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幻想戦記  作者: 竜影
第1章
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特別編9 交渉






宿舎の自室に戻った睦月は、閉めたドアにもたれかかった。顔を隠していた覆面を取り、力が抜けてそのまま玄関に座り込んだ。

「(あいつには・・・・・・俺の正体が知られていた)」

甘かった。それなりの覚悟と準備をして接触したつもりだったが、あまりにも足りなかった。想定より、かなり高いリスクを負ってしまった。

「(忍び・・・・・・己の感情と気配を殺し、任務を行う者・・・・・・)」

高い技術力と身体能力を持つ彼らは、魔術に近い系統の力を手に入れ、より『最強』に近い戦闘集団となっていた。それでも、幻獣や神々のほうがまだ数倍強い。

「(今も近くに潜んでいるかもしれない・・・・・・)」

宿舎の警備は一流で、現役の忍者でさえ簡単には入り込めない。しかし、『ありえない』と油断すれば寝首をかかれる。

「(だが・・・・・・だからって、びびっていられるか)」

誰にも何も悟られないように、いつも通りの生活をする。それが睦月の出した結論だったが、

「(ん?待てよ・・・・・・)」

すぐ別の答えを出すことになった。



                      ―※*※―



翌日、宿舎の食堂。朝食をとっている睦月は、あと少しで食べ終わる。

「よう、少しいいか?」

そこに、朝食の乗っているトレーを持った男性隊員がやって来た。目の前のイスに座ると、「いただきます」と手をあわせて箸を取った。

「朝からサンドイッチか?寂しいね~」

「俺たちの食事に、賑やかも寂しいもあるか」

「相変わらず辛らつだ」と苦笑いすると、「ごちそうさま」と睦月は席を立つ。

「おい。もう少し話に付き合ってくれてもいいだろう?」

「食堂は混んでるんだ。話しがあるなら、後で来い」

立ち上がりかけた男性隊員は、トレーを持って行く睦月を見送る。

「・・・・・・ったく。相変わらずお堅いね~」

そう笑みを浮かべてイスに座り直すと、改めて「いただきます」と言って食事にありついた。



                      ―※*※―



食休めを終えて、睦月は例の地下研究所に探りを入れた。内部の様子や研究員たちの会話の内容から違法な研究なのは明らかだったが、それにしては資料などの管理は雑だった。

「(余程隠ぺい工作に自身があるのかね・・・・・・)」

おかげで、昨夜の忍びたちに渡す『生物兵器の運搬ルート』に関する資料は手に入った。長居は無用なので、睦月は早めに帰ろうとした。

「?」

途中で獣耳の子に出会う。彼女に奇妙な機械を付けている研究員に悟られないように会わないほうがよかったが、数回の潜入で会わずに帰れたのは一度だけ。その度に、計測機械をいじってごまかしているが、いつまで通用するかわからない。

「じゃあ、また来るから」

優しく微笑みかけた睦月に少女は頷く。地上の宿舎裏に出ると、隠し通路の扉を閉めて深く息をついた。

「(さて・・・・・・)」

「よう、睦月」

いきなり後ろから話しかけられ、ビクッと体を強張らせる。顔をほんの少し動かして視線を後ろに送ると、朝に話しかけてきた男性隊員が立っていた。

「珍しいな。こんな所で出会うなんて」

「そうですね。散歩ですか?」

「わざわざ宿舎裏に?そう言うお前こそどうなんだ?」

「俺は、散歩ですよ」

振り返り、不敵に笑みを浮かべて答える。

「へえ、そうなのか・・・・・・」

男性隊員は不敵に微笑んだが、その視線に睦月の脳内で警報が鳴った。

「俺はてっきり、宿舎の地下にある違法研究所を探ってるのかと思ったよ」

「―――!?」

見破られて目を見張る睦月。視線を合わせずに言ったり下手に誤魔化したりすると、返って何かあると勘ぐらせてしまう。一般人相手にはこれでばれることはない。だが、江戸守護部隊(同じ職場)の人間には、通用するわけがなかった。



                      ―※*※―



宿舎近くの自然公園。そこに睦月が足を運ぶと、ベンチに座って本を読んでいた黒髪の女性が立ち上がった。

「待っていたわ」

「よく言うぜ。どうせ、部下に見張らせていたのだろう?」

「ええ」とその女性―――はくは、本を閉じながら答えた。

「守護部隊宿舎の警備システム。どれだけのものかと思ったのだけど、私一人感知できないとはね」

「あんた直々に見張ってたのか。光栄だな・・・・・・」

内心驚いたが、そんなこと顔には出さず精一杯の皮肉を込めて言った。

「と言っても、私のほうが特異なんだけど、ね」

意地悪そうに笑みを浮かべると、白の周りの気温が下がり空気が白くなる。感じる肌寒さと彼女の笑みから、睦月はすぐ原因に行き当たる。

「・・・・・・・・・雪女」

「・・・・・・の力を持ってるわ」

隠さずに明かした白に目を丸くすると、「んで」と目を閉じる。

「後ろに隠れている人は、キミの差し金かな?」

「っ!!」

睦月が身を強張らせると、白の後ろの木から黒装束の忍びが二人飛び出し、睦月の後ろの外套に飛びかかった。飛び出したのは睦月に絡んだあの男性隊員。彼は二人の忍び相手に、取り出した伸縮機構の付いた鉄棒で応戦していた。

「私を捕まえる気でいたか。まあ、保険って考えが妥当ね」

「くっ・・・・・・」

的を射た発言に睦月は黙る。彼がついて来ていることは気付いていた。知っててわざと見逃していた。その結果、戦闘となっている。目撃者はいないのがせめてもの救い。

「敵対の意思はありません。伝えたいことがありますので、武器を収めてください」

「私たちに徳があること?」

「例の生物兵器の運送ルートです」

その瞬間、白の表情が変わった。

「それは本当なの?」

「ええ」と重苦しい声で睦月が答えると、白は目を細める。

「聞こうかしら?」



                      ―※*※―



白が部下を収めた後、睦月は生物兵器の運送ルートはもちろん研究所で見つけたことについて話した。公園の周囲は白の部下の忍びが注意を払っており、聞かれているのは睦月に絡んだ男性隊員のみだった。

「そう。色々なことを調べてきたのね・・・・・・」

「これで、信用していただけますか?」

「すでに知っている情報を与えられて、それで信用すると思っているの?」

「なっ!?」

睦月は目を見張る。何度も危険を冒して手に入れた情報は、すでに手に入れてあったもの。それだけ彼女たちの情報収集能力が高く、同時に自分の持ってきた情報になんの価値はない。そして自分は、二度も交渉に失敗した。

「はあ・・・・・・」

気を張り詰めた睦月が聞いたのは、場違いな溜め息。しかし、相手は諜報活動、暗殺の術を極めた忍者。少しでも気を緩めたら終わりなので、睦月は警戒を保つ。

「あなたががんばったのはよくわかったわ。忘れてあげるから、さっさと帰りなさい」

「ま、待ってください、隊長!!」

周囲を見張っていた部下が現れ異議を唱えると、「あら」と白が視線を向ける。

「周囲の見張りはどうしたの?」

「他の者が行っております。それより、この二人は隊長の顔を知っています!ここで始末したほうが・・・・・・」

「やめたほうがいいんじゃねぇ?」

警戒を強める睦月に対し、同行していた男性隊員は気の抜けた声を出す。

「俺は一介の平隊員だけど、睦月はそれなりの実力者だよ?あんたら忍びには及ばないけど・・・・・・」

男性隊員のその言葉に睦月は驚くが、白も彼も落ち着いてる。

「そんな奴が突然消えちゃったら、結構な騒ぎになると思うけど・・・・・・」

「そういうこと。だから、見張りはしても早まらないでね」

「り、了解です・・・・・・」

しぶしぶ承諾すると、部下の忍びは一瞬で消えた。

「ということだから、さっさと帰って忘れなさい。少しでもばらしたら・・・・・・」

その一瞬、白から冷たい空気が漂う。雪女がもたらす冷気を操る力だけでなく、彼女が発する殺気でもあると睦月は感じ取った。

「どうするか、わからないわけじゃないよね?」

沈黙する睦月の心を読み取ったのか、「うん、よろしい」とプレッシャーを解く。

「じゃあね。縁があったらまた会いましょう」

「俺としては、これ以上はご遠慮願いたい」

「そう、残念ね」

ポシェットに本をしまいながら言うと、白は睦月たちに背を向けて歩き出した。と、ふと足を止めると、睦月の横に立っている男性退院に目を向けた。

「そういえば、あなたは何者?」

「俺?俺は輝野てるの。さっきもいったが、しがない平隊員だ」

「その平隊員が、私たちと肉弾戦で渡り合って殺気にも怯えない。どうしてかしら?」

「さあね。君たちが弱いんじゃない?」

「あら、言ってくれるわね」

なぜか可笑しそうに笑い、白は今度こそ公園から去って行った。

「さて、睦月。今度はこっちのデートに付き合ってもらうぜ」

「デートじゃない。それと、俺は男性と付き合う趣味はない!」

「ああ、そうだな。俺も、だ・・・・・・」

そんな会話をしながら二人が公園を後にする。同じ頃、白は足を止めた。

「しまった。さっき読んでた本、しおり挟むの忘れてた!」

慌ててポシェットから出して開くが、待っている時から仕事モードだったため内容が頭に入っておらず、どこまで読んだかわからなくなっていた。しかも、使っていたしおりは落としてしまっている。

「・・・・・・・・・最悪」

涙目で呟いた白に、影で見守っていた部下は呆れ、または隊長のしおりを探そうと奔走した。



                      ―※*※―



本部に戻った睦月は、自称平隊員の輝野に連れられてある部屋にやって来ていた。

「ここですか?」

「ああ、そうさ。待ってろ」

輝野が部屋の中に入ってしばらくすると、ドアが開いて手招きされる。睦月が部屋に入ると、隣部屋に続ドアが開いて案内された。

「(なるほど。二重に部屋を取ってるわけね)」

その予測は覆される。それから睦月と輝野は、部屋の中のドアいくつも通って行った。

「おい。いつまで歩くんだよ」

「心配するな、ここで終わりだ」

最後の部屋のドアを開けると、外から差す光に目を覆う。光に慣れてくると手を下ろし、中にいた何人もの隊員たちを見た。

厚井あつい威良いよし加納かのう毛戸けど白根しらね園地そのじ・・・・・・そして、リーダーの有馬ありばだ」

「輝野。まさか、そいつを加えるつもりではないだろうな」

「そのまさかですよ、有馬さん」

「わかってて言ってんのか?」

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「厚井、加納。お前たちも、半年前までは同じだったんだ」

有馬と呼ばれた男に言われ、「「うっ・・・・・・」」と二人が唸る。

「だが、我々は慎重を喫して動いている。もし不穏な動きがあれば、全員の合意を持って君を始末する」

「と言っても、ここに来た時点でもう後戻りはできない」

後ろでドアを押さえている輝野の言葉は、その場にいる者全員が本気であることを容易に感じさせる。それがなくとも、睦月の答えは変わらない。

「わかっています。あなた方に協力します。しかし、なんの集まりですか?」

「宿舎地下の研究所は見たか?」

有馬の言葉に「はい」と、険しい表情で答える。

「我々はあれを暴くために集まった者だ。無論、上層部には報せていない。調査の中で、上層部が関わっている可能性も出て来たからね」

それは睦月にも理解できた。違法を取り締まる組織の地下にその施設を作るには、組織の上層部が罰すべき違法に手を出していることになる。

「だから、我々は長い時間をかけて調査すると共に、少しずつ仲間を集めている」

「もっとも、それも限界に近い。我々の動きを知っている上の人間も出始めている」

「何より、今まで信用していた仲間を疑ってるんだ。俺たちもキツイ」

「何年ぐらい続けてるんですか?」

「五年くらいだ」

有馬の答えに睦月は悲しげな表情をする。五年も仲間を疑う地獄に耐えてきた。いつ限界が来てもおかしくないのも頷けた。

「だから、動こうと思っている。事情を知らない隊長たちが立ちはだかるだろうが、玉砕覚悟で・・・・・・」

「ところが、そうしなくてもいいかもしれない近く」

輝野の言葉に、「何?」と誰かが顔を上げる。

「実はこの睦月くん。例の研究所を見ただけでなく、それを調べている平安京都の忍びに接触したんだ」

「マジかよ!?」とさっきとは別の男性隊員が声を上げた。

「交渉は失敗しましたが、利害一致での協力はできそうです。そのための場所もあります」

「と言うと?」

「近く、違法研究者が培養目的の生物兵器を運送すると言う情報を得ました。彼らも知っていますから、うまく共闘できれば協力関係になるきっかけはできるかと」

「相手は隠密なのだろう?大丈夫なのか?」

不安そうな威良に自身を持って答えられる者はいない。

「だが、彼らの手を借りられれば動き安くなるはずだ。ここは賭けてみよう」

有馬の判断に全員が頷く。



                      ―※*※―



睦月が帰ってから輝野が戻ると、残っている有馬と威良が彼を見た。

「大丈夫なのか?あいつ、ヘイル隊長を信用してるって話だろう?」

「ええ、そこが一番の心配です。ですが、今回の二度の失敗の件で、考えているはずです」

「しかし・・・・・・もし考えが足りず、彼が軽率な行動を取って我らに危険が及ぶようなことがあったら・・・・・・」

「その時は斬り捨てます。そうしなければ・・・・・・」

有馬たちは暗い表情をしていたが、そこには強い決意と覚悟も秘められていた。






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