特別編14 希望への旅立ち
睦月は黄龍殿の一部の建物の屋上にいた。自分に守護部隊壊滅の容疑が掛けられていることも、そのことで追われていることも晴明から聞かされている。同時に、自分の敬愛していた上司が、長い間自分たちを騙していたことに心を痛めていた。
「(ヘイル隊長が・・・・・・あんなことを・・・・・・)」
破壊された宿舎や施設の映像は、ニュースを見たので知っていた。隊長があんなことをするとは思えない。だが、あれは自分がやった訳ではない。そうなると自動的に、ヘイルを疑わざるをえないのだ。
「(隊長・・・・・・なんで・・・・・・)」
~―回想―~
「君が、神童睦月くんか」
廊下を歩いていた時、後ろからした声に振り向くと、そこに一人の男性が立っていた。
「あんたは・・・・・・?」
「今度から君が所属する部隊の率いる者だ」
男性が笑みを浮かべて返すと、睦月はすぐさま身を正してと敬礼した。
「はっ、失礼しました」
「いや、いいよ。実際、部隊のことはほとんど副隊長に任せて、自分はこの通りふらふらしてるさ」
自分に呆れるように、「ハハッ」と笑う。
「失礼ながら、君の経歴を調べさせてもらったよ。妖怪に故郷を滅ぼされたようだね」
一瞬、険しい表情になったが、しばらくすると「はい」と答えた。
「いや、すまない。こちらも傷をえぐるようなまねをするつもりは無い。ただ、これだけは心に留めてくれ」
頭の中で不思議に思う睦月に続ける。
「人間は妖怪に立ち向かう力を持たない。そうした人々を守るためには、我々が『剣』となって、守らなければならない。わかるね」
一瞬驚いたが、すぐに理解し頷いた。
「はい」
「自分のような者を増やさないために、がんばってくれたまえ。期待しているよ」
そう言って、ヘイルは廊下を歩いて行った。
~―回想終わり―~
今、気付いた。自分はヘイルに、自分の中にある妖怪への憎しみを増幅させられた。妖怪と共存できるなど、微塵も考えられないように。
「(ああ、そうだ。共に住む妖怪が争いを起こすんじゃない。臆病な人間が・・・・・・勝手に騒ぐだけなんだ・・・・・・)」
「ようやく、わかったみたいね」
空を仰いでそう思った時、後ろから声がした。振り向くと、そこにはアオイが立っていた。
「・・・・・・如月さん・・・・・・」
「妖怪が人間を襲う理由の大多数は、人間が妖怪の住処を荒らしたため。人間に恨みを持って報復に来る妖怪もいるわ。人間自体を憎む者もいる・・・・・・」
「・・・・・・色々いるんですね」
「色々いる、のよ。だから、簡単には言いきれない」
「ですね。色々と複雑そうだ」
「無知は罪じゃない。本当の罪は価値観に縛られ、理解するべきことから目を逸らし、無知であり続けること。それを忘れないで」
「ああ」と
睦月は迷いのない顔で答えたが、「まあ」とアオイは肩をすくめた。
「私もまだまだ、人のことを言えないんだけどね」
「・・・・・・なんですか、それ」
げんなりした顔の睦月が聞き返すと、アオイは苦笑して踵を返した。
「一緒に来て。徳仁さまからあなたたちに、話があるの」
―※*※―
徳仁の部屋に集められた睦月は、思いがけないことを告げられた。
「国外追放・・・・・・ですか?」
睦月の問いに、「ああ」と徳仁は頷いた。
「神埼弥生、文月光輝、芽衣皐、流牙優、そして神童睦月。以上五名を、五年間の国外追放に処す。ただし・・・・・・」
「形式上の・・・・・・ね」
博雅が宣言した後、後ろから声がすると全員が振り向いた。部屋の入り口にはアオイの他にいつの間に別の男性が立っていて、それを見た睦月は目を見開いた。
「鱒津 信玄だ。お前たちを迎えに来た」
「迎えに・・・・・・って。いきなり出て来て、あなたいったい何者なの!?」
「・・・・・・素性のわからない者は信用できないか?」
疑う弥生に、困ったような顔で信玄が言う。
「当たり前です」
サツキも、ユウと共に疑いの眼差しで見る。信玄は頭をかきながら溜め息をついた。
「はあ・・・・・・アオイ、おまえの元教え子たちは、人を見る目がないな」
「そう言うあなたこそ、いったい、今まで、どこで何をしていたのですか?し・ん・げ・ん♪」
表面上は笑っているが、今のアオイからはこれまでに感じたことのないほどの威圧感が漂っており、睦月たちはもちろん信玄もたじろいだ。
「な、何って・・・・・・ははは・・・・・・後で説明するじゃ・・・・・・ダメか・・・・・・」
「(す、すげぇ・・・・・・あの信玄さんが威圧されている)」
部屋を支配している威圧感をものともしていないのは、安倍晴明と徳仁だけだった。
「君たちをここで保護したいのは山々なのだが、それでは敵が利用している政府に付け入る隙を与えてしまう。そこで、君たちをある場所に保護してもらう」
「ある場所?」とサツキが聞く。弥生はその声に、いつもと違う幼さを感じた。
「今この世界全てに、何者かの魔の手が迫っている。我々はある男の警告を受けて、他国に点在している数少ない協力者たちと共に、その組織を支援しているのだよ」
「俺がこの国のあり方に反発して、飛び出したのは知ってるな。睦月」
「はい、町の人から聞きました」
「あれ?あなたたちって、知り合いだったの?」
何を今更、という感じで答えた睦月を見て、アオイが驚いた表情で聞く。
「俺に格闘術や武器の扱いを教えてくれたのは、信玄さんなんです。江戸東慶守護部隊に入ったのを一番に報せようとしたら、すでに・・・・・・」
「国を出た後だった。俺は世界を放浪している中である奴と巡り会って、その組織の基礎作りをしてたって訳だ。しかし、まさか徳仁が『数少ない協力者』の一人だったとは」
「なんの話ですか?」
「そうよ~。いったい、なんの話~?」
話が見えない睦月は首を傾げると、再び威圧感を漂わせたアオイ信玄に迫る。
「(うわっ・・・・・・)」
「(こんなアオイさんを見たの・・・・・・初めて・・・・・・)」
可憐で優しいアオイしか知らない光輝と弥生は、今の彼女に戸惑っていた。そんな場の空気を、徳仁が咳払いで一変させる。
「ああ~・・・・・・とにかく、近く迎えの者が来ることになっているのだが・・・・・・」
そこへ、血相を変えた一人の近衛兵が入って来た。
「た・・・・・・大変です!」
「どうした?」と晴明が聞くと、近衛兵が徳仁に駆け寄った。
「平安港に、謎の巨大船が。船体コードは登録されていません・・・・・・」
すると徳仁は「ほう、来たか」と椅子から立ち上がった。
―※*※―
平安京都にある港。そこは、東の都に続く橋から海岸線を南に行った先にある。名は平安京都にちなんで〈平安港〉。そんな港に、客船ほどもある大きな船が近づいていた。港なので客船や貨物船が来るのは珍しくなかったが、それらの船とも違う見慣れない船に、人々は野次馬根性と不安から集まっていた。
「はいはい、ごめんよ~」
そこに、白い髭を蓄えた老人が割って入る。フードの下から覗く顔からして、彼は変装した徳仁だった。
「いったい、なんの騒ぎだい?」
「ああ。客船が入ったようなのだが、なんか様子が違うんだよ」
その言葉を裏付けるかのように、港の沿岸には制服を身にまとった警備隊員たちが何人も立っていた。徳仁は、その隊長らしき人物を見つけるとすぐにそこに歩いて行った。
「ご苦労さま」
「ん?じいさん、民間人は立ち入り禁止だよ」
気付いた隊員の一人が注意に来たがそれを見た隊長らしき男は慌てて近づいた。
「徳仁さま」
「駄目だよ。今、私はお忍びだ」
「も・・・・・・申し訳ありません」
敬礼した警備隊長がすぐさま謝ると、人だかりのほうがざわざわと騒ぎ出した。
「お・・・・・・おい、あれ・・・・・・」
一人の男が指差したほうには、マントに身を包んだ数人と同じ格好をした睦月がいた。手にはトランクを持っているものの顔は隠しておらず、見つかるのは当然だった。
「顔を隠さなければ、見つかるのは道理だろう」
「まあ・・・・・・な」
だが、信玄は少し笑っていた。と、そこへ
「いたぞ!」
睦月と信玄が声のほうを向くと、何人もの武装した人たちがいた。睦月にはその制服に見覚えがあった。自分を取り囲んだ江戸東慶部隊所属特別別働隊、ヘイルの直轄だった。
「さあ♪逃げろ~♪」
「追いかけっこだね・・・・・・」
「ええっ!?ちょっと・・・・・・」
信玄とサツキが出した軽い声に、睦月は驚きつつ走り出す。彼らを初めとした七名は荷物を担いで船に走り、それを大勢の兵士が追いかける。
「逃げるってどこに~!?」
弥生が聞くと、走りながらアオイは「あそこね~」と言った。目の前にあるのは、問題となっている謎の巨大船。そこを目指す真意は睦月にはわからなかったが、疑っている時間はない。と、その時、
「そこまでだ」
軽い鎧を装備した一人の男性が立ちはだかった。
「ヘイル!!」
「まさか国外逃亡しようとは、な。君には失望したよ」
腰に指してある剣を抜くと、睦月も銃に手をかける。
「失望したのは俺のほうです!表では妖怪は立ち入り禁止にしておいて、こんな子を地下に閉じ込めるなんて!」
厳しい顔でマントとフードをまとっているユウを庇うと、ヘイルはせせら笑うように鼻を鳴らす。
「その子は不可侵条約化の町に不法滞在してたので、我々が身柄を拘束していただけだ」
「でたらめだな。この国では、この子のような獣人は住むどころか、入ろうともしない。それにも関わらず、ここにいると言うことは・・・・・・」
信玄の言葉を数秒考えて睦月はハッとした。その間にヘイルが剣を向ける。
「元上司のよしみで命だけはとらないでおく。神妙に・・・・・・するんだな!!」
一瞬で目の前に現れ、切りかかったヘイルの剣を、信玄が目にも止まらない速さで抜いた刀で受け止める。
「殺気出しまくってるくせに―――何言ってるんだ!!」
突っ込んだ信玄の刀をジャンプで飛び越え、上から目にも止まらない速さで連続攻撃を繰り出す。だがそれを、信玄は少ない身のこなしでかわす。
「侵略すること・・・・・・火の如し・・・・・・」
着地したヘイルに、今度は信玄が烈火のように激しい攻撃を加える。
「ちっ、こしゃくな!!」
一方、船までもう少しという所に、ヘイルの部下の兵士たちが立ちはだかった。
「観念するがいい!!」
兵士たちは有無を言わさず武器を抜いて、襲いかかって来た。睦月は銃を抜こうとしたが、相手が自分の所属していた組織のため一瞬、戸惑った。その一瞬の間に、兵士の一人の剣先が睦月の胸を貫こうとする。その時、
「クリス・ウォール!」
どこからか少女の声がして、突然現れた水晶の壁がその剣先を防いだ。その後、甲板の端から少女が顔を出した。
「今の内、急いで!!」
見ると、先ほどの水晶の壁が追っ手の兵士の前に立ち塞がり、船へ乗るための階段までの道を確保していた。何度か打たれるとヒビが入りだしたので、壁が砕けない内に急いで船に乗ることにする。
「ダメです!!奴らに逃げられます!」
「わかった。すぐに片づけて行く!」
ヘイルはそう言うとジャンプで信玄に突っ込み、剣での怒涛のラッシュを叩き込む。だが、何発か打ち込んだ後、急に信玄の姿が消えた。周りを見渡して探したが、後ろを振り向いた時には信玄は出港している船に乗っていた。
「速きこと、風の如し!じゃあな、偽者の守護隊長さん!」
ヘイルが悔しそうに船を見送った後、彼の部下たちや港の警備兵たちが集まる。
「全く・・・・・・どうしてくれるんだ。手配犯の国外逃亡を許してしまったぞ」
「三日前、こちらの手を借りる必要がないと言ったのは、そちらではありませんか?」
「なんだと!?」
平安京都の警備隊長に江戸東慶の兵が突っかかるが、喧嘩腰の部下をヘイルが止める。
「やめろ」
「し・・・・・・しかし・・・・・・」
「協力を蹴ったのは我々のほうだ。これは認めざるを得ない。だが、我々のほうも逃がすつもりはない」
「しかし、彼の国際手配は出来ませんよ」
やって来た徳仁にヘイルは一瞬驚いたが、すぐに平静を取り戻した。
「なぜですか?まさかあなたが、手を回しているとでも」
「いえ。まさか、お忘れになったのですか?この国が諸外国にどう思われているか」
「クックック、なるほど、な」
黒い笑みを浮かべた後、ヘイルは背を向ける。
「戻るぞ」
「はっ」と敬礼した部下もついて行った。
「ご苦労だったね」
そう言って歩き出した徳仁に、「はっ」と警備隊の隊員たちが敬礼した。
―※*※―
睦月たちを見送った徳仁が部屋に戻ると、右側の壁に黒装束に身を包んだ一人の男が片膝を付いていた。
「お待ちしておりました」
「おお、白月か」と徳仁は言うと、デスクの前の椅子に座った。
「それで、どうだった?東北に向かった小隊は」
「恵比寿・・・・・・蛭子神の血族との交渉の件は・・・・・・すでに手遅れだったとのことです」
ゆっくりと顔を上げた白の答えに徳仁は目を見張り、変装に使ったコートをかけて溜め息をついた。
「そうか・・・・・・」
「連中、ひどいですよ。わざわざ自分たちで皆殺しにしておきながら、その恨み辛みを江戸東慶の連中に向けさせているんです」
「蛭子神の血族エミシ・・・・・・東北に住む人々を全員皆殺しにするのは、いくら連中でも不可能だ」
「被害にあった人々は、ごく一部の地域に住んでいた人たちです。ただ、その地域というのが・・・・・・」
首を傾げる徳仁に、真剣な面持ちで続ける。
「かつて、朝廷軍の坂上田村麻呂と、エミシ軍の悪路王が激戦を繰り広げたと言われているのです」
「―――!!そうか・・・・・・」
徳仁はイスに座ると、机の上で組んだ手に顔をつけ、今までのことを考える。
晴明が飛天という烏天狗から聞いたという、太郎坊を襲った謎の男。睦月がサツキを助け出す時に会った謎の男。獣の耳を持つユウという少女を地下研究室に閉じ込め、なんらかの実験を行なっていた、もしくはそれを黙認していた江戸東慶部隊隊長ヘイル。そして、一週間前に平次から報告があった、梅剣という男に取り憑いていた謎の悪霊。
徳仁には、全てが繋がっているように思えてならなかった。
―※*※―
ほぼ同時刻、高速道路を三台の大型バスが走っていた。しかし、その内側には装甲版が貼られており、江戸東慶部隊の面々が横に武器を置いて椅子に座っていた。そして、三台目の一番後ろにある部屋の中、ヘイルは腕を組んで椅子に座っていた。
「(彼らが国外へ逃げたのには、十中八九、徳仁が関係している。いや、あれは本当に逃げたのか・・・・・・?)」
「取り逃がしたようだね」
厳しい表情でヘイルが考えていると、横から軽い感じの声がした。いつの間にかヘイルの横の席には、サングラスをした青年が座っていた。
「ネクロか。本当にお前は、神出鬼没だな」
「はは、どうも。しかし、連中は本当に逃げたのか?」
「やはりお主もそう思うか?」
「・・・・・・人間どもの中にも、俺たちの存在に気付き始めた奴らがいる。始末しようにも、一歩手前で行方をくらます」
「確か、ラグシェ国で二人、エリウ国で一人、ファンラス国で一人抹殺対象者が消えたか」
「ああ。知人を襲って誘き出そうにも、神界の連中が見張ってて、下手に手出しはできない」
だが、ヘイルは笑って「だが、実質問題にはなるまい」と言った。
「ハハハ・・・・・・まあな」
ヘイルは、ジャケットの内ポケットから二つのカプセルを取り出した。
「今の内に渡しておく。エミシの者たちと悪路王の思念が入っている。もっとも、悪路王のほうは強すぎてカプセル一つ分を締めてしまった」
「それほど強いんだろ?なら、万々歳だ」
だがヘイルには、悪路王が言った「やらなければならないこと」が気になってしょうがなかった。