特別編8 接触
睦月は、江戸東慶に戻っていた。乗っていた車を駐車場に止め、荷物を持って鍵を閉めると表情を曇らせた。
~―回想―~
江戸東慶へ帰る前、博雅が睦月を呼び止めた。
「危険ではないのか?敵はお主のことを知っているのだろう」
「あくまで可能性だ。俺の所の上層部が謎の敵と繋がっているなんて・・・・・・」
「そうだろうな。だが、可能性がゼロでない以上、用心するのに越したことはない。まあ、それはお主次第だが・・・・・・な」
腕を組む晴明に、睦月は黙っていた。
~―回想終わり―~
「・・・・・・そんなはずはない・・・・・・そんなはずは・・・・・・」
暗示をかけるように呟きながら、睦月は江戸東慶部隊の本部に戻った。材料こそ違うが外装は江戸東慶時代の建物とほぼ同じで、周りの景色に溶け込んでいた。だが中に入ると、そこは床にタイルが敷かれ、至る所にエスカレーターが置かれている現代風の雰囲気になっていた。
「睦月さん。お帰りなさい」
ロビーに入った睦月を、受付に座っている女性が出迎える。
「何かあったんですか?顔色が悪いようですけど・・・・・・?」
「いや、なんでもない。今日も帝との交渉が平行線だった。ただ、それだけだ」
「そうですか」と受付は心配そうに呟いた。
「俺は部屋に戻る。何かあったら連絡を入れてくれ」
「わかりました」
フロアの中を歩く睦月に頭を下げる。エスカレーターを上り居住フロアに来た睦月は、真っ先に自分の部屋に入った。ドアを閉め、部屋にも上がらず思い悩む睦月。頭の中には晴明の言葉が反芻されていた。
「惑わされるな・・・・・・惑わされるな・・・・・・」
何度も言い聞かせたが、いまだ心のどこかに自分の組織に対する疑いがあった。
―※*※―
所変わって、首都より北に位置するとある地方。ここには、かつて本土に広く住んでいたが朝廷の軍により追放された、蛭子神の血族とされる『恵比寿』と呼ばれる人々たちが住んでいた。彼らの反撃を恐れた朝廷軍は討伐のための軍を派遣し、エミシ側は悪路王を筆頭に反撃した。記録では両軍を率いていた坂上田村麻呂と悪路王が一騎打ちで戦い、互いの力を認め合い和解したとされているが、実際は違っていた。一度、本当に和解した両軍だったが、朝廷は別働隊を率いて徹底的に攻撃し、エミシの人々を抹殺した。都に戻りそれを聞いた田村麻呂はすぐ抗議したが朝廷上層部はそれを聞かず、田村麻呂を『名誉の戦死』と言う建前の元、追放したのだ。
それから六百年、今を生きる人々は、そのツケを払うことになる。
―※*※―
「目覚めよ・・・・・・地に眠りし者たちよ・・・・・・」
大規模な戦が終わった焼け野原の中、地面に右手をかざしたヘイルが怪しげな呪文を唱えていた。
「目覚めよ・・・・・・我が声に応えて。汝らの無念を、晴らさんがために」
すると、地面から顔の浮かんだ煙のような、怨霊らしきものがいくつも浮かび上がった。
〔ウア~・・・・・・苦しい・・・・・・〕
〔ウア~・・・・・・痛い・・・・・・〕
〔ウア~・・・・・・憎い・・・・・・〕
大量の悪霊が周りを飛んでいるにも拘らず、ネクロは落ち着いていた。
「我が声に従い、舞い戻れ・・・・・・汝らの無念を晴らさんがために」
〔よく言うじゃねぇか・・・・・・〕
他の悪霊とは違う、威圧感がただよいはっきりとした声がする。そこには、体格のいい髭の生えた男が立っていた。
〔貴様・・・・・・俺たちを蘇らせて、召使いにでもするつもりか・・・・・・?〕
「別に・・・・・・ただ私は・・・・・・いえ、我々はあなた方に無念を、晴らしてもらいたいだけです」
不気味に〔クックック、そうか〕と笑う悪路王。
〔じゃあ・・・・・・貴様が俺たちに、肉体を捧げやがれ!!〕
一声上げると同時に、大量の悪霊がヘイルに取り付こうとする。しかし、
「渇!!」
ネクロが目を見開くと、悪霊たちは一つ残らず動きを封じられた。悪路王も含めて、辺りを漂っていた動きが鈍くなる。
「勘違いしないでいただきたい。我々は、あなた方に協力してもらいたいだけです。我が軍の兵士として」
〔我らにまた、武器を持てと言うのか!?〕
「まあ、そういうことになりますかな。しかし、あなた方の恨みを晴らすには、ちょうどいいと思います。どうですか?」
〔下手な交渉だな。そんなことをして今の我々に、なんの得がある!〕
「我々は、今の政府が邪魔でならないんです。そしてあなた方は、かつて自分たちを滅ぼした朝廷軍の末裔であるこの国の人たちが許せない。あなた方が恨みを晴らすために政府を落としてくれれば、我々としても助かるのです」
黙り込む悪路王に、ヘイルはさらに交渉を続ける。
「なんなら、この国の政府を落とした暁には、この国の支配権はあなた方に譲渡いたします。どうですか?」
〔・・・・・・興味はない・・・・・・が、やらなければならないことができた。その条件を呑もう〕
「やらなければならないこと・・・・・・というのが気になるが、いいだろう」
そう言ってヘイルが取り出したカプセルに、次々と悪霊たちが吸い込まれて行った。
「少々引っかかりますが、任務完了ですね・・・・・・」
―※*※―
四時を回り、日が傾き始めた頃。睦月は気晴らしのために散歩をすることにした。特にこれといった目的もなかったため、宿舎の庭や廊下を歩き、一通り見て回った。
「(特に・・・・・・怪しい所はない)」
八割方周った所で宿舎一階の曲がり角に立ち止まり、溜め息をつく。
「当然だ。この組織は妖怪やその類を嫌っている」
頭を振って疑念を払った。しかし、時間がたつとすぐに疑念が湧き上がる。
「・・・・・・ちっ・・・・・・ふざけるな!!」
憤りに思わず、近くの壁を殴りつけた。すると、どこか響くような音がした。首をかしげ、今度はノックをするように叩いたが、やはり響くような音がする。
「なんだ?どうしてただの壁なのに、音が響くんだ?」
近くの窓から外に出てみると、そこからさらに壁が続いていた。反対側に回ってみたが、窓も部屋もない。ますます怪しいと思い、先ほどの場所に戻った。
「・・・・・・気のせい・・・・・・じゃないよな・・・・・・」
こういう仕事に就いていると、自然に感が鋭くなる。そのため睦月には、ここに何かがあると確信があった。ニ~三度壁を叩くと、音が変わる境に切れ目を見つけた。突然開くことを考慮し、バランスを崩さない程度に力を入れると音も立てずに壁が開き、その中に階段が現れた。足音を立てずに下りると、奥へ続く通路を見つけた。
「・・・・・・・・・」
眉を寄せた睦月はいつも通り妖気系を取り出すが、反応はなかった。唾を飲み込み、隠し通路を奥へと進んで行くと、その先にあるドアを開く。さらにその向こう側で信じられない物を見つけた。
「な・・・・・・なんだ、これは・・・・・・」
地下の研究室の中には、実験機の中に入れられた様々な動物。ケースの中には、まるで生き物のように不気味に脈打つ様々な武器があった。
「・・・・・・生物実験?・・・・・・生体武器・・・・・・?どれも〈ピース条約〉で禁じられているはず・・・・・・」
信じられないと言う表情で奥へ進んで行くと、目の前に檻が見えてきた。その中の大きな檻に入れられているのは、とても服とは思えないボロボロの布をまとった狼の耳と尻尾を生やした少女だった。少女は失望に染まった、おびえた目で睦月を見た。
「・・・・・・・・・」
おびえた目で見る少女を見て、唖然とした睦月は何も言えなかった。その時、後ろで何人かの足音が聞こえる。急いで物陰に隠れると、白衣をまとった何人かの男が入って来た。
「次の実験は、どうする?」
「どうするも何も、ただの観察だろう?珍しい素体だからって、改造などの実験はネクロさまに禁じられているし」
「だがいずれ、それらの許可を下されると、おっしゃられていたぞ」
カタカタ、と機器のボタンを打つ音がする。睦月は隠れている物陰からそっと様子をうかがった。
「〈ネガディゼンス〉の波長も一定になってきた。『もう慣れた』と言うところか」
「なら、新しい段階に移らなければならないか。新たな『負の感情』を湧き上がらせるための」
「要するに、世界を憎ませればいいんだろう?そうだ、ちょうどネクロさまから生物兵器の培養に関する以来が来ている。いっそのこと、その娘で培養してやるか?」
「グロイな。まあ、波長を見る限り、今の状況に絶望しているこの状態では、そうでもしなきゃ新たな憎しみを抱かせるなど・・・・・・ん?」
「どうした?」と研究員の一人が聞く。
「三秒ほど、波長が変わっている。これは・・・・・・」
「プラスの波長を出しているな。何か、俺たちとは違う者を見つけたのか?」
「・・・・・・まさか、ネクロさまがおっしゃっていた、平安京都の隠密?」
それを聞いた睦月の体が、反射的に動いた。一瞬、研究員の一人が何かに気付いたが、他の研究員も睦月もそれに気付かなかった。
「だとしたら時間がないな」
「すぐ打ち合わせよう」
研究員が全員部屋を出ると、睦月はすぐに這い出して閉まったドアに耳を付けた。外に気配がないことを感じて出ようとすると、ふと後ろの少女のほうを向く。閉じかけた瞳は恨みも憎しみもない、ただ絶望だけ。
「・・・・・・待ってな。時間はかかっても、必ず助けに来るから・・・・・・」
そう言って、睦月は研究室を後にした。例えそれが、ただの気休めでしかなくても。
―※*※―
部屋に戻った睦月はショックが隠せず、しばらく呆然としていた。自分たちが住んでいるすぐ下で、このようなことが行なわれていたとは。自分に訴えるような少女の悲しい顔が、一瞬、サツキと重なる。
「・・・・・・ふざけるな・・・・・・」
激しい憤りを覚え歯軋りした睦月は、研究員が話していた平安京都の隠密を探すことにした。
―※*※―
夜も更けだした頃。江戸東慶近くの森で複数の陰が飛びかう。木々を鳴らし、高速で跳ぶ影を別の影が追う。枝から離れて落ちる葉を、銀の軌跡が切り刻んだ。連続で響き渡る金属音、木の幹に刺さる黒い刃物。地上に降りた影は誰もが黒装束に身を包んでいたが、その中に一人だけ白い装束に身を包んだ者がいた。そこで対峙しているのは、間違いなく忍びの者―――忍者の集団だった。
「・・・・・・さすが江戸東慶を守る忍び集団、簡単には逃がしてくれないわね」
白装束の忍びが呟く。声からして女性だとわかったが、同時に焦りを感じさせる。
「さて・・・・・・私一人で足止めできるかどうか」
「なっ、隊長!?何を言ってるんですか!?」
「相手は相当の手練です。一人でまとめて相手にすれば、確実に命を奪われます」
「そうね。だからこそ、それを捨てる覚悟で残らなければならない」
「なっ・・・・・・!?」
後ろの忍びたちが騒然とすると、「別れは済んだか?」と目の前の忍びが刀を抜く。
「早く行きなさい!隊長命令よ!」
「し、しかし・・・・・・」
「逃がしたところで無駄だ。お前らはまとめて、ここで片づける!!」
追っ手の忍びが駆けだし、白装束の忍びとその部下たちが身構える。が、横から銃撃が割って入り、後ろに飛び退いた忍びたちが着地するや銃撃の飛んできたほうを見る。
「誰だ!?」
当然、相手は答えない。追っ手の忍びはクナイを取り出すと、腕を振り上げる。
「隠れても―――無駄だ!」
相手が隠れている場所を知ってるかのように草むらに投げつける。だが、再び発射された銃撃がクナイを砕く。落ちたクナイの欠片を見て、忍びは目を細める。
「(光学系の銃撃・・・・・・レーザーのようなものか。このような攻撃ができる携帯武装といえば・・・・・・)」
「ぐあっ!」
「がはっ!!」
「なんだ!?」
先頭の忍びが振り返ると、覆面で顔を隠した男が突っ込んでくる。たなびくマントの下から拳を突き出してくるが、忍びの男は飛び上がってかわす。
「その覆面、剥がしてやる!」
下りながら手を伸ばそうとするが、それより早く白装束の忍びに背中から刺された。
「―――!!」
「ガッ・・・・・・おの・・・・・・れ・・・・・・」
刺された忍びの男は最後の力を振り絞り、自分を刺した白装束の忍びの覆面を剥ぎ取った。露わになった顔に、覆面の男は目を見張った。
「女だと!?」
彼女が地面に着地すると共に、刺された男は地面に倒れた。刺された箇所は急所とされる部分に近く、明らかに殺すつもりで刺していた。
「何を驚いているのですか?私たちは忍びです。こういうことは日常茶飯事・・・・・・」
忍者刀をしまい、剥ぎ取られた覆面を取りながら言った女性は、それを首にかけて覆面の男に鋭い視線を向けた。
「さて・・・・・・助けていただいたことに感謝はしますが、顔を見られた以上放っておくわけには行かなくなったわね」
女性が言い終わると共に、覆面の男はとっさにかがむ。左右から飛びかかった黒装束の忍びの武器が空を切る。速く迷いがない一閃は、明らかにこちらの命を取るつもりで放たれたもの。
「・・・・・・恩を返す、って考え方すらできないか」
向かってきた忍びを蹴り飛ばす男に、白装束の女性は冷たく呟く。
「わずかなミスが死を招く世界では、その考えは甘さでしかない。よくおわかりでしょう?江戸東慶守護部隊の人」
「そこまでわかるのか!?」
襲いかかる忍びを殴り、蹴り、確実に飛ばす。だが、どんな確かな手応えがあっても、相手の忍びはそれほどダメージを受けてないかのように立ち上がり、周りを囲む。
「我々の情報収集力と判断力・・・・・・甘く見てもらっては困るわね」
確かに甘く見ていた。助ければ味方かもと思って話しを聞いてくれると考えていた。だが、自分が同じ立場だったら?明かされたらマズイ秘密を知られた以上、敵だろうと味方だろうと不確定な要素は摘み取る必要がある。そこまでの考えに今更行き着いた。
「待て。俺はあんたらを突き出すつもりはない」
「何を持って信用しろと?」
覆面をし直した女性の言葉に、覆面の男は言葉を詰まらせる。
「(こうなった以上、素顔を明かして信用を得る、っていうのも無理か)」
そもそも、彼女らの追っ手は倒した者だけとは限らない。覆面をしているとはいえ、手を出した時点で彼も十分危ない橋を渡っている。なら、もう後戻りはできない。
「あんたらが何を調べてるかは、見当がついている。江戸東慶守護部隊の地下で行われている生態兵器開発のことだろう」
白装束の女性が目を丸くする。周りの忍びたちが突っ込もうとするが、
「待て!」
女性が叫ぶと、忍びたちは止まらなかったものの男性の側を通り抜け、警戒は向けているものの跳びかかる気配は見せなくなった。ただし、『見せなくなった』だけかもしれないが。
「話しを聞きましょう」
「罠かもしれないぞ?」
「その時は、あなたの命ごと罠に賭けた者の命をもらうだけ」
自然と怖いことを言う目の前の女性を、当然のごとく恐ろしく思った。
「で、あなたは危険を冒してまで、どれだけのことを教えてくれるの?」
「俺が知ってるのは、近々こちらに培養される生物兵器が届くということだ。それがどこのルートから来るか、詳しくは知らない」
「あっそ」とひどく落胆した声。その時点で、覆面の男は察した。彼女らにとって、自分は価値なし、と。
「本気で私たちの味方になるつもりなら、必ず生き残ってね。神童睦月くん?」
「げっ!?」ばれてた。そう思った瞬間、周りの忍びが一斉にクナイを投げた。それをかわした睦月は懐から玉を取り出し、地面に叩きつけた。煙幕が辺りを包み、その間に睦月は姿を消した。
「白隊長、追いますか?」
「深追いは禁止。とりあえず、撤退するわよ」
「「「「ハッ!!」」」」
全員が同意すると、忍びたちは姿を消した。