特別編12 裏切り
少女を連れ出した睦月は、隠し通路を走り抜けて宿舎に戻っていた。
「とりあえず、ここまで来れば大丈夫だろ」
息を切らす睦月に対し、少女は不安と疑いの目を彼に向けていた。
「大丈夫だよ。俺は君を、どうこうしようとは思っていない」
だが、少女の眼差しは変わらない。
「・・・・・・ああいう扱いを受けてたんだ。すぐに信用しろ、っていうのが無理か。参ったな・・・・・・」
頭をかく睦月に、まるで肯定するかのように少女は頷いた。睦月は驚いて目を丸くしたが、じきにそう言っていられなくなる。
「ま、いっか。とりあえず自己紹介だ。俺は神童睦月だ。君は・・・・・・?」
「・・・・・・ュゥ・・・・・・」
「えっ?」と睦月が首を傾げると、少女が答えた。
「・・・・・・流牙・・・・・・優・・・・・・」
「ユウか。いい名前だよ。それと・・・・・・」
首を傾げたユウに、睦月は悲しげに微笑んで続けた。
「それに、長いこと待たせてごめん」
「・・・・・・そんなことない。ありがとう・・・・・・ム・・・・・・」
そこで口ごもって聞こえなくなり、「む?」と首を傾げた時、
「いたぞ~!!」
睦月は開けっ放しにしていた通路から黒いベストに身を包んだ兵士が追い駆けてきた。
「研究員だけじゃなかったのかよ!!」
だが、思えば当然のこと。外にばれないよう隠しているとはいえ、万が一ばれるようなことがあったらそれに対応する手立てを用意しておくのが当たり前。
「逃げるぞ!!」
多勢に無勢の上、こちらは戦えないユウを抱えている。劣悪な環境に置かれていて衰弱しているため、睦月はユウを背負っていくべきだったが、そんなことを考えさせる余裕を状況は与えてくれなかった。
「(菱を巻くか?いや、ダメだ)」
逃げる時のことを考え、睦月は白から撒き菱をもらっていたが、屋内で使用しないよう釘を刺されていた。自然に生える菱の種子そのままのため簡単に見つかることと、睦月が忍者とつながりがあることがばれてしまう。
「(徹底改革したい江戸東慶の頭目により、忍者はお役ごめんとなった。今や忍者の流派が残っているのは、西本土のみ)」
となれば、西本土が東本土に探りを入れていることが確実にばれてしまう。忍者を使った諜報活動は禁止されてないが、ばれれば問題となる。江戸東慶の組織が平安京都の組織を貶めるため、条約締結の際に残した抜け穴のようなもの。その引き金は今、睦月の手の中にあった。
「ちっ!!」
睦月は手に取っていた菱を懐にねじ込み、ユウの手を引いて走った。だが、引く力を強めてしまったため、ユウは足がもつれて倒れてしまう。手が離れたため振り返った睦月は、そこで始めて自分の犯していた失敗に気付いた。
「(くそっ、何やってんだ、俺!今までこいつはどんな環境に置かれていたか忘れたのか!急な運動ができるはずがない)」
ユウを抱えて宿舎の廊下をしばらく走ると、庭へ続く扉が見えてきた。
「しめたぞ!!」
扉を開けて庭に逃れた二人の前に、武器を持った有馬たちが現れた。
「睦月、無事か!?」
「はい。でも、気付かれてしまいました。追っ手が来ます」
「いや、上出来だ。追っ手も捕まえて吐かせれば、証拠が揃う!」
「撃て!撃ち殺せ!!」
追っ手が銃を乱射するが、有馬たちはそこから飛び退く。銃口の先端にサイレンサーが付いてるためそれほど音は出なかったが、地面に着弾した時の音は出る。すばやく追っ手の前に迫った園地が剣で銃を切り、白根が銃を構える。彼が持つのは、拘束用に特化して開発された小型のショックガン。引き金を引いたそれの銃口から発射された衝撃波は、武器を失った追っ手を吹き飛ばし意識を刈り取る。ものの数分で睦月とユウを追っていた者は全滅したが、続いて第二陣がやって来る。
「くっ。消耗戦か・・・・・・」
「大丈夫ですよ。増援は呼んであります」
「増援だと?」と白根が聞き返すと、後ろのほうに銃を持った大所帯が現れた。それを見て、有馬たちは目を丸くする。
「良かった、本部の調査隊だ」
「本部って・・・・・・お前、隊長の誰かに教えたのか!?」
白根が叫ぶが、睦月は離れた場所にいるので肩を掴んで問いただすこともできない。
「お~い、ここだ・・・・・・」
だが、睦月が声と右手を上げると、駆け出した隊員たちに二人のほうがあっという間に囲まれてしまった。
「なっ、いったいどうして・・・・・・」
状況を理解するよりも早く、兵士の一人が銃のグリップで睦月の後頭部を殴った。不意を突かれ、脳震盪を起こし睦月は地面に倒れた直後に銃を突きつけられる。
「くそっ、やっぱりか!!」
悔しそうな白根の声が響く。彼らも本部からの調査隊員たちに銃を突きつけられ、動けないでいた。成す術もなく動けないでいる睦月に、一人の男が近づく。
「ご苦労だったね、睦月くん」
「ぐっ・・・・・・ヘイル隊長。これは、いったい・・・・・・」
「お前、何も知らないのか!?」怒りのこもった声で怒鳴った白根が、兵士が振り上げた銃のグリップに後頭部を叩かれて倒れた。
「白根!!」
「動くな。できればそのまま動かないでもらいたい・・・・・・」
銃を構える隊員たちと突きつけられている有馬たちの間に張り詰めた空気が満ちる。ヘイルが右腕を上げて隊員たちを抑えようとするが、彼の本心はいつでも撃てるようにすることだろう。
「隊長・・・・・・」
苦しそうな呻き声にヘイルが視線を下ろすと、地面に伏している睦月がこちらを睨んでいる。
「これは、どういうことですか・・・・・・」
「白根くんの言ったとおりだ。君は、何も知らなかったのか?」
呆れたような言葉に睦月が目を見張ると、彼に寄り添っていたユウは後ろから近付いていた兵士に捕らえられてしまった。
「・・・・・・ぁ・・・・・・ムー!!」
「『ムー』、か。ほんの数分で、仲良くなったものだな」
「くそっ・・・・・・なぜだ・・・・・・」
歯を食い縛って起き上がろうとする睦月に、兵士たちが銃口を向ける。
「構わん。言っただろう。『ご苦労だったね』と・・・・・・」
すると、ユウや白根がハッと気付いたように目を見張る。
「そうだよ。この少年は私の命令で、君をここに連れてきたんだよ」
「何を・・・・・・バカな!!」と睦月は叫んだが、ユウは酷く動揺していた。
「・・・・・・騙し・・・・・・てたの・・・・・・」
「そうだよ。君を助けると言っておきながら、彼は君を裏切ったのだよ。いや、違うな。これこそが彼の役目」
「どういうことだ。説明しろ、睦月!!」
「君を助けるフリをしてここに連れてくる。そして、我々の秘密を知るものを炙り出すのが目的だったのさ」
「つまり・・・・・・お前は、最初から俺たちを裏切るつもりだったのか!!」
吼える白根に睦月は何も言えない。覚えがない。だけどそれ以上に、なぜヘイルが・・・・・・自分が尊敬する人物が、自分に銃を向けさせている。
「イヤ・・・・・・」
そんな呆然とした思考に、ユウの声が割り込む。
「嫌アアアァァァッ!!!」
頭を抑えたユウが悲鳴を上げると、ヘイルは彼女の耳元で囁く。
「見せてもらえるね?ルー・ガルーの力・・・・・・」
耳元で呟いた後、そっと離れるとユウが唸りだす。
「グ・・・・・・があああっ!!」
吠え出したユウの耳と尻尾は、怒りを表すように逆立っている。笑みを浮かべたヘイルが腕を上げると、銃を突きつけていた兵士たちが道を開けるように睦月たちから離れた。ユウは涙を流し、唸りながら睦月を睨んでいた。
「見るといいよ、睦月。これが、君が助けようとした化け物・・・・・・ルー・ガルーの力さ」
「グ・・・・・・グルルルッ・・・・・・グガアアァァァッ!!」
一回吼えた後、鋭い爪を振りかざし、ユウが睦月に襲いかかる。即座に腕を着いて地面から飛び上がったが、ユウの爪は彼の右腕を掠める。
「くっ・・・・・・」
見失わないように視線を向けるが、その時にはすでにユウの腕は間近に迫っていた。とっさに両腕を交差させて防ぐが成す術もなく地面に叩きつけられた。地面が陥没し、その衝撃が全身に伝わる。
「がはっ!」
「グルルル・・・・・・」
獣のような唸り声を上げて左腕を上げたユウに、ショックガンの衝撃波が直撃する。思わず睦月が視線を向けると、いつの間にかヘイルが引き連れていた隊員の拘束から抜けた有馬たちがこちらにショックガンを構えていた。
「グガアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「くっ。撃て!!」
衝撃波が発生するも、腕を振り下ろしてその壁を振り払う。しかし、有馬にとってそれは想定済みで、厳しい表情の内では笑みを浮かべていた。
「本命は・・・・・・」
「―――俺だ!!」
小さく呟いたヘイルの読みどおり、ユウの死角から飛びかかった白根が剣を振り上げている。彼女が気付いた時にはすでに振り下ろされていて直撃は免れない・・・・・・はずだった。
「待ってくれ!!」
割り込んだ睦月の腕が剣を止める。白根がとっさにスピードを緩めたのと、防護服の防御力の高さゆえに助かったが、それでも骨に響くほどの衝撃が来た。
「てめ、どういうつもりだ!!」
白根が思わず叫ぶ。スピードを緩めなければ、いくら超臨界流体の技術で作ったとはいえ切っていた。睦月の防護服に使っている金属と白根の剣に使われている金属では、後者のほうが高度は上なのだから。
「ユウを・・・・・・傷付けないでやってくれ」
「はあ!?何寝ぼけたことを・・・・・・」
「ガアアアアアアアアアッ!!」
ユウの突き出した爪が睦月の背中を打つ。貫かれなかったが衝撃は強く、意識が飛びそうになる。
「がはっ!」
「このっ!」
睦月の肩を抑えて飛び越えた白根が剣を振り、ユウが後ろに飛んでそれをかわす。向かおうとする白根の腕を、顔をしかめた睦月が掴んで止めた。
「ユウがああなったのは・・・・・・俺の責任らしい。だから、傷付けないでくれ」
今のユウが憎しみを向けているのは、よくわかった。なぜ。その理由はヘイルの言う通り、結果的に裏切ってしまったという自責の念が睦月を支配していた。
「だからって、俺たちにこのまま死ねっていうのか!?ふざけんな!!」
「そうはいってない。彼女は俺が止める。だから、有馬たちを連れて逃げろ」
「はあ!?」
睦月の言葉に白根が声を上げ、ヘイルが連れた隊員たちに抵抗していた有馬たちが目を見張る。
「・・・・・・やれやれ。とんだ若造だ」
苦い顔をして有馬が呟くと、その目の前でユウが二人に向かっていく。睦月が白根を突き飛ばすと、ユウの突き出した腕は彼を掴み後ろの地面に押し倒す。
―※*※―
後ろで自分が引き連れた隊員たちと戦う有馬たちを気にかけず、睦月とユウの様子をヘイルは無表情で見ている。攻撃で傷に劣勢の睦月を黙ってみていると、後ろにやって来た研究員が話しかけられる。
「さすがです、ヘイルさま。ここまで強い憎しみの波動を出させるとは・・・・・・」
「一瞬でも自分が希望と思った者に裏切られた時、心を持つ者は二つの選択をする。心を完全に閉ざすか、あるいはその者を憎むか」
「しかし、ディゼア・トルーパーを実体化させるとなれば薄すぎるかと。あれは、別の存在との契約で肉体が変貌するほど、濃い思念が必要ですから・・・・・・」
「ふむ・・・・・・」とヘイルはあごに手を当てて声を漏らす。
―※*※―
蹴り飛ばされた睦月は、ユウを押さえようと手を伸ばした。左腕を掴んだが、ユウが体を回転させ引っ張られる。離した時にはすでに遅く、ユウの間合いに入り込んでいた睦月は、彼女が振り下ろした足で地面に叩きつけられる。睦月はとっさに銃に手を伸ばすが、彼女を殺してしまう恐れからそれを止めてしまう。その隙にユウが襲いかかり、素早く振った両腕で殴りつける。
「がふっ・・・・・・」
衝撃で肺の空気が出て、口の中の液体が洩れかける。下手したら、胃の内容物だったかも。後退して地面に膝を着いた睦月にユウが再び襲いかかろうとした時、彼女の足元から突風が起こり、空高く舞い上げた。戸惑いを見せずすぐに受身を取ろうとしたが、真横から衝撃を受け、斜めに叩き落とされる。
「ガアッ・・・・・・!!」
ユウが呻くとそのすぐ後、空から一人の烏天狗が降りて来た。
「烏天狗だと!?」
「お前は・・・・・・」
唖然とした顔で睦月は呟いた。その烏天狗は、平安京都の門の近くで睦月すれ違った飛天だった。
「貴様・・・・・・この江戸東慶は『不可侵条約』により、妖怪の類は入れないはずだ」
「入れない?その割にはいるじゃないか。獣の特徴を持つ、その女が・・・・・・」
起き上がるユウのほうを向く。
「しかし、あの少女はいったい・・・・・・」
少女に気を取られている隙に、ヘイルが引き連れていた隊員たちは銃を飛天に向けて撃った。だが、ほぼ同時に彼の周りに光の壁が現れ、銃弾を全て防いだ。
「飛天殿。江戸東慶の人間は我々の知る物より危険な武器を持っているから、気をつけろと言ったであろう」
声のするほうを向くと、宿舎の屋根に安倍晴明が立っていた。
「安倍晴明だと!?なぜ・・・・・・まさか・・・・・・」
「さあ・・・・・・どうでしょうか?」
倒れている睦月のほうを睨むと、晴明がわざととぼける。隊員たちが銃を撃つが晴明はそれらをかわし、有馬たちがその隊員を殴りつける。その間に飛天は睦月を抱え上げた。
「まさか、貴様を助けることになるとは、な。さっさと行くぞ」
「待て。ユウを・・・・・・あの少女も連れて行ってくれ」
ゆっくりと立ち上がりながら、睦月が頼む。飛天はそれに、意外そうに目を丸くする。
「・・・・・・ちっ。わかった」
そう言って一瞬、消えたかと思うと少女の後ろに現れ、首の後ろに当て身をした。ユウは完全に意識を失い、地面に倒れた。
「すぐに立ち去るぞ!!」
隊員たちが睦月たちのほうを向くと同時に突風が起き、気付いた頃にはそこに晴明、飛天、睦月、ユウの姿はなかった。
「ちっ、逃げられたか・・・・・・」
しかし、なぜかヘイルは笑っていた。
「だが、行き先とそこへ至るまでのルートはわかっている。すぐに迎撃しろ!」
命令を受けて駆け出す兵士の足元に銃弾が撃ち込まれる。彼らの前には、息を切らせている有馬たちが立ちはだかっていた。
「させない、と言いたそうだな」
「ああ」と有馬が答えると、ヘイルはわざとらしく溜め息をついて肩を落として見せた。
「まあいいさ。今日のところは裏切り者の排除だ。キミたちも実質、虫の息だろうし、ね」
残された有馬たちは意味を理解し身構える。防護服の高い防御力、衝撃吸収力で体は傷もなくダメージも少ない。だが、唯一露出している首は頭に受けたダメージは防げない。何より、
「体力はいずれ切れる・・・・・・いくら装備をつけたところで、消えることのない最大の弱点だ」
嘲るヘイルは、「逃げる体力すら残せなかったようだな」と続けた。
「だが、希望は残せた」
「何が『希望は残せた』ですか。俺たちはあいつの迂闊な行動のせいで全滅ですよ」
悔いのない表情の有馬と皮肉を言う白根。誰もが抱いた不満だったが、有馬の『希望が残せた』と言う言葉には同感だったようだ。
「残念だよ、有馬くん。君はもう少し賢いと思っていたが・・・・・・」
「なら、我らの信念を曲げることが、賢いと言うのですか?」
「信念?」
「『力のない者を守る盾となり、戦えない者の代わりに剣となり、和を乱す者を打ち砕く』・・・・・・それが江戸東慶主語部隊の設立理由であり、理念だったはずだ」
「ああ、そうみたいだね」
気にする様子のないヘイルに、「なっ!?」と有馬たちは驚く。すると、ヘイルは顔をうつむけ肩を震わせる。
「君たちは、何を勘違いしてるんだい?私が、そんな生温い感情だけで、この組織にもぐりこんだとでも?」
「生温い・・・・・・」
「感情だと!?」
有馬や輝野を始め、残った隊員たちが激昂する。江戸東慶守護部隊の理念は、自分たちが共感した『正義』。それを『生温い感情』と言わしめたヘイルに自然と怒りを抱く。
「本当に『正義』を名乗るならさ・・・・・・壊しちゃえよ。今の世界なんかさ!!」
「そのために、罪のない人を殺すのか!?」
「罪のない!?無知でいようとしてる時点で、この世界の人間は全員『罪人』さ!!」
怒鳴ったヘイルが手をかざすと、周りにいた兵士が一斉に向かってきた。そこで有馬たちはやっと気付いた。彼らは、自分の意思を持っていない。
「これは、いったい・・・・・・」
迷う間もなく、有馬たちはヘイルの引き連れた隊員たちと激突した。