に頼む。とにかく、そちらも無茶はするなよ》
セリュードは「わかりました」と答え、通信を切った。
「さて。買出しに出ているディステリアとセルスに報せないと」