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幻想戦記  作者: 竜影
第1章
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特別編11 二年越しの決行




夜も更けた山奥。激しく息を切らせた白装束の男が逃げている。装束と言っても白が着ている忍び装束ではなく、いつかの偽山伏が着ていたような包囲だ。

「はあ、はあ、はあ!撒いたか?」

命からがら逃げた白装束の男は、木の陰に隠れて後ろをうかがう。追いかけていたであろう追っ手の姿がないことを確かめると、男はホッと息をついた。が、すぐ上着の内側を漁り、トランシーバーのような物を取り出す。

「こ、こちら・・・・・・!!」

通信機のスイッチを入れて声を出した直後、左肩に何かが突き刺さる。男がそちらに目をやるとクナイが突き刺さっており、月光の反射で糸が見えるとそのクナイが引き抜かれた。

「があああああああっ!!」

肩口から黒い液体が噴き出し、男が悲鳴を上げる。辺りに響いた断末魔が消えると、地面に倒れた男の体は塵となって消えた。

「やはり、あの怪物の仲間だったか・・・・・・」

男が隠れていた木の枝に隠れていた忍びは、引き抜いたクナイを回収して血を拭いた。

「しかし・・・・・・皮肉なものだ。今更、今の男が倒すべき怪物ではなく人間だったらと、不安が湧いて来る」

それは忍者・・・・・・特に暗部として不要な感情。苦悩すればするほど、任務に支障をきたす。

「・・・・・・割り切れ」

そう自分に言い聞かせ、忍びは姿を消す。揺れた枝の木の葉は男だった塵の上に落ち、その様子を草むらから見つめる影がいた。



                      ―※*※―



江戸東慶守護部隊近くの喫茶店。遥か昔の木造建築を思わせるのはその外見のみで、内部はテーブルやカウンターが配備されており、メニュープレートも壁にかけてある。着物を来た男女のカップルがテーブルでケーキを食べたり、洋服を着た青年が湯飲みでお茶を飲んだり。さらにこの店の裏手には、緑豊かな景色を望めるカフェテラスがある。しかも、その緑は近くの公園のもので、そこに集まって遊具で遊ぶ子供たちの姿は本当に和む。

「・・・・・・・・・と、思っているのか!!」

その贅沢な景色と言えなくもない貸し切りテラスで、睦月はテーブルを叩いて立ち上がった。

「何、大声上げてるの、情けない。守護部隊にいるなら、常に冷静を保つよう心得ていなさい」

「それはそうだが・・・・・・余り気を張り詰めすぎると、いざという時にガタが来るぞ」

「気を抜ける時に気を緩めておいたほうがいいですものね」

落ち着いた様子でコーヒーを飲む白は白い着物姿。彼女の席から見て右に座っている輝野は黒のパーカーに紺のズボン。その向かい、睦月から見て右の席に座っている有馬は黒系の地味な色のジャケットを着ている。

「で!一番地味なのは、いつも通りの格好をしている俺かよ!」

「・・・・・・・・・誰に向って、何言ってんの?」

コーヒーが残ったカップを置き、白が胡散臭そうな目で睦月を見る。

「いったいどういう状況だよ!他では話せない話しがあるからって慎重に来て見れば、こんな開けたカフェで集まって!」

「ありえないと思える行動をあえて取り、相手をかく乱させる。これぞ忍術の一つ『雨鳥うちょうの術』」

「『雨鳥の術』って・・・・・・水でできた鳥で相手を攻撃する、水遁系の術に聞こえなくもないですよ」

「・・・・・・・・・あんた、忍者を取り扱った娯楽作品を読み過ぎ」

明らかに呆れた白の視線はとても冷ややかで、睦月は居心地悪そうにイスに座る。

「複雑なのよね~~。ああいうもので憧れて、私たちと同じ忍者になろうっていうのは嬉しいんだけど、厳しい訓練に耐え得られなくてすぐやめるって人も多いのよね~~」

「嬉しい悩み、というやつか」

「いい迷惑、ってやつよ」

笑みをこぼす有馬に機嫌悪そうに眉を寄せた白が言う。それを見て考え事をしている睦月に、輝野が顔を向ける。

「どうした?そんな神妙な顔して・・・・・・」

「いえ・・・・・・やっとここまできたんだな、と思って」

一瞬意味がわからなかった三人だが、互いの顔を見てすぐ理解した。

「そうだな。こうやって話し合いに応じてくれるくらいにはなった、な」

「例によってすぐ近くに部下を配置してるから、妙なマネはしないでね」

「このやり取りにも慣れたな・・・・・・」

疲れたような声を出す睦月に、白はにこやかに笑いかけてコーヒーを飲んだ。

「さて、本題に入ろう。こうして来てもらったのは他でもない。君に伝えたいことがある」

真剣な表情の有馬に、「何かしら?」と目を細めた白が聞く。

「我々はそろそろ、宿舎地下の研究所に仕掛ける」

「・・・・・・本気で言ってるのかしら」

「当然だ」と輝野が口を出す。

「君たちの正体と接触し、共闘してから二年。奴らの補給を削ぐことはできただろう。だが、奴らもバカではなかったようだ」

「気付き始めたのね。自分たちの動きを探っている者の存在に」

二年近くの物資運搬失敗を偶然で片づけるほど、連中もバカではない。

「警察が主体だが・・・・・・我々、守護部隊にも捜査要請が回ってきている。条約違反の生物兵器運用の辺りは隠しているが・・・・・・」

「合法的な荷物だって言い張りたいのね、連中。警察は裏に気付くの?」

「無理だろう。気付いたところで、圧力をかけられる」

「組織って、権力に弱いからね・・・・・・」

目を閉じて呆れた溜め息を漏らすと、白は空になったカップをテーブルに置いた。

「俺たちの組織の持つ権限は、警察組織より上にある。俺たちが頼めば協力してくれるんじゃないか?」

「圧力には圧力、かしら?」

呆れたような視線を向ける白に、「なんでそうなる」と苦い表情で睦月が返す。

「だが・・・・・・奴らが連合政府と同等の権限を持つ立場にいれば、結局潰される。それ以前に、警察に協力を要請できる立場にいる部隊長たちはこの事態を知らない」

「知らない?」と白は有馬に鋭い視線を向ける。

「ああ。部隊長の誰かが奴らとつながりを持っている可能性がある。それが誰かわからない。何せ、部隊長はガードが固いからな」

「調べるのも容易ではない、か。そういえば、私たちも手が出せなかったわね」

「まさか皆さん・・・・・・」

唖然とした声を出した睦月に、誰もが視線を向ける。

「ヘイル隊長たちを疑ってるのですか?確かに、あの人は異国育ちの人ですが・・・・・・」

「そこは問題の焦点ではない。睦月くん、気持ちはわからないでもないが、気をしっかり持ってくれ。動揺を引きずっていてはミスを犯す」

「っ!!わかって・・・・・・います・・・・・・」

しかし、睦月の心情は表情からして吹っ切れていない。

「・・・・・・失礼します」

席を立って睦月はカフェを後にする。それを三人が見送っていると、有馬は溜め息をついた。

「今更だが、彼を引き入れたのは間違いだったか?」

「そうかもしれません。彼は、自分を見出すきっかけを与えてくれたヘイル隊長を尊敬しています。迂闊でした・・・・・・」

落ち込む輝野に、「今更言っても仕方ない」と有馬は声をかける。

「明後日にでも仕掛けます。来てくれればありがたいですが、それはそちらにお任せします」

「そうね。これが罠だという可能性も捨てきれないものね・・・・・・ごちそうさま」

席を立った白は、店内に入ろうとしてドアの前で止まった。

「ここのコーヒー、意外とおいしかったわ。できれば、また飲みたいわね」

「では、またいつかお誘いしますよ。お互い、生きていられたら、ね」

「ええ」と微笑み、白は店内に入って行った。



                      ―※*※―



夕刻。宿舎の部屋に戻った睦月は、ドアにも垂れて玄関に座り込んだ。

「(そういえば、二年前にもこんなことがあったっけ・・・・・・)」

自分たちの足元で行われていた、理に反した研究。それを知った時に受けた衝撃は凄まじく、何も出来ない自分に力が抜けた。

「(あの子は・・・・・・壊れてないだろうか)」

姿の見えない敵を探る中で、何度か会った少女。彼女を匿うどころか、助けることすら考えられなかった無力な自分。そんな自分が、同じく守護部隊の裏に潜む者を調べている白たちに出会い、有馬たちに出会い、姿の見えない敵の目的を探りながら妨害していた。その間、彼女を放って置いてしまった。

「(壊れていたら・・・・・・俺のせいだな・・・・・・)」

無謀でも助けていたら。そんな後悔が浮かんでは消える。だが、そんなものに意味はない。自分を奮い立たせた睦月は、ある計画を実行することにした。



                      ―※*※―



同時刻。江戸東慶守護部隊本部の隊長室で、一人の男がデスクワークをしている。

「まったく、ネクロのアホんだら~。俺は忙しいことくらいわかってるだろ・・・・・・」

文句を言いながら頭をかく。机の上には、報告書やら閲覧する必要のある資料やら様々な書類が積まれている。その中に、一つだけ別にしてある書類がある。

『兵器製造に必要な素材の未発注について』

中には、『我々しか知らないはずの運送ルートを突き止めた者が、運び屋を襲撃して素材を強奪、及び破壊しているのではないか』と書かれている。

「しかも、その強奪者のスパイがウチにいるのではないか、か。あのヤロウ・・・・・・」

はっきり言って屈辱に近かった。ヘイルにとって部下は信頼すべき仲間ではなく手駒だが、手駒以上にならないよううまく立ち回っているつもりだった。それを、あまりこちらに顔を見せない奴が好き勝手に言うのは、ヘイルとしては面白くなかった。

「まあ、仕事はちゃんとしてるから文句は言えないんだけどね・・・・・・」

深い溜め息をついてイスに沈む。しばらく天井を見上げていると、身を乗り出して判を押した資料を手に持つ。

「さて、と。後は上層部に回して・・・・・・ん?なんだ?」

窓の近くに置いてある通信機の画面に、緊急連絡のメールが映っていた。

「『素材到着。これより実験に入る』・・・・・・やっとか。そういえば、『地下施設に侵入者の形跡あり』とメールが来たのは二年前だったか。全く、ちゃんと気を付けて置けって言っていたのに・・・・・・」

文句を言いながら報告書と資料を持って、ヘイルは隊長室を後にする。その後に机の上に置いてあるパソコンに入って来たメールに気付いたのは、部屋に戻って来た数時間後だった。

「ん?メールが来てたのか?ったく・・・・・・」

疲れた表情でイスに座ると、パソコンの画面に映っているメールのアイコンをクリックする。

「今度はこっちか?」

開かれたメール画面上部のアドレスを見て目を丸くする。隊員が隊長に送る、他愛もない会話をする為のプライベートメール・・・・・・というのは仮の姿。その他愛もない会話の中に暗号を込める上級テクニックを、普段からやらせるのがこのメールの目的。

「さて・・・・・・この暗号の癖は睦月か。今度はどんなないようだ?」

別のソフトを開くと、解読法に従ってメールの文を訳していく。そこに書き出された解かれた暗号の一文を見て、ヘイルは目を丸くした。『宿舎地下に怪しい研究施設あり。調査を要請する』彼にとってはある意味、衝撃的な内容だった。それは、自分が信じたものに裏切られた、という喪失ではない。

「おやおや。ずいぶんと律儀な奴がいたもんだ。もっとも、おかげで手間が省けた」

それを見たヘイルは、ただ残忍に笑った。



                      ―※*※―



深夜。明かりを消している部屋の中で、睦月は防護服を身にまとい、手に手袋をはめていた。服も手袋も特別な技術により作られ、多少なりとも防御力は高い。この装備は江戸東慶守護部隊の常時装備であり、睦月にとって任務に就くいつも通りの姿だった。

「(隊長にも、この地下で起きていることに関してメールを送っておいた。応援に来てくれればいいが・・・・・・)」

その時、また晴明の言葉が頭に響いた。が、頭を振ってそれを消す。

「(そんなはず・・・・・・ない!!)」

ドアを閉めて部屋を出ると、彼の机の画面がついてメールのアイコンが出た。だが数分すると、その画面はひとりでに消えた。



                      ―※*※―



「やっと届いた~~~~~~!!」

地下研究室の中では、研究員が緑色の液体に満たされたカプセルを掲げて大声を上げていた。地下室に反響した声に他の研究員は耳を塞いだり顔をしかめたりするが、すぐ表情が緩む。

「これでやっと、次の段階に移行できる」

「ああ、そうだ。ここ二年間、なぜか素材が届いてなかったからな」

「おかげで、重要な要がなくて実験を先延ばしにせざるを得なかった。ああ・・・・・・我々の研究の遅れが、組織全体の遅れとなってしまった」

カプセルを置いた研究員は頭に手を当てて、後ろによろめく。が、すぐその後ろにある檻に入れられた少女のほうを振り返る。

「だが、過ぎたことはもう仕方ない。さっさとやってしまおう。ネクロさまからようやく許可が下りた」

白衣を翻して、色々な色の薬を入れた試験管が入れてある試験管立てを持ち上げる。

「成長促進剤は、どの割合で投与する?」

「そうだな~・・・・・・急な成長は母体にも素体にも負荷を与える」

「大丈夫だろう。女性は男性と比べて生き残りやすい。強い遺伝子を持った次の種を確実に残す為の対応だな。さて・・・・・・」

残忍な笑みを浮かべた研究員は、カプセルを持って檻の中の少女に迫る。

「動物と違い、人間と同じ意思を持つ幻獣種は様々な反応を見せる。快感、苦痛・・・・・・それに快楽を見出す者もいる」

「おいおい、お前はその口か?」

後ろの注射機を持った研究員が引き気味に言うと、カプセルを持った研究員は口の端を吊り上げる。

「いや。私はその、愚かともいえる感情を理解したいのだよ。今の人間をさらに見下すために」

「・・・・・・・・・今まで見た中で、一番の悪趣味だな」

音もなくドアが開いたドアの隙間からそんな呟きが洩れる。だが、それに気付く者は誰一人いない。檻に迫る研究員の足元に、一つの筒が転がってきた。誰にも気付かれずに部屋のほぼ中央に転がると、両端から煙が噴き出した。

「な・・・・・・なんだ!?この煙は!?」

「ゲホッ・・・・・・何も・・・・・・見えない・・・・・・!!」

煙にむせて咳き込んでいる間に、睦月は音もなく少女の入れられている牢屋に近づいた。

「助けに来たよ」

鍵を破壊して檻を開ける音に気付いた研究員の一人が振り向くと、開いた牢の中には何もいなくなっていた。

「け・・・・・・研究素材が逃げたぞ!!」

研究室の中が騒ぎ出した頃、睦月は少女を連れてそこを飛び出していた。後から追ってきた研究員たちは、銃を突きつけられて止まった。銃口を向けているのは、有馬たちの仲間の厚井、威良、加納、毛戸の四人だった。

「き、貴様ら・・・・・・」

「さて、これはどういうことか吐かせてもらうぞ」

「ひっ、そ、それは・・・・・・」

「必要ない・・・・・・」

聞き覚えのある声に厚井たちが周りを見渡す。地下なのに風が吹く音がすると、通路の床や壁に鮮血が飛び散った。






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